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ラビリンスで待ってて  作者: 南 晶
第6章 -圭介-
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39話

 海沿いの国道を走り抜け、市街に出る。

 ゴタゴタした小さな市街地を抜けると、一気に道が広くなり、高速のインターの看板が見えた。

 これに乗れば、12時には家に着くだろう。

 玲はもう寝てるのかな。

 起きてたら、旅行カバン出しといてもらおう。

 オレはインターの直前のコンビニに車を止めた。

 携帯で自宅の電話にかけてみる。

 ツアコンのくせに、玲は携帯電話をいつも携帯していない。

 もっとも職業柄、オフの時くらい持ちたくないのかもしれないけど。

 しばしコールした後、誰も出ないことを確認して、オレは電話を切った。

 こんな時間までどこほっつき歩いてんだ、あの不良娘。

 その時、すっかり忘れていた朝の出来事を思い出して、オレははっとした。

 

 まさか、こんな時間まであいつといるのか?

 もうすぐ11時だぞ。

 まさかあいつの部屋にいるんじゃ・・・。


 身勝手なオレは逆上して携帯を握り締める。

 今まで奈津美さんとしてたことは棚に上げて、オレは怒り心頭で岡崎の携帯に電話した。


 しばらくコールが続いた後、岡崎の落ち着いた声がした。


「あ、主任。お疲れ様です。」


 その相変わらずの落ち着きっぷりに、オレの頭に血が昇った。


「お疲れ様じゃねえよ!おまえの担当の球根、入荷間に合わないからな!オレ、明日からヨーロッパ支部行くけど、玲に手え出すんじゃねえぞ!」


 一気にまくしたてたオレを待って、ヤツの声が少し慌てた。


「どういうことですか?あれはもう手配済みだったのに。」

「よく分かんないけど、多分、安値で大量に買い占められた。とにかく、オレは明日から行くから、こっちでのフォローは任せる。いいな。」

「了解しました。」


 ヤツの落ち着いた声で、オレもやっと落ち着いた。

 こいつは了解したら、必ずオレの言う通りに動く。

 ちょっと融通が利かないけど、こいつの仕事は信頼できる。

 これで仕事の件は大丈夫。

 オレは深呼吸してから、核心に迫った。


「玲、そこにいるのか?」

「・・・」


 しばし沈黙があった後、ヤツの落ち着いた声がした。


「いますよ。替わりますか?」

「・・・」


 いるんだ、やっぱり。

 オレは殴られたような衝撃を感じた。

 と、いうことは今まで一緒にいたのか。

 仲良くやってるんだな。

 我儘な玲がこんなに長い時間、一緒に居られる相手なんてそうそういるもんじゃない。

 こいつなら玲を任せられる。

 これでオレの希望は叶った訳だ。

 でも、オレは・・・?

 オレはあいつを忘れられないのに!


「・・・いいよ、別に。オレがいない間、あいつのこと頼む。明日からいないけどちゃんとメシは食うようにって・・・」


 オレは小さい声でやっと、それだけ言った。


「あ、主任?ちょっと待って・・・」

「圭介!!」


 電話の向こうで聞きなれた高い声がした。

 岡崎の手から携帯を剥ぎ取ったんだろう。

 キャンキャンと甲高い声が響いて、オレは携帯を少し耳から離した。


「圭介、何それ?急過ぎるし!明日からいつまで行くの?」

「分からない。解決するまで。クリスマスまでには戻ると思うけど。」

「ねえ、圭介。あたし話したいことがあるの。聞いてくれる?」


 オレには何の話か大体想像がついた。

 聞きたくない・・・。

 オレはもう泣きたくて呻いた。

 だけど、最後の餞にネガティブなこと言うわけにはいかない。

 これはオレの中の僅かな兄としての矜持だ。


「いいか、玲。オレがいない間、何かあったら何でも岡崎に相談しろよ。」

「ねえ、聞いて圭介。あたしね。」

「先にお兄ちゃんの話聞けよ!」


 尚も何かを伝えようとする玲をオレは遮った。

 岡崎のことが好きになったとか、岡崎に抱かれたとか、だからゴメンなんて、そんな話はどうしても彼女に言わせたくなかった。


「もう何にも言わなくていいよ。おまえは自分が一番幸せになれる場所にいけ。オレはお兄ちゃんだからな。オレ達は家族なんだから、いつでも守ってやる。だから、おまえはおまえが好きになったヤツのとこに安心して行っていいんだ。分かったな?」

「・・・うん。ありがと、圭介。」


 電話を握って微笑む玲の顔が目に見えるみたいだ。

 オレは携帯を切って、ポケットにねじ込む。

 精一杯の見栄を切ったオレは、深呼吸をして空を仰いだ。



 車に乗ってエンジンをかけると、つけっ放しだったFMから懐かしいピアノのイントロが聴こえて来た。

 高校の時、オレが大好きだったブライアン・アダムスの Everything I Do I Do It For You。

 英語で君のためなら何でもやるって言ってる。

 何だよ、このタイムリーな一曲。

 オレは苦笑した。

 ロックの神様がオレを慰めてくれてんのかな。

 ハスキーな歌声を聴いてるうちに、ボタボタ流れてくる涙をもう止めることが出来なくって、オレはハンドルに突っ伏した。


 あいつと幸せになれ、玲。

 オレはそれでもおまえを愛してる。


 曲が終わるまで、オレは声をあげて泣いた。




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