02-キャラクターメイキングは質問攻めの後で…
仮眠の後、シャワーを浴びて髪を乾かした私は念のために公式ホームページをもう一度確認していた。
幸いトラブル等は無いようで、予定通りの時間にサービスが開始されるようだ。
ついでにアインから『くれぐれも目とか胸とか設定でいじらないように!』とメッセージが来ていたが、それには『お前も身長誤魔化すなよ?』と返しておいた。
アインは身長が約140㎝くらいしかない事を実は結構気にしているのだが、私も胸や目付きの悪さに関しては結構コンプレックスを感じているのだ。
これでお互い様と言った所だろう…。
目付きに関しては割と本気でどうにかしたいのだが、目を直した場合完全に別人のようになってしまうので、結局いつも直さずにプレイしている。
すぐにログイン出来るようにセッティングを済ませてベッドに横になる。
恐らくアインやアニキも今頃は自室で同じようにスタンバイしているはずだ。
下らない事を考えている間に時間になったらしく、意識が遠くような奇妙な感覚と共に私はゲームの世界へとログインしていくのだった。
ゲームが始まって目を開き状況を確認してみると、上下左右全てが白一色の世界に私は居た。
しかも、きちんとVRゲームに必要な情報は入力したはずなのだが、どういうわけか『身体』が無い。
私もVRゲームは色々やったが、普通は最初に身体のスキャンデータを元に仮の肉体が用意されるはずなのだ。
意識だけという状態には初めてされたが、この感覚は言葉では言い表せないほどに不安で落ち着く事ができない。
自分が何処に立っているのかも、今自分がどうやって周りを認識しているのかも、一切全てまるで理解できないのだ。
『アナザーワールドフロンティアの世界にようこそ。』
頭の中がぐんにゃりしてきた所でようやくゲームの説明が始まったらしく、機械じみた無感情な声が聞こえてきた。
『いくつか質問をさせていいただきます。お好きなようにお答えください。』
早速キャラクター作成に入るのかと思ったが、どうやらそうでは無いらしい。
アナザーワールドフロンティアはプレイヤーキャラクターとして選択出来る種族が何種類もあり、公式サイトの案内ではプレイヤーの種族はある程度ランダムで決まると書いてあった…この問答はその辺りに関係あるのかもしれない。
『問いイチ。あなたの性別をお答えください。』
しかし、好きに答えろとは…正直どう答えたら良いのか迷うな。
まずは性別を聞かれたわけだが…言われた通りに言葉を鵜呑みにするのなら、ここで私は『男』と答えても『秘密』と答えても良いという事だ。
「……女だ。」
少し迷ったが、私は質問に対してなるべく正直に回答していく事にした。
よくよく考えてみると、私達が使っているVRシステムが脳波を読み取っているのだから、嘘をついたって普通にバレる可能性の方が圧倒的に高いと思ったのだ。
好きにしろと向こうから言っているから嘘をついてもデメリットは無いと思うが、個人的に無意味に嘘をつく気にはなれなかった。
単にキャラクター性別を決めるだけの可能性が一番高くはあるが、今回は元々性別を変えずにプレイするつもりだ。
またアインにダーリン扱いされたくないし!
私は声の質問になるべく素直に応えていく。
『問いロク。あなたの初恋は何歳の時ですか?』
「黙秘する」
無論、答えたくない質問に無理して答えるような事はしない。
声の方も変に変に追求するような事は一切しないようだ。
『問いジュウ。あなたが好きな色を3つ教えてください。』
「…黒、紫、銀」
むぅ、我ながらチョイスが中二病染みてるな…。
質問はどれも大した内容ではないが一貫性が無く、自分がどのように判断されているのかまるで判断できない。
『問いジュウロク。好きな色を1つだけ選んでください。』
「……………」
あの…それさっきも聞きませんでしたか?
いや、恐らくはわざとなんだろう。先程とは微妙に質問の内容も言い回しも違う。
何なんだろうかこの質問攻めは…時折本気で判断に困るんだけど?
さっき言った3つの中から答えるべきか?それとも新たな色を選択した方が良いのか?
いっそ、何も考えず適当に答えてしまおうか……。
「………黒でお願いします」
結局私は悩みに悩んだ結果、最終的にどうでもよくなって無難に黒を選んでしまった。
何だか洋服選びに悩んだ結果みたいになったけど、まぁ、良しとしよう。
ほら、私の名字も黒木だし?
