オープニング
がむしゃらに書きました。
お楽しみください。
鋭利な刃が唸りを上げて俺の肩口に狙いを付けて迫ってきた。
素晴らしい角度だが大したほどの速さでもない。
俺は落ち着いた動きで右手に握らせてある片手剣を下から飛び上がらせるようにしてそれを弾き飛ばし、そのまま強引に唾競り合いに持ち込んだ。
だが唾競り合いをしてこの黒の化け物に勝つ気など、毛の先ほど考えちゃあいない。
ただ、目の前にぶら下げられた勝利に喰らい付くだけ。
生存競争の上に躍り出るため。
生き残るため。
グッと左手で握り拳を作り、体をねじ込ませるようにして相手の腹にショートパンチを叩き込んだ。
脇腹をえぐるようにして放ったパンチは、小さな悲鳴を残して化け物を大きく吹き飛ばした。
地面を這うように転がり、数回地面を跳ねて止まった。
ソレは立ち上がると荒く息を吐いて、吸い込んだ。
ソレ、は《トウフ》という名前を持つ化け物で。
俺なんて見る影も無いほどずいぶんと立派な体躯に全身を黒塗りにしてあり、印象は平面に映し出された影だ。
ここ一帯では充分な強さを誇っており、舐めてかかると文字通り痛い目を見るはめになる。
そののっぺりとしたおうとつの無い顔にある双眼からは荒削りでギラギラとした赤の光を放っている。
俺の目には――ただの狂気にしか写らなかった。
カチャリ、と右手に握られた相手に負けず劣らずの華奢さを誇る相棒が音を立てる。
胸に手を当てると、未だに高鳴った心拍が留まることを知らない。
なぁ。
「――感情がないというのは、どんな感じなんだ?」
「ワギャッギャッ!」
俺の問いには答えてくれず、《トウフ》は獰猛な咆哮と同時に飛び出した。
俺は静かに呼吸を合わせ――低い姿勢から稲妻の如く飛び出した。
一瞬で間合いを詰めたにも関わらず、予備動作無しで和太刀を振りかぶったのは、やはり伊達ではないようだ。
――が、その攻撃を俺の前で乱発し過ぎた性で、その直線的な軌道はしっかりと目に焼きついている。
あらかじめ予測していた俺は素早く体を左へ滑らせと、ワンテンポ遅れてさっきまで俺がいた空間を和太刀が切り刻んだ。
和太刀を振り上げ、降り下ろす。
たったそれだけの動作だが――トドメをさすには充分過ぎた。
左手を前にし、右手を後ろに引いて基本の抜き胴の剣技の構えを取った。
目が。
双眼が。
瞳孔が。
そう、奴の目が揺らいだ気がした。
荒削りな赤い目。
狂気?
狂喜?
驚喜?
「―――――」
いずれにしても、それは幻想だ。
化け物に感情なんて、無い。
――こいつらは、どこまでいっても化け物なのだ。
所詮。
がら空きになった真っ黒の腹に刃をあてがった。
「……ラァッ――!」
気合と共に放った斬撃はあまりにも呆気なく、その図太い胴を真っ二つに切り裂いていた。
返り血は、浴びない。
血など流れていないから。
――所詮、だ。
真上に吹き飛ばされた上半身は、地面に着く前にその全てを塵に変え、その存在を無くした。
一連の動作を全て呼吸を止めていた俺は、耐えきれず大きく息を吐いた。
その場に遺された、ドスのきいた和太刀を無感動に眺めると、主人を無くし、太陽の光に悲しく反射しているかのように見えた。
「……」
俺の右手に握られていた細身の片手剣を背中の鞘にパチリと音を立てて戻し、そのまま何気なく拾う。
握りなおしてから数回、型通りの剣技を空中に向かって放つと、ヒュッヒュッ と軽快な空気を切り裂く音が樹海の木々にこだます。
絶妙とも言えるほどの重さ加減に、流れるような刀身が空を引き裂く感覚が妙に新鮮だった。
だが、それよりも一番に感じたのは、握った瞬間の背筋をなぞる様な悪寒――。
「…良い剣だ」
一人で呟いてみてから、異空倉庫から鞘を取り出し、背中か腰かのどちらかにしばし迷ったが、腰に挿した。
