14話
風の音で目が覚めた。
昨日の天気予報で台風がきてるって言ってたっけ。
遮光カーテンを少し開けて外を見るとマンションの前の歩道に植えられた街路樹が、ゴウゴウ音を立てて揺さぶられている。
曇っているが空は白み始めていた。
傍らで穏やかな寝息が聞こえた。
玲はあどけない顔で布団に包まって眠っている。
長い黒髪、切れ長の黒い目、全然肉がついてない少年みたいな手足、甘い声・・・。
「なんで妹なんだろう・・・」
オレは玲を起こさないようにそっとベッドから降りた。
今日は土曜日で会社も休みだ。
だけど、今日だけは玲と一緒にいたくなかった。
昨日の決心が鈍ってしまうのは間違いないし、もしかすると今日も岡崎のヤツが連絡してくるかもしれない。
「オレの女に触んな!」なんて言ってしまったら、恥ずかしいのは玲だ。
兄と近親相姦してたなんて他人に知られたらあいつの人生はメチャクチャになってしまう。
最初にみだらな行為をしたのがあいつが14歳の時だ。
それからは、あいつが部屋に来てオレを求めるのをいつも待ってた。
20歳だったオレはそれが犯罪に成り得ることは自覚してた。
玲は女だから、オレとの関係をなんかロマンチックに捉えている。
昼ドラみたいに禁断の愛だと思ってるんだろう。
玲はイマイチ世間知らずで甘えっ子だ。
実際、他人が聞いたらオレ達はただの変態だ。
後ろ指差されることになるのは間違いない。
だからせめて責任は取ろうと、当時付き合ってた女の子とも別れて玲だけを見てきた。
望まれる限り、オレは傍にいるつもりだった。
「子供が欲しいの。」
この前、あれを言われてからオレの覚悟が揺らいだ。
結局、オレの一人よがりじゃないのか?
本当に彼女に必要なものをあげることができないのに、責任を取ってるって言えないだろう。
オレが彼女を拘束して勝手にくっついているだけなんじゃないか?
この1ヶ月ずっと考えてた。
そんな時、会社で岡崎のヤツが言い出した。
クライアントを訪ねた帰りだった。
営業車を運転しながら、岡崎は突然言った。
「高田主任、妹さんのメルアド教えてください。」
悪びれた様子もなく、岡崎は堂々と言った。
こういうところが人に嫌われる所以だ。
オレも少しウザかったけど、岡崎のことは嫌いじゃなかった。
こいつは嘘がつけないから、信用できる。
「なんで?」
助手席でタバコを吸いながらオレは横目で睨む。
「メールを送りたいからです。」
岡崎は前方を見ながら返事をした。
バカにしてんのか?と言いたくなるが、これもこいつの本気だと分かっている。
オレは苦笑いした。
「妹に手を出すつもりなら、オレを倒してからにしろ。」
「主任は倒せません。尊敬してますから。」
真面目な顔で岡崎は言う。
嘘がつけないのを知っているから、褒められると照れくさい。
オレはタバコの煙を窓の外に吐き出した。
「本気か?」
「本気です。先日のパーティーでひと目見て、この人だと思いました。」
真っ直ぐ前方を見ながら、岡崎はハンドルを切る。
横顔が少し赤くなっている。
生意気に照れてやがる。
オレと一緒にいたって所詮、生産性のない交わりが続くだけだ。
進展も終わりもない。
節目が欲しいって玲は言った。
優柔不断なオレと違って、岡崎は白黒けじめをつけないと気が済まないタイプだ。
こんなしっかりした男なら、フラフラしている玲をしっかり抱きとめてやれるのかもしれない。
オレは携帯を胸ポケットから取り出した。
玲が行くわけない、と心の中では安心していたから。
ジーパンにシャツを着て、薄暗い玄関を出た。
エレベーターでマンション地下の駐車場まで降りる。
黒いワゴン車が久しぶりにやって来た主人を待っていた。
運転席に座ってエンジンをかけると、オレの好きなエアロスミスがカーステレオから流れてくる。
玲がうるさがるので、車の中でしか聞けないオレのお気に入りアルバムだ。
岡崎のピアノにうっとりする玲の顔が浮かんだ。
それを掻き消す様にボリュームを上げる。
何がショパンだ。
ロックが好きで何が悪い。
騒音上等!
オレはアクセルを踏み込んでまだ夜明け前の街に飛び出した。