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03-ままならないチュートリアルと旅の始まり

舞台はチュートリアル用に用意されたと思われる広い広い草原の一角。

私達は先程現れた男から話を聞いていた。


「まず始めに自己紹介だね。僕の名前はセージ、運営からのクエストで君達の指導担当になったんだ。よろしくね?」


セージと名乗った男はそういって柔和な笑みを私達に向けてきた。

どうやらチュートリアルはNPCではなく、β版をプレイした先輩プレイヤーが担当してくれるようだ。



童顔なのでいまいち年齢は解らないが、雰囲気的に何となく年上な気がする。

表示されている彼の名前をよくよく見てみると、確かにセージと表記されているが、表示されているのはそれだけでは無かった。


《静水剣 セージ》


静水剣…ジョブやクラスなのかも知れないが、どうにも違う気がする。

このゲーム特有の称号か何かだろうか?


「えっと、始める前に質問とかあるかな?」


そう言って首を傾げるセージさん。

正直、聞きたいことは幾つもある。

だが、まずは最初に確認しなければならないことがある。


「あの、いつから見てましたか?」


「あ、背中大丈夫?結構強く打ったみたいだけど?」


思わず私は顔を覆ってその場に膝から崩れ落ちた。

完全にアウトだった…。

どうやらセージさんは最初から見ていたらしい。


「もう大丈夫です…いっそ殺してください。」


「仲が良くて良いと思うよ?それに、もっとはしゃいじゃう人達もいるから気にすることは無いよ?」


セージさんは苦笑しつつも優しい声をかけてくれた。

セージさんがいい人過ぎて辛い!チュートリアルが普通にNPCだったらこんな思いはしなかったのに!



「待たせてしまってすみませんでした。おいチバ…挨拶くらいちゃんとしろ。」


私と同じく凹んでいたはずなのに、流石にアニキは復活が早い。

正直私の方はまだ立ち直れていないのだが、アニキの言う通り確かに自己紹介もろくにしないのは不味い。

二人は私が来る前に済ませていたようだ。

私は気持ちを切り替えて改めてセージさんに挨拶する。


「今さらかもしれませんが、二人の友人のチバです。本日はご指導よろしくお願いします。」


私がキチンと頭を下げて挨拶を済ませたところで、ようやく私達はチュートリアルを開始した。




「三人ともVRの経験はあるみたいだから説明はアナフロに関する部分からで良いね。まずは自分のステータスを確認してみようか?」


略称なのは解るけど、アナフロという響きはどうなのだろうか?

そんな極めてどうでも良いことを考えつつも、私は言われた通りにメニュー画面を操作し自身のステータスを表示した。



プレイヤーネーム

チバ


種族

魔呪族-女


位階

無名の魔呪族


称号

用意周到

闇の心得

闇女神の祝福


特性・技能

魔呪角

見の魔眼


装備

E旅人の服

E旅人の外套



噂には何となく聞いていたがこれは酷い。

まさかステータスに数値が全く記載されていないとは思わなかった。

しかも、各項目についてもまともな情報がほとんど載っていない。


「せんせー。HPとかMPもついてないけど、どうやって判断すれば良いの?」


早速片手を挙げセージさんに質問するアイン。

確かにそこが一番気になる部分だ。

HPやMPの管理は生死に直結する重要な事だ。


「基本的にHPとMPも数値での表記は無いよ。ダメージや疲労が溜まると体が重くなったり力が入らなくなったりするから、皆感覚で判断してるね。

一応、HPやMPを視覚化する能力もあるにはあるけど、結構レアで需要に追い付いて無い状況なんだよ。」


加えて、今までのゲームに比べ攻撃の仕方や攻撃した場所は重要らしく、強靭な耐久力の持ち主でも急所への一撃で簡単にやられてしまう事も多いという。

イツキとアニキは頷きながら普通に聞いているが、私のような普通のゲーマーにとってはかなり過酷に感じる仕様だ。

昔から鬼畜ゲームは攻略法を死んで覚えるとよく言うが、このゲームの場合は自分の肉体でそれを実践しなければならないと言うことになる。

私としては例えVRだろうと流石にそんな真似はしたくない。


正直戦闘に対するモチベーションはかなり落ちたが、HPやMPの視覚化に関しては私の特技欄に都合良くそれらしい名前の物がある。


《見の魔眼》

見えざるものを捉える異形の眼。その眼はやがて神魔を捉え、真理を掴む可能性すら秘めている。


ステータスで詳細を確認しても具体的なことは書かれていない。これはセージさんに確認した方が早そうだ。


「私の能力に見の魔眼ってあるんですが、もしかしてHPやMPを視覚化出来る能力ですか?」


「あ、中々良い能力を持ってるね!見の魔眼は何種類もある魔眼の中でも”視る”ことに特化した眼だよ…最初は魔力の流れとかが見えるだけらしいけど、成長すれば相手の体力や魔力の総量も見えるようになるかもね!」


