第8章:時には、難しい話をしよう
シリアス過ぎて、文体が変わった気がする……。
成長したと捉えていいんだろうか………?
「って、いう訳だから」
「…………」
あの問題の会議から五分後の部屋での、第一声だった。
あの凄まじい迫力が解かれ、今は普段の人懐っこい笑顔のアキさんに戻っていた。
さっきの剣幕が、まるで嘘のように思えてしまうから不思議だ。
壁に持たれかかって、少し落ち着いてから尋ねる。
「まず、七賢者とは?」
「ううんっと………言うなら、正義の味方かな」
アキさんは窓に向き合い、机に身を預けながら告げる。
「正義そのものとも言えるんじゃない。まぁ、ともかく、何かあったら時の為の戦闘要員だよ」
戦闘要員。
つまり、あの全員がブラックリバーに負けず劣らずの猛者ということになるのか。
あのトンガリ帽子でもか。
「あのトンガリ帽子でもだよ」
なら、次会った時には挨拶をしておこう。
そう、心に刻んでおく。
だが、ここで少し疑問が残った。
「ならバチスター師匠もここに………?」
さも当然のように全員が知っていたということは、つまりはそういうことを意味する。
だとしたら、にわかに信じられないようなことだ。
あの人に限って。
あの師匠に限って。
「うん。あの人がリーダーだったよ」
今は私が代理でやっているんだけどね、と遠くを見つめながらそう告げる。
空は青く澄み渡っていた。感慨のような揺らめきで雲が揺れる。
そして、その小さな背中に問いかける。
「………アキさんは、何をしようっていうんです?」
「何って―――戦争だよ」
淡々と、言った。
その時のアキさんは、窓に身を預けていて顔が見えなかった。
だだ俺にはその見えない横顔が恐ろしく見えた。
「初めて会った時に言ってくれたよね?」
「………」
「俺は、死んでも良いって」
「………」
「それと同じように、私は、あなたのために死んでも良い」
本当に、さも当然に、至極当たり前に、言った。
◇
俺は、とある事情で地獄へ堕ちた。
文字通り、堕ちていった。
そしてそんな中、アキさんと出会った。
まるで、さも当然のように――出会った。
出逢ってしまった。
そして、幸か不幸か、彼女の旅のお供をすることになり、弟子になった。
順序が逆だったかもしれないが、よく覚えていない。
そして俺には、目的があった。
◇
少し歩こうか、と柄でもなくアキさんが夕焼け道を歩き出した。
赤い。燃えるような太陽に、長く伸びた影が踊る。まるでこの世の終わりのような風景を背後に、ゆっくりと歩を進めていく。
ちょっと先を歩くアキさんに、吊られるようにして着いていく。
ただ、歩く。
ただただ、歩く。
「ねぇ、あーちゃん」
「いつから俺の名前はあーちゃんになった」
突っ込みを入れるが、どうにも浮かない。
今日は、あまりにもたくさんの出来事が襲い掛かってきて、実際のところ今でも着いていけてない。
山での遭難から始まり、新たな街での、ブラックリバーとの激戦、謎のラーメン屋に――七賢者。
目が廻ったというのが正しいかもしれない。
これは再び、運命の歯車が回りだしているのだろうか。
あの時、みたいに。
俺の心情を知ってか知らずかアキさんが後ろ歩きをしていた足を止めて顔を覗きこんだ。
「大丈夫だよ、アルカナならさ」
そう言って、にこーと可愛く微笑む。
その可憐な笑顔を見ていると、自ずと何でも出来てしまうような気がする。
よしよし、と頭を撫でたい気分だったが、何とか自制心を最大限に振り絞り、ギリギリのところで何とか留まった。
人を元気付けることに関しては、アキさんの右に出る者はいないんじゃないんだろうか。
「じゃあ、早く宿屋で休もうよ。もちろん、相部屋で一晩を……」
「お断りします」
◇
「デート中、失礼する」
失礼させた。
そこに立っていたのは、大男だった。
正確に言えば、七賢者の内の一人である、大男。
