opening-ラストバトルはVeryVeryHardで!
VRゲームの歴史は意外と長い。
最初期は視覚と聴覚だけに作用する、簡素な作りの物から始まったらしいのだが、その時代は以外にも長く続いたらしい。
脳科学を始めとした様々な技術が発達し、肉体を休眠させ意識をゲームと同調させてプレイする、所謂フルダイブ型VRが初めて登場したのがほんの10年くらい前の事だ。
そこからさらに数年経ち、ついにオンラインにも対応したフルダイブ型VRゲームが登場した。
それがアダムスカンパニーが開発した現在まで続くモンスタータイトル…
《グローリーファンタジー》だ。
このゲームは正に異世界の再現だった。
見上げた空は火山灰を含んだ分厚い雲に覆われ、剥き出しの岩肌から時折噴き出す溶岩の光が、薄暗い大地に鎮座する巨大なドラゴンを鈍く照らし出す。
赤い鱗に身を包んだドラゴンはこちらの存在に気付くと、いきなり大口を開け灼熱のブレスを放ってきた。
「皆下がれッ…《ドラゴニックスケイル》!!」
咄嗟に仲間の一人である鎧騎士が眩い光を纏いながら飛び出し、ブレスを受け止めようと身の丈ほどもある大盾を構えた直後、視界を埋め尽くす程の閃光と轟音が撒き散らされた。
後方に居た自分にまでビリビリと衝撃が伝わってきたが、彼が庇ってくれたお陰で自分や他の仲間にダメージは無い。
だが、燃え盛るブレスの影響で只でさえ熱そうなフィールドが炎の海と化してしまった。このままではフィールドダメージでジリジリと体力を削られてしまうだろう。
「精霊魔法…《ウンディーネの抱擁》!」
すぐさま聞きなれない魔法を唱えたのは仲間の一人である賢者だ。
魔法によって光の魔方陣が空中に描かれ、そこから体が水で創られた透明な美少女が姿を現してニコッと微笑む。
そして、美少女の姿をした精霊は踊るようなモーションと共にその身を水のヴェールへと変化させ、私達に炎熱系地形ダメージ無効の効果を付与してくれた。
これで地形ダメージに関してはとりあえず問題は無くなったのだが、自分はドヤ顔を浮かべている賢者に容赦なく怒鳴った。
「何やってんだバカ野郎!先に前衛の回復しろやッ!!」
確かに必要な処置ではある。
だが、現状では壁役の回復が最優先だ。
実際、ドラゴンの攻撃を一人で受け止めた壁役の体力はすでに半分以下…完全防御特化型の彼が最高位防御スキルを使ったというのに酷いダメージ量だ。この馬鹿げた攻撃力を考えれば、自分はもちろん、他のメンバーでも攻撃を受けた瞬間即死するかもしれない。
特に今回の場合は壁役は鎧騎士の彼一人だけなので、彼が倒れれば即全滅する可能性はかなり高い。
「何で補助魔法を先に唱えたんだよ?」
「ウンディーネたんを見たかったッ!!反省はしてるけど後悔はしてない!!」
こちらの問いかけに無駄にキリッとした表情で答える賢者。
確かに使い所が少ない魔法のわりに発動演出が凝っているので、機会があれば見ておきたいという気持ちは解らなくもない。解らなくもないが今回の戦いでやって良いことではない。
「バカ野郎!後で説教するから覚悟しとけ!」
改めてもう一度怒鳴りつつ、ウィンドウを開きアイテムポーチから希少な完全回復薬であるエリクサーを探した。
今回の戦いは特別だから確かに使う予定ではあったのだが、まさか真っ先に使うことになるとは…もったいない!