セージさんに確認してみると、やはり魔力や魔力量を見る事が出来る能力らしい。魔眼の中ではありふれたものらしいが、魔眼自体がレアで使い勝手も良い能力なので、当たりと言える能力のようだ。

と言うか、このゲームは本当に色々と説明が足りない。見の魔眼の付属文は一応雰囲気で能力は解らなくも無い気はするが、それでも説明と言うには曖昧過ぎる!


「なぁ、今のうちに他の能力もセージさんに確認してもらった方がいいんじゃないか?」


アニキの発言に私も頷く。

この不親切なステータスでは、自分が何を出来るのかすらまともに把握する事が出来ないだろう。

だが、私達の申し出にセージさんは少し困ったような表情を浮かべる。


「ん~、説明するのは構わないんだけど、不用意に他人に能力を教えないが良いよ?」


セージさんの言う通り、確かに他のゲームと同様に状況次第で周りのプレイヤー全てが敵になる事もあるだろうから、確かに注意するべきだとは私も思う。


「でも、セージさんは私達のステータス見ても言いふらしたりしないでしょう?それに、最初だから大した能力は無いだろうし…しっかり確認した方がメリットは大きいと思うんですよ。」


「確かにそんな事はしないし、君の言うことも一理あるけど…初対面の相手をそこまで信用しちゃうの?意外とお人好しなんだね、君も。」


私の説明に苦笑しながらも、セージさんは一応は納得してくれたようだ。

お人好しと言われてしまったが、私の場合は根拠があるから信用しているだけだ。

アインは生まれや育ちが特殊なせいか、彼女の人を見る目は相当な精度を持っている。彼女が特に警戒していないのならたぶん大丈夫だろう。

それに、いちいち神経質になって警戒いたらゲームを純粋に楽しめなくなってしまう。


「チバ、どうすればステータス画面を皆に見せるように出来るんだ?」


アニキもアインも特に異論は無いようだ。

手間取っているアニキに軽く操作法を教えたあと、私達は一斉にステータスを空中に表示させた。



プレイヤーネーム

クロガネ


種族

人狼族-男


位階

名も無き人狼族


称号

守護者

地の心得

炎の心得

地女神の祝福


特性・技能

獣身[狼]


装備

E旅人の服

E旅人の外套


まずはちょうど近くにいたアニキのステータスから確認する。

予想はしていたが、どうやら女神の祝福は必ず取得できる称号のようだ。

ほんのちょっとだけ激レアチート能力を手にいれてしまったのかと期待した自分が恥ずかしい。

私はダルクリップなんとかって名前の闇の女神様だったが、アニキも恐らく同じように別の女神様に会ったのだろう。



プレイヤーネーム

アイン


種族

真人-女


位階

名も無き真人


称号

天衣無縫

女神の愛し子

風の心得

光の心得

雷の心得

風女神の祝福


特性・技能

純真

精霊感応



装備

E旅人の服

E旅人の外套


続いてアインのステータスを確認してみた訳だが、私のステータスと比較してみると明らかに情報量が多い。


「これは私が少なすぎるのか、アインが多すぎるのか…どうなんです?セージさん。」


「明らかにアインちゃんが多すぎるね。しかも、種族が…真人?称号や特技も僕が知らない物があるね…。」


セージさんの話によると、普通は私程度の能力が一般的であり、人によってレアな能力が1つくらい有ったり無かったりする程度と言うことで、アニキのステータスでも本来は珍しい部類らしい。



