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ラビリンスで待ってて  作者: 南 晶
ラビリンスの終焉 第1章 -玲-
22/63

12話

「岡崎君は歳いくつなの?」


 あたしは聞いてみたかった事の一つを口にした。


「ぼくは今年で28歳です。玲さんより年下になるのかな。」


 岡崎君はすまなそうに言った。

 それは想定の範囲内。

 あたしは質問を続ける。


「兄弟は?」

「ぼくは姉が二人います。二人とももう結婚して子供がいますよ。最近会ってないけど。ピアノも姉達がやってたのでついでにやらされてたんです」

「へえ、お姉さんと仲良かった?」


 あたしはちょっと興味を持って聞いてみる。


「まあ、話するようになったのは大人になってからですかね。子供の頃は相手にもされませんでした」


 やっぱり普通の家庭はそうなんだ。

 あたしは更に突っ込む。


「お姉さんのこと好きになったりしなかった?」

「・・・は?」


 岡崎君は怪訝な顔をした。


「だ、だからさ。お姉さんを女性として見ることってないの?」

「その質問は初めてされましたけど、ないですね。玲さんはドラマの見過ぎと思います。」

「・・・だよね。」


 あたしは期待が外れたような、ほっとしたようなヘンな心地でカシスソーダを飲む。

 よくある話ですよ、なんて答えを期待してたんだろうか。


「玲さんは主任のことが大好きなんでしょうね。」

「・・・!!」


 ゲホゲホとあたしはむせ返った。

 今、何て言った?


「主任みたいにいい男が常に傍にいたら、他の男を見る目が厳しくなるのは自然だと思います」

「ああ、そういうこと?そうね。それはあるかも」


 あたしは作り笑いを浮かべて取り繕った。

 岡崎君は真面目な顔で続ける。


「でも、ぼくにも一度だけチャンスを下さい。少し付き合ってもらってダメだって言われたら諦めます。主任にも許可取りますから」


 初めて男の人にこんなことを言われてあたしは困惑していた。

 少し付き合えば好きになれるものなのだろうか。

 この人を好きになれれば、あたしの望むものはみんな叶うのかもしれない。


 でも、圭介は?

 あたしは圭介を忘れられるのだろうか。


「オレが相手じゃ無理でしょ。」


 いつかそう言った圭介の弱気な笑みが脳裏に浮かんだ。

 残念だが、それは事実だ。

 圭介とは結婚も出産もできない。

 彼の理性が絶対許さない。


 黙り込んだあたしを見て岡崎君は慌てた。


「あ、そんなすぐに結論出さなくてもいいですよ。最初はやっぱり友達からなんですかね。ぼくはあまりこういう段取りに慣れてなくて、スミマセン」


 クールで落ち着いた岡崎君が、汗をかきながら必死で気持ちを伝えようとしている。

 子供みたいに純粋でいい人なんだ。

 ただ、ちょっと生き方が不器用なんだろう。

 あたしは安心させるように笑みを見せた。


「ピアノ」

「はい?」

「岡崎君のピアノ聴きたいな」

「あ、はい。いいですよ」


 彼は勢いよく立ち上がった。


「あたし岡崎君のピアノすごく好きになったみたい」


 あたしの言葉に彼は子供のような無邪気な笑顔を見せた。

 眼鏡の奥の瞳がキラキラしている。


「それは光栄です。音楽って人の性格が出るんですよ」

「へえ?」

「技術の差はあってもその人の基本性格が出るとぼくは信じてます。せっかちな人は走り気味になるし、アグレッシブな人のタッチは強いものです」

「なるほどね」

「だから、玲さんがぼくのピアノを好きになったということは、ぼくを好きになる可能性は充分あるということです。」

「強引だね」


 あたしは笑った。

 でも、そうかもしれない。

 彼のピアノの音色は、真っ直ぐで純粋な彼の性格がよく出ていた。


「他のお客さんもいるからバラードでいきますよ」

「何でもいいよ。任せる」


 岡崎君は薄暗い店の中でライトを浴びているグランドピアノの前に座った。

 あ、音楽に疎いあたしでもこれは知ってる。

 ビートルズのイエスタデイだ。

 この店の雰囲気によく合っている。

 穏やかな旋律が心地よい。


 圭介を忘れられる?

 圭介以外の人と結婚して、子供ができて、それであたしは幸せになれる?

 それがあたしが欲しいもの?


 あたしは美しい音色に身を委ねながら、ライトを浴びているピアノ奏者を見つめていた。




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