『問いニジュウ。あなたの嫌いな色は?』
「また色ッ!?特に無いよ!何で小刻みに色関連の質問ちょくちょく挟んで来るの!?」
さっきの質問で色関連は終わりだと思ってたから完全に不意打ちだった。
じっくり考えながら答えていこうと思ってたのに、驚いて反射的に答えてしまった。
何というか…来るならせめてもう少しまとめて欲しい。
『問いニジュウイチ。あなた自身を色に例えると?』
「確かにまとめて欲しいとは思ってたけど!」
もしかして誰かが観察していて、私で遊んでいるんじゃないのかと一瞬思ったが、流石にサービス開始直後の膨大な数のプレイヤー相手にそんな遊んでいる暇は無いはずだ。
………無いはずだよね?
『それでは最後の質問です。』
数で言えば38番目。ようやく質問攻めから解放してもらえるようだ。
とりあえず、このゲームの開発者は絶対に性格が悪い。
たっぷり翻弄され悩まされたせいか、私はけっこう身構えていた。
『貴女はこの世界で何を目指し、何を望みますか?』
その質問に私は思わず笑いそうになった。
さんざん不意打ちや変化球で翻弄してきたのに、最後の最後はどストレートに"それっぽい"質問だったからだ。
変な話。この質問で私は自分が今ゲームを始めようとしていた事を思い出したのだった。
「さあ?これからゆっくり考えてみるよ。」
すんなりと答えた自分に少し驚いた。
苦笑混じりに発した声は、自分が思ったよりも明るいものだった。
きっと主人公のような存在や、才気溢れる人物。
それどころか少しだけでも自分なりの"特別"がある人ならもっと明快に答えるのだろう。
きっとあの兄妹も自分らしく快刀乱麻に回答をするはずだ。
それに比べてたかがゲームで四苦八苦している私は間違いなく凡人だ。
ならば、凡人らしくその場凌ぎで先伸ばしさせてもらうのも悪くは無い気がする。
まぁ、グダグダと思考を垂れ流してしまったが何を言いたいのかと言うと…要は不覚にもワクワクしてしまったのだ。
正直、こうやって自分に言い聞かせておかないと自分が特別だと勘違いしてしまいそうな展開だった。
『続いてキャラクターメイキングに移ります。
使用する種族を選択してください。』
ようやくキャラメイクに入れるらしい。
表示された種族は以下の通り。
《ヒューマン》
この世界において最も多く、最も大きい勢力を誇る種族。
特徴が無いのが特徴。
戦闘力も魔力も高いとは言えないが適応能力が高く、様々な場所で活躍している。
《ハーフエルフ》
ヒューマン種とエルフ種の混血種。
エルフの特徴を引き継ぎ、身軽で精霊魔法を得意とする。
ヒューマンに比べ華奢で非力だが、エルフに比べるとバランスは良い。
《ハーフドワーフ》
ドワーフ種とエルフ種の混血。
ドワーフの特徴を引き継ぎ、高い魔力と屈強な肉体を持っている。
ヒューマンに比べ小柄で鈍重だが、ドワーフに比べるとバランスは良い。
まず、この三種族は先程の質問とかと関係無く必ず表示されるらしい。
事前情報によるとどれも比較的使いやすさが重視されているらしい。
そして、先程の質問の影響だろうか…ボーナスとして選択できる種族がいくつか追加されていた。
☆パーソナルボーナス
《獣人族》
獣の特徴を持ち、鋭敏な感覚を持っている。
獣人は様々な特徴を持つ部族に別れており、鳥人族もこれに分類される。
選択可能
妖狐族…様々な妖術を操るとされる狐系の獣人。
筋力や耐久力は低いが身軽で幻術を得意とする。
夜行族…コウモリに似た独特の感覚を持つ闇の住人。
飛行能力は鳥人に多少劣るが探知能力が高く、様々な特殊能力を持つ。
《ダークエルフ》
本来精霊と共に生きるエルフが、精霊の少ない過酷な環境に対応するために進化して生まれたと言われる種族。
エルフ独自の感応能力は失っているが、高い魔力と瞬発力に磨きがかかり、一撃必殺を得意としている。
《魔呪族》
魔素の濃い極めて過酷な環境下に生きる特殊な人種。
独自の文化と高度な魔導技術を持っており、魔法が文化の中心になっているといわれている。
肉体は脆弱だが極めて高い魔力と魔法適正を持ち、障気や毒素等には耐性を持っている。
全体的に悪役っぽいというか何と言うか……我ながら随分と妙に偏った種族ばかりになってしまった。
自分を例える色まで黒と言ってしまったのが悪かったのだろうか?
