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悪役令嬢の婚約破棄「ヒールは、癒しを与えるのでなく、引き立てるのです。皆様を輝かせる人生の上級者ですわ」

作者: 多々良ひつじ

「シャルル・シャルラ・シャルラテ・ド・ヴィラン。今この場にて、お前との婚約を解消する!」


 私、シャルル・シャルラ・シャルラテ・ド・ヴィランは、扇で口元を隠すと、狼狽えることなく片眉を上げてゆっくりと王子様へと視線を送り、


「ふふふ」

 

 と、淑女の微笑で答えしました……『なぜ?』とお尋ねするのは、野暮ですよね。

 ふふふ。

 ……よーし、完、璧!

 婚約破棄を突き付けられて、驚くどころか理由も聞かない。これでもかと言うほどの、悪女の仕草だわ。

 いけない、いけないわ。まだ幕は上がったばかりよ。

 内心、絶賛自分舞台のスポットライトカモン状態に浮わついている事が、表に出てしまっては二流よ。

 でも、仕方無いじゃない。

 王子様、恰好良すぎるんですもの。

 御身が高くて、足が長くて、筋を彫ったような御体は当然として、絹糸のような金髪。染み一つない白い肌。空の色の瞳。

 まさに、物語の中から抜け出たようなお方。

 そんなお方が、ヒールたる私と興じて下さる。

 ……最高。

 さて――

 今は、学園の卒業パーティーとは名ばかりの、今後のご縁を見定める、お友達確認会の真っ最中です。

 やはりと言うか、当然というか、殿方はもとより、淑女の方々も、私に近寄って来られません。

 私が、こちらに居られる王子様の婚約者という事の意味は、はやり大きいのでしょう。

 普段の努力の結果でもあると思うと、ワクワクさせられてしまいます。


「アレレ嬢に対する度重なる嫌がらせ――いや悪行。見過ごせるものではないぞ」

「悪行? ですか」


 今気が付いたとばかりに、王子が手を差し伸べたアレレ嬢に目を向けます。

 派手さを抑えた山吹色のドレス。それにならった花であしらわれたヘッドドレスは、肩で揃えられ栗色の髪を、更に美しく引き立たせておりますわ。

 食事に不便がないのか不安になる程小さな顎。丸く零れ落ちてしまいそうな大きな瞳に、飾り羽を思わせる長いまつ毛。 

 身体つきも、貧相ということは無く、かといって下品な程の肉付きでもない。

 はあ、うらやましい。

 私のはどっちらかというと下品な……いえ、蠱惑的な方ですから。

 今日の大舞台は、と思って気負い過ぎたかしら。胸の巻布がきついわ。

 この後、食事は無くても、喉を潤す場面があったら、ちゃんと出来るかしら。頑張らなくちゃ。

 今はそれよりも、彼女よ。

 可愛いわ。いじらしいわ。ヒロインだわ。

 抱きしめてしまいたくなるけど、ここは我慢よ。後で和解してから、いくらでもしたらいいのよ。ええ、そうよ。だから、私の口角まだ頑張って!

 上がってしまいそうになる口元を、引き止めます。


「何を白々しい。このアレレ嬢に起きた事は、彼等も見ていたんだぞ」


 アレレ嬢の肩にそっと手を回す王子様――はあ~、絵になるわ~。

 思わず、吐息が零れ破顔してしまいそうになるのをグッとこらえる。

 隙あれば、私を落としに掛かかってくる……恐ろし方々っ。

 私は、ヒール。プライドの高い、気品あるヒール。

 なら――

 ここは、目を細めて顔を伏せるに見せかけてからの、横目でアレレ嬢を見止めるのがベスト!


「君は、彼女のハンカチーフを、学舎の泉に投げ捨てただろ」


 アレレ嬢の後ろには、数名の殿方が。

 どうもお一人ずつ私の悪行を、順番に述べる手筈ようですね。

 この方は確か……あの家のご息女と婚約していたはず。

 どう見ても、心変わりしたようにしか見えません。

 これは、いけません。

 せっかくのヒールが、霞んでしまいます。

 ここは、扇であおぎながら、そっぽを向いて、


「拾った布切れを泉の縁に掛けただけですわ。それが、風に吹かれたのではなくて? 風の精霊もそこにある事が、耐えられなかったのかしら?」


 よし。あの綺麗な刺繍が入ったハンカチーフを布切れ呼ばわり。しかも、彼女のと分かったからこその『布きれ』扱い。これはインパクトがありますわよね。

 あ、もちろん、故意にやりましたわよ。

 コレを濡らすのかと、どれ程の葛藤をしたか、今思い出しても胸が締め付けられます――ん? 今は胸の巻布のせいかしら?