だが、そんな事を思っている間にもドラゴンはブレスの反動による硬直から復帰し、第二射を放とうと大きく息を吸い込んだ。
今の状況でブレスを放たれれば全滅は確実だろう。
だが、すでに焦ってどうにかなるような状況ではない。
今からでは私には何も出来ないし、恐らくは賢者にも無理だ。
要の盾役である鎧騎士もダメージで動けそうにない危機的状況の中、その横を一人の少女が颯爽と走り抜ける。
小柄な体格に合わない大槍を振り上げ、勢いよくドラゴンに飛び掛かりながら少女は楽しそうに笑った。
そう、この状況をなんとか出来るのは彼女だけだ。
「《武神千本突き》!!」
彼女が放ったのは発動の早さと使い勝手の良さに定評がある槍の上位技。
本来ならこのドラゴン相手には決定力に欠ける技なのだが、彼女の放つ無数の突きは見事ドラゴンを怯ませ、ブレスのキャンセルに成功していた。
これは誰でも出来る芸当ではない。恐らくは、能力のほぼ全てを攻撃力だけに注ぎ込んだ彼女にしかできない荒業だろう。
最高の防御力を持つ兄と最強の攻撃力を持つ妹。
一部で矛盾兄妹などとも呼ばれている頼れる我等の仲間は、その力と役割を存分に発揮していた。
賢者?あんな奴は知らん。
「今だよダーリン!作戦通りよろしくッ!!」
次々と強烈な刺突をドラゴンに放ちながらこちらに無邪気な笑顔を向けてくる妹の方。
色々と突っ込みたい所はあるが、取り敢えずは苦笑いで応えつつ、自分も仲間たちに続いて己の役目を全うするべくスキルを発動した。
「アイテム…《大盤振る舞い》!」
このスキルは名前はダサいが一度に3つのアイテムを連続で発動する事が出来る強力なスキルだ。
いちいちアイテムと対象を1つづつ選択する必要があるせいで、スキルを使うタイミングは遅くなってしまったが、元々戦闘は本職では無いので勘弁して欲しいところだ。
まずはエリクサーを兄貴の方に使用し、続けて兄妹を対象に次のアイテムを発動する。
「一回目の《神酒》行くぞ!まずはここから戦況をひっくり返す!」
アイテムの発動と同時に眩い光に包まれる兄と妹。
《神酒》は全てのパラメーターを劇的に上昇させる強化アイテムだ。
その性能は凄まじく、一時的にではあるが使用者の戦闘能力を倍以上にまで引き上げてくれる。
ただし有効時間が短く、何より高難度ダンジョン深層の超低確率ドロップでしか入手出来ない、エリクサー以上の希少アイテムだ。
無論、本来はこんな風に戦闘開始直後にホイホイ使うアイテムではない。
今回の戦いが特別なのだ。
「《ヒロイックオーラ》、《イージスプレッシャー》!!」
「《武神憑依》、《乾坤一擲の型》!!」
《神酒》の効果を最大限に活かすため、それぞれ最高位の補助スキルを使う兄妹。
兄が押さえつけ、妹が凶悪な一撃を叩き込むいつものパターンだ。
「アレ?僕の分の《神酒》は?」
兄妹が攻勢に移るなか、間抜け面でこちらを見るバカ野郎(賢者)。
「そんな余裕あるか!次のタイミングでパーティに余力があれば使ってやるからさっさと働けッ!!」
「次って…どんだけ《神酒》を持ってきたのさ?」
もう一度《大盤振る舞い》の準備をしつつそう返す自分に、賢者の野郎がのんきに問いかけて来た。
「コネとか資金を使えるだけ使って集めた。他の仕入れの都合もあったし…イレギュラーとか考えると少し心許ないが、50個は何とか集めた。」
「ごじゅっ!?…マジで?やりすぎじゃない?」
この言葉に驚き、珍しくひきつった笑みを向けてくる賢者。
確かに普通の尺度で考えるとやり過ぎだが、今回の挑戦は内容が普通じゃない。やり過ぎるくらいでちょうどいいはずだ。
ハードな挑戦である以上、当然戦力を遊ばせておく余裕はない。
「これくらいで良いんだよ!そもそも俺は商人だぞ?戦いは専門外なんだよッ!!」
そう、こうして戦闘には参加しているが、自分のジョブは商人だ。
《大盤振る舞い》という強力なスキルはあるが、本来は緊急措置的な用途のスキルであり、通常は戦場に出るような職業ではない。
毎回いちいち選択する必要があったりと、微妙にスキルの使い勝手が悪いのもその為だ。
特に戦闘面におけるステータスの低さは尋常じゃなく、賢者のケツを全力で蹴り飛ばして戦線に送り込んだが、まるでダメージを与えられていない。
だからこそ、普通商人が好き好んで自分から戦場に出るような事はしないのだが、自分の場合は商人のコストは高くつくが実質の補助能力は最高クラスという性質から、成り行きで戦場に引っ張り出された事が何度かある。
個人的に戦闘は好きではない。特に今回は今までの戦闘の中でも最悪の環境だ。