背中に一つと、新たに腰に一つの妖気が、微かだが確かに伝わってくる。
まるで、人を知らない獣を抱いているかのような感覚、とでも言えば良いのかもしれない。
今日からはこの和太刀が、生死を共にする相棒だ。
よろしく頼むとしよう。
そう思い、手始めに目の前の木に向かって剣技を放とうとしたその時だった。
ぞわり。
「アル…カナーー!」
後ろから奴が飛び込んでくるのを瞬時に感じ取った俺は体を右へと滑らせてそれを回避した。
衝突するはずだった対象を見失ったそれは、そのまま落ち葉の塊に豪快に突っ込む。
なにせここは樹海だ。木に激突しなかった分だけ良かっただろう。
勝手に頷いておく。
「なんで避けるのよぉー、アルカナ……!」
立ち上がるや否やの叫び声。
「いきなり抱きついてきても避けない友達を紹介してください・・・」
「えぇー…人間は好意に対しては好意で返すっていう心理があるんじゃないの?」
「無い胸を押し付けられても嬉しくありません」
「―――」
口が笑っていたが、目が冗談では無かった。
ふくれっ面をしている彼女は、人類最強の魔法使いこと、アキさん。
名前はそれだけしか教えてくれなかった。俺は苗字が無いから仕方が無いことだが、こんなすごい人が苗字を持っていないわけがない。
二十代独特の雰囲気を全く持って感じさせないような幼い身長で、夜叉のような顔立ちだが、その小さな目が 愛らしく、奇跡的に調和を生んでいる。
真っ黒な目だ。
肩辺りで切り揃えられた髪は、雨に濡れたかのような艶を出しており、前髪の端辺りを伸ばして三つ編みにするという本人のこだわりがある。
その顔は綺麗というよりも可愛い。正直に言うと無茶苦茶可愛い。
だが、その見た目に騙されてはいけない。
なんてったって、彼女は人類最強なんだから。
人類最強。
絶対強者。
天上天下唯我独尊。
さっきの俺が散々苦労して倒した敵だって、手を上げるまでも無く――本当に微動だにしないで、一瞬で塵にしてしまうだろう。
本当に、眉一つ動かさず、だ。
そんな信じられないことを軽くやってのけるほど、本当に強い。
そんな人類最強さんと今はうんぬんかんぬん、かくかくしかじか、があって同行しているというわけだ。
……つまりは弟子入りしたのだ、この人に。
今はその説明だけで充分だろう。
ちなみに言うと、その人類最強さんと絶賛遭難中だったが、こうして合流できたというわけだ。
暖かな風が落ち葉を舞い上げ、頬を撫でる。
散々続いたゆるやかな上り坂もようやく終わり、ついにといった感じで折り返し地点に辿り着いた。
いつもよりちょっと近い位置にある青空を眺めながら息を吸い込んでおく。
「見えましたね」
ええ、と頷く彼女の視線の先には大きな街があった。
こんなうっそうと茂る森とは色彩からして全く違うコンクリートの色が一面を占めており、こんな遠目でも確認出来るほどの多くの人が所狭しとごった返していた。
中央部には大きな時計塔が堂々と構えており、それを囲むようにして大小数々の建物が並べられた町並みが、どこか積み木を並べたみたいで面白い。
そして何よりも目に惹いているのが、その時計塔の背後に構えられている赤褐色の大きな宮殿だ。
「……似てるね」
不意にアキさんの口から言葉が零れた。
滴るように耳に落ちる。
アキさんの綺麗な髪が風に揺られた。
――いつか、どこかで見た景色だ。
「……ええ、そうですね。…本当に」
落ち葉舞う山に鐘が鳴り響く、時刻は午前十二時ちょうど。
その街の名は《王都セルクカム》
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はい、「戦いの魔法 戦いの時間」をお手にとってもらえたことを感謝します。
これを読んで、あなたが何かを掴めるような、そんな小説を目指しています。
お付き合いお願いします!