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ラビリンスで待ってて  作者: 南 晶
第7章-悠樹-
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41話

「落ち着いて、玲さん。泣かなくていい。ゆっくり話そう、ね。」


 ぼくは自分を落ち着かせる為にも、彼女に言った。

 ぼくの腕の中で小さくなって泣いている彼女は、迷子になった子供みたいだ。

 それでも、ぼくの言葉に彼女はコクンと頷いた。


 リビングに明かりをつけてソファに座らせてから、ぼくはホットミルクを作って彼女に勧めた。


「ありがと・・。悠樹。」


 泣き腫らした目でぼくを見つめて、彼女はミルクに口をつける。

 真っ青だった彼女の頬に少し赤みが差してきた。

 こんな時、何を言ったらいいのか。

 せめて自分の子供だって言われたなら、もう少しマシな対応ができただろうけど。

 彼女がこの事態を喜ばしく受け止めているのかどうか、それも微妙なところだ。

 考えているうちに、彼女の方が小さな声でボソボソと話し始めた。


「生理がきてなくって・・・。でも、ピル飲んでたから大丈夫だと思ってたの。でも、最近気持ち悪くて、ご飯も食べれなくて・・・。まさかと思って今日病院に行ったの。そしたらもうすぐ5ヶ月に入るって。多分、8月か9月・・・。まだ悠樹に会う前なの。圭介の子供よ。」


 一度は止まった涙が、彼女の目からぽろぽろ溢れ出した。


「・・・高田主任は今週末帰国予定です。まだ現地と連絡つきますけど。報告しますか?」


 動揺からか、自分でも滑稽なほど業務口調になってしまい、ぼくは焦った。

 ダメだ、こんな時はもっと柔らかく話してあげなくちゃ。


「・・・怖いの。圭介に知られるのが。」


 ぼくの言葉に彼女は首を横に振る。


「どうしてですか?」

「圭介は子供つくるのにずっと反対してた。戸籍だの、遺伝子だのって。だから堕ろせって言うと思う。」

「まさか、そんな・・・。」


 高田主任がそんなことを言う筈はない。

 ないけど、実際生まれたら父親は主任になるのか?

 仮にぼくが認知したとして、ぼくは主任の子供を育てることになるのかな?

 主任はそれについて、なんていうだろう?

 考えたこともなかった、ややこしい事態にぼくは腕を組んで考えた。


「・・・玲さんはどうしたいんです?」

「産みたいよ。絶対産む!」


 彼女は突然、キっと顔を上げてぼくを睨んだ。


「あたしは一人でも産んで育てるわ。圭介が認めなくても、シングルマザーとして生きていくもん。」

「いや、なにもシングルにならなくても。だったらぼくと結婚しましょうよ。」


 ぼくは真面目に言った。

 彼女はまた泣きそうな顔になる。


「結婚したら、この子を岡崎の苗字にしてくれる?」

「結婚後に出生届出したら必然的にそうなりますよ。」

「だって、岡崎君の子じゃない。圭介の子だよ。」

「でも、玲さんの子でしょ?結婚したらぼくの子ですよ。」


 彼女は両手で顔を覆った。

 嗚咽を堪えて、細い肩が上下に揺れている。


「・・・ありがとう。」


 小さな声で彼女は言った。

 ぼくはその細い肩をそっと抱く。


「まだ、心配なことあります?」

「い、遺伝子が・・・」


 彼女はしゃくり上げながら言った。


「近親婚だと子供に障害が出るかもって・・・」

「ぼくも聞いたことあります。でもね。古今東西、近親婚なんてよくあったんですよ。権力者であればあるほど、他人を入れないように身近にいる人間でくっついてたんです。だから確率的には多くても全てがそうとは限らないと思います。だからそれを理由に今から諦めるのはナンセンスでは?」


 彼女は潤んだ目でやっと笑った。


「悠樹、ヤフーの知恵袋みたい。」

「論理的と言って下さい。」


 ぼくは彼女を引き寄せ、胸に抱きしめた。

 小さな彼女が、痩せて更に小さくなっている。

 でも、この小さな体の中にはもう一つの命が宿っているのだ。


「ね、玲さん。心配しなくていい。主任に話すなら、帰ってからぼくから話します。今はご飯食べて、体力つけて・・・」

「うん。」

「他に心配なことは?」

「・・・もう大丈夫。ありがとう。」


 ぼくの胸に抱かれて、彼女はやっと安堵した表情で微笑んでくれた。

 そうだ、今、言わなければ。

 ぼくは咳払いを一つしてから、背筋を伸ばした。


「玲さん。では、改めて申し込みます。ぼくと結婚してくれますか?」


 彼女は涙で潤んだ瞳で見つめた後、微笑んで頷いた。


「・・・はい。よろしくお願いします。」


 やった!

 ぼくは咄嗟に彼女を抱きしめ唇を重ねた。

 彼女の体の重みの中にはもう一人分の生命が入っている。

 ぼくは彼女の夫になり、父親になるということか。

 考えながら、ぼくは何だかくすぐったくて、顔が緩んだ。



「悠樹、また一人で何か考えてる。」


 彼女の声にぼくは我に返った。


「・・・いや、これからはモーツァルトでいこうと思って。」


 頭をかきながら、ぼくは照れ笑いする。


「何、それ?」

「妊婦さんと、胎教にいいらしいですよ。」


 ぼくらはもう一度、優しいキスをした。



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