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ラビリンスで待ってて  作者: 南 晶
ラビリンスの終焉 第1章 -玲-
12/63

2話

 あたしが中学生だった時から、圭介との関係は続いている。

 6年年上で中学高校と寮生活をしていた圭介が、大学生になって実家に帰ってきたときから、あたしたちは男女の関係になった。

 最初はあたしが無理やり迫って圭介にキスしてもらって、それから圭介のことが大好きになって、結局30歳になる今までこの関係が続いている。

 歳が離れていたのと、お互いの成長期に別居していたからだと思う。

 あたしは一度も彼を兄として見た事がない。

 多分、圭介も同じだろう。

 何度もこの関係を断ち切ろうと別れてみたりしたけど、どちらともなく戻ってしまう。

 あたしたちは出口のない迷宮から出る勇気がないまま現在に至っている。

 誰にも知られず、お互い独立した関係で寄り添って生きる。

 それは認められた関係には絶対なれない、あたし達が一緒にいられる唯一の方法だった。



 圭介は勘違いのお詫びにもう一度あたしを悦ばせてくれてから、開けた窓にもたれてタバコを吸い始めた。

 9月も半ばなのに外の熱が冷房のきいた部屋に入ってくる。

 あたしは彼の横にぴたっとくっついた。

 圭介は慌てて手を振って煙を飛ばす。


「ごめん。煙入った?」

「ううん、一本ちょうだい」


 あたしは彼が口に咥えていた一本を奪い取って口に入れた。

 圭介は露骨に顔をしかめる。


「おまえまだ吸ってんの?」

「時々よ。圭介ほどじゃないって」

「タバコは良くないよ。特に女性には」

「なんで?」

「・・・なんでって・・・」


 圭介は黙り込む。

 このリアクションも想定の範囲だ。

 あたしは自嘲的に言い返す。


「子供産む時、影響があるって言うんでしょ?だったらいいじゃない。あたしは子供産まないから」

「・・・絡むね、今日は。それってオレに挑戦してる訳?」


 圭介は窓にもたれて腕を組んだ。

 あ、ちょっと怒ってる。

 あたしは自分でもよく分からないモヤモヤした不安と不満を圭介にぶつけていた。

 言っても仕方ないって分かってるのに彼の優しさに甘えてしまう。

 その優しさが更にあたしを苛立たせるのだけど。

 圭介はあたしの腕を突然掴んで、あたしの口からタバコを剥ぎ取った。

 乱暴な仕草で灰皿に押し付ける。

 低くて怒ってる声で、でも悲しい顔で圭介は言った。


「オレにどうして欲しい?オレが嫌になったなら構わない、そう言えよ」

「そうじゃないっ!!」


 あたしは圭介の胸にすがり付いた。

 圭介はあたしの長い黒髪を手ですくって優しく口付ける。

 大きな手がいつの間にか溢れて出た涙を拭った。


「・・・玲。このままじゃ嫌?オレは子供がいなくても玲がいれば満足だけど」


 彼の低い声を聞きながらあたしは一生懸命このモヤモヤを言葉で表現しようと考えた。

 何て言ったらいいのか・・・。


「・・・子供だけの問題じゃないのよ。多分ゴールが欲しいの」

「・・・?ゴールって?」


 圭介は首を傾げてあたしを見た。


「決着つけたいの。上手く言えないけど」

「・・・何を?」


 圭介は心底分かってない。

 当然か。

 この焦燥感はきっと女にしか分からない。


「圭介は男だから分かんないよ。あたしは女だからけじめというか、節目というか、ゴールが欲しいの。」

「・・・例えば、婚約、結婚、妊娠、出産、入学、みたいな?」


 センスのない圭介が口にすると何だか陳腐な感じがしてあたしは黙り込んだ。

 でも、まあそういうことだ。

 圭介と次のステップに行きたい。

 あたしはこの迷宮から出ようとし始めていた。

 ああ・・・と少し納得した顔をして圭介はまた腕を組んで窓にもたれる。


「でも、それはオレが相手じゃ無理でしょ?」

「無理かな・・・?」

「無理です!」


 圭介は少し笑って、でもきっぱり言い放つとあたしの頭を大きな手でなでた。


「女の幸せっていうのを玲は本能的に欲しがってるんだよ。年齢的にもそういう時期なのかもね。でもオレとじゃ無理だよ。悪いけど・・・。」

「じゃあ、どうしたらいいの?」

「オレ以外のどんな男とでも、それ全て普通にできるよ。玲がそういう人生を望むならオレは応援する。お兄ちゃんだからな」

「やだ!!」

 あたしは圭介にキスして口を塞いだ。

 

 このやり取り、何回しただろう。

 でも、ここから先に進めないんだ。

 そしてあたし達はまた迷宮で立ち止まる。

 でも、いつまで?




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