ちなみに私は能力は普通だが選択した魔呪族は結構レアな種族で、癖は強いが使いこなせば強力な種族らしい。


「あれ?私、普通にヒューマンを選んだはずなんだけど?」


「えっと……」


自身のステータスを見ながら不思議そうに首をひねるアインと、アインの言葉になんとも困ったような表情でこちらを見るセージさん……初心者に助けを求められても困ります。


多分、先行組も把握してないような事態が起こっているのだろうが、アインが普通じゃないのはいつもの事だ。

とりあえず運営に問い合わせのメッセージは送るつもりだが、彼女の事だから恐らくバグやチートでは無いだろう。


「アイン、ちなみに選択種族の候補は他にどんなのが出てた?」


「ん~?ハイエルフとエンジェルと、妖精貴族って言うのがあったけど、どれもパワー無さそうだから仕方無くヒューマンにしたんだよ!」


不満げなアインの声を聞きながらちらりとセージさんの表情を確認すると、正に絶句という表現が相応しい程度には驚いているようだ。

恐らくどれも激レア種族なんだろうが、攻撃力至上主義のアインの趣味には合わなかったようだ。

まぁ、これから先それらの種族と会う機会が有れば注意しておくとしよう。


「セージさん、このバカの事はいったん置いといて、解る範囲で教えてもらって良いですか?」


「むぅ~、ちーちゃん酷い!」


アインは頬を膨らませているが、この娘がやる事にイチイチ真面目に反応していたら正直身体が持たない。


「そ、そうだね。じゃあ先ずは基本的な事から…」


我にかえったセージさんが色々説明してくれたお陰で、私達はアナザーワールドフロンティアの不親切なゲームシステムを多少ではあるが理解する事が出来た。



まずはランクとも呼ばれている『位階』。

他のゲームのようにレベルやパラメーターの数値で強さを把握できないアナザーワールドフロンティアでは、プレイヤー達はまずこれを見て各々の強さを大まかに把握しているらしい。

当然ではあるが『名も無き○○』と言うのは最低の位階だ。

位階が上がればNPC等からの評価も上がり、受けられるクエストの数も増えるらしい。


続いて『称号』だが、これに関しては現状わかっている事は多くないらしい。


その中で現在推測されている役割の1つがにプレイヤーの能力の強化だ。

称号はプレイヤーの様々な行動に応じて獲得できるそうで、例えば力仕事をこなしたり力業で魔物を倒したりするプレイヤーには『力自慢』等の称号が追加され、長時間魔物の攻撃を耐えたプレイヤーは『忍耐自慢』の称号等を獲得したりしているらしい。

これらの称号はそれぞれ腕力や耐久力を強化してくれる効果があると予想されているそうだ。


『用意周到』

賢明な人間は備えを怠らない。備えあれば憂い無し。入念な準備は己を助ける。


『守護者』

誰かを守る。その想いが己を強くする。


私達の場合はこの2つが能力強化系の称号にあたるらしい。アニキの方はキャラクターメイキングの時の質問の影響らしいが、私の方は事前にチュートリアルの申請を行ったボーナスのようだ。


そう…アインには内緒ではあるが、実はこのチュートリアルは事前に申請しなければ受ける事が出来ない。

シリアルコードが無ければランダムでバラバラの場所からのスタートというのも本当ではあるが、チュートリアルを挟んだのは私の独断だ。

セージさんの説明を聞いて、この判断は間違いじゃなかったと確信している…もしこんな不親切なシステムで説明も無しにフィールドに放り出されていたら、おそらく私は速攻でログアウトしていただろう。


それにしても申請者だけが貰えると言うのも性格が悪い。こんな特典があるのなら、二人にも個別で申請させたのに…



そして、もう1つの称号の重要な役割。

『闇の心得』や『炎の心得』等がそれに当たるそうだが、実は魔法などの能力の取得条件にもなっているらしく、プレイヤー間ではトリガー称号と呼ばれているらしい。

例えば初歩的でお馴染みの魔法であるファイアボールを例にすると、『炎の心得』がなければ絶対に使えないそうなのだ。

つまり、現状私の場合は『闇の心得』を持っているので、闇魔法を覚える事ができるという事になる。

しかし、困ったことに闇魔法は破壊力に欠ける上に初心者には扱いが難しいらしく、私は魔法特化種族なのにすぐには攻撃魔法を使えない可能性が高い。

このままでは私が完全にお荷物になってしまいそうではあるが、幸いチュートリアル後に行くことになる最初の街には魔法を教えてくれる施設があるらしく、そこで修行することで属性系のトリガー称号は取得できるらしい。

どうやら私の最初に行くべき場所が決まったようだ。


そして他にも『女神の祝福』やアインの『天衣無縫』等のようなものも有るが、これ等は現状詳細不明であり、おそらくやイベントフラグ等の関係した役割を持っていると考えられているそうだ。