「そ、そうなのか……アレレ嬢は、精霊に嫌われていたと言うのか」


 ちょっと、待ってー!

 人が物思いに耽るわずかな隙に、ひよらないで下さいまし。

 なんですの、わたくしを睨みつけてからの、その引きつったお顔は。せっかくの美男子が台無しですわよ。

 でも、ど、どうしましょう……


「そんな分け無いだろう! 貴様、まだアレレ嬢を貶めるのか!」


 ナイス、王子様。

 さすがです。恰好良いですよ。ええ、紳士です。まさに紳士です。


「失礼、授業での事だ。シャルル・シャルラ・シャルラテ・ド・ヴィラン嬢は、自身から進んでアレレ嬢とペアを組まれた。なのに、アレレ嬢が注いだお茶を手に取って見るや、故意にカップを傾け零した。その場では、手が滑ったと言っていたが」


 二人目の告発者。

 今度は軽くあごを引いて、気持ち上目使いにて迎え討ちます。

 小悪魔っぽさが、出せたかしら。

 それにしても、私の名前を間違えずに言いあげるなんて、さすがは北の才子。お噂通りですのね。


「ああ、そんな事もありましたわね」

 

 あれは、絶好の機会でした。

 まさに、落とした鳥で、兎を狩る。ですわ。

 いえ、おまけに森真珠も近くにあったくらいの出来でしたわ。

 入れて頂いたお茶をあえて零す。――ヒールの王道ですわよね。

 あの時、アレレ嬢は緊張なされていたようで、カップの温めや、茶葉の蒸らしが、少し――ほんの少し、足りませんでした。

 あれだけ努力されておられたのです。報われなくては嘘ですわ。

 お陰様で、私のヒールにも力が入りました。


「結局あなたは、決してアレレ嬢が入れたお茶に口をつけないどころか、同じ物に触れられないと、茶器の全て替えさせた」


 それに、あの臭い。


「余計な事を」


 いけない、けいない。ちょっと声のトーンが下がってしまいしたわ。

 どここのどなたか存じませんが、御ふざけを通り越した物をお混ぜになって、ヒールの矜持もない方が悪事などと!

 

「否定は、しないのですね」

「起きた事は、事実ですもの。否定も肯定もありませんわ」

「ぼ、僕も見たんだ!」


 あら、三人目のですわね。

 もう少し北の才子との会話を楽しみたかったのですが。


「あ、あの短剣事件の時だ。アレレ嬢の、へ、部屋から、で、出てきたよね」

 

 小柄なぽっちゃり体型で、いかにも気が小さい印象でしたが、この方も立派な殿方でしたね。


「ば、馬鹿にするな。僕は、お、男だ」


 知らずに、呟いてしまっていたみたいです。

 しかし、意を決しての行動なのでしょう。一生懸命すぎましてよ?


「短剣事件?……なんでしたかしら?」

「と、とぼけるな。アレレ嬢の寮室に、短剣が置かれていた事件だ」


 正確には、ベッド上へ鞘に入った短剣が置かれていた。ですわね。


「ああ、ありましたわねそんな事」

「な、なんだ! その――」


 わたくしは、開いた扇を閉じて手の上で一叩き。

 声を遮ったところへ、こめかみに力を込めて、熊鷹眼であれと睨み。


「何方に聞いたのか存じませんが、聞いた事を自分が見たように話される事は、殿方の格を欠きますわよ」


 寮は、男性用、女性用それぞれに分かれていて、互いに女子禁制、男子禁制となっております。

 まあ、若い男女がよれば……という事なのです。

 そうそう、偶に勘違いされている方がおられますが、性的な意味ではなく、精神的な処への気遣いですわよ。

 学園で良縁を求めて。という側面は当然あります。

 ただ、同じくらい既に婚約をされている方も少なくありません。

 婚約された方へのアプローチ。

 婚約者がいる方が、他の方へ……

 恋愛遊戯と、婚姻を分けて考えられるには、若い集団ですわ。

 そういうトラブルを抑える意味が強いのです。

 つまり、この殿方が女子寮にあるアレレ嬢の部屋から、私が出てく処を見てはいけないのです。真実であればこそ。


「その方に何かするとでも、お思いなのかしら? 悲しいですわ」


 泣きまね――苦手ですわ。だって、本当に泣いてしまいそうになるんですもの。

 わたくしのヒールも、まだまだですわね。


「う……、そ、そうだ。そうだった。彼女は君の報復を恐れて、僕を頼ったんだ」


 ちなみに短剣は、わたくしが置きましたわ。

 だって、ベッドに針を撒くなんて、見つけてもらえないじゃないですか?

