7話
見かけはお堅い秘書。
本職は会社員。
そしてピアニストの岡崎君は、真面目な顔になって鍵盤に視線を落とした。
音楽に疎いあたしでも聞いたことのある曲だ。
昔流行ったドラマで、死んだ彼が忘れられないヒロインが好きだった曲。
柔らかい穏やかなタッチで曲は始まる。
なのに会場全体が彼のステージの為に存在しているような、圧倒的な存在感。
そこにいる誰もが全てを忘れて、彼の奏でる音楽の世界観に引き込まれている。
こんなピアノ聴いた事なかった。
囁くような、訴えるような、泣き叫ぶような、あらゆる感情を持った音。
曲が終わった時、あたしの頬には涙が伝っていた。
一同我に返ると、惜しみなく拍手を始めた。
あたしと同じように涙した女の子達が一斉にハンカチを出し、化粧を直す。
岡崎君はおもむろに立ち上がると、芝居がかった礼をしてステージを降りた。
「玲、泣いてるよ。」
圭介に肩をつつかれ、あたしは慌ててハンカチで顔を拭う。
「だ、だって感動したんだもん。こんな演奏初めて」
「オレのガンズよりマシか?」
ふてくされた圭介の言い方に、あたしは苦笑いした。
圭介のギターはスゴイのかも知れないけど、正直あたしにはよく分からない。
確かに女子にウケる事を岡崎君はよく分かっている。
「妹さんの為に頑張りました。どうでした?」
岡崎君が颯爽と戻ってきた。
「ありがとう。なんか感動して泣いちゃった」
「まあまあ及第点だな。だからって妹を落としたと思うなよ」
あたしと圭介は同時に返事をする。
兄妹ならではのタイミングに、周りから笑いがこぼれた。
その間も、岡崎君はまっすぐあたしを見ている。
視線が合うと真面目な顔が少し緩んだ。
あ、この人笑うとちょっとかわいい。
整った白い顔と、堅物そうな銀縁眼鏡が彼の本質の邪魔をしている。
その笑顔にはまだあどけなさが残っていて、歳もあたしより下だと確信した。
「喜んでもらえて嬉しいです。子供の頃から嫌々やらされてきた甲斐がありました。いつでもリクエストにお応えします」
「岡崎、リクエストに応じるにはお兄様の許可が要ることを忘れるな」
圭介が岡崎君の胸を叩いて突っ込む。
「そうですね。確かに」
突然、岡崎君は姿勢を正して圭介と向き合った。
背の高い二人が正面から向い合っている図は、なんだか迫力がある。
一同、何事かと思わず集まってくる。
周囲の状況に全く動じることなく、岡崎君は圭介に言った。
「お兄さん、妹さんとお付き合いさせて下さい!」