……随分と曖昧な説明になってしまったが、正確に能力値を把握する方法が未だに無く、きちんと検証が全く出来ていないから仕方がないそうだ。


そして『特性・技能』についてだが、これは文字通りプレイヤーが持つ特殊能力や持っている技術を示しているらしい。

私の『魔呪角』やアニキの『獣身[狼]』は選択した種族によって得られた種族特性と呼ばれる物で、それぞれ『魔呪角』は魔法の効果を高める力を、『獣身[狼]』は狼が持つ特性が使える事を示しているらしい。 

他にも人によって幾つか最初から持っている場合があるとの事だったが 、私は『見の魔眼』で魔力等を見る能力を、アインは『精霊感応』で精霊と意思を交わす能力を持っているとの事だった。

そして、アインの『純真』だが…セージさんも知らないそうで、今のところ正体不明なので放置するしかない。


そして技能の方だが、最初は全員が一切所持しておらず、適切な行動を取ることで随時追加される物らしく、とにかくリアルスキルが物をいうらしい。

つまり、料理が元々得意なアニキがゲーム内で料理をすれば即座に料理技能を取得出来るということだ。

だが、困ったことにリアルスキルが物をいうのは戦闘に関しても同じらしく、私達はチュートリアルの仕上げとして戦闘系技能を取得するべく、武器を扱う練習をすることになった。



……………


…………


……



「驚いたね…こんなに簡単に武器技能を取得するなんて本当に凄いよ」


セージさんが驚きと感心が入り交じったような声と共に視線を向けるのはアインとアニキ。

セージさんがギルドから預かって来たという色々な武器の中から好きな武器を選び、黒くてまるい謎物質をターゲットに攻撃して適性のある武器探していたのだが、この二人に関してはあっという間に修得してしまった。


アインは手に取った槍で何度か突いただけで槍技能を修得し、アニキにいたっては武器も使わずに適当に素手で一発ぶん殴るだけで格闘技能を修得してしまった。

アニキが元々空手経験者なのは知っていたが、いくらなんでも早すぎる!


「あとはちーちゃんだけだよ、頑張って!」


「チバ、落ち着いてしっかり振るんだ。」


そう、残るは私だけな訳だが、自分でも驚くくらい苦戦していた。

元々は魔法のための杖技能でも修得しようと思っていたのだが、杖を魔法の補助に使うのに戦闘技能は必要が無いそうなので、私も普通の武器を試すことにしたのだ。

今はごく普通の長剣を両手で握り試しているわけだが、正直ただ構えているだけで怖い。

実は最初に小振りな片手剣を試していたのだが、斬りかかった時に刃が立たずに弾かれて手からすっぽ抜けてしまい、それが思いっきり自分に刺さって軽いトラウマになってしまったのだ。