 ですから、危ない針は回収して、あからさまな短剣を置きましたの。

 そういえば、この針をそのまま捨てるは勿体ない気がしたので、内のメイドにその針を渡したら、

 ①凄く慌てる。

 ②わたくしに不調がないか、しつこく尋ねてくる。

 ③突然激怒して、他の使用人と一緒に、どこかへお出かけ。

 何をしに出かけたのか聞いても、『キレイにしておきました』としか教えてくれなかったわ。

 後、使用人が増えていたわね。


「まあ、お優しい事」


 これで取りあえず、この方は大丈夫、と。

 告発者は、この御三方で終わりのよう――ですわね。

 では、よいよですわね。

 高ぶってきましたわ!


「何が面白い?」


 王子様が、不愉快だと私に投げてきました。


「まるで、わたくしがヒールのようなので、つい」

「ヒール? ここまで来て、自分は悪くないとでも言うのか?」

「恐れながら、善悪の捉え方は、その時々かと」

「ふんっ。しかし、これは言い逃れできんぞ」


 アレレ嬢を背中に隠すように一歩前にお出になって、こう続けられました。


「シャルル・シャルラ・シャルラテ・ド・ヴィラン。貴様は、このアレレ嬢を階段上から突き飛ばした。そして、私はそれを目撃している」


 目をいっぱいに見開いて、開いた扇の縁が目にかかる程度――顔の半分以上をします。

 もちろん突き飛ばしました。思いっきり。

 階段上だったので、中途半端に行うと階段を転げ落ちてしまいます。

 ここは、非情に徹して階段下までダイレクトに飛んで頂きました。

 王子様の位置を確認して――はい、王子様ナイスキャッチでした。

 本当は、もっと低い場所で行うはずでしたが、邪魔をされました。

 ヒールを殴っていいのは、ヒーローだけです。

 内の使用人に言って、件の魔術師に教育を行って頂きました。

 貴様が殴るのは、ヒーローだと。

 あ、今気が付きました。

 ひょっとして、彼はダークヒーローを成していたのでしょうか?

 これは後で、確認ですわ。


「人を突き落す事まで、良しとはすまいな」


 物思いに耽っていた私の姿に、王子様は大きな自信をお持ちになったようです。

 頑張って、顔の血の気も引いてみます。

 これ、練習してもうまく出来ないのです。顔を赤くするのは、簡単なのですが。


「シャルル・シャルラ・シャルラテ・ド・ヴィラン。どうした? 顔が白いぞ」


 あ、出来てました。

 今度から、これにしましょう。

 何をしたかと言うと、アレレ嬢から抱きつき禁止を言い渡されるのを、想像いたしましたの。

 ……やっぱり違う方法を模索しましょう。

 本気で泣きそうですわ。


「――確かに、私の前に彼女がいたかと存じます」


 泣くな、私!


「しかし! ……しかし、なぜ私が突き飛ばしたと、お思いですか」


 いけない、ちょっと涙声になってしまったわ。


「泣き落としなど、俺には効かないぞ」


 お優しい方。声に焦りを感じます。

 もう少し、非情になってよろしいんですのよ。

 わたくしは、ヒールなのですから。

 と、いう事で――気合――ですわ!


「そうですか」

「な!」


 出来る限り淡々と、はっきりと聞こえる声で、呟きます。

 作戦が失敗したので、無駄な事は止めたように。

 より背筋を正し、足の先まで心を込めます。


「この性悪な女が」

「お褒め頂き、誠に有難うござます」

「な!」


 本日二回目の、王子様の驚愕のお声。

 嬉しくて、即答してしまいました。

 これは、不注意ですね。

 このままでは、ただの嫌味になってしまいます。


「『巧妙な女』などと、もったいない」


 少し、かなり強引ですが、いけますでしょうか?


