第1章:喧騒の中で
「これ全部、お願~いっ!」
はつらつな声と、重重しい金属音の|斉唱«ユニゾン»を店内を響かせた。
短剣、片手剣、長剣、と続き、鈍器、戦斧、長槍、弓、といった凶器の数々をニコニコしながら大テーブルいっぱいに広げる。
少なくとも、美人の女性がすることではないと思う。切実に。
街の中心部の市場の端にひっそりと立ってある、ミウラー武具屋。
武具屋と言われて想像するのはやはり、照明を極力絞った薄暗い店内で、奥にいる年老いたマスターと、その愛犬(ピットブル:雄、命名:クリムゾン・ボルト)が悪趣味な湾刀を磨いてうっひゃひゃ……としているような場所だが、ミウラー武具屋はそんな印象は皆無だった。
何せ、店に入った時の第一印象が、明るいだったのだ。
店内の明るい照明と、窓から覗かせる日の光が清清しいまでの清潔感を与え、微かに香る新鮮なヒノキがほのかにすれば、誰でも一瞬入る店を間違えたかと思ってしまうのは当然だろう。
さらに、ちょうど今年で十三歳になり、青い髪を両端でまとめあげたツインテールがこれまた良く似合う看板娘さんがカウンターで客を持ち前の笑顔で和ませている。
名前はメザリアさん。実に良い。
彼女のお陰で、売り上げは飛躍的に向上したというのも充分に頷ける。
なにせ、生と死の殺伐とした戦場を生き抜く淡白な男どもに、今も俺に向けて絶賛無料で向けられている(笑顔は無料)この清純なヒマワリ満開している笑顔を向ければ、そりゃ、ねぇ…、アレですね。
しかし、それ以上にこの店の持ち味となっている清潔感と軽快さに女性客の足も絶えない……とアキさんがご丁寧に説明してくれた。
そのメザリアさんが、端から見れば彼女に縁も所縁もないような凶悪な武器をふむふむとじっくり眺めてから、満足そうに大きく頷いた。
キラキラと目を輝かせながらカウンターから身を乗り出す。
「流石ですね。アキさん」
この武器は全て俺が回収したものであって、その輝いている目は俺に向けられるべきだと思う。
「えっへん!」
無い胸を張るが、この武器を回収したのはやはり俺だ。
「……じゃあ、ちょっと待ってて下さいね、鑑定してきますから」
メザリアさんはすっと手をテーブルの前にかざした。その大きな目は、じっくりと自分の手を見ているようだった。
途端に、かなりの数あった武具の全てが余すことなく、淡い光に包まれた。
メザリアさんが、手を素早く握ると同時にテーブルいっぱいに広げてあった武具の全てがその場から消滅していた。
「……すごい…詠唱ナシですか……」
普通、魔法を発動させるには、どうしても、«詠唱»が必要となってくる。
呪文。
技名。
儀式。
魔法は、想像だ。
想像する力が強ければ強いほど、魔法も従ってより堅実になっていく。
例えて言うなら、火属性の魔法を使おうと思えば、単純に火が燃えるのを想像すれば良い。
そしてその想像力を強く、より堅実にしていく上で必要になってくるのが、«詠唱»というわけだ。
必ずしも必要と言うわけでも無いが、脳が認識しやすいのは、五感を使う方法で、舌を使って話し、耳を使って聞くというのは最適だ。
しかし、それを無しで行うとなると、並々ならぬ経験が必要で、普通はそんな芸当は出来ない。
……まぁ、当然、この人類最強さんは詠唱なんて不要だが。
「そんなこと無いですよー。毎日してたら出来るようになるものですよ」
そう少し照れたような態度を見せると早足で工房の方へ引っ込んでしまった。
途端に、アキさんの頬がニターっとだらしなく緩んだ。
まだ海の大きさを知らない少女のように、目を輝かせて微笑んでいる。
正確には、ニヤついている。
……あんたも大概だ。
「可愛いでしょ、あの娘」
「はぁ……まぁ、そうですねぇ」
