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ラビリンスで待ってて  作者: 南 晶
第2章 -圭介-
27/63

17話

 さっき降り始めた雨は勢いを増し、窓ガラスに叩きつけられている。

 台風の暴風雨だ。

 風が窓に吹き付けられるたび、ガラスがカタカタ音を立てる。

 溺れる前まではまだ薄明るかった空は真っ黒な雲で覆われ、部屋も薄暗い。


 玲、怖がってないかな。

 オレは窓に流れ落ちる滝のような雨を見つめてボンヤリ考えた。


「夜には上陸するかもね。もう止まないよ、今日は。」


 女性も窓を眺めながら独り言のように言った。


「あ、今何時ですか?あの・・・」


 オレは言いかけて女性の名前も知らないことに気付いた。

 うわ、なんてこった。

 メシまで食っといて自己紹介もしてない。

 営業マンとしてあるまじき失態だ。


「今?あらもう11時ねえ。」


 女性は大きな目を見開いてオレを見た。

 これからどうする?と言いたげな顔だ。


「あの、本当にありがとうございました。ぼくは高田圭介といいます。よろしければ後日お礼に来たいと思いますので、お名前聞いてもいいですか?」


 オレは今更だが、丁寧に挨拶した。

 女性はキョトンとした顔でしばらく絶句していたが、やがてプっと吹き出した。


「何?突然会社の人みたいに。あなた意外に礼儀正しいのね。」


 意外に、と言われたのはむしろ意外だったが、彼女にとってみればサーファー崩れの自殺志願男だ。

 この出会いではそう思われても仕方がない。

 オレは苦笑いして答えた。


「一応、これでも会社の人ですよ。あなたのお名前は?」

「私は中野奈津美。お礼なんていいよ。なんか楽しいしね。」


 あはは・・・と彼女、奈津美さんは笑った。

 日焼けした顔に白い歯がきれいだ。


「ねえ、お礼なんていいけど何で死にたかったのか聞いていい?」


 奈津美さんは無邪気に、好奇心に溢れた顔で聞いてきた。

 食後の熱い緑茶を飲んでいたオレは一瞬硬直する。

 オレを助けた彼女には知る権利はあるし、知りたいのも当然だ。

 だけど、まだ全てを話す勇気はなかった。

 玲との関係は今まで誰にも話したことがない。

 だから、普通の人が聞いた時の反応をオレは想像することができなかった。

 嫌悪感を持つかもしれないし、軽蔑されるかもしれない。

 もしかすると、なんだそんなことか、って言われるだけかも。

 でも、まだこの会ったばかりの女性に話すのは憚られた。

 嫌われるのが怖かったのかもしれない。


「死ぬ気だったんじゃないです。いい波きてると思って飛び込んだら渦に巻き込まれて溺れたんですよ。」


 当たらずしも遠からず、オレは無難な返事をした。

 ヤケになってたけど死ぬつもりはなかったから、少なくとも嘘ではない。


「あ、なんだ。そうなの?あたしてっきり・・・。ごめんね。」


 奈津美さんは手で口元を押さえて驚いた。

 その表情が意外にかわいい。

 この人の歳、幾つ位なんだろう。


「実はね、ここに住んでると時々来るのよ。そういう人。ホントにヤバそうな人には、海が汚れるからヤメテ!って怒鳴ってやるんだけどね。」

「ああ、なるほどね。」


 オレは納得した。

 オレが初めての救出者じゃないんだ。

 奈津美さんは続けた。


「でも、死にたい気持ちも分かるからね。悩みのない人はいないし。だからせめてご飯食べて元気出してもらいたいって思うんだ。おいしいもの食べた後にヘンな事考えないからね。」


 オレはこの話を聞いて、心が温かくなった。

 お母さんみたいな包容力。

 オレも玲もおいしいもの食べたのなんていつだっただろう?

 だからオレ達は病んでるのかな?


「どうする?車で来たんでしょ?帰るなら車まで送るけど。」


 オレははっと我に返る。

 奈津美さんの顔が至近距離にあって、オレを見つめていた。

 ドレスの上からでも分かる豊満な胸の谷間が、身を乗り出した時にチラリと見えて、オレは思わず目を逸らす。

 玲のボリュームの少ない胸しか見たことがないオレには刺激が強過ぎる。


「え、あ、そうですね。奈津美さんは今日はお仕事あるんですか?」


 オレは動揺しながら、胸元を見ないように言った。


「今日、土曜日だもん。休みだよ。ついでに明日も。本社のカレンダーに合わせてるから休み多いんだ。」


 奈津美さんは舌を出して笑う。


「圭介くんは?仕事ないの?」

「オレ?ないよ。土日休みだから。」


 あ、ヤバい。

 いきなり名前で呼ばれて、思わずタメ口が出てしまった。

 慌てて口を押さえたオレを見て、奈津美さんは笑った。


「いいよ、普通で。私そんなに歳じゃないから。」

「あ、すいません。じゃ、・・・普通に話すね。」


 ヘンな返事をしたオレを見て、奈津美さんはまたあはは・・と笑った。



 なんか完全に子供扱いされてる。

 この人には絶対敵わない。

 そう思った。

 彼女がいるこの空間がオレには心地良かった。




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