最初の質問攻めで結構時間を使ってしまったので、少し急がないと一緒にプレイする事になっている二人を待たせてしまうかもしれない。
だが、これからずっと使っていくことになるであろうアバターの作成で手を抜くわけにはいかない。
慎重によく考えながらキャラクターを作っていかないと…
汎用性の高いヒューマンは確実に安定するだろうし、ハーフドワーフの方は趣味じゃないがハーフエルフの方は割と使い勝手も良さそうで普通に良い感じだとは思う。
モフモフの妖狐族は素敵だし空を飛べる夜行族やアサシンスタイルが似合いそうなダークエルフは何だかロマンを感じてしまう。
妖狐族は単にモフモフなだけでなく毛並み滑らかで艶があって恐ろしく魅力的だ!魔呪族は良く解らないがきっと魔法が強いんだろう。
妖狐族の狐耳はフワフワで尻尾がモフモフのフワフワのツヤツヤで最早凶器に近い気がしてきた!
改めて選択可能種族の特徴を一つづつ確認し、自分がどんなプレイスタイルでゲームをするのかを考えながら作成を進めていき…
そして完成した。
「さて、こんな感じで良いかな…」
例のごとく色々と悩んでしまったが、結局私は魔呪族を選択した。
候補としてはダークエルフと妖狐族も迷ったのだが、最新技術で私の運動神経が完璧に反映されると考えると、獣人やエルフの身体能力を活かせる気がしなかったのだ。
それに、私はモフモフになってモフモフされるよりも、モフモフする側の人間でありたい!
それに、真っ向から直接斬ったり斬られたりするのも怖いので、思いきって魔法特化らしい魔呪族を選択してみた。
無論、リアルで魔法など使ったことは無いので自信は無いのだけれど。
「思ったより、人外っぽさが強い仕上がりになっちゃったなぁ……」
この魔呪族だが、いわゆる魔族や悪魔を意識しているらしく、どうにも見た目が特殊だ。
肌の色も普通の生物とは違う色が選択可能で、緑や青、赤色や灰色等も選択肢にあった。
加えて、角や第三の目のような悪魔っぽい特徴がプラスされる仕様になっている。
こんなにも特徴的な種族だと、基本的に目立ちたくない私からすると非常に困る。
そこで、なるべく目立たないように私が努力した結果が、目の前に立っている有角褐色の女だった。
肌の色は思い切って普段の自分とは印象が違う褐色に、角もなるべく小さく見えるように羊のような下向きの巻き角にしてみた。
これなら数が多そうな獣人系種族に見えなくも無いだろう。
髪も少し迷ったが現実より長い腰までの長髪にし、色は銀色にしてみた…少し派手になってしまった気もするがゲーム内なら問題はない、むしろ有りがちなくらいだろう。
『続いて戦闘チュートリアルに移ります。お友達との約束がある方はシリアルコードを入力してください。』
ふむ、ようやくアイン達と合流できるようだ。
キャラクターネームを『チバ』と入力してキャラメイクを確定し、言われた通りにシリアルコードを入力すると、周囲が一瞬で真っ暗な空間に変わった。
《新たなる世界に挑む、勇気ある者よ…》
チュートリアルが早速始まるのかとも思ったが、何やら様子がおかしい。
急に今までと違う声が聞こえたと思った直後、真っ暗になった空間の中に、漆黒のドレスに身を包んだ美しい女性がくっきりと浮かんでいた。
《我は闇の根幹にして、死と眠りを司る女神…ダルクリップ=シュヴァルナート=ディスサイレス》
何なんだこの超展開…!
パニックでほぼ思考停止状態になった私に、咄嗟には覚えきれないほど長い名前に闇の女神様とやらが、フワフワと長い黒髪とドレスを揺らしながらゆっくりと近付いて来る。
《汝に祝福を与えよう…健闘を祈る。》
どこか気だるげな女神様はハスキーボイスで私にそう告げると、ゆっくりとこちらに手を伸ばし…未だに実体が無いはずの私の額に触れた。
女神様が触れた瞬間に変化したのか、それとも実はその前から変化していたのかは解らないが、とにかく私は気付けば褐色銀髪の魔呪族となっていた。
だが、その事をちゃんと確認している暇は無い。
何故なら、女神様と接触した直後、今度は閃光に呑み込まれて何処かへと落下し始めたからだ。
「ガハァッ!…ぐ……ゴホッ」
産まれて初めて重力に怨みを覚えた。
おもいっきり地面か何かに背中から叩きつけられ、私は痛みと衝撃で思いっきりむせた。
しかも、先程の閃光で目が眩んだせいで周囲が確認できない。
なるほど、完全VRと言うだけあって背中と目の痛みもリアルだ…決してこんな形で体験したくは無かったが!
