第4章:閃光ときどき雷光のちに雷鳴
売り言葉に買い言葉だった。
処置無しといった顔のアキさんだった。
こればっかりはアキさんでも分かるまい。
「まぁ、どうせしないといけなかっただろうし、良いけどさぁ……」
そこでアキさんが珍しく顔を引き締めたので、俺は少し寒気がした。
「でもね、ブラックリバー。アルカナ君はね、私の弟子なんだよ!」
得意気にそうアキさんが告げた時、わずかばかりにブラックリバーの目が見開かれるのを俺は見逃さなかった。
「……へぇ、そいつは楽しみだね、色々とまぁ」
こいつの第一印象は決定した。
嫌いだ。
軽薄な態度とは裏腹に人を見透かしたような目をした奴だ。
爽やかな青年か。
とんでもない。
「じゃあ、アルカナ君、いつもの《閃光》の異名を持つ、あの居合い切りでぶっとばしちゃって!」
グッと拳を握り締めて言ったが、どういう要素から自信が沸いてくるのかが分からない。
さらに言うと、そんな異名を言われたこともあるわけが無い。
「アドバイスを下さい」
「ええええっとね、えっと…とにかく速いよ」
「えが五つになってますよ」
「えが五つで、『え』ん『五』!」
一瞬、世界から音が消えたのかと錯覚した。
しばらくの間この場にいた者はみな口を開けて絶句している。
あれほど賑やかだった歓声がまるで嘘のようだった。
ギャグだったのだ
「…いやそれさっき使った台詞だから」
アキさんの鋭い突っ込みが炸裂し、俺は受け身に回った。
さておき。
この相手はたぶん、いや、本当に強いだろう。百戦錬磨は伊達ではないはずだ。
思わずに握った拳に震えが走る。
「それじゃあ始めようか。ルールは、真剣を使った模擬戦でいいよね。当たり判定はなんてったって、アキさんがやってくれるし」
模擬戦とはいえ、真剣を使うと、寸止めが勢い余って大惨事が起こりうる、という可能性も無きにしも非ずだ。
代わりに、攻撃が身体に与えられる直前に、防御魔法で弾くという方法があり、模擬戦では基本的にそれを使う。
どんなに霞むような速度で振られる刀身でも、アキさんにとったら視認は容易い。
慎重にコクリ、と頷く。
「…ああ、構わない」
「じゃあ、三手で終了ということで。背中合わせになろうか」
そう言って素早く背中を見せるので、しぶしぶと相手に背中を合わせた。
それに合わせて観客達の歓声が大きくなってくる。
だから、呟き声で告げられた奴の言葉を、聞こえないふりをすることも出来た。
「残念だったね、お師匠さん」
現在の俺の師匠はアキさんだが、当然そのことについてではない。
「今のお師匠様もだいぶ残念だけどな。特に頭が」
「ははっ。違いないや。じゃあ――派手に行こうか」
短い問答を終え、俺は前へ一歩踏み出した。
続けて二歩、三歩と進んでいく。
十歩進んだ試合開始、というのは古くから伝わる決闘スタイルだ。
まぁ、こんなの守ってやる義理もくそも無いが、破れば観客達が黙っていないだろう。
ゆっくりと右手を左腰にかけてある和太刀の柄に回しておく。
十歩目を―――
―――踏み込んだ。
と同時にすばやく後ろに振り向くと、稲妻の如くジグザグに曲がりながら突進してくるブラックリバーの姿がそこにあった。
恐ろしい速度だが、ジグザグに進むことと、さらに二十歩分の距離では、充分な構える余裕が出来る。
はずだった。
加速する、さらに加速する、もっと加速する。
あまりの速さに目が付いていかずに、とうとう俺にはその姿がブレて見えたほどだ。
稲妻の如く、よりかは、稲妻のそれ自体、という表現のほうが適切だった。
二秒も満たない内に間合いに入り込りこまれ、はんば慌てるかのように放った閃光の居合い切りでは、奴の残していった残像を音も無く断ち切るだけだった。
それと同時にして、ガラスを叩き割った時のような音が鳴り響き、続いて腹部にズン、と重い衝撃が襲う。
ブラックリバーの刃をアキさんが”当たり判定”として防いだのだ。
そう理解した時には瞬時に思考を切り替えていた。
強引に右手を返し、長剣を切り返す。
しかし、すでにブラックリバーは剣の間合いから離脱していた。
「有効打一本!ってやつだね」
休憩させる暇も無くふらり、と体重を前に乗せると、次の瞬間には恐ろしい速度で二度目の突進が開始された。
直線ならまだしも、ジグザグと稲妻のように残像を残しながら迫ってくるため、見切りがままならない。
ほとんど勘で右へと飛び込むと、今までいた場所に閃光が迸り、超高速の突きが光の軌跡を作る。
正直、刀身が目で追えなかった。
風魔法で加速させ、さらに雷魔法で筋肉に極少量の刺激を与えることで、肉体面から極限まで速度を上げている、といったところだろうか。
あのアキさんが速い速いと散々言っていたのも今なら素直に頷ける。
エクスキューズを求めアキさんに懸命にアイコンタクトを取るが、それに対しアキさんは満面の笑顔と一緒に、グッと親指を突き出しただけだった。
ダメだ……この人の脳はアイスで出来てるんだった……。
三度目の突進。心なしか速度は速まって見える。
最大の集中力を使い、奴の挙動から次の一撃を読み取ろうとする。
脇腹に飛び込んでくる刃を体を左に振って避けるが、避け切れずに赤のロングコートが布切れとなって宙を舞う。
――当たり判定仕事しろよっ!
