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黄昏の残響

作者: 鳩村玲

冬の冷たい風が吹いている。でも、不思議と寒さは感じなかった。

降り積もった雪に月の光が反射して、一面を白銀の世界に変える。僕は素直にきれいだと思った。

ほう、と白く長い溜息をつく。

僕はまた、崩れかけた建物の上に座っていた。


今から五か月ほど前、最後の大きな戦いを終えた人間たちは、そのほとんどが地上から姿を消した。

もしかしたら、生き残っているのは僕だけかもしれない。そう思うほどに三か月前まではちらほらと見かけた人間にも、今ではすっかり出会わなくなっていた。

大戦は街の姿を変えた。建ち並ぶビルの窓ガラスはすっかり割れ、建物の多くは崩壊しつつある。道路には亀裂が入っていた。

以前は多くの色彩があったが、今では見渡す限り灰色の景色だ。

隣には16、7歳に見える女の子が座っていた。肩につくかつかないかくらいの栗色の髪が、風に揺れている。

僕は彼女の方を向いて、口を開いた。

「オッタ、通信しよう」

「はい、ヒビキ様」

オッタは首から下げた、両手に収まるほどの小さな黒い箱のようなものを手に持つ。これはラジオのようなもので、電波をとらえて通信することができる。どこと繋がるかはわからないが。僕は『通信機』と呼んでいた。

