27話
強引に家に上がり込もうとする康弘の前に、私は立ちふさがった。
「お客様なのよ。お金ならこの前持っていったばかりでしょ。今日は帰って!」
「・・・あんだと?男ができたら俺には用はないってのか?」
康弘は酒臭い息を吐きながら、詰め寄ってくる。
だが、私も今日は負けずに睨み返した。
「あなたなんかに最初から用なんてないわ。離婚が成立して何年経ったと思ってるの。あなただってお金目当てに私を脅しに来るだけでしょ。お金ならまたあげるから今日は帰って。」
やつれた康弘の顔が、怒りで赤黒くなるのが分かった。
痩せた体が小刻みに震えている。
「てめえ、調子に乗ってんじゃねえぞ!人殺しの分際で、偉そうな口ききやがって・・・」
逆上した康弘は土足のまま玄関に上がり、立ち塞がっていた私を壁に向って突き飛ばした。
ダン!
私が壁にぶつかって大きな音がした。
一瞬目の前が真っ暗になる。
頭を思い切りぶつけられ、私は壁にもたれて座り込んだ。
「奈津美さん?どうかした?」
キッチンから圭介君の声がする。
今の音が聞こえたのだろう。
万事休すだ。
康弘が圭介君を見て怒り狂うことより、この小さなアル中男が私の元夫だと知られることの方が私には耐えがたかった。
何が起こっているのか分からず、圭介君はキッチンから出てきた。
そこに土足で廊下に仁王立ちになっている男と、頭を抑えてうずくまっている私が彼の視界に入る。
二人を見比べ、困惑した表情で彼はその場で立ち竦んだ。
「おい、お前が奈津美の男か?」
先に突っかかったのは康弘だった。
土足のままズカズカ家の中に侵入し、圭介君の前で仁王立ちになる。
もっとも、完全に身長の差がある彼の前で足を踏ん張る元夫は滑稽にさえ見えた。
圭介君は困惑した表情のまま、彼を見下ろし、そして私を見た。
この人誰?オレ、何て言ったらいい?
と目が訴えている。
「てめえ、ふざけてんじゃねえぞ!奈津美の男かって聞いてんだよ!」
康弘は彼の沈黙に激昂した。
圭介君のデニムのシャツを掴んでいきまく。
本当はむなぐらを掴みたかったのだろうが、身長差のために圭介君のシャツにぶら下るような格好になってしまっている。
私に暴力を振るうのは構わない。
でも、圭介君が私達のことに巻き込まれるのは絶対避けたかった。
私はよろよろと立ち上がって、圭介君のシャツにしがみ付いている康弘を引き剥がした。
「康弘さん、もうやめてよ。この人はただのお客さん。サーフボード取りに来ただけなの。もう帰ってもらうから。」
康弘の背中を羽交い絞めにして私は言った。
圭介君は困惑した表情のまま、成り行きを見つめている。
本当にいいの?オレ、どうしたらいい?
彼の目が訴えていたが、私は敢えて無視した。
「ボード持って今日はもう帰って。ごめんなさいね。」
本当は帰って欲しくない。
帰らせたいのはこの男のほうだ。
だが、これ以上事態を悪化させたくなくて私は圭介君を玄関に促す。
「おい、本当におまえの男じゃないんだろうな?嘘だったら承知しねえぞ。」
「違うわよ。さあ、早く帰って!」
暴れる康弘の背中を私は必死で抑えながら言った。
圭介君に飛びからんばかりの勢いだ。
彼はまだどうするべきか決めかねている表情のまま、私の声に仕方なく玄関から出て行った。
玄関のドアが閉まると、康弘は背中に抱きついている私を乱暴に振り払った。
ふき飛ばされ、私は床に投げ出される。
康弘は圭介君が家から出て行ったのを確認すると、ドアの鍵をかけた。
床に転がったままの私を見下ろし、土足のまま私の太腿に蹴りを入れる。
「い、痛っ!」
堅い革靴のつま先が突き刺さり、私は思わず悲鳴を上げる。
「さっきはなめたこと言ってくれたな・・・。」
筋張った康弘の手が伸びてきて、私のサマーセーターの襟首を掴んだ。