カウンターの上に備え付けられている時計を何気なく眺めながら適当に答えた。
カチコチ、カチコチ。
何気なしに、ふとした疑問を呟く。
「でも、こんな所よく知ってましたね」
「……うん、昔この街に来たことがあってね、その時の顔馴染みってやつだよ……」
どこか、歯切れが悪い。
だが、俺は構わずに続ける。
「にしても、驚きですね、アキさんに友達がいたなんて……」
カチコチ、カチコチ。
「………」
カチコチ、カチコチ。
その時になって俺は初めて、時計からアキさんの顔に視線を移した。
さっきまでニコニコだった横顔に、心無しか翳りのようなものが伺えた気がした。
いや、そんな気などしない。
明らかだった。
「……うん…まぁね」
歯切れの悪さを不思議に思い、横から顔を覗き込もうとしたが、その前に拗ねたようにそっぽ向かれてしまった。
その行動に俺は大きく違和感を感じさせられた。
少なくともそれは、俺の知っているアキさんがとる行動では無かった。
だが、それ以前に俺はこの人の何を知っていると言うんだろうか。
それこそ本当に、まだ知り合って間もない時間で。
この横顔の何を知っているんだろうか。
人類最強の魔法使い。
天上天下唯我独尊。
隣には誰もいなくて、振り向かないといけない人。
そんな、俺から見えるそんな横顔は、小さな目が特徴的な、綺麗で・・・夜叉だった。
◇
«地獄の始まり»
それは数年前のとある日、本当に、何の前ぶれも無く起きたことだった。
《世界の果て》と言われている場所から突如としてその姿を現した。
化け物。
名も無い化け物。
瞬く間にやつらは世界中へと生存領域を拡大させていき、一日、一日と日が暮れて家に帰る度に、一つの文明都市が崩壊していったということを、その当時は幼かった俺の耳にも届いていた。
どこからか現れるのか。
どのように繁殖するのか。
どのような文明なのか。
知性はあるのか。
全く正体不明で、どれも、誰にも分からないまま、無音だが、確かに侵攻が進んでいった。
化け物の条件は、三つあると聞く。
正体不明でないといけない。
言語を理解してはいけない。
不死身でないといけない。
二つ当てはまっていれば上出来。
三つ目は、当てはまっていなくて良かったと心から思う。
様々な個体が発見されており、人型から昆虫型、動物型、そして、神族型の大きく四つに分類されている。
さっき倒してきた《トウフ》は、人型の代表的な個体で、大振りな大剣を振り回す荒くれ者だ。
そして、その全ての個体に共通する特徴は、実体を持たないということ。
触れようとすれば、蜃気楼のように実体をすり抜けていく。
つまり、武器による攻撃は完全に無効化するという仕組みだ。
その姿も実体が無い影のようにいつもフラフラと霞んで見える。
でも、だからといってさっきも言ったが、やはり無敵などという存在などいない。
まず、魔法は受け付ける。
向こうも使って来るのに、こちらから受け付けないのはあまりにも理不尽だからだろう。
だが、それなりの制限があり、よほどの大規模の破壊魔法を使用しないと倒せない。
さらにもう一つの手段。
ヤツラは、人体による直接攻撃のみ、受け付ける。
よって、人類で最初にやつらを倒したのは、名のある体術の達人だったらしい。
その一足遅れで、魔法使い達が次々と討伐し出したそうだ。
だが、相手は基本的に人間より硬く、強いのだ。
そんな相手に、接近戦を挑み、素手で攻撃するなど、ある意味不可能だった。
魔法を三割、物理を七割といったところだ。
そして人類が後退を続ける中で、もう一つの攻撃手段を発見した。
目には目を。
歯には歯を、だ。
ヤツラが使う武器をヤツラを相手にして試してみたところ、見事にぶち当たったらしい。
さっきの戦闘でも無事に俺の長剣による剣技が決まったような感じに。
しかし。
