3話
気が付くと朝だった。
遮光カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
あたしはしばらくボンヤリとベッドに座り込んでいた。
昨日の夜、またヒステリーを起こしたあたしは圭介とベッドに入ってからも泣き続けて、そのまま寝てしまったみたいだ。
リビングのテーブルには昨日圭介が間違えて買ってきた誕生日の花束が花瓶に生けてある。
コーヒーの香りがまだ漂っていて、空腹を覚えたあたしはフラフラ立ち上がった。
テーブルにはロールパンが一袋と、冷めたコーヒーが入ったカップが置いてあり、その横に汚い字で書かれたメモ書きがあった。
『会社行ってくる 適当になんか食べてて』
「適当にって、何にもないし・・・」
あたしは冷蔵庫を開けて溜息をついた。
独身貴族のあたしたちはどちらも料理をするという習慣がない。
二人とも胃に入ればいいというのが基本スタンスなので食に関してあまり関心がない。
この辺はさすが兄妹。
ざっくばらんな性格はよく似ている。
あたしは諦めて素っ裸のままバスルームに入った。
熱いシャワーを浴びながら鏡を見ると、泣き寝入りしたせいで瞼が腫れている。
圭介と全く違う切れ長の真っ黒な目だ。
大きな二重瞼の彼の目に対してあたしは一重の横に長い黒目。
髪も真っ黒で、圭介のサラサラ天然茶髪と似ても似つかない。
彼が多国籍エキゾチックならあたしは完全オリエンタルだ。
ビジュアル的に共通点がないのが、血の繋がりを意識しなかった原因の一つかもしれない。
自分と似過ぎてたら恋愛感情は起きにくいだろう。
圭介の会社は世界中に拠点のある総合商社だ。
最初は地方公務員だったのに海外駐在員になれると思って、わざわざ転職して入った会社だった。
最初の10年は確かに世界中を飛び回ってた彼だが、歳を取ってそれなりに会社の中でポジションが出来てくると日本の 本社の国内営業部に配属された。
国内でのシェア拡大は会社の課題で、君にはもっと勉強して上のポジションを狙ってもらわなければならない、と上司に言いくるめられて圭介は日本に戻ってきた。
このマンションに圭介が住み始めてから2年くらいになる。
ツアーコンダクターの仕事をしているあたしにはいい拠点だった。
オフの時はあたしはこのマンションで圭介と暮らしている。
住所不定のこの仕事は確かに都合が良かったが、歳を取るに連れて辛くなる。
自分の体調が悪い時まで団体を率いて歩き回るこの仕事に疲れてきた。
子供が欲しくなったのも、安定した生活に憧れるようになったのも最近だ。
「守りに入ってるのかなあ・・・」
あたしはシャワーに打たれながら自分の体を見た。
あれ、なんか胸小さくなってない?
もとから小さかったのに更に張りが減ってるような・・・。
痩せた白い胸に昨夜圭介がつけた赤い痣が散らばっている。
この萎んだ貧乳をずっと圭介に見られてたんだ。
当然なのだが、今更ながらあたしは恥ずかしくなって一人赤面する。
グラビアアイドルのそれと比べると同じ女性のものとは思えない可哀相な胸。
あたしが男ならこんなの絶対ゴメンだ。
圭介はあたしがいつまでも若くないって分かってるのだろうか。
子供だっていつでもできる訳じゃない。
女には色んな意味でリミットがある。
衰える体力を肌身に感じる。
あたしはいつまでも綺麗じゃない。
とてつもなく惨めな気持ちになってあたしはシャワーに打たれ続けた。
涙も一緒に流れてくれるように。