威厳に一言に尽きるほどの見事に顔の造形が強面だった。
しかし、アキにも似たその小さな目が、見事にもそれを中和しており、近寄りがたい雰囲気は一向に見当たらなかった。
あの後アキさんと相部屋で一悶着があり、なんとか平和的解決を見出したところで、俺達は宿屋を探していた。
アキさんに案内されるがままに進んでいくと、宿屋にしてはやけに街の奥部まで行くな、と思うほど、裏道へと進んでいった。
上を見上げると、建物と建物の間で、夕日で染まる赤い空が虚しく写り、いよいよ心細くなってきた時に、奴が現れたということだ。
それにしても。
この大男は、どうして俺達がこの時間に、ここの裏道に来ることを知っていたんだろうか。
「彼と少し、話がしたい」
その言葉にアキさんは少々顔を渋らせたが、ちょっとだけよ、と言ってすぐにどこかへ去ってしまった。
一人より、二人。
三人より、二人きり。
「マニザールだ。これからはよろしく頼む」
そう言って差し出された大きな手が、握手を求めるものだと気付くのに一秒ほどかかり、慌ててこちらも手を差し伸べる。
「こちらこそ、若輩者ですが、よろしくお願い致します。私は、アルカナです」
一頻り、全て噛まずに言い切ることが出来た。
固い握手。
「ああ、ではアルカナ、こちらからの質問があるんだが……先にそちらから何か質問は無いか?」
なるほど。こう見えてもその外見は見た目だましで、どうやらなかなか紳士らしかった。
しかし、質問と言っても、初対面かつかなりの目上の方に質問するのも気が引けるので、やんわりと断ろうとしたが、ここにきてある一つの疑問が浮かんだ。
「あー、あの、アキさんって、いつもあんな口調なんですか?」
問題の会議の時に見せた、あの恐怖感。
さらに言うならば、あの口調。
いつもアキさんの口調と比べたら、思わずぞっとしてしまう。
実に驚愕で。
逆に壮絶で。
一体アキさんには、七賢者に関して、見るも涙、聞くも涙の壮絶なドラマがあったのだろうか………。
「いや違うな。俺もあんなのは初めて見てびっくりしている。実の所、腰を抜かしそうになった」
「………」
「アキは、アルカナにあの会議中に一切口を挟ませないように、わざとあんな恐ろしい演技をしたんだと俺は読んでいる。でないと、あんな頭がアイスで出来ているような人がやったとは、到底思えない」
「…………」
前言撤回。
やっぱりアキさんだ!
むしろ安心した!
考えても見たら、あの人がそんなことを出来るほどの性格なんてまるでしてないんだった!
見るも笑い、聞くも笑いが、アキさんだもんなぁ!
「……まぁ、笑い話はこの変にしておいて」
マニザールさんにとっても、やはりアキさんは笑いでしかないらしい。
だとか、考えていたから。
「―――バチスターさんは、どんな最期だった」
その、あまりにも到底な、間違っても笑い話の後に出すわけも無い話に、咄嗟に反応することが出来なかった。
途端に、空気が、風の音が、燃えるような太陽が、自分自身が、俺を責め立てているかのように錯覚した。
マニザールさんの、険しい視線が、俺を貫き、貫く。
心まで、呆気なく。
「バチスター師匠は……」
その命の最期まで勇敢に戦い、戦士として誇り高く戦士しました。
なんて。
――そんなこと、言えない。
言えるわけが無い。
「……殺されました」
やっとの思いで振り絞った言葉だが、違う。
こんなことを聞きたいわけじゃないことくらい、分かっている。
「誰に殺された」
低く、感情が押し殺されたその声を、俺は無感動にも受け止めていた。
「すみません。それに関しては明日、全員の前で話します。だから――」
だから、今は聞かないでくれ。
丁寧に頭を下げ、強引にマニザールさんの横を逃げ出すように素通りした。
否。
逃げ出した。
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