6話
曲が終わると会場が明るくなり、皆テーブルの上の料理をつつき始めた。
さっき案内してくれた若い女の子が取り皿と箸をあたしの前に並べながら、にっこり笑って話しかけてくる。
「いつも主任にはお世話になってます!」
「あ、はあ・・・。兄がお世話になってます」
と、あたしも気の抜けた返事をする。
「高田主任って独身なんですよね。彼女いるんですか?」
あたしは思わず硬直する。
そうか、普通の人はまさか妹と関係してるなんて思わないから聞くのだろうけど。
あたしは冷静を装った。
「さあ、兄とはプライベートな話はあまりしないから」
「そ~ですよね。でも、いなかったら、あたしが立候補してもいいですか?」
全く悪びれず、彼女はガンガン押してくる。
妹のバックアップが欲しいのだろう。
それが恋敵とも知らずに。
「いいよ。兄が選んだ女性ならあたしは応援するしかないから」
作り笑いをしてあたしはグラスに入ったワインを一口飲んだ。
乙女心は分からなくもないが、当然、あたしの内心は穏やかではない。
「やったあ!これからもお願いします!」
彼女はキャピキャピ騒ぎながら仲間の女の子の元に行った。
将を射んとすれば・・・だ。
さしずめ、あたしは馬か。
不愉快だったが、圭介との関係を口に出せる訳もなく、黙っているしかなかった。
その後も気の良さそうな会社員達があたしが退屈しないように、入れ替わりやって来ては接待してくれた。
さすがは国内営業部集団だ。
ちょっとしたVIP扱いに悪い気はしなかった。
これも圭介の人徳のなせる業なんだろうな。
「玲、どうだった?オレのギター。」
あたしがほろ酔い加減になってきた頃、汗を拭きながら圭介とさっきのバンドメンバーがあたしのテーブルに集まってきた。
「この1週間必死で練習したんだよ。こいつなんかベース初心者」
小柄な若い男の子が照れくさそうに笑う。
「高田主任のお願いですからね。何でもしますよ」
帰りが遅かったこの1週間、この会の為に練習してたんだ。
あたしは圭介の気持ちが嬉しかった。
そして圭介の会社での人望の厚さに驚いていた。
あたしが同じことをやったとして、どれだけの友人が集まるだろう。
昔からあたし達は陰と陽だった。
太陽みたいに明るくて温かい圭介の周りにはいつも人が集まる。
比べてあたしは暗くてどちらかといえば一人でいる人間だ。
嬉しい反面、圭介が違う世界の人みたいで寂しさを感じた。
「高田主任、妹さんと似てませんね。」
突然、よく通る低い声が会話を遮った。
声の大きさに思わず一同振り向く。
皆の視線の先に、さっきのピアノ奏者が立っていた。
圭介と同じくらいの長身、白い整った顔にウェーブのかかった黒髪、そして銀縁眼鏡。
言うなれば、育ちの良い秀才顔。
商社マンというより政治家の秘書みたい。
圭介はうんざりした声で言い返す。
「岡崎、お前はまた空気読まない発言を突然しやがって。しかも声デカイんだよ。」
「これが地声ですから。そして本心で思ったので。」
ピアノ奏者は真っ直ぐあたしを見詰めている。
あたしは視線のやり場に困って俯いた。
「主任の妹さんがこんなに美しい方だとは驚きました。主任もそれなりにイケてますが、そんなチャラい雰囲気ではない。妹さんは正統派の美人ですね」
圭介のパンチが彼のみぞおちに入る。
「おまえ、サラっと言ってくれるね。誰がそれなりのチャラい雰囲気だって?」
「主任は最近日に焼けすぎです。どこの国の人か分からないですよ。それに比べて妹さんはアジア伝統の美しさを持ってらっしゃる」
「うるせえ、ほっとけ。おまえは思ったこと口に出しすぎだ。さっきのピアノだって目立ち過ぎだ!」
「ぼくはクラシック専門でロックンロールはよく分かりませんので」
あたしは二人の掛け合いを呆然と見ていた。
あたしといる時より、明らかに元気で楽しそうな圭介。
全く物怖じせず淡々と話し続ける政治家秘書。
二人の間に堅い信頼関係ができているのは一目瞭然だった。
ボンヤリ眺めているあたしを見て秘書が突然言った。
「妹さんの誕生を祝ってピアノで一曲プレゼントさせてください。さっきのよりはマシですよ」
「マシってどういう意味だよ!てか、妹に手出すな。」
すかさず圭介が突っ込む。
秘書はニヤっと挑戦的に笑った。
「主任のガンズの早弾きコピーより女子にはウケますよ。先輩のギターは女子には理解し難いです」
「オレのことはほっとけって言ってんだろ!」
「女子にウケるこの曲を妹さんに捧げます」
秘書はくるりと身を翻すと、颯爽とステージに戻っていった。
・・・この天然キャラ、完全に圭介を上回っている。
あたしばかりか、周りの会社の人達も呆然と彼の次の言動を見守った。
職場じゃ間違いなくトラブルメーカーだろう。
彼は周囲の反応に臆することなく、堂々とピアノに向かう。
座るポジションを整えた後、よく通る声で言った。
「美しい玲さんに捧げます」