「ちーちゃん!大丈夫ッ!?」
アインの声だ。
落下地点の近くにいたのか、すぐに私を抱き起こして背中を擦ってくれた。
「けほっ…ちーちゃんはやめてくれ…。」
「第一声がそれ?」
私的には重要なのだ。
恐らく私の本名を呼ばない為の配慮なんだろうが、その呼び方はウチの母親と一緒だから本気でやめて欲しい。
理由を教えたらむしろ嬉々として呼んできそうだから絶対教えないけど。
「むぅ、チバちゃんよりちーちゃん可愛いのに…」
「とにかくやめろ…って、髪短くしちゃったのか?」
ようやく視力が回復してきた目をアインに向けると、当然の事ではあるがアインの姿も現実とはだいぶ違っていた。
本来のアインの金髪は正確に言うと色素が薄い白金色なのだが、その色素が濃くなり黄金色になっていた。
しかも、腰まである長髪もショートカットに変更され、見た目だけは儚かった印象が、見るからに活発そうな感じに変わっていた。
「うん!せっかく動ける体な訳だし、動きやすい方が良いなと思って!」
そう言えば私の体を普通に支えている。
幸いなことにどうやら現実での身体能力は反映されていないようだ。
アインの頭上あたりに確認すると「アイン」と言う文字が浮かんでいた。
私自身はまだまだ抵抗があるのだが、最近はネット関係の法整備やプライバシー保護の技術も進み、本名でプレイするプレイヤーも珍しくは無い。
どうやら彼女も今回は本名でプレイするらしい…
「アイン…そういやアニキの姿が見えないけど、まだ来てないのか?」
「私より先に来てそっちにいるよ?」
珍しい。いつもなら妹のそばから滅多にl離れない過保護な兄貴なのに。
痛みも引いたので立ち上がって周囲を見回して見ると、どうやら私達は広大な草原のような場所にいるようだった。
かなり距離はあるが、私達以外のプレイヤーの姿も遠くに何組か見えた。
そして、肝心のアニキはというと、何故か少し離れた所に立ってこちらを見ていた。
「アニキ、そんな所で何をやって…」
「来るなっ!!」
アニキに近づこうとしていた私は、あまりの驚きで体がビクッと跳ねた。
急な大声にももちろん驚いたが、アニキがそんな行動をとった事自体が驚きだ。
アニキ…月城鉄星は基本的に優しい。
私と彼との付き合いはほんの一年程度だが、彼が声を荒げる所なんて数回しか見たことがない。
その数回も床に落ちたガラス片を踏みそうになったり、車にひかれそうになった時などであり、他者を思っての事だった。
「すまない…だが、それ以上は近付かないで欲しい。」
アニキは私を見て申し訳なさそうにしながらも、ハッキリと拒絶を示した。
私は、予想以上に大きなショックを受けている自分に少し驚き…
「大丈夫だよ、ちーちゃん。お兄ちゃんケモ耳が生えちゃって恥ずかしがってるだけだから!」
「マジか!アニキ、大人しくどんな仕上がりなっているか私に見せるんだ!」
さっきまで何か感傷的なことを考えていた気がするが、アインの一言で全部吹っ飛んだ。
こう見えて実は私はわりと動物好きなのだ。
苦渋の決断で妖狐族は選ばなかったが、代わりのモフモフにこんなに早く出会えるとは嬉しい誤算だ!
「くっ、この愚妹め…あれほど言ったのに裏切ったな!」
「これから一緒にやってくんだから絶対すぐバレるよ。だったら早い方が良いじゃん?」
一気に近づこうとする私に対し、アニキは妹に毒づきながらもジリジリ後退する。
「普段から飾り気が全く無いアニキがわざわざ長い髪に変えてるからおかしいとは思ったんだよ!さぁ、無駄な抵抗は止めてモフらせろ!」
リアルでは短髪の兄貴だが、今はボリュームのある黒髪が肩近くまで伸びている。
どうやら髪で耳を隠しているようだ。
「チバ…冷静になるんだ。よく考えろ、確かに獣耳はあるが俺だぞ?誰が得をすると言うんだ!」
少なくとも私は得をする!