「ずいぶんと都合のよい耳を、しているようだ」


 いけました。


「なるほど。貴様の中では、これらの事が都合よく解釈しなおされているわけか」

 

 あ、いけません。そっちではありあません。

 悪意無き狂人ではなく、故意のヒールと理解していただなければ。


「『性悪女』ですから」

「な!」


 はい、本日三回目の『な!』を頂きました。

 王子様を弄わたくし。

 これで、いかがでしょうか?


「貴様、やはり全て分かった上で。狂人の振りなど、小賢しい」


 はい、修正完了です。

 しかし、王子様のステージが一つ上がってしまいした。

 難しいですね。


「はい、わたくしは小賢しい娘です」

「何を今さら」

「本来なら、婚約者として王子様へ衷心(ちゅうしん)よりお諫めするのが道理。しかし、わたくしには、それは叶いませんでした」


 ドレスが汚れる事を厭わず、片膝をついて王子様に祈りを捧げます。――懺悔の方がしっくりくるでしょうか。


「故に、アレレ嬢から王子様と距離を取る事を望みました」

「つまり、これらの悪行を認めると言うのだな」


 いいですよ、いいですね。

 目を合わせると、『立て』言われるのが分かっているので、王子様の喉元を見つめ続けます。


「やはり、貴様とは――」

「おお、我が愛する妹よ。んっんっん。ハンカチでも落としたのかな?」


 あ、発声に失敗しましたね。


「お兄様。王子様の前です。控えて下さい」

「これは、王子。御前にて失礼いたしました」

「カーマ・セイヌ・ド・ヴィラン」


 腕を大きくゆっくりと振って、嫌味のある仰々しい挨拶を王子へしたのは、私の上のお兄様です。

 今度は、ちゃんと半音高い声が出ています。

 カーマ兄様は普通に話すと、低音の効いた凄みのある声になってしまうので、発声練習は日課になっています。

 ファルセット、御上手なのですのよ。

 体も筋肉が付きやすいので、食事と運動を計算し、細い肉付きをキープしています。涙ぐましい努力の賜物です。


「本日も素敵ですね。今度、遠駆けを御一緒にいかがでしょうか? うふっ」

「いや……済まない、予定がな」

「それは、残念です」


 カーマ兄様は、男色家。と、いう事になっております。

 わたくしの同志であり、尊敬する家族であり、ライバルでもありますわ。

 カーマ兄様、ここですわ。


「分かっている」


 しれっとわたくしの手を取ると、そのままカーマ兄様は、わたくしを引き起こしました。

 これで、わたくしの舞台は終了です。

 不完全燃焼ですわ。自身の未熟さが歯がゆいです。


「さて、これは随分と可愛らしい方ですね。お名前を伺っても?」


 アレレ嬢の驚いた様子に、王子様はとたんに不機嫌になります。

 そこから斬り込んでいかれますか。


「失礼いたしました。私は、カーマ・セイヌ・ド・ヴィラン。ヴィラン家の長子であり、王子の婚約者シャルル・シャルラ・シャルラテ・ド・ヴィランの兄です」


 右腕を大きく振って、自身の胸元へ手を添えます。

 そこはもう少し下ではないでしょうか。

 あ、直しました。後で、反省会ですね。


「ああ、確かに」

「何がだ」


 カーマ兄様。良いオーバーアクションです。

 ですが、わたくしが突然蚊帳の外ですわ。

 ここは、わざとらしくカーマ兄様の腕に寄り添って、自己アピールですわ。

 こっちにも話を振ってくださいまし。


「可憐にして、いじらしい。婚約者のいる男共を狂わせるに十分な魔性……」

「貴様、何を言い出す」

「私も、(ほだ)されてしまいそうだ。妹よ」

「そうでしょう、カーマ兄様。でも、いけません。御姉様が悲しみますわ」

「ああ、何と罪深い事だろう。しかし、妹よ。まだ私達は婚約者の間柄なのだよ。『御姉様』は、気が早くないかな?」

