34話
「玲さん?」
「あ、うん。」
彼に呼ばれて、あたしは我に返った。
「まだ次の仕事は来ないんだけど。そうね。そろそろかも。」
「ぼくは待ってていいですよね。」
彼の祈るような瞳が訴える。
その健気な表情がかわいくて、あたしは微笑んだ。
「・・・いいよ。まだ天秤に乗ったままだけど。」
「乗ったままでいいですよ。」
岡崎君は笑みを見せて言った。
「お兄さんとは縁切れないですよ、玲さん。無理して忘れなくても、両方好きでぼくは構わないです。
上手く言えないけど、ぼくも主任が好きだし・・・そんな玲さんが好きなんですよ。」
あたしは首を傾げた。
そんなんアリ?
「それって二股じゃない?」
「主任の許可は得てますので。」
「へんなの。」
「ぼくは変ですよ。だから会社で嫌われてるんです。」
あたしはあはは・・と声を出して笑った。
岡崎君が、あたし達の全てを知って、理解しようとしてくれることが嬉しかった。
きっと、圭介も嬉しかったから、許可したんだろう。
あたし達はいつも、バレたらどうしようって怯えていた。
世界にあたし達しかいないような孤独感がいつも付きまとっていた。
この人はそれもひっくるめて、そのままのあたしを受け入れてくれるのかな。
あたしはテーブルをずらして、胡坐で座っていた彼の前ににじり寄った。
そのままあたしは首を伸ばして彼の形のいい唇にキスする。
目の前の整った白い顔が真っ赤になった。
口を押さえて岡崎君は後ずさる。
「あ、今の・・・?」
「なんか嬉しくてキスしたくなっちゃった。嫌だった?」
「そんな訳ないですけど、驚いた。」
「じゃ、もう一回してもいい?」
「・・・どうぞ。」
あたしは彼の首に両腕をかけた。
銀縁のメガネを外して彼の頬に触れる。
今度はゆっくり、あたしは唇を重ねた。
圭介がするように時間をかけて舌で唇を潤していく。
広い胸に体を委ねて、あたしは彼の唇を貪っていた。
やがて、おずおずと彼の長い腕があたしを抱きしめ、髪に触れ、首筋をなぞり始める。
「玲さん・・・」
「なに?」
「もう制御がきかなくなりそうなんだけど・・・」
「やめる?」
「・・・まだ早くないですか?その、時間的に。」
確かにまだ真昼間だけど。
あたしも圭介もその方面でのモラルが乏しい為、あまり時間に捕らわれることはなかった。
あたしは彼の口に舌を入れて黙らせる。
二人の唾液が混ざり合って、彼の白い顔を濡らしていく。
いつもの真面目な顔が、快感に抗うかのように歪んだ。
あたしは彼の真面目な殻をぶち壊したい衝動に駆られる。
この人をもっと知りたい。
色んな顔を見たい。
「あたし、岡崎君のこともっと知りたいの。」
「あ、はい・・・」
荒くなった息の下から、彼は呻いた。
「だから・・・一緒に壊れちゃおう?」
「・・・了解。でも、一つお願いが・・・」
「なに?」
「岡崎って呼ぶの止めて下さい。玲さん、主任と口調が似てるんですよ。」
「了解、悠樹」
柔らかいラグの上に、あたしは彼を押し倒した。