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ラビリンスで待ってて  作者: 南 晶
序章 -玲-
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 7月になったというのに、梅雨空の続く鬱陶しい時期だった。

 湿気が多くて背中まで伸ばしたストレートヘアがベタベタ首筋に絡みつく。

 不快指数は高いが、今夜は金曜日だ。

 あたしのテンションはそれだけで上がった。


 学校が終わって、コンビニのバイトが終わって、外はもう真っ暗だった。

 店の裏に置いてある自転車に乗って、彼の待つマンションに向かう。

 最近残業が増えた彼は、バイトが終わってから訪ねてもいないことが多い。

 そういう時は合鍵で入れるのだけど、何となく後ろめたくてあんまり好きじゃない。

 あたしは彼が待っているマンションに行くのが好きなんだ。



 彼のマンションは道路を挟んで公園に面していて、夜 窓の外を見ると公園の外灯がロマンチックだ。

 エレベーターがないのが残念だけど。

 マンションの自転車置き場に駐輪して、あたしは3階の彼の部屋まで一気に駆け上がる。

 ブザーを押して耳を澄ませていると、インターホンから彼の声が聞こえる。

 落ち着いた低い声。

 この瞬間があたしは大好き。


「はい、高田です」

「あたし、玲!」


 鍵を開ける音がしてドアがゆっくり開いた。


「いらっしゃい、入って」


 彼の長い腕がドアを支えてる間に あたしはスルリと中に入り込む。

 あたしを待っててくれた。

 よりそう感じるから、あたしは彼がいる時に行く。


 仕事から帰ったばかりなのか、圭介は白い開襟シャツにネクタイをぶら下げたままタバコをくわえている。

 童顔な圭介は、もう24歳だというのに、こうして見るとまだ高校生みたいだ。

 あたしのクラスの男の子のほうがもっと老けたのいるくらい。

 すこし茶色がかったサラサラの髪は子供の頃からの地毛だ。

 顔に似合わず背が高いし、学生時代陸上部で鍛えた体は引き締まっててあたし好みだ。

 頭も良くて、有名大学に進学したが安定を求めて公務員になった。

 まあ、女子高校生のあたしには出来すぎた大人の彼氏だ。

 ただ、一点を除いては。


 あたしは乾いた洗濯物が散らばるソファにゴロリと寝転んだ。

 洗濯物からふわりと彼の匂いがする。


「ごめん、今帰ったとこ。弁当買ったけど一緒に食べる?」

「食べる。お腹減ってるし。」


 圭介はコンビニのレジ袋の中から海苔弁当とカツ弁当をダイニングキッチンの小さなテーブルに並べて 自分はビールを開けて一口飲んだ。


「あたしも一口!」

「未成年はダメだ。この不良娘」


 ビール缶を奪いかけたあたしの手に、ウーロン茶の缶を握らせた。

 ちいさなテーブルに向かい合って、あたしと圭介は弁当を食べ始めた。


「圭介、最近遅いね」

「時期的にね。来週はもう楽だけど。お前は最近どう?」

「別に。普通」

「・・・高校3年生ってやることないのか?受験勉強とかさ」

「あたし大学行かないから」

「で、どーすんだよ?」

「圭介のとこ永久就職したい」


 圭介の箸が止まった。

 眉間にしわ寄せて、あたしの顔を見つめた。

 あたしも彼の目を真っ直ぐ見つめ返す。


「あのさ・・・。オレたち・・・。」


 低い声の先を遮るように、あたしは あははは・・・と笑ってみせた。


「冗談だって。ごめん!」


 圭介は返事をせずに、ビールをゴクゴク喉を鳴らして飲んだ。

 あ、困らせたかな?

 あたしたちの会話に未来の話はタブーなのだ。


「ごめん。怒った?」


 あたしはテーブルを押しのけて、椅子に座ってる圭介の膝の上に向かい合って座った。

 両腕を回して圭介の首を抱きしめる。

 彼の形のいい唇に自分の唇をそっと押し当てた。

 舌の先でチロリと唇を舐める。

 それに応えるように、圭介はあたしの体を抱き締めた。

 彼の唇から今飲んだビールの味がした。


「好きだよ、圭介。」


 あたしは彼の唇を優しく噛んだ。

 圭介はいつもこんな時、嬉しいような、悲しいような、困ったような、笑みを浮かべる。

 あたしはこの顔が好きで、もっと困らせたくなってしまう。


「ねえ・・・、お願い。」


 耳たぶを唇で噛みながら、あたしは圭介の耳元に囁く。

 彼は返事の代わりに、あたしの制服の開襟シャツのボタンを外し始めた。

 大きな冷たい彼の両手が、あたしのはだけたシャツの中に侵入し、ブラが外れる。

 圭介は突然、あたしの頭を引き寄せ激しくキスを始めた。

 唇を貪った後、首筋に舌を這わせ、あたしの両胸にキスを繰り返す。

 あたしは思わず声を出しそうになり、圭介の頭を抱きしめる。

 子供の頃から変らない柔らかい髪だ。

 シトラス系の整髪剤の香りに混じって、タバコの匂いがした。


「あ・・・圭介・・・」

「あんまり挑発すんなよ。玲」


 圭介は荒い息をしながら低い声で唸るように言った。


「オレは仮にもお前のお兄さんだからな」


 圭介はあたしのシャツを剥ぎ取り、裸にしてキスを降らし続ける。


「だから、これ以上は・・・」


 圭介の低い声がすごく遠くに聞こえる。

 あたしは快感と絶望で泣きながら圭介の愛撫に身を委ねる。



 認めなくていけない真実。

 あたしの自慢の彼氏 高田圭介は、あたしの血の繋がった兄だった。




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