真実を告げる時
事件が解決してから五日が経った。
留理は篤史に本当の事を告げようかどうしようか悩んでいた。
しかし、いつまでも悩んでいても仕方ないと思い、留理は本当の事を告げる事にした。
その日の放課後、留理は学校から少し離れたカフェに誘った。
「話ってなんやねん?」
最初に口を開いたのは篤史のほうだった。
カフェの片隅に座っている篤史と留理だったが、しばらくの間会話を交わす事もなかったため、篤史は留理の話が気になって話がなんなのか聞いたのだ。
「うん…」
留理は返事だけすると、下を向いてしまう。
「留理…?」
篤史は何も話そうとしない留理の事が気になってしまう。
「あのね、篤史…」
「うん。話があるなら言うてくれ」
篤史は内心ドキドキしながら言う。
留理はゆっくりと深いため息をついてから、
「育江と付き合ってるの?」
静かに聞いた。
留理の突然の質問に、篤史は驚いた表情を見せたが、すぐに真剣な表情になった。
「付き合ってたで。半年前から…」
篤史は頷きながら答える。
「いつどうやって知り合ったの?」
「最初はネットで知り合ったんや。しばらくネットの中でメールしてて、そこで大阪で会おうってことになって、坂本から来てくれて会うようになった。四回目に会った時に坂本から告白された。そりゃあ、オレだって最初はビックリしたで。でも、坂本の真剣な目が…」
篤史は育江に告白された時の事を思い出しているかのように、遠く目を細めて答えた。
「それで付き合う事になったんや。月二回は会ってた」
「そうやったんや…」
留理は全然知らなかったというふうに呟くと、オレンジジュースが入っている紙コップを見つめた。
(育江ってば、積極的やな。私なんか篤史と幼馴染やのに、好きっていう気持ちが邪魔して緊張して上手く話せへんのに…。それに、幼馴染やからいつでも自分の気持ち言えるって思ってたからずっと言わなかったのに…)
留理はなぜ早くに自分の気持ちを伝えなかったのだろう、とぼんやりと思っていた。
もし、自分の気持ちを伝えていたら何か違っていたのかもしれない。
「篤史、今でも育江の事が好き?」
留理はさりげなく聞いてみる。
「普通やな」
篤史はバツが悪そうにしながら答える。
でも、‘普通’と答えた篤史の気持ちは留理にはわかっていた。
「‘普通’かぁ…。篤史、自分の気持ちに‘普通’なんてないんやで」
「え…?」
留理に不意をつかれた篤史はキョトンとしてしまう。
「自分の気持ちには好きと嫌いのどっちかしかないんやで。だから、自分の気持ちを言う時だけは‘普通’なんて言葉は使わないでよ。ねっ?」
留理は少し安心したような表情で篤史に言った。
そんな留理の言葉が胸に突き刺さった篤史。
「ちゃんと自分の気持ちを誤魔化さずに言わなきゃ。‘普通’って言って自分の気持ちを誤魔化しちゃアカンねんで。それに、せっかく好きだって言ってくれた育江にも悪いやない」
留理はそう言うと、顔を赤らめた。
「留理、どうしたんや? なんか変やぞ?」
いつもと違う留理に戸惑ってしまう篤史。
「なんでもないよ。まだ育江が好きなんでしょ?」
もう一度、わざとイタズラっぽく聞いた留理。
再び、同じ質問をされた篤史は顔を赤くしてしまう。
「図星か…。育江は可愛くて優しいもんね。私や里奈にないものを持ってるからね」
留理は引き続きイタズラっぽく言った。
「いや、そういう問題じゃないやろ? 坂本じゃなくても、オレは留理や里奈の良いところいっぱい知ってるで」
篤史は留理の言った事が少し違うといったニュアンスで言った。
「篤史…」
「幼馴染でずっと見てたからそれくらいわかるで」
「ありがとう」
ほんの少し照れ隠しで篤史に礼を言った留理だが、好きな人にやっぱりそう言われると照れてしまうし嬉しい。
「育江のほうは今でも篤史の事が好きなのかな?」
「さぁな。坂本の気持ちはオレにもわからへん」
「手紙は来ないの?」
「来てへん。出すって言ってたけど…」
篤史は育江からの手紙が待ち遠しいのか、嬉しそうな声を出す。
(やっぱり育江の事が好きなんやね。この言い方だと好きなんやって思ってしまう。なんか、育江にはかなわないな…)
留理は紙コップを持って篤史に気付かれないようにため息をつく。
篤史はジュースを一気に飲み干すと立ち上がって、
「行こうか?」
ゆっくりとした口調で留理に言った。
「え? 行くの?」
「行かへんの?」
篤史の問いかけに、留理は左右に首を振る。
「大丈夫か?」
「うん。私は…」
留理は途中まで何かを言いかけて止めた。
「え…?」
「ううん、なんでもない」
留理も立ち上がり笑顔を作る。
そんな留理を見て、安心した表情になり歩き出した篤史。
そして、留理は篤史の後ろ姿を見て思う。
(篤史に言いかけた言葉。それは…。‘私は強いから大丈夫。きっと今なら篤史の事を諦められる’の一言。今日ぐらい篤史の横に一緒に歩いて、自分の気持ちにケリをつけてもいいよね…?)
