第10章:気絶するほど悩ましい
「………」
声にもならない喘ぎ声が口から零れ、空いた口が塞がらない。
アキさんは無表情でこちらを見下ろしていた。
その目はあくまでも無感動。
あまりにも無機質。
哀しいほどに――聡明に見えた。
「――ねぇ、知ってる。ある日、この世に現れた化け物を」
ぽつり、と独白するかのように口を開いて語りだした。
「私はね、ミラージュと人の間に出来た子なんだよ」
その時、激しい衝撃が、衝動が体中を突き抜けて行くのを他人事のように感じ取っていた。
ミラージュと、人の間に出来た落し子。
化け物と人によって産み出された、生み出された、亜人。
いや、亜神というべきか――。
「いや……でも、だって、そんなことがありえるんですか……?」
「いや、ありえちゃってるし。だってこの尻尾はどう見たって」
ミラージュでしょう、と言う。
確かに、あの尻尾はよく見慣れている。
俺達が毎日命を賭けて戦っているミラージュに生えているソレだ。
《トウフ》にだって生えている。
これは極稀にだが、遠目から見ると自然界に住んでいる動物と見分けが付かないミラージュの存在も確認されている。
そのような個体では認識が困難だが、ミラージュの尻尾は黒色だということが証明されているのでそのものの尻尾を見れば一発で判断することが出来る。
黒い尻尾が生えていたら、ミラージュだと判断している。
手段はよろしい。だがその結果は
?
ベッドのシーツを握り締めている俺の手からは、今は夜風が涼しいのに心なしか汗が滲み出ていた。
口は喉の奥まで砂を入れられたかのように乾燥している。
前言撤回。
何度やったって、慣れられるものか――畜生。
そんな俺から視線を外すと、ささやかな街灯の明かりに灯されている街に向かい合っていた。
何度目になるだろう。これでまた俺はアキさんの顔を見ずに会話をすることになってしまった。
否、そうさせた。
そうさせてしまった。
「だってさぁ、人類最強だよ。他とは比べ物にならないほど圧倒的なんだよ。絶対王者だ。百獣の王はライオンだけど、私は夜叉だよ。狐と獅子じゃ本当は比べ物にならないんだけどね。ははは」
「……笑えませんよ」
奥歯の方を噛み締める。
「これはねぇ、私自身が一番知っていることだけど、私の魔力ははっきり言って、無限に近いんだよ。アルカナ君が考えているよりも遥かに強大なはずだよ。圧倒的にね」
魔法を発動させるには、代価としてそれ相応の魔力を消費しなければならない。
その消費する、言うならば汲み取る分の器が無限に近いほど大きいということになり、つまりは魔法を発動させ放題ということになる。
だから、どんな魔法だって使える。
「ついでに言うとね、普段は抑えているけど、その気になればデコピンでアルカナ君を隣町まで吹き飛ばせる……ううん、殺せる」
殺せる。
残響する声が頭の中に響き渡る。
心に響き渡る。
「グーで即死、パーでぺちゃんこ、チョキで大穴二つ、だよ」
人外の強さ。
圧倒的な強さ。
化け物の強さ。
それは――すでに人ではなかった。
こんな暗闇から出てくるのはお化けだって?
化け物じゃないか。
喉の奥で声が掠れた。
「どうして、そんなことを俺に」
どうして、話したのか。
こんな嫌な話を、人に話したくもないような嫌な話を、俺にしたのか。
アキさんと出会った時の俺は、文字通りちゃらんぽらんだったので、今でもその印象は拭えてはいないはずだ。
何せ、活躍を見せる場面は、ことあるごとに当の本人から根こそぎ奪い取られている。
「なんとなくだよ」
平然と答えた。
「なんとなくって……」
「そう、なんとなく」
思いついたから、と言う。
だが――違う。
なんとなくでは――ない。
なんとなくで話すような話ではないことは、俺にでも分かっている。
でも、分かっていても、見えてはいなかった。
何も見透せてはいない。
「まぁでも、これからアルカナ君にも話してもらわないといけないから、その埋め合わせだよ。だって、そっちだけ話すのも公平じゃないでしょ。バランスは何よりも大事だからね」
バランスが大事という彼女が、何よりもあらゆるバランスを崩している張本人なのだが。
いや。
張本人だからこそ、か。
「……話すって、何をです?」
「決まってるじゃない」
さも当然のように言い放った。
「アルカナ君の昔話じゃない」
その時のアキさんは、珍しく決め顔だった。
目眩がするほど、綺麗だった。
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