幸いこの空間ではダメージは無いのだが、剣が体に突き刺さった時の衝撃が頭を離れない。

実際の痛みよりはだいぶ小さいのだろうが、ろくに喧嘩もした事も無い私は痛みと衝撃で反射的に本当に死んだと思ってしまった。


「や、やぁっ!」


我ながら情けない掛け声と共に振り下ろした剣はヘロヘロとした軌道を描き、ぺちんとターゲットに当たる。

こんな様では当然ではあるが、ターゲットには傷ひとつ無く、技能も習得できていない。


「ちょっと!もっと良い剣無いの?当たってるのに全然斬れないじゃん!」


アインがムッとした表情で武器に文句を言うが、駄目なのは自分自身が一番わかっていた。


「やめろ、アイン。私がショボいだけだ…。」


「う~ん、確かにそこまで切れ味は無いけど…そんなに悪い剣じゃ無いんだよ?」


私が差し出した剣を受け取ったセージさんが、一見無造作に剣を振るいターゲットを見事に切り裂く。


「このゲームはリアリティー重視だからね…キチンと刃筋を立てないと上手く斬れないんだよ。」


セージさんの言葉に思わず私は顔をしかめた。

セージさんの言うことは公式サイトにも載っており、私も事前に武器の扱い方を一通り調べてはいたのだが、こうして実際に振って見るまでちゃんと理解できて無かったようだ。

そして、実際に振ってみても理解が身体に追い付かないというのが現状だった。


「大丈夫、剣以外にも武器はあるから…色々試してみよう!」


優しいセージさんに遠回しにやめるように言われてしまった。

魔法に全ての望みを託してしまおうかとも思ったが、セージさんが言うには魔法職でも最低限補助用の武器は使えた方が良いとのことだった。


「ちーちゃん!ちーちゃんなら大丈夫!」


「落ち着いて考えながらやってみろ…お前なら大丈夫だ。」


正直ちょっとだけ諦めて街に引きこもって生産職でもやろうかと思っていたのだが、兄妹が傍に来て何やら期待のこもった目で私を励ましてくる。



ある日アインに突然VRMMOについて教えて欲しいと頼まれた事で始まった私達3人の関係だが、思い返してみると一緒に冒険したり戦ったりした事は数える程しかなかった。

元々グローリーファンタジー内では私はそれなりにベテランだった。アイン達にゲームを自分達の力で楽しんで欲しかったから最低限の指導や援助しかしなかったし、アイン達もそれを望んでくれた。

なりゆきでレイドバトルに参加したことは何度かあったが、経歴の違いや生産職と戦闘職の違いもあり、自分達から進んで一緒に闘った事なんて、最後のレッドドラゴンキング戦くらいじゃないだろうか?


だが、今はグローリーファンタジーの頃とは違う。


種族や生まれ持った能力は違うが、私もアインもアニキも、皆同じ新人冒険者なのだ。


「ハァ、解ったよ…でもあんまり期待するなよ?」


あたかも仕方が無いといった体で私は答えた。

決して口に出すつもりは無いが、私だって二人と冒険はしたいのだ。

我ながら素直じゃ無いが、二人の足を本格的に引っ張ってしまわない限り、一緒に頑張っていきたいとは思っているのだ。


「チバちゃん、武器はまだまだ色々あるよ!次はどれを試してみようか?」


何故か兄妹とセージさんに妙に生暖かい視線を向けられつつも、私は一度大きく深呼吸をした。

言われた通りに動くのは少し悔しいが、確かに一度冷静になって考えてみる。


アインがあっさりと修得したから勘違いしてしまったが、よくよく考えてみるとアインは体力と筋力が体質的に弱いだけで、運動神経が悪いわけでは無いのだろう。

まずは大人しく自分の運動神経の悪さを受け入れる事から始めなければならないようだ。

そう考えると近接武器はほぼ絶望的だろう。センスが無くても棍棒等は頑張れば力押しで何とかなるらしいが、私の場合は基本的な防御や回避も怪しい気がする。加えて、魔呪族の体質なのか筋力もかなり低い。

此処は思いきって近接武器は諦めるべきだろう…痛いのは嫌だし。

考えがまとまった私はセージさんに聞いてみる。


「中距離とか遠距離用の武器ってあります?」


そこからが大変だった。

確かに近接武器よりはマシではあったが、弓にボウガンにスローイングナイフ、さらにはブーメランやチャクラムまで様々試すことになった結果、弓の弦が引っ掛かったりナイフが自分に刺さったり、チャクラムで指を切ったりと散々な目に遭った。

だが、それでも何とかかろうじて一つだけだが武器技能を修得することが出来た。


「やったね!ちーちゃん!」


「よく頑張ったなチバ。」


「僕も一安心だよ、これで戦闘チュートリアルは終了だね!」


3人とも嬉しそうに声をかけてくれるのだが、私だけは素直に喜べなかった。

私は複雑な気持ちと共に手にした武器をターゲットに向かって振るう。


ースパッァァァァァンッ!!ー


ターゲットに命中し草原に乾いた破裂音が響き渡る。

結局私が修得出来たのは、まさかの鞭技能だけだった。


「ちょっと待て!何かの本で鞭は殺傷能力が低いって聞いたことあるけど大丈夫なのかッ!?」


確か…痛みを与えるのには適しているが致命傷を与えるのは難しく、主に拷問に使われるとか何かの本で読んだ気がする。

私、拷問なんてする予定もつもりも一切無いんだけど!


「大丈夫安心して!私はちーちゃんがドSでも受け入れられるよ!」


「誰がドSだ!あと、チュートリアル中だったから流してたけどちーちゃんはやめろ!」


明らかに悪ノリしているイツキに怒鳴るように返すが、すでに彼女の中でちーちゃんが定着してしまった気がする。


「似合ってるから良いんじゃないか?よく解らんがしっくりくる気がするぞ。」


「やめてッ!アニキに言われたら本当にマジっぽいじゃないか!」


アインと違ってアニキは滅多におふざけや悪ノリはしない。

自分でも種族特有の見た目のせいもあって、一気に悪の女幹部感が増した気はしてたけど、そこまで酷いんだろうか?

