第3章:意地と意地では意地悪だ!
惜しみない拍手と割れんばかりの声援を観客達からその一身に受けるが、アキさんは気にするような素振りもせずに俺に向かって軽快にVサインを作ってみせた。
無論、とびきりの笑顔で。
これには流石に感心せざるを得ない。
いくらこちらが伝説級武器を使っていたとしても、剣で剣を砕くというのは容易なことでは無く、さらにそれを一撃でしてしまうとなると、それはもはや奇跡の値に入っている。
そんなことでも、この人は、平然とやってのける。
出来てしまう。
男の方を見てみると、しばらく時間が経った今でも目の前で起こったことが信じられずに呆然としていたが、我に帰った途端に顔を真っ青にして、と思いきや徐々に赤く染まっていく。神技による驚愕からの武器破壊による憤怒といったところだろうか。
しかし、暢気にしている場合ではない。
これはまずいと本能的に感じ取った時には――これはもはやアキさんとの付き合いで慣れてしまった動作であるが――そっと手に力を込めていた。
手に淡い光が集まっていくのを他人事のように確認する。
大男がアキさんに向かって怒鳴りつけようとした寸前に、素早く二人の間に割り込んだ。
そして最大級の穏やかな声で
「すみませんねぇ,うちの連れの者が無礼を働いてしまって」
大男が口を挟む前に、間髪入れず、大男の目の前にあるモノを突き出す。
「まぁ、ここはどうか穏便に」
金貨が入った麻絹袋、しめて十万z。
これだけあれば、安物の剣の一つくらいはそこらへんで買えるであろう金額だ。
今まで何度も何度も、忘れてしまうほど何度も同じ状況になったことがあったが、その度にこうして賄賂を贈っている。
男はしばらくの間、十万zを前にしてめまぐるしく表情を変化させていたが、やがて諦めたように落ち着き、麻絹袋を受け取った。
交渉成立。
痛み分け。
「……って、アキさんもちゃんと謝ってください。一応、人の剣ぶっ壊したんですよ」
「えー。だって、嘘付くんだよ、これはちょっと人の所有物の権利とその犯じゃあいっ!」
「言ったことも無い真面目な内容を言おうとするから噛むんですよ!」
すみません、と言って頭を下げ、えへへと笑うアキさんの頭を有無を言わせずに持って下げさせる。
……もう正直出会って何度目になるか分からない動作だ。どっちが年上か分からない。
しかし、人類最強が、一般市民に頭を下げる構図、哀れとしか良い様が無い。
「うむ…まぁ、もういいさ」
どうやらこの大男も金には目も眩むらしい。もしくは、アキさんの美貌にか。
今まではただの悪漢にしか見えなかった名も無き大男だったが、今は名のある武人のように颯爽と大広間を去っていった。
ブラックリバーは、堪えられずにまだ腹を抱えて肩を震わせていた。
それに少々ムッとしていた俺達の視線に気付いたらしく、顔を上げた。
あくまで、爽やかだった。
「……あぁ、ごめんごめん。にしても変わったねぇ、アキさん」
ブラックリバーはそれでもさもおかしそうにしている。
なぜこの爽やかな笑顔が不自然なのか今気付いた。
こいつの目が笑ってはいなかったからだ。
怪しげな光を放つ目、とでも言うべきだろうか。
その目を見ていると、まるで自分の内側を見透かされているかのような感覚が忍び寄ってくる。
「……うん、まぁ、そういうこともあるもんだね。そりゃそうか」
どうやらこの青年は意味深な表現が好きらしい。
軽やかに笑うと、視線を俺に移した。
「…ん。あなた、良い剣ですね」
ソレ、と言って、俺の背中、薄く透き通るような青色の刀身の長剣に目をやった。
確かに、これは中々の業物で、確か、俺が幼い、こ、ろ――
「――――え」
背後から悪寒と恐怖が同時に舐めるように這いずり回ってくる。
体を震えないようにするので精一杯だった。
自然と目に力が篭ってしまうのも、自分でも感じとった。
「お前―――」
「わぁ、おっかないなぁ。そんなんじゃあ長生き出来ないぜ」
ブラックリバーのその態度で、疑問が確信へと変わった。
この男は、知っている。
いや、気付いている。
その時。
ピリッと、脳内で何かが迸る気がした。
「落ち着こうね」
アキさんの温かい手が、柄から剣を抜こうとしていた右手を優しく包んでいた。
強い目で、俺は縛ってくれていた。
アキさんいつもおちゃらけているが、どこか冷静な部分があるのを俺は知っている。
その目を見ていると、まるで自分の内が全て読み取られていくようで怖い。
同じ目をした二人。
この青年も、特殊ということだろうか。
俺は深く息を吸い込んで、ゆっくりと柄から手を離す。
怖い。
本能的にそう感じ取っていたのがひしひしと鳥肌から伝わってくる。
だけど、あの青年から発せられる怪しげな眼光から目が離せなかった。
否、離さなかった。
ただ、両者共にどうすることも出来ずにしばらくの間、硬直状態が続いた。
睨み合い、気が狂いそうになったその時に、おもむろに青年が口を開いた。
「《辻戦》をしようか」
◇
これは後に聞いた話である。
正にこの時間、毎週金曜日にここ大広間でアキさんの旧友ことブラックリバーは辻戦をしているのだそうだ。
流石は、王都セルクカムといったところだろうか、やはり人の量が半端ではない。その中から辻戦をするといった物好きが現れてもおかしくないだろう。
それに相応の掛け金を設けてあるから、なおさらだ。
あの大男、ように。
あんな奴のように、はなから金目当てで来る奴も出てくるほど、金が積もりに積もっているらしい。
子どもの小遣い程度の金から、今では、それこそ業物の剣を一本や二本買える程度になったほどだそうで。
つまりは、全額敗者の掛け金ということだ。
だが、それまでの金額にするということは、その金額分勝ち続けないといけないということだ。
そしてその無敗記録は今もなお、絶賛継続中。
ゆえに、全勝無敗。
百戦錬磨。
絶対王者。
だがしかし、このアキさんにとってみたら、もう目を瞑ってでも倒せるほどの雑魚でしかないだろうが。
それでも。
それでも、充分に、洒落にならないくらいに、強いのだ。
――だが、あえて言わせてもらう。
男には、どうしても譲れぬ時があると!
「――――受けて立とう」
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