第7章:時には、放って置かれる話をしよう
とある部屋にやってきた。
むしろ、部屋というかは講義室といった感じだろうか。
大きな黒板を取り囲むようにして半円状に席が設けられており、窓から差し込む光が明るい。
あの謎のラーメン屋を出てから俺達が向かったのは、この街のほぼ中心に堂々とそびえ立っていた時計塔だった。
時計塔の裏側に回るとそこには小さな、身の丈の半分ほどしかない小さな扉が取り付けられていた。
アキさんは異空倉庫から、ドアに合わせて小さな鍵を取り出すとドアノブに突き刺してがちゃがちゃと回した。
その光景に思わず口を挟んだ。
「どうして魔法で鍵をかけないんですか?」
魔法を使えば、ドアに鍵を掛けるなんてことは誰にでも出来る。さらに言うと、魔法で鍵を閉めた場合は相当の破壊魔法を使わない限りそれを破ることは出来ない。
そんなある意味、当たり前のことをしなかったことに違和感を覚えたのだ。
それに対して、アキさんは実に簡素に答えた。
「だって、そっちの方が秘密基地っぽじゃん」
「…………」
「それにさぁ――」
付け加えるように言った。
「魔法ばっかりに頼ってちゃあ、ダメだよ」
「…………」
一体、どんな意味があったのだろうか。
否。
意味なんて無かったのかもしれない。
言葉の通り。
全種類の魔法を完全習得しているアキさんは、確かにすごい。
本当にすごいと思っている。いくら頭がアイスで出来ていても、少なくとも俺はアキさんを尊敬している。
さらに言うと、剣術も並みではない。むしろそれこそ最強クラスだ。他と圧倒的と言っても良い。
――本当に、すごい。
それでも。
それでも彼女は魔法を使えなければ、ただの綺麗な女の人なのだ。
時計塔のほぼ最上階にいちするこの部屋には、現在俺を含め七人がいた。
騎士風に、いやたぶん騎士だろうが、銀が照り輝く鎧に、左手には巨大な盾を抱え、右手には巨大な槍を携えている者や。
ヘンテコな三角帽子に、いかにもいった感じの杖を大事そうに握り締めているメガネをかけた少女や。
俺の身の丈を軽く越すほどの身長を持つ大男。
不気味な男や。
無論、ブラックリバーもいた。
一見すると何の共通点も無さそうに見える顔ぶれだが、よく見るとそれぞれの顔は険しい。
それになぜかアキさんは部屋を出て行ったきり帰ってきていない。
こんなところに一人でいるのはなかなか心もとない。
よって俺の隣には、不本意ながらブラックリバーが座っていた。
さらに言うと、ここにいるほぼ全ての人が俺に向けて、絶賛で不審な視線を向けている。ありがとう。
俺はこの場にいる者に聞かれないように、小声でそっと尋ねた。
「なんでこんなに見られているんだ?」
ブラックリバーも合わせるように手で口隠して返した。
「そりゃなんてたって、アキさんの連れだからね。……それに、まだバレてないけど、人類最強を師に就けているんだよ」
「いやでも、アキさんにだって弟子くらいたくさんいるんじゃないのか。なんてったって、人類最強なんだろ」
「いないよ」
全てを言い終わる前にして、被せるように言われた。
ブラックリバーは、依然として前を見つめたまま続ける。
「アキさんは今まで弟子を取ったことがないよ」
一度たりともね、と付け加える。
「………それは、どういう……?」
「ほら、始まるよ」
促すように前を指差すと、アキさんがドアを開けて部屋へ入った。
ちなみにだが、アキさんは白い着物を着ている。
透き通るような純白に、桜が降り注いでいるかのように斑点模様が鮮やかに舞っており、より一層、その人の清純さを強調している。
流石に、下駄は履いてはいないが。
それに対して俺は、全身を紺色に、どす赤い色をしたコートを羽織っているだけだ。
しかし、どちらとも、対ミラージュ用繊維で出来ている特注品だ。
詰まるところ、奴らの特殊な武具を作成する技術を応用して作られたものだ。
アキさんは立ち止まらずに、そのまま教卓へと突き進み、ゆっくりとこちら側へ向き合う。
そしてこの時、俺はささやかな違和感に見舞われることとなった。
やけに、アキさんが凛として見えたのだ。
いつものあの、天然全快な雰囲気を微塵も感じさせない。
むしろ、冷徹な風格さえ感じさせる。
そんな状態でアキさんは、何の前触れも、無く唐突に告げた。
「バチスターさんが亡くなった」
消沈したかのように零れ出た溜め息。
無言で驚きに目を見開いている者もいれば、目を瞑って窓の外を眺めている者もいた。
ただ、全員が悲しみに包まれていることだけは肌で感じ取れた。そう考えると、改めて自分の師の偉大さに圧倒されてしまう。
「それで、空席が一つ出来た」
あくまで、事務的口調でそっと語りかけるようにしてアキさんは告げていた。
普段見ている俺からしたら、ぞっとするような口調だった。
寒気がしてならない。
そしてゆっくりと彼女は、手でこちらを指し示した。
俺を指し示した。
「――そこで、彼を招きたいと私は考えている」
彼、とはこの場合俺しか考えられない。
いや、何がだよっ!
いつもならそう叫んでいるが、アキさんの冷徹な視線と、事務口調に圧倒されて、口を開けることが出来なかった。
「質問。彼は何?」
手を挙げ静かに言ったのは、あのトンガリ帽子を被った少女だった。
どう見たって、その外見は十五歳前後の愛くるしい少女にしか見えない。がしかし、只者ではないことは確かだと俺の本能がそう告げている。
「彼は、バチスターさんの弟子よ」
この場に居る、アキさんとブラックリバーを除いた全員が息を呑んだのを気配で感じた。
トンガリ帽子さんでも、眉をひょいと上げていたのも目に入った。
だが、動揺が走ったのはここにいる皆だけでは無い。俺も充分に驚いている。
なぜ、ここにいる人達は、彼を知っている。
「―――そして、今は私の弟子よ」
みんなが次々と腰を浮かした。
俺はどうしていいか分からないので、ただアキさんをじっと見ておくことにした。
「じゃあ、天下の«二刀流使い»ってわけだ。……恐れ入るぜ」
はんば驚いた顔をしながらも、吐き捨てるように言ったのは、またもあのトンガリ帽子だ。
どうやら因縁を付けられたらしい。
恐れ入るぜ。
続いて、手を挙げたのは騎手だった。
鷲のように高い鼻と、狡猾そうな鋭い目が、余計な警戒心を煽っている。
「ですが、いくらあなたの弟子とは言え、実力の方は如何程に?」
「無論だ。先程、ブラックリバーとの模擬戦をやってもらった」
それにブラックリバーが完璧なタイミングで繋いだ。
「確かに荒削りだけど、光るものあったよ。それに、俺も危うく負けかけたしね」
にやり、と笑いながらブラックリバーは言う。
「異論は無いな?」
あったとしても、今のアキさんの鋭い剣幕に逆らおう者はいまい。
「……決まりだ。では、本日をもって、アルカナを七賢者に任命する」
「………し、七賢者?」
はて、七賢者とな。
絶賛で困惑している俺に構おうともせずに話が進められる。
「では、本日はこれで解散する。明日、本題について話す。午後一時、集合だ」
その言葉をきっかけに、各々がまばらに部屋から出ていく。
起立、気を付け、礼。
ありがとうございましたぁー。
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