一日に数回、通信を試す。誰かと連絡が取れないかと期待を込めて。

しかし今までに一度もこれといった反応はなかった。今日も聞こえるのはザーザーという音だけだ。

「今日はもう休もう」

通信を諦めて、僕は仰向けに寝転がる。頭上には満天にきらめく星空。

「オッタ、僕たちが旅を初めて何日経つ?」

寝転がりながらオッタにそう聞く。白い息が空に消えていく。

「今日で98日になります」

オッタは抑揚なく答える。彼女からは白い息は出ない。なぜなら彼女は人間ではない。見た目も動作も限りなく人間に近い、アンドロイドなのだから。

「もうそんなに経つんだ……」

暖かい家の中で、オッタにあれこれと世話を焼かれながら暮らしていた日々を懐かしむ。

「出会った人間の数は?」

「5人です。しかし、この一か月は見かけておりません。アンドロイドには2体ほど遭遇しましたが」

「そっか」

人恋しい、というわけではない。隣にはオッタがいるし、話し相手ならそれで十分だ。それでもこの世界に僕だけしか人間がいないのかと思うと、少し寂しくもある。

僕は星空を抱くように目を閉じた。


日の出とともに起きて、僕は大きく伸びをした。オッタが微笑する。

「おはようございます、ヒビキ様」

「おはよう、オッタ」

「今日は2月6日。ヒビキ様の13回目の誕生日です」

オッタは無機質に告げる。

誕生日。以前であればその言葉を聞くとわくわくしていたものだが、今ではなんの期待もない。きっと普段と変わらない、ただの一日である。

いつものように通信をするが、どうせ雑音しか聞こえないだろう。諦めてかけていた、その時。

声が聞こえた気がした。とてもかすかで、今にも消えてしまいそうな。

僕は通信機の音量を上げて、よく耳を澄ませてみる。

歌声だ。女の子の歌声が聞こえる。思わずオッタを見ると、彼女もうなずいていた。

「君、君。僕の声が聞こえる?」

僕は必死に通信機に呼びかけた。歌声はふと止み、代わりに応える声がした。

『うん、聞こえる』

儚い声だった。それでいて温かみのある、優しい声だ。

「僕はヒビキ。君の名前は?今どこにいるの?」

僕はこの機会を逃すまいと、懸命に話しかける。

『私はエリ。場所は……そうね、とても高い、空まで届きそうな青い塔の下にいるの』

雑音に混じって、応えが返ってきた。

空まで届きそうな青い塔。この辺りのシンボルとなっている所だろうか。

「君に、会いに行ってもいい?」

誰かと話せたことがあまりに嬉しくて、そんな言葉が口をついて出る。通信機の向こうで、微かに笑った声がした。

『うん。会いに来て』

また日が暮れるころにと約束して、一旦通信を切った。誕生日に人と繋がることができて、思わぬプレゼントに僕の心は一段と明るくなった。

「オッタ、青い塔の場所、わかる?」

「はい、データベースにそれらしき場所が登録されています」

「久々に人間に、会えるのかな」

「会えますよ。私が必ず、導きますから」

仰々しく決意を込めた顔で、オッタは言った。僕は任せたとばかりに頷く。オッタがいると心強い。

「それじゃあ、道案内をお願い」

「わかりました」

オッタは歩きはじめる。僕もそれに続く。雪がちらちらと舞いはじめた。左右には今にも崩れそうな背の高い灰色の建物。車も人もいない広々とした道路はひび割れている。

一面の雪景色。静かな世界に、僕たち二人の足音だけが響く。

どれくらい歩いただろうか。オッタに現在の時刻を問う。

「只今12時36分です」

「じゃあ、そろそろ休憩しようか」

一部が崩れているビルの中に入る。崩壊の不安はあったが、ここがこの辺りでは一番まともな建造物だった。中はひどく暗い。足元でガラスが音を立てた。

「オッタ、明かりを」

オッタはうなずくと、腕を懐中電灯のように変形させ、あたりを照らした。

ぐるりと周りの様子を見ると、ふと、人影のようなものが見えた。

「オッタ、あそこを照らして」

僕が指差したところをオッタが照らす。そこには僕と同じ年くらいの男の子がいた。

「うわ、なんだよまぶしいな」

彼は腕を顔の前に出し、光を遮ろうとしていた。

「ごめん。オッタ、明かりを下げて」

前半は男の子に、後半はオッタに告げる。オッタは明かりを調節し、男の子の足元を照らすようにした。僕は彼に声を掛ける。

「先客がいるとは思わなくて。邪魔しちゃったかな」

男の子は首を横に振る。

「いいや。……お前、人間か?」

彼は僕の白い息を見ていた。僕は肯定するようにうなずく。

「へえ、人間なんて久々に見たよ。ちょうどよかった。俺と遊ばないか?」

彼の唐突な申し出に、僕はひどく驚いた。

「遊ぶ?」

「鬼ごっこ、かくれんぼ。何でもいいからさ」

「いいけど、どうして?」

「おれ、遊び好きに設計されているんだよ。でももうじき寿命ってこと、自分でなんとなくわかるんだ。だから最後に、誰かと遊んでおきたくて」

「寿命って……」

その時僕は気が付いた。彼の左腕の樹脂が一部はがれ、金属がむき出しになっている。彼は、アンドロイドなのだ。アンドロイドの寿命。つまり、機能が停止すること。

最後に、なんて悲しい言い方だ。僕には断る理由なんてなかった。

「わかった。一緒に遊ぼう」

「よっしゃ。おれはリュカ。よろしくな」

「ヒビキだよ。彼女はオッタ。よろしく」

リュカとはすぐに打ち解けた。友達なんて、『なろう』と言わなくてもなれるものだ。たとえ相手が人間ではないとしても。

それからリュカと時間を忘れて遊んだ。もちろん、オッタも巻き込んで。雪の降る中、鬼ごっこをした。たった三人で、かくれんぼをした。こんな風に誰かと遊んだのは、いつ以来だろう。

