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Actually love   作者: はるあみ
1/9

約束(1)

【約束】


(1)


 雪乃は十歳の夏に転校してきた。小学校の三年生だった。

  ブラジルで生まれた雪乃は、父親の都合で群馬から東京に引っ越して 来た。 家ではポルトガル語を話していた雪乃は、学校でもときおりポルトガル語が出ることがあり、それを友だちにからかわれていたが、イジメにはならなかった。

 だけど、五年生になりクラスのほとんどが中学受験の勉強を始めると、なんとなくみんなが受験をしない雪乃と話すことが少なくなった。 家が近かった僕が前のように雪乃と帰らなくなったのは、学校から塾に直接行くようになったからだ。

 転校してきたばかりの頃、僕はよく雪乃の家に遊びに行った。階段を駆け上り、自分の部屋にランドセルを投げるように置くと、僕 は一気に家を出た。 おかあさんは、そんな僕の背中に「勉強をしてから遊びに行きなさい」と叫んでいたが、僕は聞こえないふりをして雪乃の家に走った。 大きな家や立派なマンションが建つ一角に、雪乃が住むアパートは あった。

 二つしかない部屋で、雪乃は二つ下の弟と両親の四人で住んでいた。

 両親は遅くまで仕事をしていて、僕は雪乃の家でよく写真を見せ てもらっり、弟とサッカーボールを蹴って遊んだ。 そして、雪乃の両親が早く帰ってきた時は、食べたことのないブラジルの料理をご馳走になり、ブラジルの話を聞いた。 日本語が苦手な雪乃の父親は、大きな手を左右に振りながら僕にブ ラジルがとても大きな国であることを教えてくれた。

 ブラジルという名前が【赤い木】という意味であることを、僕はそこで知った。

 雪乃の住む小さく古いアパートは僕にとってブラジルだった。

 そんな僕と雪乃のことを、父も母もあまり良く思っていなかったようだ。僕がリビングでテレビを観ていると、おかあさんは食事をしていたお父さんに、雪乃のこと、雪乃の家族のことを話していた。 お父さんは「変なものを食べてお腹を壊さなきゃいいけどな」 と言ったのを覚えている。

 確かに、雪乃の家で出るものは美味しいとは思えなかった。それがブラジルに居るようで僕には楽しかった。


 東京のことをよく知らない雪乃に僕は東京タワーを見せたくて、二人で出かけたことがある。

 朝から空は曇りとても寒い冬のことだった。 まだ、子供だった僕は小さな声で、駅員さんに東京タワーまでの行 きかたを聞いた。

 中央線で新宿まで行き、新宿から山手線にのって浜松町で降りる。 そこから大きなお寺に向って歩く。

 駅員さんが教えてくれたことを何度も頭の中で繰り返しながら、雪乃と電車に乗った。

 新宿につくと、東京で生まれた僕でさえ、びっくりする人ごみの中で、はぐれないように雪乃は僕の手を握った。

 一人で電車になんて乗ったことのなかった僕も心細くなり、雪乃の手をギュッと握り返した。

 しっかりと手を繋ぎ、僕は大人の頭越しに山手線とい文字を探し大人たち にぶつからないように必死で山手線のホームに辿りついた。

 浜松町のホームからは東京タワーが見えた。

「写真で見たのと同じだ」 はしゃいだ雪乃の右手はまだ僕の左手の中にあった。

 そして、増上寺という大きなお寺をお参りするとき、僕と雪乃は手を離した。

 それから、東京タワーまで続く坂道を僕と雪乃は手を繋がずに歩いた。風が吹き、僕はマフラーで耳まで隠して手をポケットに入れたが、繋いでいない手は寒いと感じた。

 そして、僕の後ろを歩く雪乃の首にはマフラーはなく手を白い息で温めながら歩いていた。

 東京タワーの展望台に行くには二人で千六百円が必要だった。僕のお財布には千円しかなく、雪乃のお財布には二百円しかな かった。

 展望台に行くのにお金がいることを知らなかった雪乃はとても悲しい顔で「幸樹くんが見て来て、どんな風だったか教えて」と笑った。

 僕は早く大人になりたいと思った。大人になってお金を稼ぎ、雪乃に東京タワーの天辺から東京を見せてあげたいと思った。

 結局、僕は「前に昇ったことがあるからいいよ。もう帰ろう」と言った。

 帰り道、僕はマフラーを背負っていたリックの中に入れ雪乃の前を歩いた。首からの冷たい風と、展望台に雪乃を連れて行けなかった悔しさで涙が出るのを必死で我慢しながら歩いた。

 振り返ると、雪乃は東京タワーを見ていた。

「お年玉をもらったら、また来よう」 僕の小さな声に、雪乃は大きく頷いてくれた。

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