そんなことが分かったところで。
そんな希望を見つけたところで。
局面は、既に終わっている。
戦況も。
その武器で、進撃への道を切り開くのではなく、退路を切り開くのがやっとで。
そして、そんな蜃気楼のような敵を、人類の天敵を、いつしか人類はこう呼ぶようになっていた。
《ミラージュ》。
◇
「またね~」
手を振りながら見送ってくれたメザリアさんを背に俺達は店を出た。
爛々と照り輝く太陽を睨み付けてみるがすぐに降参し、地面に目を落とした。
石畳で出来ていることを見るなり、前を通りすぎていく人の量を見るなり、それなりにこの街は栄えているらしかった。
「お金は貰ったし、ご飯食べよーよー?」
ミウラー武具店にいたのがあまりに長く感じられたが、時計塔を見上げると、時刻は十二時過ぎだった。
昼食にはちょうど良い時間だろう。
余談だが、五十以上あった武具を全て売ることによって、今や一年は遊んで暮らせるほどの大金が手元でジャリジャリと音を立てている。
いや、実際は持っているわけじゃくて空間魔法で異空倉庫に仕舞ってあるのだが。
実際に、それくらいの報酬でないとこんな仕事はやっていけないのだ。
報酬が増えるかも自分次第。
戦場の自分の命も自分次第。
気持ちの持ち方も自分次第。
こっちにおすすめの店があるんだよー、とアキさんがはにかみながら歩を進めること数分後。
突如としてその軽快な足取りが止まった。
後ろをゆっくりと歩いていた俺は危うく鼻をぶつけそうになった。
この空腹モードに入ったアキさんを止めることに成功するとは、一体何事かと、アキさんの横へ並ぶ。
「……祭り、ですかね?」
何せ、人が多かったのだ。
とてつもなく。
さすがの王都だけあって、それなりに栄えているらしいが、ここまでの混雑具合はただ事では無い。
俺達が立ち止まった所はちょうど大通りから大広間への通り道で、広間では、その中心を囲うようにして人だかりが出来ていた。
性別や年齢にあまり偏りは無く、共通していることと言えば、全員がとにかく興奮していることだ。
やれーやら、いけーやら、色々と物騒な叫び声が次々と聞こえて来る。
「あの、アキさん?」
何かを知っているかもしれないこの人に問いかけても返事を返さずにその可愛らしい眉を潜めている。
こういう時のアキさんは、たぶん何を行っても無駄だ。
そう、短い付き合いだが身に染みて分かっていたので、しばらく待ってみることにした。
――嗚呼、空はなんて綺麗なんだろう。
そんなことを考えさせるほど、待った。
もう一度問いかけようとした時と同時に、アキさんが顔を上げた。
「……あ、そっか、今日は金曜日だったね…」
アキさんはそれだけ言って勝手に頷くと、いきなり俺の手を握った。
「ーーー!?」」
あまりの不意打ちに一瞬心臓が跳ね上がった。
一瞬にして顔が蒸発してしまいそうになるほど熱くなっていく。
気のせいだろうか。
そんな俺の気を知りもしないアキさんは、俺が声を出すよりも先に腕を引っ張って人ごみの中に突っ込んでいく。
遠くから見るとあれほど密着して見えた人ごみだったが、アキさんは何食わぬ顔で、細身の体を駆使し、スイスイと前へと進んでいく。
一方俺は後ろで、色々な人の肩や肘にぶつかりながら同時に「すみません、すみません」とひたすら謝りながら進む。
「わぎゃっ!」
足を引っ掛けられて奇妙な叫び声をあげてズデンッ と盛大に転ぶ。うん、確かに転んだ。
……まぁ、アキさんの手を握れたからよしとしよう。
あくまでポジティブに 。
「――ああ、アキさん、久しぶり」
「…………」
俺は驚きと疑問の両方を会わせ持って素早く顔を上げた。
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