「下々のような事を言って。貴族間の婚約は、市井の結婚以上に重い事を知っておられるくせに。言葉遊びが過ぎましてよ」

「まあ、そうだよね。貴族の義務は死んだ者だけが果たす。貢がれている身分で自由を謳い上げる事のなんとハレンチな事よ」


 カーマ兄様。ヒール。ヒール。


「……僕は恥ずかしい事が好きなんだ。だから下々の者には、もっと貢いでもらわないとね」


 カーマ兄様に、男色家に次いで、M資質が今追加されましたわ。

 今後もこの設定を生かすのは、正直きついみたいですわね。

 口元がピクピクしています。


「貢がせるのは当たり前ですわ。ふざけ慣れていない事は、控えた方がよろしいのでは?」

「そうか、慣れない事はしない方がよかったかな」


 これで、貸し借り無しですわよ。


「カーマ・セイヌ・ド・ヴィラン」

「はい、王子」

「今、貴様は『死んだ者だけが貴族』、そういったな」

「意味としてなら」

「なら、今生きている私は、恥さらしだと言うのか!」


 カーマ兄様とのやり取りに苛立たれていると考えていましたが、王子様の怒りのベクトルが一気に違う方向へ向かってしまってます。

 ただ、この内容はまずいですわ。

 カーマ兄様!


「違います。王子、王家は貴族ではありません。王家は王家なのです。貴族は死なねばその価値を示せませんが、王家は何があっても生き延びなければなりません。泥を啜ろうと、恥を重ねようと、王家は存在しなけれなばなりません。だからこそ、御身の振る舞いは、げっ――」


 いい加減に、なさいまし。

 やはり、やってしまいましたか。肘鉄を入れて差し上げましたけど。

 カーマ兄様は、熱心な臣下ですからね。

 心からの言葉とはいえ、地声になってましてよ。

 疑いますの? 本当ですわ!

 王子様のお顔を見て下さいまし。

 さて、どう巻き返しましょう? 困りました。


「と、あの堅物が言ってましたが、私には何がなんだか」


 ええ~。

 それは苦しすぎません事?

 ほら、王子様。困惑されておられますわ。


「おっと、これは見目麗しい。どうですか、私と星を見に行きませんか?」


 大きく動いて、仕切り直しですか。なるほど。

 わたくしへの告発者の方々。その更に後ろに集まっていた令嬢の一人へ、カーマ兄様は滑るように歩み寄って、声をかけました。

 あの方は、一人目の告発者の婚約者だったはず。

 しかし、『星を見に行く』なんて、あからさまな一夜へのお誘いですわよ。


「何? 婚約者が最近冷たいと。ああ~、でしたら私がその心の隙間をお埋めしましょう」


 一人目の告発者の方が、酷く驚かれてます。

 他者へ好意を寄せる事が、婚約者から疑念を持たれる事につながるとは、お考えで無かったのかしら。

 それとも、解消するつもりが、させられそうな雰囲気に、優越感を砕かれそうなのかしら。


「いけませんは、カーマ兄様」


 王子様や、その後ろの告発者の方々の頭越しに、声を張り上げるような、はしたない事は致しません。

 ちゃんカーマ兄様の横に寄り添って声を掛けます。

 ふふふ。王子様も皆様も、先ほどまでわたくしが居た場所とわたくしとを交互に見ておられますね。

 これぞヒールスキル、『いつの間にかそこにいる』ですわ。

 スキルと言っても授かりモノではありません。技術です。修練です。努力の形です。


「わたくし達に恋愛遊戯は、まだ難しですわ」

「そうかい? 皆さん、十分に紳士淑女として社交界への準備が、済んでいるようにみえるけど?」


 カーマ兄様は踊るように、言葉に合わせて役を演じていきます。


「王女に心を捧げる騎士。他国の姫を虜にする現王。婚約者に言い寄ってくる既婚者。こんなに魅力的なママゴトを、恋愛で止めてしまうほど野暮な事をする方々ではないでしょう――ねぇ?」


