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『睡眠探偵、襲来』

作者: クマ

登場人物

・少女→名探偵を名乗る少女、15歳。猪突猛進型で、いつも根拠のない自信を持っている。

・青年→25歳の青年。親族の忘年会に参加したところ、殺人事件に巻き込まれた。常識人。

・警部→おっさん。


『睡眠探偵、襲来!』


少女「事件よ……事件の匂いだわ!」

青年「あ、ちょ、君!君、どこから入って来たのさ!人の家に勝手に入ってきちゃだめだって!それに今、ここでちょっと事件が起きて……色々と、立て込んでるし」

少女「人の家?ふっふっふ、何を言っているのかね、ワトソン君」

青年「……いや、僕どう見ても日本人だよね?」

少女「探偵と勇者は、人の家をいくら家探ししても怒られない!それが暗黙の了解だろう?」

青年「誰も了解してないよ!?普通に住居侵入罪だよ!?」

少女「細かいことはいいのいいの。さっ、まずは事件の概要を話してもらえるかな、竹内くん」

青年「……な、なんで僕の名前を……?」

少女「ふっ、簡単な推理よ。この家の表札が竹内だったの」

青年「……本当に、簡単な推理だね」

少女「だから言ったじゃない。それで?早くこの名探偵に事件の説明をしてくれない?……あ、パンパンッ(手をならす音)パンパンッ(手をならす音)」

青年「……何、してるの?」

少女「何って、のどが渇いたからメイドを呼ぼうかなって」

青年「うちにメイドさんはいないけど?」

少女「え?うっそー、マジで!?信じらんない!メイドさんもいない家で、事件が起きたの!?うっわ、引くわー」

青年「……あれ?なんかすっごい理不尽にけなされてる?」

少女「あんた、エラリー・クイーンとかアガサ・クリスティーとか読んだことないの!?家の中での殺人と言えば、豪邸!親族!メイドに執事!多くの容疑者と複雑に絡み合う証言が醍醐味じゃない!」