リュカは始終楽しそうだった。オッタも笑っていた。彼女のそんな顔は久々に見た。寒さを忘れるくらい、とても暖かい時間だった。

いつの間にか雪は止み、空は茜色に染まった。冬の昼は短い。しみじみと感じる。

リュカは満足そうに笑った。

「ありがとな。今日は、すごく楽しかった」

「うん、僕も。こんなに楽しんだのは久しぶりだよ」

僕も笑った。オッタも微笑んでいた。

「じゃあ、おれは行くよ」

出会った時と同じように、唐突にリュカは言った。僕は驚いて聞き返す。

「行くって、どこに?」

「死に場所を探すってわけじゃないけど。満足のいくところで、俺は朽ちたい。まあ、お前の膝の上でもいいんだぜ?」

冗談めかしてリュカは言うが、僕は笑えなかった。彼はつづける。

「整備してくれる人間がいなければ、機械はどうあがいても機能しなくなる。悲しむのはお前たち人間なのに、どうしておれたちを人間に似せて作ったんだろうな」

彼は肩をすくめ、心底疑問だという風にそう言った。

「……そうだね。きっと君たちと別れるなんて想像していなかったんじゃないかな。メンテナンスさえすれば、ずっと一緒にいられると思っていたんだよ」

「なるほど。別れは想定していないってことか。そりゃ悲しむこともないな」

「でも、君たちに自我があってよかった。こうして一緒に遊べたんだもの」

限りなく人間に近いから、芽生える友情がある。リュカとはもうすっかり友達だ。彼に自我が無ければ、『遊ぼう』などとは思わなかっただろう。

リュカが僕に背を向け、片手をあげる。

「じゃあ、また。会えたらいいな」

「うん。また、ね」

そうして、僕たちは別れた。寂しいが仕方ない。またどこかで会えることを願って、夕日に向かって遠ざかるリュカの背中に、僕はいつまでも手を振り続けた。

今日の寝床とする建物は、窓ガラスが割れていて、埃っぽかった。いつもの事だから、特に気にはならないが。

早速オッタは首にかかっている通信機の電源を入れ、波長を合わせる。すぐに朝聞いた歌声が雑音に混じって流れてきた。僕は声を掛ける。

「エリ、君かい?」

『ヒビキね。そう、私よ』

僕はまた通信できたことにほっと胸をなでおろす。もう繋がらないんじゃないかと、少し不安だったのだ。

オッタから黒い箱を受け取り、それを両手に持ってエリに問いかけた。

「今日は何をしていたの?」

『歌を歌っていたの』

「ずっと?」

『そう、ずっと』

「歌が好きなんだね」

『うん、好き。人間が残した『音楽』というものは、素晴らしいものね』

僕も母の歌が大好きだった。エリの旋律も美しい。優しく包むような歌声は、ずっと聞いていたいほどだ。

それから今日あったことを話した。リュカと出会って、一緒に遊んだこと。それがひどく楽しかったこと。

エリは時折相槌をはさみながら、僕の話を静かに聞いてくれた。

オッタの事も話した。家族みたいな存在だと伝えたら、『素敵ね』とエリは言った。

だいぶ長いこと話してすっかり夜も更けた頃、また明日同じ時間に通信しようと約束して、最後に「おやすみ」と言って通信機の電源を切った。

壁にもたれかかるようにして座っているオッタにも「おやすみ」と言ったが、反応は返ってこなかった。スリープモードに入ってしまったのだろうか。気にせずオッタの首に通信機をかけ直し、眠ることにした。