確かにアニキはイケメンや美少年というには少しばかり厳つ過ぎるが、それはそれでギャップ萌えと言うものだ。
「私も得するよ!さっき見せて貰ったけど、私もモフモフしたい!」
私と反対方向からイツキも迫る。
現実の私達である千葉とアインが何人いようと、筋肉魔神であるアニキにはまるで敵わないだろう。
だが、今の私達は新たなる世界への挑戦者たるチバとアインであり、アニキも鉄星ではなく新人プレイヤーのクロガネである。
現実のアインや私の残念な身体能力が反映されていないように、アニキの化け物染みた身体能力もクロガネには反映されていないようだ。
獣人の特性で私達よりは多少身体能力が高いようではあるが、最初期は種族差は少ないのか、リアルほどの戦力差は感じない。
結果、私達の猛攻にアニキはついに逃げることを諦めた。
「くッ……好きしろ!」
何かが間違っている気もするが、細かいことは気にしてはいけない。
とりあえず、立っていられると触りづらいのでアニキには座ってもらう。
「おぉ!本当に生えてる…これは、犬耳?」
「人狼族だって、だから正確には狼耳?」
アニキが何故か険しい顔で目を閉じたまま動かなくなってしまったので、私の疑問にはアインが答えてくれた。
「髪質も何か違うね!…少しモフッとしてると言うか…」
「うん、何か髪まで動物っぽくなるんだな…」
容赦なくワシャワシャと実兄を撫でるアインに続き、私も遠慮がちに黒髪に触る。
実際の動物そのままでは無いが、確かに髪質が変化しているようだ。
加えて厚みもあるため、まるで毛皮のような手触りだ。
「今耳動いた!!」
「ホントだ!」
狼耳がピクリと動いたのを見た私達は、反射的にその手を狼耳へと伸ばしていた。
「そろそろ止めろ、こそばゆい…」
ちゃんと感覚がつながっているらしく、アニキが眉間のシワを深くしつつ抗議してくる。
恐らく表情がくすぐったさで弛むのが嫌なんだろう、時折顔をひきつらせながらも何とか険しい表情をキープしている姿は見ていて微笑ましい。
今までのVRでは触覚の感覚がいまいちだったので、獣人や動物と戯れる時はどうしても物足りない感覚があり、がっかりすることも多かった。
だが、アナザーワールドフロンティアは完全VRというだけあって感触がとてもリアルだ。
これなら今後モフモフと戯れる時も期待できそうだ。
待ってろよ!妖狐族!
「さてと、じゃあ次はちーちゃんの番だね?」
「ちーちゃんはやめろと…はぁ?私の番?」
アニキが限界を迎えたのか、私達を振り払うように立ち上がってしまったので、この流れは終わりなのかと思ったらイツキが妙な事を言い出した。
「そうだな、その姿について説明してもらいたいしな…」
先程まで少し疲れた表情をしていたアニキだが、こちらを見る目が何か怖い。
「銀髪にしたんだね意外と似合ってるよ!角もなかなかいい感じだね!」
イツキが私に抱きついてくるのは別に良い。本当に良いのか多少疑問は残るが、いつもの事ではある。
「肌の色はどうしたんだ?お前の趣味じゃ無いだろう?」
アニキの問いは想定内ではある。ちゃんと説明したいのだけど…何というか、アニキが私の頭を撫でて来て困る。
別に撫でられて痛いとかイヤらしいとか、そういうわけでは無いのだけど…何か…
「角本当に生えてるね。でも、何かよく見ると水晶っぽくない?」
「確かに、真っ黒だし…あまり生き物の一部という感じが無いな。」
私の角をイツキがペタペタと触ってくるのだが、その度に変な感覚が走りゾワゾワして気持ち悪い。
そして、アニキが頭を撫でるのをやめてくれない!
「あの…二人とも、そろそろ勘弁していただけないでしょうか?」
ようやく絞り出した声は何故か敬語になってしまった。
「その前に何か言うことは無いか?」
「悪ノリが過ぎました…すみませんでした」
アニキに促されるがままに私は謝った。
まさか、異性に頭撫でられるのがこんなに恥ずかしいとは思わなかった。
きっと妹と私に撫でられまくったアニキは倍はキツかっただろう。
いや、男性の場合もっと気にしたかもしれない……これが因果応報というモノなんだろうか?
「あの……そろそろチュートリアル始めさせてもらって良いかな?」
突然の第三者の声。
私は驚きにカタマリつつも、己の愚かさを呪った。
そうだ、私達は…
チュートリアルを受けにきたんだった!