普通商人のような非戦闘職を戦場に出す時は複数人の護衛を専属でつけるのだが、今回は複数人どころか一人もいない。
それどころか、敵のドラゴンはレイドボス。本来は20人以上の集団で挑むべき相手なのだが、今戦っている仲間は自分を含めても四人しかいないのだ。
あまりにも無謀で、あまりにも馬鹿げた状況ではあるが、今回は成り行きでは無く自分の意思で戦場にいる。
別に何か大きな目的や理由が有ってこんな無茶をしているわけではない。
言ってしまえば、自分達が今やっているのは単なる思い出作りだ。
最新型VR技術を駆使した新作のサービス開始に合わせ、グローリーファンタジーが今年度でのサービス終了を発表した今なら、我々のようにハメを外したプレイをするプレイヤーは決して少なくないはずだ。
「皆下がれ…《ドラゴニックスケイル》ッ!!」
さて、俺達が馬鹿やってようと物思いにふけってようと時間は止まってはくれない。
苦し紛れにドラゴンが放ったブレスを再び兄貴の方が大盾で受け止める。
ドラゴンブレスは特に注意すべき攻撃の1つではあるが、《神酒》の効果で先程よりも格段にダメージは抑えられいる。
今回は賢者もきちんと回復に回っているようだし、厄介なフィールドダメージもない…どうやら最初に賢者が使った魔法の効果が続いているらしい。
これなら他のメンバーの回復はまだ大丈夫そうだ。あの馬鹿野郎が結果的に良い仕事をしたらしい。(※奴が実は切れ者なんてオチは神に誓ってあり得ないと言っておこう)
「飛ばしていくよ~!《武神奥義・戦極無双突き》ッ!!」
ブレス後の隙を狙って最上級スキルを発動する妹の方。
高密度のエネルギーを纏い、光の奔流と化してドラゴンを貫いた一撃は、膨大なはずのドラゴンのHPバーを目に見えて削って見せた。
「流石攻撃力廃人!この調子ならイケんじゃない?」
幸先の良い戦果にテンションをあげる賢者。
僅か数パーセントとはいえ、本来上級プレイヤーが集まって挑むようなレイドボス相手に、たった4人の攻撃が通用したという事実は大きい。
『そういや、パッケージモンスターなのにレッドドラゴンキングと戦ったことないわ。』
と言う私の一言から始まったこの挑戦。
『私達ももうすぐ引退する予定だし、せっかくだから挑んじゃう?』
『いや、面白そうではあるけど…商人の俺はともかく最強クラスのお前らじゃ物足りないだろ、人数揃えるのも地味に面倒だし。』
『……なら、いつものメンバーだけで行ってみるか?』
『ちょっww兄貴wwそれ何て無理ゲー?www』
『なにそれ面白そう!』
そんな感じで話が変な方向に進んだ結果、とんでもない難易度になってしまったわけだが、これならギリギリ何とかなりそうな気がしてきた。
「お前達、気をゆるめてる場合じゃ無いだろ!まだまだ体力はあるし、厄介なパターンも残ってんだ!集中していかないと死ぬぞッ!!」
自分の中の浮かれる気持ちを押さえつけ、皆に叱咤の声をあげる。
実際の所負けても良い戦いではあるが、使った資金やアイテムの量を考えるともう一度挑戦する事は不可能だ。
正真正銘最後の挑戦なのだから、出来れば負けたくはない。
「ヤバい!兄貴の回復が間に合わないっぽいッ!?」
どうやら先程の一撃でドラゴンが激昂状態になってしまい、攻撃力が上がったようだ。
本来はまだ激昂状態にはならないはずなのだが、通常ではあり得ないダメージを一度に与えてしまった事を考えると、未確認のパターンを引き当ててしまった可能性が高い。
このゲームの製作者は絶対に性格が悪い、このくらいの仕込みは平気でやってくるだろう。
「私が《大盤振る舞い》で回復する、今回もお前の分の《神酒》無しなッ!!」
「また俺だけッ!?」
「ダーリン、素が出ちゃってるよ?」
賢者の悲鳴を聞きながら声高らかにスキルを発動する私だったが、熱中しすぎてつい一人称を間違えてしまった。
あげ足を取った妹の方がニコニコしながら見つめてくる。
「う、うるさいな…私だって意外とテンション上がってるんだよ!」
そう、私は所謂ネナベだ。リアル性別は女なのだが、グローリーファンタジーの中では男としてずっと活動してきた。
素のはみ出した私が男の姿で恥ずかしげに言い返す姿は、我ながら相当気持ち悪かったと思う。
結局、レッドドラゴンキングとの戦闘はかなりの長期戦になり、予想以上の激闘になってしまった。
兄妹の奮戦であと一歩の所までは追い込んだものの、最後の最後でアイテムが枯渇してしまい私達は全滅してしまった。
全身全霊正真正銘の全力を尽くして負けてしまったわけだが、不思議と私は悔しくなかった。