 両腕を広げて天を仰ぎ見たまま、顔を横に傾けてからの、値踏みするような目で見渡す。

 やりましたわね。悔しいですわ。うらやましいですわ。

 必至にかくしていらっしゃいますけど、歓喜な大満足が、背中からあふれ出ていますわ。

 ソロにて衆目を集めての皮肉。

 今回は完全に負けましたわ。


「遊戯……」


 王子様は、完全に気勢を削がれてしまったみたいです。

 完全にカーマ兄様に持っていかれてしまいました。

 ヒールの道は長く険しいですわね。

 いえ、最後まで足掻きますわ。


「アレレ嬢、わたくしと来なさい。話があります」


 事の成り行きについて来れないのか、反応がありませんけど、


「口答えは許しません」


 ここは勢いで、押し切った方が勝ちですわね。


「待て」


 あ、やっぱり王子様は、誤魔化せませんでした。


「婚約者たるわたくしが、御身から離れる事に寂しさを覚えて頂けることは、喜びに耐えません」


 既にアレレ嬢は、私の後ろに。

 ここは、にんまりと悪戯が成功したように目を輝かせて、


「これから行われるのは、淑女の秘め事。故に、殿方の同席は無粋ですわ。では、ごきげんよう」


 ここから加速していきますわよ。

 (きびす)を返して、アレレ嬢をつまずかせない程度に、手を引いて行くと見せかけてからの、


「何をしています。皆さんも行きますわよ。手綱の握り方も知らない御令嬢の皆さん」


 と、来るのが当然と令嬢の方々へ声を投げます。

 殿方のボルテージが一気に上がったのが分かりますわ。

 わたくしに、種馬扱いされたわけですから。

 王子様は――さすがです。さらに素敵な方になられました。

 お一人だけ、悠然としておられます。

 あ、カーマ兄様もいましたか。

 くっ、まだ余韻に浸っていますね。本当にうらやましい!



□  □  □



「では、ヴィラン家定例会を始める」

「お父様? 叔父様とクッコロお姉様がまだのようですが」

「ここでは、『影の首領』と呼んではくれまいか。シャーシャよ」


 シャーシャは、わたくしの愛称です。

 月に一度の――ようなご発言ですが、いつもの夕食です。


「失礼いたしました、影の首領様。叔父様――えーと、『深淵の知恵者』?とクッコロお姉様が、まだようですが」


 当家では、『家族揃って夕食を』が、お父様――影の首領様のモットーなのです。


月虹花(げっこうか)よ」

「はい、貴方」


 影の……申し訳ありません、お父様。思考の中まで徹底する事は、難しいようです。

 それより、わたくしには呼び直させましたのに、月虹花――お母様には、しないんですの?


「……言えるわけないだろう」

「あら、何か? 貴方」

「いや、シャーシャに説明を」


 お母様、お父様に雑事を強いられる事が、本当にお好きですよね。

 まさに、花が咲いたような笑みですわ。


「『深淵の知恵者』とクッコロお義姉様は、東の地にて極秘作戦を展開中なのですよ」


 ああ、お仕事で遠方へ行かれておられるのですね。

『深淵の知恵者』とクッコロお姉様はご夫婦で、クッコロお姉さまはお父様のお姉さまです。

 叔母様と呼ばない事は、淑女の当然の嗜みですよね。


「食事が整うまで、各自の成果の報告を」

「では、わたくしから」

「うむ、月虹花」

「宰相様をわたくしのび――んっうん。失礼しました。美貌で、『夜蝶の計への(いざな)い』は、問題なく進んでおります」


 お母様は、本当にお美しいのですから、自身で『美貌』と口にしても、お顔どころか耳まで赤らめる必要は、まったくないのですよ。


「さすがだな」

「他の蝶への関心の全てが、今やわたくしに向いております。機が熟した際には、奥方へ……楽しみを取っておくのが大変ですわ」

「美しい花に棘がある事を分からせてやれ。……後、手折られる事のないようにな」

「棘を避けて花を摘むためには、丁寧で繊細でなければ無理ですわ。あなたのように」

「そうか。後で個別で話がある。よいな」

「賜りました」


 仲が良いのは嬉しいのですが、枕を並べるお話は、そろそろ年齢的に……なんと表現しましょうか。あー、無理ですわね。これしか思いつきません。

 キツイですわ!


「それに、この月虹花には、自慢の息子――『ダーティーハンド』が、ついてくれていますから」

「そうだな。フーミ――すまぬ、ダーティーハンドの功績は無視できないな」


 フーミお兄様は、わたくしの二番目のお兄様です。

 長子であるカーマお兄様。次兄であるフーミお兄様。末子のわたくし。

 ヴィラン家は、三人兄弟です。

 庶子は居りませんわ。

 お父様の渋さはある意味凶器です。しかし、市井の方でも当家の家名に皆様距離を置きます。

 逆に家名にすり寄ってくる方々は、……可哀そうで、表現できませんわ。


「それで、ダーティーハンドからは無いのか?」


 フーミお兄様は、何時ものように黙ってますわ。

 もちろん、ちゃんとお父様に目を向けていますわよ。


「うむ。今日も良い凶眼だな」


 ね?