青年「いや、メイドがいないミステリーだってあるんじゃないかな……」

少女「……はー。やれやれ。あんたみたいなのが、昨今のなよなよしたミステリー風小説をもてはやしたりするのよ!」

青年「えー……」

少女「メイドもいない貧乏な一軒家の分際で、殺人事件起こそうなんて百年早いわ!ちゃんと容疑者を増やしてから出直してきなさい!」

青年「はぁ……じゃあ、とりあえず今日のところは帰ってもらってもいいかな?」

少女「帰れるわけないでしょう!?あんた、名探偵なめてんの!?」

青年「僕、25年生きてきたけど、そもそも名探偵と会ったことないし……えっと、もしかして、警部さんに呼ばれて来たの?」

少女「そうよ。この事件を担当している警部は木下平次でしょう?」

青年「……その通り、だけど……じゃあやっぱり君は――」

少女「天知る地知る我が知る!たとえお天道さまが見逃しても、私の灰色の脳細胞は見逃さない!人呼んで――睡眠探偵!」

青年「睡眠、探偵?何それ」

少女「後で分かるわ。それよりもなんか飲み物ちょうだい!コーヒーがいいわ!あと、事件!早く事件のこと教えて!」

青年「う、うん。警部さんに呼ばれたなら、事件のことを説明するのはいいんだけど……飲み物はその……」

少女「何?ブラックは無理よ。砂糖は五つ入れてね」

青年「それ、もはやコーヒーじゃなくて、コーヒーに浸した砂糖だよ。……ってそうじゃなくて、今、この家の飲み物は飲んじゃいけないことになってるんだ」

少女「なんで?」

青年「……僕の叔父が、冷蔵庫に入ってた麦茶を飲んで、突然苦しみだしたんだ」

少女「うんうん」

青年「お茶目な人だったから、はじめはみんな、ふざけてるのかと思ってたよ」

少女「うーんうんうん」

青年「でも、泡をふいて倒れてから、麦茶の中に毒……みたいなものが入ってたんだって気づいて」

少女「ううんうんうん」

青年「……」

少女「……」

青年「ふざけてるよね?」

少女「ぜんぜん?痛ましい事件ね。ご冥福をお祈りするわ」

青年「……いや、死んではないよ。病院で、一命はとりとめたってさ」

少女「え?死んでないの?……ちょ、えー!?……うっそ、とりとめちゃったかぁ」

青年「何その反応!?よく残念がれるね、僕の前で!」

少女「死んでないなら先に言ってよ。私、祈っちゃったじゃん。ご冥福をお祈りしちゃったじゃん。はっず。魚のいない釣り掘りに糸垂らした気分」

青年「例えが……なんかおじさんくさいよ?……あと、君の祈り、すごいてきとうだったよね?」

少女「あんたさ、あたしの祈りの価値知らないでしょ?私、おじいちゃんの葬式でも冥福祈らなかったかんね!どやぁ」

青年「なんで威張った!?」

少女「むしろ、天国に上がる途中で「あ、こちらの手違いでした。あなた地獄いきでしたー」みたいになれって呪った」

青年「君とおじいちゃんの間に何があったんだよ……」

少女「あれは……そう、仁義なきお年玉戦争だよね」

青年「しょぼっ!おじいちゃん報われなさすぎだよ!」

少女「あー、はいはい。はいはい、死んだ奴のことはどうでもいいから、とりあえず事件の話しよっか」

青年「君、絶対、殺人事件の現場とか行っちゃだめだよ……」

少女「それで、続きは?」

青年「ん?」

少女「さっきの話の続き。麦茶飲んで、病院に搬送された後」

青年「後って言っても、おおまかにはそれくらいだよ」

少女「密室は?」

青年「……は?」

少女「密室はどこで出てくるの?冷蔵庫が置いてある部屋が密室だったの?それとも、麦茶を密室まで持って行って飲んだの?」

青年「……いや、行き来自由のリビングで、みんなが見てる前で飲んだけど」

少女「はぁ!?なんで?なんで密室じゃないの?ねぇなぁんでぇー?(涙声)」

青年「号泣!?いや普通、冷蔵庫は密室に置かないし……」

少女「名探偵コナンを見て、密室トリックの勉強した私の努力は!?ピアノ線を駆使した、空前絶後のスーパートリックは使わなかったの!?ねぇ、なんで!?」

青年「僕に訊かないで犯人に訊いてよ、そんなの!てか、ミステリー風小説はダメでも、コナンはいいの!?」

少女「コナン君はいいのよ。彼が解決した殺人事件の数は、ギネス記録レベルだもの。実力派名探偵だわ」

青年「実力派じゃない名探偵とか、いるのかな……」

少女「……はー。メイドもいない、殺人事件でもない、密室でもない……萎えるわぁ……まぁ、いいけど。はーい、じゃあ容疑者を一人ずつ挙げていってくれる?」

青年「ぐっ……なんて態度の悪い名探偵だ」

少女「早くしないと、警部に言いつけるわよ!業務執行妨害よ!」

青年「業務執行妨害ではないと思うけど……あー、もう、わかったよ。一度しか言わないからちゃんと聞いてね?」

少女「え?なんて?」

青年「一度しかいわないから!ちゃんと聞いてね!」

少女「二回言ってるじゃない」

青年「それは今からの話で!……っはぁー、もういいや。怒るのが馬鹿らしくなる」

少女「そうね。お母さんも、「あなたは背中から刺されて死ぬタイプね」って言ってたもの」

青年「お母さんも、娘の教育に失敗したことに気付いてるんだね」

少女「でも、探偵を殺すなんてルール違反よ!たとえ私が死のうとも、第二第三の名探偵が犯人を追い詰めるんだから!」

青年「君みたいな子が二人も三人もいたらたまらないよ……あぁ、それで、容疑者の話だったよね」

少女「そうね」

青年「君と話してると、話が進まないなぁ……。容疑者、と言っても、叔父が倒れたときにこの家にいたのは、僕を含めた十人の親族だったんだ。この家に住んでる叔父一家の四人と、僕と僕の両親、あとは僕の祖母と叔父の長男夫婦。この十人は、叔父が飲んだ麦茶に誰でも細工することができた……と思う。詳しいことは、警察の人が調べてるだろうけど……」