どうせアキさんのことだ、身体に当たるか否かのギリギリまで見極めているのだろう。
すれ違いざまで苦し紛れに剣を振り払うようにして振るうが、掠りもしない。
四度目、五度目、六度目――
ギリギリの綱渡りのような攻防が息継ぎ無しで繰り広げられる。
「う……らあぁッ!」
咆哮とともに右から降り下ろした長剣と、左から突き上げられた奴の和太刀の軌道が重なり、衝突する。
鳴り響いた甲高い金属音と大量の火花が弾ける。
右手には、途方もない衝撃。
なんとか相殺し続けているが、向こうのとんでもない速さに加え、さらに神速の如く速さで迫りくる刀では、いつまでもつか分からない。
全神経を集中させ、奴の微弱な予備動作から剣技を読み取ろうとする。
そしてその集中が、十数回目で途切れた。
「あっ………!」
水平切りを見誤り、奴の軌道から大きく外れたところに、風魔法で最大限に加速された剣技が空をきる。
吸い込まれるように右足に当たり、不快な衝撃が全身を走る。
苦し紛れに、体を捻って後ろに鋭く突き出した左足が、奇跡的に、刀を持っているその右腕を捉えた。
今思えば、この時になって初めて実体を捉えた攻撃だった。
なおも勢い留まらず残像を残して数歩進むと、体を開き、全身を使って停止した。
「――チッ、掠っただけか。
おい、アキさん。今の当たり判定じゃないのかよ」
「当たり判定は有効打の時にするんだよ。ほら、現にブラックリバーはピンピンしてるじゃない」
軽快に右手でVサインを送るブラックリバーは無視しておく。
これから再び開始される突進を全て避ける、あるいは相殺し、カウンターを狙う……は厳しいだろう。
しかし、手詰まりにはまだ速い。
イチか、バチか――。
右足を前に出し、左足を後ろに下げて、剣を左腰にある鞘に収める。
居合い切り。
「速さで僕に勝とうっていうのかい、ええ?」
呆れたような顔で問われるが、答えはしない。
今はただ、一瞬のチャンスの為に集中する時だ。
ブラックリバーが体をゆっくりと前に倒した。
途端に稲妻じみた加速が付いて距離を一瞬で縮めてくる。
ゆっくりと和太刀を後ろに引き絞りさらに加速していく。
これで決めるつもりだ。速度がさっきまでとは段違いとなっていることからそれを感じ取る。
だが、こちらもこれで決めるつもりだ。
ぱちり。
目を限界まで見開くと、轟音の唸りをあげて、刃が首筋に吸い込まれるように飛んでくるのを目視することが出来た。
チャンスは、一瞬。
「――う………りゃ!」
閃光の如く右手を閃かせ、首筋に迫る死を告げる刃をギリギリの所で真上に弾いた。
俺の二つしか無い得意技、居合い切り。これなら、いくら相手が稲妻でも勝てる自信があった。
無理矢理軌道を上に向けられた和太刀だったが、奴は考えるよりも素早く、再び俺の頭上へと振り下ろしていた。
剣技を放ち、完全に姿勢が崩れた今の俺にこの攻撃が決まれば、当たり判定が適応され、勝負はストレート負けとなっていただろう。
もう一度確認するが、得意技は、二つしかない。
「もう一発っ!」
俺は、瞬時に左手に出現させた刀を、体の流れに任せるままに抜き放った。
砕け散る防御魔法が、反響と残響を残す。
驚きに見開いた目に、どこか満足そうに口を歪ませたブラックリバー。
――そう、俺のもう一つの得意技は、《二刀流》だ。
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