留理は五年間の自分の気持ちに終わりを告げる事を決心した。
翌日の昼休み、留理のクラスで里奈は今朝コンビニで買った週刊誌を持って、篤史と三人で仲良く昼食をすることにした。
「盗作の曲、中学の音楽の教科書に載るみたいやね」
里奈が週刊誌を読みながら言う。
「‘夜明け’が教科書に載るんや」
「そうみたい。異例中の異例やって…。雅代さんと波代さんも今回のピアノのコンクールで、ピアニストとしての活動も辞めるらしいで。つまり、引退らしいわ」
里奈は二人のピアノの演奏を聴いた事があるせいか、残念に思っていた。
「二人共、育江の事、反省してるんやろ? 別に二人が悪いわけと違うのに…」
留理は里奈が読んでいる週刊誌を覗き込みながら言う。
「そうやな。二人が引退する事で坂本も少しは報われたかな?」
篤史は里奈から週刊誌を貸してもらいながら言う。
「育江の傷が癒えたらいいのに…。育江には色々辛い事があったからね」
留理はそう言うと、育江の事を思い出しながら窓の外に目をやった。
窓の外から見える中庭には、二人の女子生徒が仲良く喋りながらお弁当を食べている光景が留理の瞳に映る。
その光景を自分と育江とを重ね合わせて見ていた。
(育江はもういない。そして、自分の恋も自分自身で勝手にピリオドを打って終わらせた。全部無くしたみたいだけど、これでいいんだよね…?)
留理はぼんやりと自分に問いかけるように思っていた。
自分自身で恋にピリオドを打った事は里奈に言っていない。
里奈には散々相談にのってもらったのだが、しばらくは言いたくなかったのだ。
「留理、どうしたの?」
里奈はボーっとしている留理を心配する。
「ううん、なんでもない」
留理はお弁当箱を片付けながら首を横に振る。
「最近の留理って強がりを言ってるように見える」
篤史は呟くように言った。
「確かにそれは言えてるかも…。留理、何かあった?」
「何もないで。事件の事で色々あったから…」
無理に笑う留理。
「そうやね。篤史、お疲れ様でした」
里奈は留理の言った事に同感しつつ、篤史にねぎらいの言葉をかけた。
「それより篤史って育江と付き合ってたんやろ? ビックリやんなー」
里奈が篤史と育江が付き合った事に話題を変えると、篤史は顔を真っ赤にさせた。
「まぁな。坂本が大阪に来るまで会うのが大変やったけど、それなりに楽しかったで」
「育江が転入した時にはもう付き合ってたんやね。そのこと知らなかったから余計にビックリしたで。二人共、凄い演技力やったよね。お互い知らないフリしてたんやし…」
里奈は驚きの声を挙げる。
「坂本が反岡高校に来るってわかった時、メールで知らんフリするからって言うてんや。だから、坂本も他人のフリしてたんと違うか? そのほうがオレにとっては好都合やったけどな」
篤史は育江との事を楽しそうに話している。
「そのことを知ってたら、私だって早くに…」
留理は二人に聞こえないように呟いた。
「留理…?」
里奈は留理のほうを見る。
「篤史、育江とはどうなん? まだ付き合ってる?」
留理は何事もなかったかのように聞いた。
「もう別れたで」
「えーっ! なんでー!?」
里奈は再び驚きの声を挙げた。
それには留理も驚いたようだ。
「なんでって…別にいいやろ? オレらが決めた事やし…」
篤史はなんでもないように答える。
「そりゃあ、そうやけど…。意外な感じがする。篤史が彼女作るなんてさ。事件解決するのとサッカーに夢中で、彼女は当分いらねーって感じやったし、作る気ないって思ってた」
留理と同様、自分が感じていた事をまっすぐに篤史に伝える里奈。
篤史のほうは里奈の言葉を受け止めるように聞いていた。
「里奈にはそんなふうに見えてたんか…。まぁ、他人の見え方は人それぞれやしな」
篤史にとっては、自分がそんな形で見られていたということは、多少なりともショックだったが、幼馴染だからこそこういう見方をしてくれているんだと思うより仕方なかった。
「町田警部は育江と付き合ってた事は知ってたん?」
「知ってたで。坂本と付き合い始めてすぐに言ったから…」
「留理のほうはなんでわかったん?」
次に留理に聞く里奈。
「篤史が推理する前日にわかってしまってん。音楽室で里奈と育江と三人で話してる時の町田警部の様子がおかしかったから…」
あの日の事を一気に話してしまう留理。
「まぁ、二人が付き合ってた事は前からわかってたけどな」
自信満々に話す留理に、篤史と里奈はあっけに取られていた。
「いつからわかってたん?」
育江と付き合っていた事を知っていたとわかった篤史は、焦って早口で留理に聞いた。
「二人で撮ったプリクラを見ただけや。実は前に育江のプリクラ帳を見せてもらった時があって、篤史と撮ったプリクラが三種類ぐらい貼ってあったもん」
「それでか…」
篤史はやられたという表情をしてしまう。
育江が転入してくる前に幼馴染がいる事をキチンと言っておけば良かったと篤史は後悔したが、今更後悔しても遅いのである。
それに、育江が留理のクラスになった事や留理と友達になった事は偶然の出来事で、それは篤史にはどうしようもないのである。
「でも、今まで何も言わずに心に仕舞っておくのって辛かったでしょ?」
里奈は留理の今まで隠していた辛い心情を考えながら聞いた。
「辛いのなんのって…。肩に荷が下りたで」
留理はホッとした声を出して答える。
「あのさ、今日の放課後、二人共、部活休みやろ? カラオケでも行かへん?」
里奈はその話は終わりだというふうに聞いた。
「いいで。事件も解決したし…ねっ?」
「カラオケかぁ…。授業、早く終わらへんかな?」
篤史は伸びをしてから言った。
(今回の事件は、オレにとっては悲しくて辛い事件やった。二度とこんな思いをしないように…)
晴れた青い空の下、篤史はそう思っていた。