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ラビリンスで待ってて  作者: 南 晶
第9章 -佑樹-
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51話

 ぼくは看護婦さんに案内されて分娩室の中に入った。

 まだ分娩台の上で横たわる彼女の頬をそっとなでる。

 ぼくの気配に気付いた彼女はうっすら目を開けた。


「お疲れ様。玲さん。」


 そういったぼくに彼女は穏やかに微笑んだ。


「産まれたよ。女の子だった。」

「あ、それはおめでとうございます。」


 ぼくは目をゴシゴシこすりながら、また的外れな返答をしてしまう。

 看護婦さんが生まれたばかりの赤ちゃんを抱いて、近寄ってきた。


「おめでとうございます。女の子ですよ。」


 タオルに包まれた赤い物体をぼくは覗き込んだ。

 これが生まれたての人間・・・。

 人ってこんなに小さいんだ。

 これがさっきまでお腹の中にいたなんて・・・。

 ぼくは感動で涙が止まらなかった。



「名前、つけなきゃね。」


 看護婦さんが出て行ってから、彼女はおずおずと言った。

 その前にすることがある。

 ぼくは市役所から取って来た婚姻届の用紙をスーツのポケットから引っ張り出した。


「出生の届けは2週間以内なら大丈夫です。その前に結婚しましょう。そうすればあの子は自動的にぼくの子ですよ。」


 彼女は全て記入済みで後は捺印するのみの用紙を見て吹き出した。


「あたしでいいの?」

「玲さんこそ、ぼくでいいんですか?」


 ぼくらは顔を見合わせた。


「あたしは・・・やっぱり圭介のこと忘れられない。でも・・・悠樹がきてくれて嬉しかった。」

「それでいいんですよ。前にも言いましたけど、忘れる必要はありません。ただ、ぼくは主任にはなれない。」


 そうだ。

 ぼくは主任にはなれない。

 あのモノマネはできればもうしたくない。

 ぼくは彼女を見つめた。


「分かってる。だから・・・ありがとう。無理してくれてありがとう。」


 彼女は美しい笑みを見せた。

 女神のような慈悲深い微笑みだ。

 さっきまでベッドで暴れていた人とはまるで別人。

 ぼくは彼女の頬に顔を寄せてキスした。


「・・・悠樹こそ、あたしなんかでいいの?」

「ぼくの気持ちは変わりません。初めて会った時からね。」


 ぼくらは顔を見合わせ笑った。


 彼女によると、あの時の高田主任のモノマネは神がかり的にソックリだったそうだ。


「圭介の霊が悠樹の体に乗り移ったのかと思った。」


 オカルト的なことまで言い出した彼女にぼくは応えた。


「だから言ったでしょ?ぼくも高田主任のことが大好きだったんです。玲さんと同じくらいにね。」


 彼女は嬉しそうに微笑んだ。



 願わくはもうモノマネをする必要がなくなりますように。

 ぼくはぼくで、あなたにはなれませんから。

 主任はなんて言うかな?

 きっとぼく達を見て笑ってくれてるに違いない。

 これからきっと、うまくいく。

 彼女はあなたを忘れないけど、ぼくもあなたを忘れない。

 あなたの思い出を共有しながら、ぼくらは生きて行きますよ。



「じゃ、玲さん。改めて言います。ぼくと結婚してくれますか?」

「・・・はい。お願いします。」


 薄暗い分娩室の中で、ぼくは彼女に唇を重ねた。

 彼女は嬉しそうに微笑んでいる。


 自惚れていいんだろうか?

 彼女がぼくのところに戻ってきてくれたって。




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