13話
岡崎君があたしを車でマンションまで送ってくれた時には11時になっていた。
3階の圭介の部屋の窓から明かりが洩れている。
あ、もう帰ってる。
心配してたかな?
「今日はありがとう。ごちそうさまでした。楽しかったよ。」
急いで助手席から降りようとしたあたしの腕を岡崎君は軽く掴んだ。
「また誘ってもいいですか?」
真剣な顔であたしの返事を待っている。
「いいよ。最初は友達からね」
あたしは優しくその手を払った。
するりと外に出てドアを閉める。
スモークガラスの向こうで岡崎君がガッツポーズをしたのが見えた。
あたしは彼の車が見えなくなってから、マンションの階段を駆け上がった。
「ただいま~。圭介帰ってる?」
ワザと大きな声を出して部屋に入った。
その途端、ものすごい力で腕を掴まれ体が持ち上がった。
「い、いたたた!な、何すんの!」
悲鳴を上げるあたしを圭介は表情も変えずに見ていた。
色素の薄い瞳が充血してバンパイアみたいだ。
間違いなく、ものすごく怒ってる。
「どこに行ってた?」
無表情のまま低い声で問いかける。
岡崎君にアドレス教えたの圭介だし、大体察しているんだろうけど。
それで怒ってるんだろうか?
「ま、前の誕生日会の店よ。メールもらって・・・」
「岡崎か?」
「・・・うん。でも圭介が教えたんでしょ、あたしのアドレス」
「・・・行くとは思わなかったからな」
圭介はあたしの腕を尚もねじ上げる。
あたしは痛くて、顔をしかめた。
「ちょっと、痛いよ。放して」
「あいつと何してきたんだよ?」
「何って・・・食事しただけよ。バカみたい。妬いてるの?」
頭にきたあたしはわざと挑戦的に言い放つ。
途端、腕を掴んでいた圭介の手の力が抜けた。
もがいていたあたしは、勢い余って尻餅をつく。
掴まれた腕が赤くなっている。
圭介は赤い目であたしをじっと見ていた。
「・・・妬いてるよ。バカで悪かったな」
低い声でそれだけ言うと、くるりと背を向けて部屋から出て行った。
取り残されたあたしは座り込んだまま呆然とするしかなかった。
3DKのマンションで部屋から出て行っても、ベッドは一つしかないので再び顔をあわせるしかない。
しかも、今日は金曜日で明日は圭介も休みだ。
圭介は先にベッドに入っている。
何とも気まずい状態で、あたしも同じベッドに入るしかなかった。
こんなとき不便だから、別の部屋にもう一つベッドを置いとけばよかったのに。
圭介と顔を合わせない様にあたしはベッドの外側を向いて横になった。
「・・・圭介、寝た?」
あたしは暗闇の中、小さな声で囁く。
「・・・起きてるよ」
ぶっきらぼうに返事が返って来た。
「怒るくらいなら、なんで岡崎君にアドレス教えたの?」
「あいつがしつこくて断りきれなかった。でも、行くと思ってなかった。」
「行かないで欲しかったの?」
「・・・いや、行った方がいいと思ってた。」
「何、それ?」
あたしは吹き出した。
「圭介、言ってることが支離滅裂だね。」
「分かってるよ。でも、玲の希望が全部実現するならその方がいいかと思って。でもよく考えたら嫌だった。」
暗闇の中、彼の顔は見えない。
でも、きっといつもの弱気な顔してる筈だ。
あたしは圭介を抱きしめたくなった。
「あいつに何て言われた?」
布団の中から声がした。
「一度だけ付き合って欲しいって。それでダメなら諦めるって。圭介の許可も取るって言ってたよ。」
「あっそ・・・で、おまえどうすんの?」
「お友達からって言った。でも、圭介が嫌なら断るよ。」
「・・・・」
しばらく沈黙が続いた。
もう寝たのかと思った時、やっと声がした。
「いいよ、玲。あいつと付き合ってみろよ。それでおまえがオレから離れるなら、本当はそれが一番いいんだから。」
あたしは圭介の低い声を黙って聞いていた。
圭介から離れる。
今まで想像したこともない事だ。
でもそれがこのラビリンスから出る唯一の方法であることを、あたしは知っていた。
ここまで読んで下さった方々、ありがとうございます。
ここで、一部が終了、新たなる展開に入っていきますので引き続き宜しくお願いします。