36話
海岸沿いの奈津美さんの家は、夜になると本当に静かだ。
遠くで潮騒が微かに聞こえるのと、周りの草むらから秋の虫の声。
車も滅多に通らない。
外灯もない家の外は本当の闇だ。
月明かりだけが、窓辺の置かれた彼女のベッドをスポットライトみたいに照らしている。
「わたしにしとく?」
あの時、奈津美さんが言った最後のセリフをオレは受け止めた。
旦那を追い返したお礼か、寂しいのか、もしくはオレが玲の話なんかしたから報われなくて可哀相だと思ってくれたのか。
いずれにせよ、彼女がオレのことを考えてくれたことには素直に嬉しかった。
やがて真っ暗な部屋のドアがゆっくり開いて、彼女のシルエットが浮かび上がった。
ネグリジェみたいなロングドレスを纏っている。
無造作に縛っていた長い髪を下ろし、すごい色っぽい。
彼女はゆっくりオレが腰掛けているベッドに近づいて来た。
シャンプーの甘い香りが立ち込める。
硬直しているオレの横に、彼女は体をぴったりくっ付けて座った。
柔らかい大きな胸がオレの腕に当たる。
今まで感じたことのない質量感にオレは緊張した。
「緊張しないで」
彼女はベッドにオレを仰向けで寝かすと、そっと唇を重ねた。
「奈津美さん・・・無理しないでよ。」
「無理じゃないけど?」
「オレとこんなことしたら後悔しない?」
「しないわよ。」
「これってお礼?それとも同情?」
「どっちでもないと思うわ。」
「おれは・・・甘えたいだけかも。それが失礼ならやめた方がいいよ。」
「失礼じゃないわ。あたしがエッチしたいだけかもよ。」
ウェーブのかかった黒髪に縁取られた彫りの深い顔立ち。
大きな黒い瞳が艶かしく、濡れている。
外国で見た夜の女みたいに、彼女はオレを挑戦的に見つめた。
もう逆らえなかった。
オレは緊張しながら彼女の顔にそっと触れた。
その手を掴まえて、人差し指を口に咥えると彼女はゆっくりしゃぶっていく。
彼女の舌の動きと、時々当たる歯の感触に鳥肌が立ってくる。
全ての指を口にした後、彼女は唾液で濡れたオレの指をドレスの胸元に誘った。
質量感のある二つの胸の谷間をオレの指がなぞっていく。
日焼けした顔に似合わない程真っ白な胸が、ドレスからはみだした。
その片方の胸を掴んでオレは口に含む。
「は・・・あ・・・」
彼女の口からせつない声が洩れた。
オレは彼女の大きな体を抱き寄せ、背中のファスナーを開く。
緩くなったドレスがスルリと肩から落ちて、玲とは全然違う成熟した女体が現れた。
オレは彼女をベッドに押し倒して、その体を観察した。
大きな胸、曲線を描く腰から太腿へのライン。
全体に丸みを帯びたシルエット。
柔らかな白い肌は体に吸い付いてくるみたいだ。
彼女は恥ずかしそうに横を向いて目を閉じている。
これからオレにされることを覚悟して待っているかのようだ。
そんな彼女がかわいかった。
「きれいだよ、奈津美さん。」
彼女はビックリした顔でオレを見上げた。
「ウソ。見え透いたこと言わなくていいの!」
「なんで?ウソじゃない。きれい過ぎてオレ、すごくその気になってきた。」
オレは着ていたシャツを脱いで投げ捨てた。
仰向けに寝ている彼女に襲い掛かり、唇を貪る。
それを避けるかのように横を向こうとする彼女の頭を抑えて、オレは尚も攻めた。
指で彼女の口元を押さえつけ、オレの舌は彼女の口の中を侵略していった。
二人の唾液が彼女の口元から滴る。
オレはそれを見てこの人をもっと穢したい衝動に駆られる。
何だろう。
こんなに女性を征服したいって思ったのは初めてだ。
玲は小さくて、やせっぽちで大柄なオレが触ったら壊れてしまいそうだった。
だからオレは、華奢な彼女を壊さないように大切に扱っていた。
生まれついてのキャラの違いも大きい。
長男のおっとり性格のオレに比べて、末っ子の玲はオレに対していつも強気だ。
加えて、オレには彼女の人生をブチ壊してしまったという良心の呵責なるものが常に付き纏っていた。
要するに、オレは玲には勝てない。
だけど玲におねだりされ、それを実行し、彼女が喜ぶ顔を見るのが、オレの幸せだった。
今、オレの目の前にいる女性はそんな今までのオレの全てを破壊する力を持っている。
男の中の野生の部分が、彼女を前にすると前面に飛び出してくるのだ。
掛け値なし、駆け引きなし、ただの雄と雌になって交尾したくなる。
そして彼女はそれを受け止めてくれる優しさと強さを持ち合わせていた。
女性として幸か不幸か分からないけど、奈津美さんには男を狂わす天性の才能がある。
オレもいつの間にか、その狂った男の一人になっていた。
時折、邪魔をしようとする彼女の両手をオレは片手で掴まえ、頭の上で押さえ込む。
顔がオレの唾液で濡れてくるほど、オレは彼女の口を攻め続けた。
顔を離すと彼女は大きく肩で喘ぎ、大きな胸がそれに伴って上下に揺れる。
彫りの深い顔が上気して、黒い瞳が涙で潤んでいる。
「きれいだよ、奈津美さん。」
オレはもう一度言って、今度は優しく頬にキスした。
彼女は喘ぎながら、目を細めて微笑んで言った。
「今度はあなたの番よ。」
オレのジーンズのジッパーが彼女の柔らかい手によって、ゆっくり下げられていった。