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戦いの魔法 戦いの時間  作者: 落ちこぼれ星
王都セルクカム編
3/14

第2章:時に哀しい音は、やっぱり哀しい

 黒。

 黒。

 真っ黒。

 そう、真っ黒。

 ブラックなブラッキー。

 黒い雨合羽を着た男だった。

 いや、青年だった。

 頭をすっぽりとフードにおさめ、そこからは青色のメガネをかけた大人しそうな青年の笑顔を覗かせる。

 だが、俺にはなぜかその笑顔に少しの笑顔を違和感を憶えた。

 真っ黒な姿に身を包んだ青年の手には、異様な存在感を放つ、銀として輝く大振りの和太刀が握られている。

 片手で持つよりは両手で持つように作られた刀のようで、俺の得物より少しばかり大きい。

「わあっ、ブラックリバーさん、久しぶり!」

 アキさんは軽快にシュタッと手を上げて応じた。

 にわかに信じがたい光景だ。あのアキさんがこんなに友好的で素晴らしいまるで友情のようなものを持っているだなんて。

「アキさんが人に敬意を持って《さん》なんて上級な台詞を言えるんだ……」

「うわ、ひどっ!」

 しまった。この人にとっては呟き声でもはっきりくっきり明瞭に聞こえてしまったんだった。

 失言失言、慎むべし、慎むべし。

 アキさんがハッと口を開いた。

「あ、そうだ。実はね……」

 くいくい、と手でこっちに来るように示した。

 耳元で囁かれる。

「実はこの人ねぇ、今年で齢三十五歳なんだよ」

「…………さいですか」

 俺はさして今更驚きはしない。どうせこのアキさん(人類最強)の知人はまともな奴ではないということを、今までの旅で重々に、見に染み渡る思いで知ったからだ。

 ………ブーメランは、刺さっていないはずだろう?

 にしても、どこから見てもあの顔では、とても三十五歳には見えない爽やかな青年面をしている。確かに大人びた雰囲気を漂わせているのは事実だが。

 精神面はともかく、肉体面は青年で間違いないだろう。

 


 言い忘れていたが、俺は生まれてこのかた十七年。つまり十七歳。

 アキさんはどう見ても十七歳前後を彷徨う容姿をしているが、実際は二十歳後半。

 さらに正確な数字について探求しようとすれば、もれなく人類で最速記録に達するボディーブローが飛んでくることになるだろう。

 誤解の無いようにあらかじめ言っておくが、俺はそんなインチキでサバ読みな容姿ではない。

 


 ……と、冷静な解説を打ち切ったのは野太い声だった。

「おい、余所見してんじゃねぇ!」

 声の主の方はいかにも、といった感じの小汚い盗賊面をした俺より頭一つ分くらいの大きさを誇る大男だった。

 悪趣味なバンダナを頭に巻いているが、ゴツゴツとした顔には正直あまり似合っていない。

 しかし、それよりも先に目に付いたのは、その右手。

 その手に握られていたのは、煌びやかに黄金色に光輝く一振りの長剣だった。太陽の光を飲み込むかのように爛々と輝き、思わず眩しくて目を潜める。

 ――と、同時にして俺は名も知らない大男に唱えた。

 ご愁傷様です。

「いやぁ、アキさんホント久しぶりだね。うん。僕も会えて嬉しいよ。ホント。それで、ね――」

 そこで青年――いや、三十五歳なのだが――は言葉を切り、大男を指差した。

 正確には、その黄金の剣を。

 それを見てアキさんは確かに、へぇ、と不気味に笑ったのを確認した。

 うん。

 本当に、ご愁傷様です。

「無視してんじゃぁっねぇよ!」

 再度、大男は大声を撒き散らしながら青年に向かって猛然と突進してきた。

 対して、青年こと、ブラックリバーは涼しい顔をして微動だにしない。

 それを見た大男の顔がさらに赤くなり、剣を大きく振り上げた。

 剣の間合いに入った。

 流石というべきか、並外れた速さの剣速で剣を振りかざた。

 轟音を唸らせて青年に刃が迫り来る。

 無残にも振り下ろされた刃は、黒い青年の肉を切り裂き、その刀身を紅く染めた。

 とはならずに、いつまでたっても青年に刃が振り下ろされることはなかった。



「――ちとばかし、聞きたいことがあるんだけど、お兄さん」



 両手で剣を挟んでいた。

 つまり、白刃取りというありえない神技めいた技をしているということを理解するのに少しの時間を要した。

 アキさんだ。

 青年までは軽く四メートル以上あり、それを本当に目にも止まらずに移動したということになる。

 正直、全く見えなかった。

 当人の大男も何が起こったか分からずにあ然として突っ立っている。

 そんな大男に構わずに、アキさんは続ける。

「このキンピカの剣ってさぁ、なんていう名前なの?」

 無邪気な笑顔で、尋ねる。

「…え、ああ……こいつぁはなあ、《聖剣エクスキャリバー》だぜ!」

 その名詞が大男から発せられると、ドッと観衆からざわめきがあふれ出た。

 


 《聖剣エクスキャリバー》

 ソレが世界最強の剣だということはもはや周知の事実であろう。

 その所在は時代が変わるごとにあらゆる猛者に移り変わっていると言われているほどだ。

 だから、この小汚い大男の手に握られていてもおかしくは無い。

 だが。

 ――だが、相手が悪かった。

「ふぅん…本当に?」

 アキさんの微笑みはいつだって迫力があるのを、俺は知っていた。

 しかし大男は大した精神力を持っているようで、怖気づかずに言葉を繋げた。

「…ああ、偽りは無いね」

 その言葉に、アキさんは鼻で笑った。

 失笑。

「あ~あ~あ~、お兄さん嘘はいけないんじゃない?」

「嘘じゃねぇよ!」

 ふうん…そっか、とアキさんは剣から両手を離して大きく一歩、後ろに下がった。

 こうなったら最後、もう誰もアキさんを止めることは出来ない。



「じゃあ、その剣がもし本当の《聖剣エクスキャリバー》ならさ――」



 アキさんの右手の中からヒカリが溢れ出した。

 その頬には、獰猛な笑みを浮かべていた。



「――《ニセモノ》に負ける分けないよね」



 ――刹那、大男の右手に握られていた、世界最強の剣《聖剣エクスキャリバー》は、音も無く、その刀身が砕け散った。



 一瞬、世界から音が消えたのかと錯覚した。

 しばらくの間この場にいる者はみな口を開け絶句している。

 あれほど賑やかだった歓声がまるで嘘のようだった。

 斬ったのだ。

 説明を入れると、すばやく異空倉庫から剣を取り出し、必殺の威力を込めた居合い切りをその刀身の最も脆弱な部位の横腹に当てたのだ。

 それだけのことだった。

 それだけのことだったが、あまりにも一瞬の出来事でこの場にいる全員が理解できずにただ口を開けていた。

 アキさんの右手に握られている、黄金の剣、《聖剣エクスキャリバー》によって――《聖剣エクスキャリバー》を斬った。

 つまり――

「《偽剣カリバーン》。ニセモノだよ、ソレ」

 そう静かに、最大限に穏やかな口調でそっと告げた。

 つまりは、今現在アキさんの右手に握られているこの黄金の煌びやかな輝きを放っている剣こそが、正真正銘、本物の《聖剣エクスキャリバー》なのだ。

 宙高くに舞い上がった刀身の欠片が石畳の地面に落下し、哀しい音を響かせた。

 途端に、観衆から再び、今回はさらに大音量の歓声が沸き上がった。



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