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ラビリンスで待ってて  作者: 南 晶
第5章 -玲-
43/63

33話

 日当たりのいい、明るい部屋だ。

 少し空いた窓から秋の爽やかな風が入り、レースのカーテンを揺らす。

 あたしはソファに深々座って雑誌を読み始めた。

 インテリアの雑誌、カントリー小物の雑誌、海外旅行の雑誌はエステ特集・・・。

 男性か読むとは思えないものばかりだ。

 しかも妙に新しい。

 あたしの為にここまで用意していたに違いなかった。

 その彼は今、あたしに背中を向けてキッチンに立っている。

 ランチの用意を始めているのだ。

 圭介にこんなお嫁さんがきたら、あたしも安心だろう。

 あたしはこっそり後ろから近づき、そおっと彼の肩越しに何をしているか覗いてみた。

 後ろから見た彼は圭介と同じくらい大きくて、広い背中をしている。

 その大きな体と白い美しい指で、彼は海老のワタを抜いているところだった。


「岡崎君、そんなの食べちゃうから大丈夫だよ。」


 見るからに面倒くさくて無駄な作業に思えて、あたしは思わず声をかける。


「母親がいつもやってましたので、ぼくもいつもやってるんです。」

「面倒くさいじゃん?」

「大丈夫ですよ。」


 彼は慣れた手つきでさっさと海老を洗った。

 あたしはその後もウロウロと彼の背中から料理が作られていく様を観察した。


 やがてリビングに出された木製のテーブルに今日のランチが並べられた。

 先ほどの海老がふんだんに使われたペスカトーレ。

 手作りのドレッシングがかかった野菜サラダ。

 カボチャのポタージュスープ。

 女としてあたしは岡崎君に完全に負けている。


「お口に合うといいですが。この前作ったパスタよりは素材がいい分マシだと思います。」


 にこやかに岡崎君はあたしに勧めた後、突然赤面して俯いた。

 そのパスタを食べた直後、起こったあの事件を思い出しているに違いない。

 あたしは苦笑して、食事に手をつけた。

 おいしい。

 上品な味付けなのにどこかお母さんの味がする。

 あたしの健康を考えて作ってくれたメニューだからかな。

 食べているあたしを岡崎君は、テーブル越しに向かい合って見つめている。

 メガネの奥の目は睫毛が長くて、黒い瞳がきれいだ。


「今日は来てくれてありがとうございます。また玲さんとご飯食べたかったんです。」


 改めて言われて、あたしは照れ隠しに笑った。


「こちらこそ。そういえばあの日以来ね。あの時はごめんね。」

「いえ、お二人の事情が分かってむしろ良かったと思ってます。」


 再び赤面して、彼は俯いた。

 真面目な秘書が実は純情というギャップがかわいい。


「あたし誰にも話したことなかったから・・・もう嫌われたと思ってた。」


 ポタージュをスプーンでかき混ぜながら、あたしは小さな声で言った。


「主任にも言いましたが、ぼくの気持ちは変りませんでしたよ。」

「・・・なんで?あたしのこと何にも知らないのに・・・」


 前から思っていた疑問だった。

 どこから見ても生意気で我儘な三十路の女のどこが良かったのだろう。

 彼は真面目な顔になって言った。


「ぼくが感じてきた孤独感を玲さんなら共有してくれるのではないかと、勝手に思ったんです。」


 ああ・・・とあたしは少し納得した。

 あたしは、圭介みたいに仲間に囲まれていつも表にいる人間には分からない、言わば陰の側にいる人間だ。

 クラスで人気者のグループが大半を占める中で、あたしはいつも孤立していた。

 いじめとかそういうのではないけど、気がつけばいつも一人なんだ。

 岡崎君もあたしと同じ匂いがする。

 一匹狼という言葉が彼にはよく合っていた。

 この前のパーティーで圭介は他の世界の住人みたいに輝いて見えた。

 あの時の寂しさ。

 この人はそんな孤独を知っている。


 食事が済んで片付けられたテーブルには食後のコーヒーが並んだ。


「これは本場ブラジルのコーヒーです。砂糖は大目に入れて下さい。最初はミルクなしで味わって。」


 執事の如く、彼は注意事項を並べた。


「あ、ブラジルはツアコンで行ったよ。むちゃくちゃ濃いんだよね、食後のコーヒーが。」


 あたしは忘れかけていた自分の職業を思い出した。


「玲さんはツアーコンダクターなんですか?」


 岡崎君は心底意外そうに目を見開く。

 さぞかし、客が振り回されるツアーだろうと言いたいのか。


「そう。今はオフなんだ。仕事が来たらまたしばらく日本を離れるかも。だから圭介のとこに転がり込んでるの。」

「いつからです?」

「・・・わかんない。」


 あたしは目を逸らした。

 実は何度か仕事の話はきていた。

 だけど、最近なんとなく体調が悪くて、体力的にこれ以上この仕事を続けられるか、あたしは迷っていた。

 病は気からとはよく言ったものだ。

 30になってから突然、朝起きるのが辛くなり疲れが体に残るようになった。

 オマエは何にもしてないじゃん、と圭介に笑われたが、起きるのが本当に辛いのだ。

 

 そして、もう一つの理由は目の前にいるこの人だ。

 この人のことをもう少し知りたい。

 今、ここを離れたくない。

 あたしは漠然と思っていた。



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