「貴方。ダーティーハンドは今日も、子供からお年寄りまで、騎士団の方々も、震え上がらせていましたわ」


 ああ、落ち込まないで下さいまし。フーミお兄様。

 フーミお兄様は、カーマ兄様よりも背があり、筋骨隆々としたお体ですわ。

 大柄というより巨大なと形容したほうが、しっくりきますわね。

 子供好きで、趣味は編み物。編みぐるみは、ブランドを立ち上げれるレベルです。もちろん、当家で独占ですわ。

 短く刈り込んだ御髪と、凶眼。淑女の腰回りもある腕に、荒縄でくみ上げたような脚。

 その立ち姿は凶悪の一言ですわ。

 見かけ倒しなら良かったのでしょうが、実際にお強いです。

 どれくらいかというと、騎士団長に稽古の相手として指名を受けるほどの、魔術師です。

 正確には何でしたかしら? 魔力装束……エンハンス……修練術師……熊鷹……とにかく、戦う人ですわ。

 カーマお兄様は、影? シノ……シノ……もの凄く速く動ける人ですわ!

 

「さて、またせたなカーマ? 混乱の御子よ」


 ずっとそわそわしているのを、必死で隠されていましたものね。


「私は今回、王子と他の紳士達へ、婚約者との関係に一石を投じて参りました」

「うむ、聞いておる。素晴らしい成果だったようだな」

「はい。若輩なる身なれど、一つ上のステージがを見る事が出来ました」

「そうか、そうか。驕ることなく励め」

「はい」


 あっさり過ぎる気がいたしますが、このお話は皆聞いておりますから。

 カーマお兄様へ、家族と言わず当家の使用人達も話を伺いに足を運んでいましたもの。


「さて、シャーシャ。まだ二つ名を持たぬ娘よ。本当に良かったのか?」

「はい。未練はございません」


 王子様との婚約は、白紙となりました。

 正直、王妃教育は大変に身になりましたわ。

 王子様の事は、尊敬しております。憧れております。好意――恋愛感情も抱いております。

 しかし、結婚相手ではなかった。と、いう事ですわ。

 当家の殿方は、皆首をひねりましたが、お母様やクッコロお姉様、メイドの皆は、理解を示してくれましたわ。

 

「何度も確認した事だ、これを最後としよう」

「有難うございます。影の首領様」

「今は、父と呼んでほしい」

「はい、お父様」

「娘が今しばらく手元に残る事を喜ぶ甘さは、『影の首領』には似合わないのでな」

「あら貴方、そこは『もっと使える駒があるからな』では、いかがでしょう?」

「おお、そうだな。さすがだ。それでいこう」


 うんうんと、満面の笑みを家族へ向けるお父様をみると、こう、ほっこりとします。


「いいか、我がヴィラン家はヒールである。ヒールの矜持を持て。ヒールの振る舞いを研鑚(けんさん)せよ。悪人には退場を。ヒーローには喝采を。ヒロインには祝福を。それこそがヴィラン家である!」


 お父様の訓示を終えると、食事の始まりです。


「そういえば、シャーシャ?」

「なんですか? カーマお兄様」


 食事が始まると、二つ名の使用は禁止です。日常に持込むと特別感が薄れると、お父様からありましたの。


「パーティーでの野望は、叶ったのかい?」

「もちろんですわ」


 我慢しなくても良いのですけど、破顔しすぎるのも、どうかと思います。

 野望とは、もちろんアレレ嬢ですわ。

 ぎゅーて、ぎゅーって、しましたわ。

 ふわふわ、でしたわ。もふもふ、でしたわ。ぬくぬく、でしたわ。最高でしたわ!

 でも……


「どうしました? シャーシャ」

「いえ、なんでもございません。お母様」

「遠慮なく言いなさい、シャーシャ。他愛もないと思うことほど、解決は容易くないのだから」

「ありがとうございます。お父様」

「話の流れからすると、アレレ嬢の事だと思うけど?」

「さすがですね、カーマお兄様」

「最近できたお友達。だったか?」

「はい、フーミお兄様。可愛らしい方で、仲良くなれてこの上ないですわ。……ただ」

「ただ?」


 家族だけでなく、その場にいた使用人達も、私の言葉を繰り返してきました。


「私がヒールな事をしても、アレレは嫌がってくれないんですの! ん~!」


 思わず、手足がバタついてしまいましたわ。

 ヒールの道は長く険しいですわね。

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