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ラビリンスで待ってて  作者: 南 晶
序章 -玲-
6/63

6

 梅雨も完全に明けて時は7月も半ばになっていた。



 圭介とはあれから逢っていない。

 どんな顔をしてあったらいいのか分からなかった。

 あたしのせいで圭介が辛い選択をしたんじゃないかって思うと申し訳ない気がした。

 でも、だからと言って圭介がいない世の中をあたしは生きていけそうになかった。


 周りは受験勉強、進路指導、学校見学と高校三年生らしく受験モード一色に染まって行く。

 あたしは圭介にも置いていかれ、学校の競争社会にも順応できず、ぼんやりと過ごしていた。



 蝉の声がだんだんと激しくなってくる。

 夏もこれから本番だ。

 これから進路相談もあるのだが、卒業後、何をしようとか、どこに進もうとか全く思いつかなかった。

 あたしの世界は圭介と過ごしたあの迷宮の中にしかなかったから。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 その日は暑い日だった。

 夕方になったというのに全く風がなかった。


 あたしはバイトの帰りに、学校に戻る羽目になった。

 明日から期末のテスト週間が始まるというのに、友達に借りたノートを机の中に忘れてきたのだ。

 テストが始まるのにバイトしているのもどうかと思うが、これもやる気のなさの表れだろう。

 だが、ノートは返さなければならないため、どうしても取りに行かなければならない。

 あたしは自転車に乗って薄暗くなった学校に戻った。


 テスト週間が始まるせいか、薄暗い校舎には誰も見当たらなかった。

 3年5組の教室に向かってあたしは暗い廊下を進んだ。

 現実主義のあたしでも、夜の学校は不気味だ。


 さっさと帰ろう。


 そう思って教室に勢いよく入ると、窓辺に黒い人影が動いた。


「きゃっ!!!」


 あたしが思わず悲鳴を上げると、人影もびっくりして飛び上がった。


「た、高田さん?」


 人影が喋った。

 背の高いがっちりしたシルエットだがそれは同じクラスの女子、松山さんだった。


「松山さん?こんな時間に何してんの?」


 あたしはほっとして教室に入り彼女に話しかけた。

 教室の中は昼間の熱気でサウナの中みたいだ。

 松山さんはショートヘアをガシガシとタオルで拭いた。


「何って、今まで部活だったし、ちょっと寄っただけ。」


 そういわれて思い出した。

 松山さんは陸上部で結構有名な選手らしい。

 長い足は褐色に日焼けしてスラリと伸びている。

 野性的な顔立ちに今時珍しいショートヘアが良く似合っていた。

 あたしとは対極にいる熱血女子高生だ。


「まだ部活やってんの?受験生なのに?」


 あたしは自分のことは棚に上げて聞いてみた。


「今月の終わりに引退試合がある。そこでいい成績出たらT大学の体育学部に推薦で入れる。あたしはその大学で陸上続けて、箱根駅伝に出たいんだ。」


 松山さんは日焼けした顔に白い歯を見せてにっこり笑った。

 あたしは何か違和感を感じた。


-この人こんなにきれいだったっけ?


「走るの好きなんだね。でも、そしたらどうするの?」


 あたしはこの人の人生観に興味が出てきて続けて聞いた。


「大学でいい成績がでたら実業団に入って陸上を続ける。だめだったら体育教師になって、陸上部の顧問になる。それもだめなら陸上部がある企業に入ってまた走る。」


 松山さんはもう決まっているかのようにサラサラ答えた。


「走ってばっかりだね。」


 あたしは単純な彼女の思考が気に入って少し笑った。

 こんなに好きなものがあたしにもあればどんなにいいだろう。

 松山さんは窓を開けた。

 僅かだが外の空気が入り、あたしの長い髪が揺れた。

 顔を風に当てながら、彼女は窓の外を遠い目で見て言った。


「あたし約束したんだよね。彼がいつ戻ってきてもカッコよく走ってるって。」


 あたしはぎょっとして松山さんを凝視した。

 彼氏がいるようには失礼ながら見えなかったから・・・。


「陸上部の人と付き合ってるの?」


 あたしは恐る恐る聞いた。


「付き合ってないから、名前は言えないよ。彼にふさわしいいい女になってからでないと悪いじゃん。あいつがいつ戻ってきてもカッコよくいたいから、あたしはいつも走ってる。」


 松山さんはあははと笑った。

 その笑顔はとってもきれいだ。

 あたしは何故かこの人に話しをしたくなった。


「あ、あたしの好きな人は、あたしを置いて遠いとこに行く気なの。あたしはあの人がいなくなったらもう生きていけなくて・・・今でも一人じゃ何にもできなくて・・・でも、あたしのためにもう夢を諦めて欲しくないの・・・」


 ポツポツ話しながら気が付いたらまた涙がこぼれていた。

 松山さんはびっくりした顔をしてたけど、何も言わずに聞いていた。


「あたし、一人じゃだめなの。ずっと一緒にいたかったのに・・・」


 彼女は黙って聞いた後、静かに言った。


「好きなら追いかければいいじゃん?頑張っていい女でいればチャンスはあるよ。でも、今のグダグダした感じはかっこよくない」


 あたしは顔を上げた。


 追っかける・・・?


「あたしもあいつのこと追っかけてる。頑張ってるあいつに負けたくないからいつも走ってる。でも、同じゴール目指してたらいつか一緒に走れると思ってる。」


 松山さんは続けた。


「高田さんがその人のこと好きなら、自分の道見つけて頑張ればいい。彼が戻ってきた時に付き合いたいと思われるようにさ。その時ぐうたらの中年おばさんになってたら、嫌じゃん?」


 あたしは首を縦に振った。


 そうだ、圭介はいつも頑張ってたんだ。

 子供の時は自分の夢の為に、あたしと会ってからはあたしの為に・・・。


 黙り込んだあたしの肩を松山さんは叩いた。

 サロンパスのようなメンソールの香りがした。


「お互い頑張ろう? で、相手は誰?」


 あたしは泣き笑いした。


「言えないの。だってあたし達もまだ恋人じゃないんだもん。」




 二人で真っ暗になった校舎を出た。

 生暖かい空にぼんやりと月が出ている。

 あたしは背の高い松山さんを見上げた。


「松山さんの名前なんだっけ?」

「美紀。あんたは?」

「玲。今日はありがと。なんか吹っ切れた」


 あたしは心から笑った。


「不倫はやめときなよ!」


 完全に勘違いしている松山さんは、そう言って手を振ると帰路についた。




 あたしが今できること。

 少しでも圭介に近づけること。


 その時、迷宮の出口が少し見えた気がした。



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