少女「へぇ~。親族が十人も」

青年「……ははっ。容疑者が多くて、少しは名探偵さんのお眼鏡に適った?……っていってもさ、僕は……親族の中の誰かが、叔父を殺そうとしたとは思いたくない。……でも、外部から誰かが侵入して、ってのも考えにくいし……」

少女「その麦茶は、誰でも飲めるようになっていたの?」

青年「飲もうと思えば、誰でも飲めたよ。でも、その銘柄の麦茶を好んで飲むのは、叔父だけだったからさ……」

少女「誰かが、叔父さんの殺害を企てた、か……。ふふふっ、面白くなってきたじゃない!」

青年「面白くって、君ねぇ……それで、どうするの?犯人を推理するっていうなら、僕なんかと喋っているよりも、直接、鑑識の人か警部さんに話を聞く方がいいと思うけど?」

少女「いいえ、その必要はないわ」

青年「……まさか、これだけの情報から、犯人を推理できるっていうの?」

少女「そうよ、察しが良いようで助かるわ」

青年「そ、それじゃあ!もしかして、今から容疑者みんなを集めて、謎解きを披露したり――」

少女「寝るの」

青年「……え?」

少女「ふかふかのベッドない?天蓋付きの……って、メイドさんもいないのに、そんなものない、か。しょうがないから、可愛い女の子っぽい清潔な普通のベッドで勘弁してあげる」

青年「いやいやいや……え、寝る!?……なんか、犯行現場で睡眠をとる趣味でもあるの?」

少女「まさか!……最初に名乗ってあげたでしょう?私は睡眠探偵だって。大まかな事件の内容さえ教えてもらえれば、あとは眠るだけで、私は犯人を突き止めることができる!」