翌朝起きた時は、太陽の位置がだいぶ高くにあった。ずいぶん寝坊をしてしまったようだ。

「おはよう、オッタ」

体を起こし、今日は珍しく僕から挨拶した。その声に反応するように、オッタはピクリと動く。

「オはようごザいます、ヒビキ様。今日ハ2月7日でス」

「オッタ?なんか変だよ」

オッタのノイズの入ったような声音に疑問を覚える。

「申し訳ありません。まだ、動けます。まだ、あなたを導けます」

今度はしっかりとした声で、オッタは言った。僕は首をかしげたが、彼女は「大丈夫」と言うようにうなずいた。

「そっか。じゃあ、先へ進もうか」

昨日と同じようにオッタは歩き、僕はそれに従う。崩れかけたビルと、ひび割れた道路。代わり映えの無い風景の中、うっすらと積もっている雪をさくさくと踏みしめて歩く。

やがて日は傾き、青い塔が小さく遠くに見え始めた。

「オッタ、青い塔だよ」

オッタに声を掛けると、突然彼女は立ち止まり、膝から崩れ落ちた。

「オッタ!?どうしたの?」

オッタの隣に膝をつき、背中を支えるように手を伸ばす。彼女の体はひんやりとしている。

「申シ訳、アりマセん」

またノイズ交じりの声でオッタは言う。その顔は苦しそうだった。

「ドうやラ、ここマでのヨウでス。ワタシはモう、動ケません」

「それって、どういうこと?」

オッタの言葉に、僕は焦って聞き返した。

「ワタシは所詮キカイ。整備をしないと、永くは動ケないのデす。リュカと、同ジです」

そういえば、以前はよくメンテナンスをしていた。でも僕にはそんな技術はない。彼女を治す力は、僕にはない。

オッタは申し訳なさそうに目を伏せた。

「寿命、とイウことデす」

「そんな、嫌だよ」

「青い塔ハ見えテいマス。ココからハ、一人デ行かれマスよ」

「オッタ……!」

「あなたノ旅のご無事ヲ、祈ってイます」

それがオッタの最後の言葉だった。

日が沈む。オッタの目から光が消え、ずっしりとした重みだけが腕に残る。もう二度と、オッタは動かなかった。

昨日はあんなに楽しかったのに。笑っていたのに。今はこんなにも悲しい。

僕は泣いた。声を上げることもなく、ただ静かに降る雪のように、ぽろぽろと涙をこぼした。

僕はしばらくそこから動けなかった。空がすっかり濃紺になったころ、僕は思い出したようにのろのろとした動作でオッタを寝かせる。彼女の首から通信機を外すと、電源を入れた。波長はすぐに合った。

