魚と腹
久しぶり。5年ぶりかな?
太った?会って、いきなりそれかよ。
でも、いいや。これ、幸せ太りだから。
そう。結婚したんだよ、俺。もう2年目。
美人で、明るくて……一番いいのは料理が上手いことかな。
こうして釣った魚を持って帰るとさ、次から次に美味い物になって出てくるんだよ。
天ぷら、フライ、唐揚げ、カルパッチョ。もう楽しみでさ。
それが全部この腹の元。メタボリックもいいところだけど、しょうがないよ。
釣りも食うのも止められない。
久しぶりに会った釣り仲間にさんざん自慢して、俺は明け方家に帰った。滅多に会わない人にくらい、惚気たっていいだろう。
今日は日曜日、土曜日の夜から日曜日にかけての夜釣り。月に1度は必ずどこかに出かけている。
妻の鮎子を起こさないように、静かに車を停め、静かに玄関に入り、静かに廊下を歩く。
短い廊下を抜けると、ダイニングキッチンがある。釣った魚をクーラーボックスに入れたまま流しに置いておくと、後は鮎子の出番だ。俺はこれからぐっすり眠り、起きた時には美味い飯にありつけることになっている。
寝る前にシャワーを浴びようと、タオルや着替えを出すために居間にある箪笥の前に行く。
ふと下を見ると、箪笥の下から紙の端がのぞいている。
何気なく引っ張り出し、印刷されている内容を見て、眉間にしわを寄せた。
見覚えの無い生命保険の契約書。被保険者は俺。受け取り人は鮎子。死亡時の保険額は……3億?
その時、声がした。
「お帰りなさい。何してるの?そんなところで。」
鮎子だ。パジャマを着て、まだ眠そうな目をしている。
「これは?契約するつもりなのか?」
書面を示して、質問する俺を鮎子が笑い飛ばす。
「契約するわけないじゃない。掛け金いくらすると思ってるのよ。」
確認して、すぐに納得した。
俺の月収の半分が飛んでいく額だ。
「だいたい、半年前に契約したばかりじゃない。これ以上生命保険に入ってどうするのよ。それはその時、試しに見積もってもらった分。落としたら、箪笥の下に滑り込んじゃって。要らない物だし、わざわざ取るのが面倒くさくて、放っておいたのよ。」
笑いながら説明する鮎子。
半年前の契約なら覚えている。掛け金も保険額もあまり高くない、普通の保険だった。 「それ、捨てておいてね。あたしはもう少し寝るから。」そう言い残し、鮎子は寝室に去っていく。
俺は紙をごみ箱に突っ込んで、シャワーを浴びるために浴室に向かった。
丸々と太った大きな魚。
まな板の上に置き、頭を落とす。
はらわたも綺麗に取り出した。
手が血まみれだ。
背後から聞こえてきていたいびきが突然止まる。(彼はよく居間のソファーで寝てしまう。)
睡眠時無呼吸症。そのままでも身体に良くないし、満足に眠れないから居眠り運転の元になる。肥満が主な原因の病気。
夜釣りに行く時はいつも猛スピードを出していると彼は言っていた。
今日が駄目だったから、また来月ね。
あの保険、事故死だと保険額がはね上がるのよ。
もう一匹、魚をまな板に載せた。
首を切り落とす。
ゴトン。