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時間を見た。
8時だ。
多分、圭介は帰っている。
あたしは、携帯から電話をかけた。
「もしもし?玲?」
わずか2コールで圭介の声がした。
久しぶりに聞く懐かしい声にあたしはもう泣きたくなった。
「圭介?あたし・・・」
「・・・元気だった?今どこ?」
あたしは大きく息を吸った。
そうしないと泣き出してしまいそうだった。
「圭介、おめでとう。来年から行くんでしょ?」
「・・・聞いた?ごめん。結果出てから言おうと思ってたんだけど・・・」
「圭介が英語喋れたなんて知らなかったよ。」
「まあ、6年間寮で外人とルームシェアしてたから・・・」
「あたしも頑張る!」
「えっ?」
涙を堪えながらあたしは言った。
「圭介に負けないように頑張るから。あたしのこと心配しないで行ってきて。」
「何?急に。玲、今どこだよ?」
「しばらく逢わないよ。あたしが一人で頑張れるまで圭介と逢わない。」
しばらく圭介が沈黙した。
「・・・大丈夫か?」
「大丈夫。あたしが進路も決めてちゃんとしたら圭介逢ってくれる?」
「いつでも逢うよ。お前どうしたの?」
「あたし圭介のお荷物になりたくないの。だから自分の足で圭介を追いかけることにしたの。」
「バカ、荷物なんて思ったことないって。オレはただ・・・」
電話の向こうの圭介はかなり動揺していた。
あたしは思い切って言った。
「でも、あたしがちゃんとして、今度逢った時はお願いがあるの。」
「出たな、玲のお願い。何だよ?」
電話の向こうでクスクス笑うのが聞こえた。
思えば、この迷宮は初めてお願いしたキスから始まったことだったっけ。
「一度でいいから妹じゃなくて普通の女の子と思って逢って欲しいの。」
「何言ってんだよ、今更。最初から妹だって思ってないからこんなことになってんだろ?」
「じゃあ、あたしのことホントに抱いて。あたしと一つになって?」
「・・・」
圭介が黙り込む。
「それを最後にあたし達、終わろう。普通の兄妹に戻ろ?お願い。でないとあたし・・・」
「・・・意味分かってる?今更だけど、初めての男が兄って・・・」
あたしはとうとう泣き出した。
「兄だって思ったことなんか一度もないよ!圭介が家に戻ってきた時から、圭介は圭介だった。あたしが初めて好きになった男の人だったの。」
しばらくの沈黙の後、返事が返ってきた。
「・・・オレも」
「え・・・?」
「初めてお前にお願いされてキスした時、あんまりかわいくて歯止めがかかんなくなった。あれからお前はただの女の子だったよ。」
「・・・ありがと・・・」
あたしは携帯を握り締めて泣きじゃくっていた。
「なんか知らないけど、決心したなら頑張れ。勉強教えて欲しかったらいつでも来いよ。そんで、春になったら別れる前に会おう」
あたしは涙でぐしゃぐしゃになったまま、うんうんと頷いていた。
「その時は、お前もお兄ちゃんじゃなくて危ない男に逢うつもりで覚悟して来いよ。」
電話の向こうで圭介が優しい顔で笑っているのが見えるみたいだった。