『ヒビキ、聞こえる?ヒビキ?』

エリの心配そうな声が流れてきた。

「うん、聞こえるよ。聞こえる」

エリの声を聞いて、安堵からまた泣きそうになる。

『どうしたの?なんだか変よ』

届いている音は雑音交じりのはずなのに、僕の声の震えを敏感に感じ取ったのか、エリは気遣うように言った。

僕は話した。オッタがもう動かないことを。独りぼっちになってしまったことを。

『そう、そんなことが……。整備する人間たちがいなくなってしまったから、寿命を迎えるアンドロイドは多いみたいね』

そんなことはわかっているつもりだった。でも、現実に直面してしまうと、やりきれない。ずっとそばにいて当たり前の存在だったオッタが突然、いなくなってしまうなんて。

『ねえ、オッタにもう一度、会いたい?』

エリは突如、気遣うような声でそんなことを言った。

もちろん、会いたい。会えるのならば。でも、どうやって。

『彼女のデータを持ってきて』

「データ?首筋にあるチップの事?」

アンドロイドたちの全データは首筋に埋まっている。

『そう。それを持ってきてくれたら、何とかなるかもしれない』

「わかった」

僕はエリの言葉に一縷の望みをかけて、オッタの首筋から小さなチップを取り出す。

「今すぐに、そっちに行ってもいい?」

そう言った僕の声は、情けないほど小さい。寂しさがどっと押し寄せてきて、誰かに会いたいという気持ちが強くなっていた。

『うん、もちろん』

エリの声は優しかった。

辺りは雪明りで明るい。これなら歩ける。塔は青白くぼんやりと光っていた。まっすぐそれを目指せばいい。一刻も早く、エリのもとへ向かいたい。

僕は雪の中に横たわるオッタを一度だけ振り返る。そして自分の首に黒い箱を掛け、塔に向かって歩き始めた。

つけっぱなしの通信機から、エリの声が届く。

『何か歌おうか』

「うん、お願い」

エリは歌い始める。優しい歌を、儚い声で。彼女の心遣いがうれしかった。

時折泣きそうになるのをこらえて、一晩中歩き続けた。エリもそれに付き合って、ずっと歌ってくれた。灰色の景色が、エリのおかげで、微かに色づいているようにも思えた。

やがて空がうっすらと明るくなってきた頃、塔を見上げると首が痛くなるほどの距離まで来た。円形の塔は、空を貫くかと思うほど天高くそびえている。

「エリ、塔の近くに着いたよ」

『それじゃあ、塔の中に入って。そこに私はいるわ』

僕は一旦通信機の電源を切り、塔の大きさの割には小さな白い扉を開ける。それは少し錆びついていて、キイと音を立てた。

中は電気がついていた。発電装置があるのだろうか。塔の中は、外と比べるとだいぶ暖かい。

広い部屋の中央には黒くてまっすぐ長い髪の、僕よりは少し年上に見える少女が立っていた。真っ赤なコートが目にまぶしい。

彼女は僕と目が合うと、破顔した。

「ようこそ。あなたが、ヒビキね」

「うん、君はエリ?」

「そうよ」

想像通り、優しそうな女の子だ。

改めて室内を見回すと、よくわからない機械が壁際にそって置かれていた。左側の壁には上へと続く階段が伸びている。

僕はエリに近づき、オッタのチップを見せる。

「これを、持ってきたよ」

エリはチップをじっと見て、それからためらうように口を開いた。

「ねえ、ヒビキ。本当にもう一度、オッタに会いたい?」

エリの問いに、「もちろん」と頷く。

会いたい。今までのように、僕を見守っていてほしい。一緒にいたい。

エリは「それなら」と言って僕に背を向けた。

「私のチップと、それを交換して」

僕はその言葉にひどく驚いた。言葉の意味をくみ取れば、エリにはチップが埋まっている。つまりはアンドロイドだということだ。

エリは、人間だと勝手に思い込んでいた。まさかアンドロイドだったなんて、思いもしなかった。

「君、アンドロイドなの……?」

呆然としている僕に、エリ再び僕の方を見て言った。

「私は、アンドロイドよ。人間だと思っていた?」

僕は当然だとばかりに激しくうなずく。

「思っていたよ。だってあんなに優しく歌うんだもの。人間のように、温かい声なんだもの」

どう見たって、人間なのに。信じられなかった。信じたくなかった。

「ありがとう。私を設計した人が聞いたら、きっと喜ぶわね」

褒めたつもりではないのに、エリは感謝を述べた。それが無性に悲しくて、僕は溜め息をついた。

「それに、チップを入れ替えるって。もしかして君が、オッタになるってこと?」

「そうよ。姿は違うけれど、データがあれば中身はオッタになれるの」

そうしたら、エリは『エリ』ではなくなってしまうじゃないか。

「嫌だよ。僕はオッタのことはもちろん大切だ。でもこのチップを埋めることで君の存在が消えてしまうのなら、このままでいい」

「どうして?私よりオッタの方が長い付き合いなんでしょう?家族みたいだって言っていたじゃない」

エリは瞳に不思議そうな色をたたえて、僕を見つめている。僕はその目をまっすぐ見つめ返した。

「そうだけど。それでも君は『エリ』であって『オッタ』じゃない。君は『オッタ』にはなれないんだよ」

「よくわからないわ。私はアンドロイド。ただの機械なのに。まるで人間に言っているみたい」

僕ははっとした。エリは機械で、中身を入れ替えればオッタにもなれて。それでも人間と同じように話せて、友達になれて。見た目も人間とそっくりなアンドロイドを、それでも僕は『ただの機械』だなんて思えなかった。

オッタも、リュカも、エリも。そんな風に思いたくなかった。僕たちと同じように考える、自我のある存在を、『ただの機械』なんて言葉で片付けたくはなかった。

「とにかく、そういうことなら僕はオッタを諦めるよ」

「いずれ私はあなたより先に寿命を迎えてしまうでしょう。その時にオッタに会いたいと言っても遅いのよ?」

それはとても悲しいけれど、エリがいなくなってしまうのも嫌だ。僕は随分とわがままだと思う。

「うん。それでも僕は、君がオッタになることは望まない。君が朽ちてしまうその時まで、僕は君の歌を聞いていたいから」

エリの歌は、エリだけのものだ。優しく包み込むような歌は、きっと彼女にしか歌えない。

「……変な人間」

彼女はあきれたように肩をすくめた。

悲しいけれどこれでいいんだ、と僕はオッタのチップを胸の前でぎゅっと握りしめた。

それから僕とエリは塔で一緒に暮らし始めた。僕はエリの歌を聞いていればそれだけで満たされた。

いつの間にか、通信機の電源を入れることもなくなった。


一か月後、今年初めての春の風を感じる日、僕とエリは塔の上のかつては展望台だった場所で、寄り添うようにして美しい夕日を見ていた。

それが彼女と一緒に見た最後の景色だった。

僕はその夜、ずいぶんと久々に通信機の電源を入れた。誰かの声が聞こえないかと望みをかけて。


〈了〉


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