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元町散策

 観覧車を下りて、いよいよ解散となる時、去ろうとする彼女のコートのそでを子どものように掴んだ。


「あの、来週も会いたい……です」

 携帯は修理中らしく、連絡がつけられないという美雪さんに会えるのは、口頭での約束しかない。

 男らしく『会ってくれ』と言えればいいのに、情けない俺は結局こうやって口ごもってしまう。


 突然袖を引っ張られた美雪さんは目を丸くしていたけれど、すぐに優しく微笑んでくれた。


「いいよ。弟ができたみたいで、私も楽しいから。よかったら、今度は私の髪、切ってよ」

 ぽんぽんと俺の頭を叩いてきながら、彼女はお姉さんぶって笑う。


「もちろん! でもその代わり、返品はできないから」

 にかっと笑い返して、彼女と駅で別れる。

 “弟”という単語にわずかばかり落胆するが、それでもまた、美雪さんに会えることが嬉しかった。



――・――・――・――・――・――


 暖かい日と寒い日を繰り返し、あっという間に約束の日曜日がやって来た。

 この日の気温は、いつもより低めの十三度。

 春が近づいてきたのだろう。

 十度を下回る日はなくなっていた。



 女子といえばスイーツで、スイーツといえばパンケーキだよな。

 そう短絡的に考えて、この日はパンケーキ屋に連れて行ったのだけれど、俺の予想を上回るほどに美雪さんはパンケーキにハマってしまったようだ。

 外でパンケーキを食べたことがなかったらしく、本当に幸せそうな顔をしながらほおばっていた。


「あのさ、今日は美雪さんの話が聞きたいんだけど」

 口の端にホイップをつけている美雪さんに、そう話しかける。


 何度か会う機会はあったけれど、彼女は俺の話を聞きたがってばかりで、自分のことはほとんど話してくれない。

 はぐらかすのが上手いのか、気が付いたらいつも、全然違う話に誘導されているのだ。


「私の話? 別に面白くもなんともないよ」

 オレンジジュースを飲みながら、美雪さんは笑う。


「どこの学校に行っててどんな勉強をしてるとか、出身はどこか、とか。どんな友だちがいるか、とか。美雪さん何にも教えてくれないじゃん」


 大人げなく口をとがらせると、美雪さんは困ったように笑った。


「うーんと、教えたくないとか、そういうんじゃなくって……あ、出身くらいは言えるよ」


 出身くらいは、って何なんだろう。

 ひょっとして美雪さんは女優のたまごとかそういうので、プロフィールの露出が禁じられているんだろうか。


 まぁありえなくはないな、と納得する。

 道を歩けば、皆が皆振り返るような美人だし。


「そっか。いろいろ隠さなきゃいけないってことか。連絡先教えちゃいけないのもそういうわけなんでしょ?」

 正直友だちにすら昇格できていなさそうなのが悔しかったけれど、ニカッと笑い、理解のある男の振りをする。


「うーん、そうだね。そうかも」

 何とも歯切れの悪い返事をした美雪さんは「私はね、渋谷出身なんだ」と言っていた。


「渋谷! 都会だ」

 目を見開いて言う。


「そう。とっても華やかで人通りが多くて、賑やかなんだよ」


「さすがにそんなのは、俺でも知ってるって」

 楽しそうに話す美雪さんに、思わず苦笑いをする。

 渋谷について話す時、ハチ公やマルキュー、スクランブル交差点じゃなく、単純に華やかさについて話す人を初めて見た気がした。



――・――・――・――・――・――・――


「ねぇ、今日はどこに行くの?」

 首をかしげる彼女に「先週の約束、忘れたとは言わせないから」と、にやりと笑いながら言い放つ。


 人通りのある元町の通りを並んで歩き、小さな店の前で足を止めた。

「あれ、ここって……」


「そう、美容院!」

 ウッド調で統一されたカジュアルな雰囲気のここは、はとこの武志おじさんがオーナーをしている美容室なのだ。


「今日はお休みみたいだよ?」

 CLOSEの看板を指差して美雪さんは言うが、俺は首を横に振った。


「頼んで二時間だけ貸してもらったんだ。俺も武志おじさんにちょっとずつ教えてもらってるし、仕上げはプロがやってくれるから安心して」

 そうは言ってみたものの、自分が一番緊張していた。

 頼まれて妹の前髪を切ってやったり、後ろをそろえてやったりとかはしていたけれど、全部を自分でやったことは一度もなかったのだ。



 俺の緊張度合いをわかってしまったのだろうか。

 美雪さんは噴き出すように笑ってきて。


「顔が怖いよ~。髪なんて伸びっぱなしだし、美容院なんて行ったことないから、失敗したところでわかんないよ」

 そう言って、彼女は美容院のドアを開けていく。

 女優のたまごのなのかもしれないのに、美容院に行ったことがないなんて、そんなことでいいんだろうか。

 俺なんかよりもよっぽど肝が据わっていて、オシャレにも無頓着むとんちゃくなようだ。



 ドアについた来客の鈴の音を合図にして、奥からおじさんが駆けてくる。


「いらっしゃい。啓太よく来たな、って、え……!?」

 恐らく、俺が年上の、しかも美人を連れてきたことに驚いたのだろう。

 (ほう)けたおじさんは仕事道具を床にぶちまけてしまい、静かな室内に派手な音が響き渡った。

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