そして、私は今後闇魔法を使い始める予定なわけで……役満じゃねぇかチクショー!




「さてと!それじゃあ、そろそろ君達を通常空間に送るよ!」


「待って、セージさん!少しで良いんで魔法の使い方教えてくれませんか?」


このままだと本当に役立たずになりそうな気がしたので、私はセージさんに無理を承知でお願いした。

魔法に関しては後ででしっかり教わった方が良いと最初の説明と一緒に聞いていたのだが、せめて触りくらいは聞いておかないと不味い気がしてきた。


「仕方ないなぁ、残り時間が少ないから簡単にしか説明できないよ?」


どうやら私の武器訓練で相当時間を浪費してしまったようだ。

一応クエストらしいので、時間を越えたらセージさんに迷惑がかかりそうなので本当に簡単な説明だけ口頭でしてもらう。


「これから本格的にアナフロの世界に行くわけだけど、アインちゃんはくれぐれもステータスを人に知られないようにね?本当に大変な騒ぎになっちゃうかもしれないから。」


「はい、せんせー!」


魔法の説明を終え、セージさんは改めてアインに注意し、イツキも元気にそれに答える。

その辺りに関しては本当に教官役がセージさんで良かった。

すでに運営からアインのステータスがバグやチートでは無いという返事は届いたが、教官役の性格次第ではすでに大変なことになっていただろう。


「セージさん、色々とありがとうございました。」


「本当に色々と面倒をかけてすいませんでした…縁があればまたよろしくお願いします。」


アニキが丁寧な挨拶とともに頭を下げ、私もそれに習いつつ別れの挨拶を済ませる。

本当ならフレンド登録とかしておきたいのだが、それはゲームのシステム上出来なかった。


「何となく君達とはまた会える気がするな…その時は一緒に冒険しようね!」


セージさんが優しげな笑顔を浮かべながら光に包まれ、一足先にチュートリアル空間から消えていく。

そして、次はいよいよ私達がアナザーワールドフロンティアの世界に参戦する番だ。


「いよいよだね!私ワクワクしてきたよ!」


そう言って楽しげにクルクルと槍を振り回すアイン。

チュートリアルで使用した武器はそのまま貰うことが出来た。


「ここから先は他のプレイヤーも居るんだ、はしゃぎすぎるなよ。」


アインに注意を促すアニキの両腕には小型の盾。

素手で戦うアニキは武器の代わりに防具を選んだようだ。


「とりあえず、はぐれないようにな…そしてまずは"教会"を目指すぞ。」


私もしぶしぶ鞭を手に今後の確認をする。

時間が無くて詳細を聞くことは出来なかったが、まず最初は教会に行っておいた方が色々と便利だとセージさんが教えてくれた。


最初の目標を確認したところで、いよいよ私達も足元から光に包まれ始めた。


「待っててよ、ママ!絶対に見つけるからね!首を洗って待っててね!」


「言い方!敵討ちじゃないんだからッ!」


雄叫びをあげるように宣言し、アインは槍を天に突き上げ掲げる。


アインがこのゲームは始めた事には明確な理由がある。

詳しく聞いた訳では無いが、どうやらアインの亡くなった母親はアナザーワールドフロンティアの開発者の一人だったらしい。

主にAIを担当したというアインの母親は、その人格をAIにコピーし、アナザーワールドフロンティアに組み込んだという。


女神の愛し子…いきなりヒントを貰えるとは思わなかった。


私の勝手な想像でしかないが、おそらくアインは初めから母親に会うためにVRMMOを始めたのだろう。

だが、今はそれだけじゃないはずだ。


「楽しみだね!ちーちゃん!」


アインが楽しげに笑み向けてきて、アニキもこちらを見て小さく頷く。


さて、アインには母親に会うという大きな目的があるが、私にとっては単純に新しいゲームをプレイするだけでしかない。

今まで何度も繰り返して来たことではあるが、何故か私は笑みを抑えることが出来なかった。


人の手で作られた架空の世界での架空の冒険。

文章にすれば呆れるほどにチープになってしまうが、それでもこの冒険は特別になると凡人の私でも直感出来た。


「ちーちゃん言うな!」


「むぅ、ちーちゃんも頑固だな~。」


私達はじゃれあいながらも光に飲み込まれていく。



アナザーワールドフロンティア


これは単なるゲームの物語でしかない。

だが、私達に取っては…恐らくは全てのプレイヤーとっては間違いなく異世界冒険譚となるはずだ。


今、私達の冒険が始まる。


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