青年「……それって、夢の中で犯人がわかるとか、そういう……?」

少女「ふふん、なかなか鋭いじゃないの。あなた――私の助手にならない?」

青年「いえ、結構です」

少女「大丈夫よ。探偵と一緒で、探偵助手も事件の被害には遭わないものだから」

青年「事件の被害には遭わなくても、ストレスで死ぬ自信があるよ」

少女「何か言ったかしら、ワトソン君」

青年「……ダメだ。対話できる気がしない!」

少女「不満なの?でも、小林助手と呼ぶには、さすがに歳とりすぎてるじゃない?」

青年「そこはどうだっていいよ」

少女「どうでもよくないわ!小林少年は女装が似合うけど、ワトソンに女装はアウトでしょ!?あなた、25の癖に犯行現場で女装できるの!?」

青年「いや、え、え……えぇー……?」

少女「というわけで、早くベッドを用意して頂戴」

青年「どういうわけだよ……でも、ここの家は、女の子いないから女性用のベッドと言ったら、叔母さんのベッドしか……」

少女「ひぃっ!おばさんのベッドなんかで寝たら、しわが移っちゃう!!」

青年「それ、叔母さんに聞かれたら、ぶん殴られると思うよ?」

少女「ふぅ……しょーがない。ちょっとワトソン君、そこに正座してくれる?」

青年「僕が、ここに正座?」

少女「そうよ、生まれてきてごめんなさい、っていう謝罪を込めて正座して」

青年「……それ、いる?」

少女「いるいる。ほら、早く」

青年「う、うん……これでいいの?」

少女「そうね~、ちょーどいいわぁ……んしょ……ふあーーっ」

青年「……ねぇ」

少女「んー?なぁにぃ。私、もう眠くなってきたんだけど」

青年「いや、その……何というか、これって、膝枕ってやつだよね?」

少女「そうよー。もう、ちゃっちゃと寝て、ちゃっちゃと解決しちゃおっかなぁって思って」

青年「う、うん……それはいいんだけど……膝枕はいいんだけど、生まれて来てごめんなさいのくだり、必要あった?」

少女「もっちろん。人間のゴミを、下に敷いて寝てるって思うと、なんだか興奮するじゃない?」

青年「……」

少女「……」

青年「君ってつくづく、変人だね」

少女「名探偵は凡人には務まらないもの。それじゃあー……ふわぁぁぁっ……おやしゅみ」

青年「……おやすみ」


少女「すー……すー……」

青年「本当に寝ちゃったよ……寝顔だけ見れば、美少女なんだけどなぁ……とんでもない探偵が来たもんだよ。ていうか本当に、寝ただけで犯人がわかるのか?」

警部「竹内晶くん。ちょっと、いいかね?」

青年「あ、はい。警部さん。……ちょうどよかった。今、警部さんが呼んだっていう……睡眠探偵…?が、眠りについたところで――」

警部「……奏?奏じゃないか。ははーん、さては母さんへ送ったメールを見て来たな」

青年「え?……あの、警部さん、この子は……」

警部「ん?私の娘だよ」

青年「え?……えええええええええぇっ!?」

警部「おっとっと、静かにしたまえ。この子が起きてしまうじゃないか」

青年「あ、はい、すいません……でも……あれ、そしたら警部さんが呼んだ探偵ってのは」

警部「探偵?ははっ。警察が、捜査に探偵を関わらせるなんて、推理小説の読みすぎだよ。この子は、たまにこうして、私の職場まで来てしまうんだが……私の部下が甘やかして、現場に入れることがあるんだよ。……ほら、可愛いから」

青年「は、はぁ」

警部「可愛いだろう?全く、嫁に似て可愛く育ってくれたものだよ……ところで君」

青年「はい……あ!いや、こうして膝枕してるのは、別に俺が勧めたわけじゃなくて!この子が無理やり――」

警部「ぐっすり眠っているようだねぇ」

青年「……え、えぇ。ぐっすりですね」

警部「久々に、この子の安らかな寝顔を見るよ」

青年「……それって、どういう?」

警部「いや何、精神的なものらしいんだけど、数年前からこの子は不眠症でね。寝具を変えたり、生活を変えたり、色々手は尽くしたんだが、上手くいかなくてね。……それが、こうもすやすや眠ってくれるとは」

青年「……そう、なんですか」

警部「君と相性が合うのか。それとも、君の膝枕には、何か安眠の秘訣があるのか」

青年「さぁ。相性が合うってのはなさそうですけど……あっ」

警部「何か思い当たることが?」

青年「……生まれて来てすいません、って思うといいんじゃないですかね。っははっ」

警部「は?君、それは何を――」

少女「むにゃむにゃぁ……犯人はコカ・コーラよ!思いっきり賠償金をむしり取ってやるんだからぁ!……むにゃむにゃ」

警部「……」

青年「……」

警部「ごほん。実を言うとだね、今回の事件、毒物混入は誰かが意図的に混入したものではなく、とある飲料メーカーによる誤った劇物混入の可能性が高いと判明した。他の方々には説明したから、君にも自由にしていいよと伝えにきたんだが……」

青年「……この子、どうします?」

警部「……すまないが、もう少しだけ、寝かせておいてやってくれないか?今起こすと、後々どんな仕返しを食らうかわからんしな」

青年「あははは。それは同感です。……しょうがないから、もうちょっとだけ我慢しますよ。……この、名探偵のために」


青年「こうして、僕は睡眠探偵を名乗る少女と出会ったのだった。そして、この出会いが、僕の人生を大きく変えることになるのを、この時はまだ知る由もなかったんだ……」





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