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ラビリンスで待ってて  作者: 南 晶
第6章 -圭介-
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38話

 ピピピピ、ピピピピ、と聞き覚えのある電子音でオレははっと目を覚ました。

 一瞬ここがどこだか分からず、オレはキョロキョロ周りを見回した。

 隣で眠っている柔らかな女性を見て、オレはやっとさっきまでの一連のコトを思い出す。

 ピピピピ、ピピピピ・・・

 止まる気配のない電子音の音源を探して、オレは裸のままベッドから這い出した。

 さっき脱ぎ捨てたジーンズのポケットが緑の光で点滅している。

 鳴っていたのはオレの会社用の携帯だ。

 嫌な予感がして、オレは携帯を手に取る。

 寝ている彼女を起こさないように、背中を向けて着信ボタンを押した。


「はい、高田です。」

「俺だ。鈴木だ。今、おまえどこにいる?」


 しゃがれた50代の男性の声。

 輸入部の部長だ。


「どこって・・・。家ですが。」


 自宅とは言ってないけど、家には違いない。

 オレはさらりと嘘をついた。


「今、ヨーロッパ支部の駐在員から連絡が入った。この前、台風でやられたコンテナの保障で追加発注してたのがあるだろう。」

「ああ、岡崎がもう手配してますよ。」

「クライアントの次の出荷に間に合わないらしい。商品が集まらないらしいんだ。」

「はあ?そんなバカな・・。」

「こっちで同じ商品を大量入荷した企業があるらしい。そっちに先を越されて売り出されたら、クライアントは契約解消だ。」

「そんなこと・・・」


 いや、あるかも。

 何がきっかけでブームが来るか分からない。

 くだらんダイエット番組でバナナが宣伝されたら、アジア中のバナナが一時品切れになったことがあった。

 だからオレ達商社は、常にアンテナを張って世の中の動向に目を光らせなければならない。

 確かに最近のオレ、たるんでたな。

 オレは舌打ちして、髪をグシャグシャかき混ぜた。


「岡崎に連絡して、明日の便でヨーロッパ支部に行くようにさせろ。現地で何とか調達するか、クライアントと交渉して代用品を持ってくか・・・。どっちにしても面倒だな。」


 鈴木部長のしゃがれた溜息が聞こえた。

 オレはちょっとの間考えてから、覚悟を決めて言った。


「オレが行きますよ。岡崎じゃまだ役不足です。気がつかなかったのはオレの監督不行き届きだ。」


 部長が少しホッと安堵したのが、電話越しに伝わる。


「どちらでもいいんだが、とにかく明日の便で行ってくれ。チケットは空港で発行。詳細はメールで送っとく。」

「了解しました。」


 オレは静かに電話を切った。



「お仕事?」


 奈津美さんの声にオレはビクっとして振り返った。

 月明かりに照らされたベッドに、彼女は裸のまま足だけ布団に入ってオレを見つめている。

 乱れた長い髪が胸を隠して、アンデルセンの人魚姫みたいだ。

 オレは無理矢理笑って見せた。


「ごめん、奈津美さん。オレ帰らなきゃ。」

「何かあったの?」


 彼女の顔が不安そうに曇る。

 オレはベッドに近づいた。


「いつもの呼び出し。でも今回長引くかも。片付いたらまた来るから。」


 何か言いたげに口を開いた。

 オレはその口に素早くキスする。


「ごめん。オレ、行くね。」


 早く行って何とかしなければ。

 そうしないと、担当の岡崎にしわ寄せがくる。

 彼女を背にオレは散らばった自分の服をかき集めた。


「行っちゃうのね?」


 彼女の声が再びした。

 玲みたいな、頼りない猫みたいな声に、オレは堪らず振り返って彼女を抱きしめる。

 彼女の長い髪に顔を埋めて、オレは耳に囁いた。


「また来るよ。あ、オレの携帯番号おいていくから。奈津美さんも教えてよ。」


 しばし沈黙した後、彼女は意を決したように言った。


「・・・ごめんなさい。それは要らないわ。あたしも教えない。」

「えっ?」


 まさかの拒否に、オレは耳を疑って思わず顔を見た。

 彼女は菩薩のような笑みを浮かべて言った。


「今夜のことは忘れようよ。圭介君があたしのこと愛してないのは分かってるもの。圭介君は、妹さんのことで悩んで甘えちゃったのよ。あたしはあなたとこうしたかっただけ。二人とも愛し合ってしたことじゃないでしょ?まだ未来のある圭介君が、こんなところで死んだ子供の墓守をしてるような女に深入りしちゃダメよ。」


 オレは黙って唇を噛んだ。

 少なくとも前半は返す言葉がない。

 愛し合ってした行為ではなかった。

 オレは玲を忘れる自信はまだなかったから。


「じゃ、もう会えないの?」


 オレは子供のようにおずおずと聞いた。


「会えるわよ。あなたか会いたいときにここに来ればね。でも、あなたが二度と来なくてもあたしは構わないわ。だから、約束するのはやめましょう。」


 彼女は月明かりに照らされて微笑む。

 全てを許してくれる女神のような慈悲深い笑顔だ。


「オレ、奈津美さんのこと好きだよ・・・」

「分かってる。でも、あたしが一番じゃないでしょ?あたしは一番に愛されたいんだもん。」


 言い返せなかった。

 オレは玲を忘れない。

 このまま奈津美さんと逢瀬を重ねても先のない体の関係だけが増えていき、結局は彼女を都合のいい女にしてしまうだけだ。

 それでも、オレは奈津美さんを愛してるって言えなかった。

 オレの気持ちを見透かして彼女は優しく言った。


「あなたは何も悪くないのよ。あたしがエッチしたくてあなたを誘った。それだけでしょ?だから、早く行って。」


 オレは心を決めて立ち上がった。


「ごめん。今は帰らなきゃ。必ずまた来るからまたゆっくり話ししよう。」



 玄関の外は月明かりでバカみたいに明るかった。

 ドドー・・・という潮騒がすごく近くに聞こえる。

 携帯の時計を見ると10:00を過ぎている。

 オレはさっきまでオレ達が寝ていたベッドの上の窓を振り返ると、黒い影が部屋の奥に消えたのが見えた。

 後ろ髪を引かれる思いでオレは車に乗り込んだ。



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