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ラビリンスで待ってて  作者: 南 晶
第7章-悠樹-
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40話

 高田主任がヨーロッパ支部に行ってから早、2ヶ月が経とうとしていた。

 彼の尽力で何とか商品は集まり、足りない分はぼくがクライアントとその都度交渉して、事態は何とか収まった。

 12月に入った街はもうクリスマスモード一色で、どこを歩いてもクリスマスソングが聞こえる。

 高田主任は問題がこれ以上起きなければ、今週末の便で帰国する予定になっていた。


「圭介が帰ったら三人でクリスマスパーティーしようね。」


 玲さんは無邪気に彼が帰る日を指折り数えて待っていた。

 お兄さんと、ぼくと、彼女のパーティー・・・。

 どうなんだろう。

 ぼくはもちろん賛成だけど、主任がそれに参加してくれるか自信がなかった。

 あれから主のいなくなった主任のマンションに彼女は居たがらず、今度はぼくの部屋にやってくるようになった。

 最初は彼女から電話が鳴る度、ぼくは車で迎えに走っていた。

 だけど、彼女のマンションで過ごして、ぼくが帰った直後に「迎えに来て。」、寝る直前に「今から来て。」と電話が だんだんエスカレートしてかかってくるようになった。

 それがお互い苦痛になってきて、ぼくはとうとう切り出した。


「もう主任が帰って来るまで、ここに居てください。」


 彼女はその言葉を待ってたかように、嬉しそうに頷いた。


 ぼくの帰りを彼女は何も食べずに待っている。

 有り合わせの物で作ったぼくの料理を顔を綻ばせて食べてくれる。

 それから寝るまで、ぼくらはピアノを弾いたり、雑誌を二人で眺めたり、穏やかな時間を過ごす。

 時々、ぼくは幸せで怖くなる。


「こんなに幸せでいいんですかね」


 ぼくは寝る前に彼女にキスしながらいつも聞いてしまう。


「いいんだよ、きっと。」


 彼女は笑ってキスを返してくれる。

 ぼくはそれを確認してから、彼女を抱きしめて眠りにつくのだ。


 仕事は順調だった。

 無表情だったぼくの顔が最近人間らしくなったと会社で噂になってるらしい。

 以前は人間でさえなかったのかと複雑な気分だが、多分ぼくは本当に変ったと思う。

 てめえ生意気なんだよ、と主任に笑われそうだけど、守りたい人が家で待ってるだけでいろんなことに頑張れるようになった気がする。

 それまでは他人の為に何かしようなんて考えたこともなかった。

 これだから孤立してしまっていたのだと今更気付く。

 今は社内ではそれなりに良好な人間関係を構築しつつあった。

 もうじき主任が帰ってくる。

 それについて心配なことがいくつかあった。


 一つは当然、彼女がまた彼の元に帰ってしまうこと。

 ぼくは彼女がしたいことは全てリスペクトするつもりだ。

 彼女が戻りたいと言うのなら、それを妨げることはしたくなかった。

 だけど、このささやかな今の幸せが消えてしまうのは、さすがに耐えがたい。

 主任に再会した彼女がどんなリアクションを見せるのか、ぼくには分からなかった。


 もう一つの気になっていることは、彼女の体調だ。

 この2週間位、だるさを訴え寝ていることが多くなった。

 何でも食べてくれたぼくの料理も、最近は手もつけずに残してある。

 ツアコンの仕事も断わっているみたいだ。

 もとから細かった体が更に細くなって弱々しい。

 ぼくにできることはなるべく早く仕事を切り上げ、彼女の傍にいてあげることだけだった。

 そんなぼくを彼女は優しく抱きしめる。


「ありがとう。悠樹は心配しないで。」


 なんか今までの勝気な女の子のイメージと違うのだ。

 そんな殊勝なことを言い出す彼女を見て、主任は何て言うだろう。

 おまえ、病気か?って笑うに違いない。


「でも、保護者としては病院に連れてくべきか・・・」


 ぼくはぶつぶつ言いながら、寒くなってきた街を家路に向った。


◇◇


「ただいま、玲さん?」


 マンションのドアを開けると、部屋の明かりが消えたままだった。

 真っ暗な玄関でぼくは手探りでスイッチを探す。

 主任のマンションに帰ってるのかな?

 時々、マンションに戻っては着替えを持ってきてたのは知ってた。

 リビングには誰もいない。

 ぼくは寝室を覗いた。

 ベッドが微かに動いたのを見て、ぼくは声を掛ける。


「玲さん?寝てるんですか?」


 ぼくの声に反応して布団がムクリと起き上がった。

 その布団を頭から被って、彼女はベッドの上に座り込んでいる。

 なんだ、いたのか。

 ぼくは取り合えずほっとして、彼女の前に座った。


「気分が悪いんですか?ご飯は?」


 聞きながら、ぼくは彼女の尋常でない表情に気付いてギョッとした。

 顔は蒼白で、細い腕がブルブル震えている。

 目が赤く腫れているところを見ると、泣いてたみたいだ。


「どうかしました?病院行きます?」


 ぼくは彼女が被っていた布団を跳ね除け、細い手首を握って脈を確かめる。

 冷たい手だった。


「・・・病院なら・・・今日行ってきたの。」


 彼女は声を震わせて、やっと言った。

 ぼくははっとして口を閉じた。

 彼女は涙をぽろぽろ流して、ぼくに言った。


「どうしよう、悠樹。あたし妊娠してるの。」


 ああ、やはりそうきたか。

 ぼくは彼女を抱き寄せ、頬にキスした。


「怖がらなくていいよ。玲さん。ぼくと結婚しよう。」


 ぼくは真っ直ぐに彼女を見詰めた。

 こうなった時は必ずこう言おう。

 ぼくは以前から決めていた。


「でも、もう4ヶ月だって。」


 彼女は尚も泣きながら訴える。

 4ヶ月?

 僕達がそういう関係になったのはまだ2ヶ月前だから・・・?

 ぼくは上手く回らない頭を必死に回転させた。

 え、つまり・・・?


「あたし圭介の子供を妊娠してるの!どうしよう、悠樹・・・。」


 主任の子供?

 つまり、それは実のお兄さんとの・・・?

 何と言っていいか分からず、ぼくは彼女を抱きしめるしかなかった。




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