30話
「妹と寝てたって?」
私は意味がよく分からずオウム返しに聞き返す。
彼は困った顔をして再び、髪をかき混ぜた。
「だから、ずっと関係持ってたんだ。ホントの妹と。」
「妹とそんなことしていいの?」
私は我ながら間の抜けた質問を続ける。
圭介君は抱えた膝の中に顔を埋めた。
「よくないから悩んでるんだって。どうしたらいいと思う?」
何と言っていいか分からず、私も真剣に考えてシュミレーションを建ててみる。
「それって圭介君が脅迫してやってるの?」
「・・・んな訳ないでしょ。そういうキャラじゃないよ、オレは。」
「じゃ、妹さんも圭介君のこと好きなのね。」
「少なくとも今まではね。ホントに好き合ってたと思うよ。」
「じゃ、何が問題なの?」
「問題は・・・あいつが子供が欲しいだの、けじめをつけたいだの、色々言い出したんだ。」
私は眉間に皺を寄せた。
近親婚は確か良くないんじゃ?
「分かってるよ。遺伝子的にも良くないし、戸籍上結婚もできないから、生まれた子供は私生児になっちゃうだろ?倫理的にもオレは反対。大体、ウチの親に何て言ったらいい?圭介の子供を産みましたって?二人ともまともに結婚もしないで、やっとできた孫が兄の子供なんてシャレになんないよ。」
ああ・・・そういう問題があるのか。
私は妙に感心した。
なるほど、親は二人で共有している訳ね。
圭介君は続ける。
「そしたら最近、会社のヤツが妹と付き合いたいって言ってきてさ。妹、バカだからあいつにオレのことばらしちゃったんだ。最悪の方法で。」
「それってどんな?」
私は興味をそそられて突っ込みを入れる。
横目でちらりと私を見て、彼は溜息をついた。
「この前ここから帰った時、あの台風の夜だ。家に入ったらいきなり妹に抱きつかれてさ。いつも通り抱けって言うからいつも通りにしたら、そいつが家の中にいたの。」
「つまり見られちゃったの?」
「そう。」
私はその場面を想像し赤面した。
「それは恥ずかしかったね。」
「恥ずかしいとか、そういう問題じゃないよ。近親相姦がバレちゃったんだから。」
ふてくされて彼は言った。
「でも、そいつは本当にいいヤツで、全部分かった上でオレに挑戦してきたんだ。妹を振り向かせるって。オレなんか嬉しくてさ。こいつなら妹をやってもいいかなって。」
「そうね。なかなか男らしいじゃない。で、妹さんは?」
「まんざらでもないみたいで、デートしたりしてるよ。それはいいことだ。オレから離れて普通の男と付き合えば、結婚も出産もできるからね。」
私はまた眉間に皺を寄せた。
「それがいいことなら何が問題なの?」
「問題?問題はね、頭ではこれがいい方法だって分かってるのに、オレが踏ん切りつかないこと。オレ、あいつのことホントに好きなんだ。」
圭介君は砂の上に仰向けに寝転んだ。
「妹だって思ったことなんか一度もないよ。あいつがオレとしてきたことを他の男とするなんて許せない。あいつがこのまま二人きりでいたいって言ってくれれば、オレは何を捨てても一緒にいる覚悟だった。でも、子供欲しいとか、結婚したいって言われたらもうどうしようもない。それが女性としての願いなら、オレには叶える事ができない。だけど、本当はオレ・・・嫌なんだ。誰にも渡したくない。」
私は黙って話を聞きながら、考えていた。
結婚に対する男女の温度差は確かにある。
落ち着いた生活や子育てに憧れを抱く時期って女にはあるものだ。
男は彼女と一緒にいるだけで満足だろうが、女は変化を求めるのかもしれない。
子供がなかなかできなかった私達が、体外受精までして直弥を授かったのは歳を取ることへの焦燥感からだった。
妹さんは多分そういう時期なんだろう。
でも、それは女なら自然な欲求だ。
彼も分かっているから苦悩しているのだろう。
「難しいわね。どうするのが正しいなんて誰にも分からないわよ。」
しばし考えた後、私はこう答えるしかなかった。
「奈津美さんならどうする?」
仰向けで天を仰いだまま彼は問いかけた。
潮風に吹かれてさらさらと砂が彼の体にかかる。
「私だったら?そんなの決まってるわ。」
「どうするの?」
「だまし討ちで妊娠して、姿をくらます。」
「なんで姿をくらますの?」
圭介君は面白そうに聞いた。
「だって私は好きな男の子供がいれば他には何も要らないもん。」
「好きな男は不在でいいんだ?」
私は笑った。
「だって男は所詮他人だけど、子供はずっと私のものでしょ?妊娠した時点で、生物学的に男の役割は終わるんじゃないかしら?」
「ひでえ・・・。遺伝子を残したらもう用無しってこと?」
「カマキリは受精したら雌に食べられちゃうらしいわよ。」
「オレ虫じゃないし・・・。」
私達は声を上げて笑いあった。
やがて青紫色に変っている空に、三日月が切り絵のようにくっきりと現れた。
私は立ち上がった。
顔の腫れも潮風に冷やされて大分ひいたみたいだ。
「もう家に戻りましょう。寒くなってきたわよ。」
まだ仰向けで転がっている彼の腕を取って引っ張り起こす。
彼は苦笑しながら、起き上がった。
「やっぱり逞しいな、奈津美さんは。ゾウみたいだ。」
「失礼じゃないかしら?ゾウは。」
「褒めてるんだよ。奈津美さんは野生のゾウみたい。でも、妹は違うんだ。あいつは誰かが愛して、傍にいないと生きていけない、飼い猫みたいな人間なんだよ。」
立ち上がった圭介君は寂しそうに言った。
「でもそれはオレじゃダメなんだ。悔しいけど。」
彼の琥珀色の瞳を私は見つめた。
愛情だったのか、同情だったのか、もしくは助けてくれた感謝だったのかは分からない。
でもその時、私の心はもう決まっていた。
「じゃ、私にしとく?あなたさえ良ければ、今夜・・・。」
彼は一瞬驚いた顔で固まったが、その後すぐ目を細めて微笑んでくれた。
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。
ここでこの章は終わり、次の展開に入っていきます。
今後も楽しんで頂けましたら幸いです。