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結章   あの日の約束

 人間世界に戻ってきてから数日後。

 五人で母さんの墓参りをしたあと、親父がぜひ、というのでおじさんとおばさんの家に寄った。

 親父の姿を一目見るなり、おじさんが相好を崩し


「久しぶりだね、秀一。すっかり痩せたんじゃないか?」

「いろいろと済まなかった、兄さん。だいぶ長い時間がかかってしまったが、とりあえずひと段落さ」

 

 え?

 今、なんと?


「兄さん、と呼んだけど? それがどうかしたか?」

「はぇ!? おじさんが、親父の……兄さん!?」


 仰天して固まっている俺。


「言わなかったか? 風間俊郎は私の実の兄だよ」

「聞いてねェよ。昨日の説明の中には、一言も出てこなかったぞ」

「ははは、そうかそうか、孝四郎は俺と秀一が兄弟だってこと、知らなかったんだなぁ」


 いや、そこ。

 ははは、じゃねェから。

 すると、何か?

 もしかして、母さんが魔女で、親父が魔界へ行ったという話も――


「もちろん、知っていたさ。秀一から打ち明けられた時も、相当びっくりしたなぁ。だけど、魔女だろうと雪女だろうと、秀一が好きになった人だから別に気にしてなかったよ。――それにしても最近、孝四郎から連絡が途絶えがちだと思ったら、まさかこんなコトになっていたなんてねェ……」


 意味わかんねぇ。

 風間一族、どんだけ寛容っつーかアバウトなんだよ!?


「ふっざけんなー! 親父も親父なら、おじさんもおじさんだ! 揃ってタチ悪いじゃねェかよ! この、この……隠し事一族め!」


 俺はちゃぶ台をひっくり返しそうな勢いで憤慨したが、


「落ち着いてよ、こーちゃん」


 キャナがにこにこしながら俺の手を取った。


「みんな、いい人達じゃない。たまたまあたしと出会って、シュウさんとも会ったから色々わかっちゃったケド、そうじゃなかったらこーちゃんは何も知らない方がかえって普通に暮らせていたのよ? そう怒っちゃダメよ?」

「う……」


 おばさんもうなずき


「そんな美人でいいお嫁さんと出会えたから、良かったじゃないの。早くお金貯めて、ちゃんと婚約指輪を贈ってあげるのよ?」

「はいはい。わかってますよ」


 気流石か地恵石をはめこんだ魔女仕様の婚約指輪でもプレゼントしようかね。

 その方がよほど実用的だ。魔神がやってきても戦えるし。

 そんなことを考えていると、親父がニヤニヤしながら


「孝四郎、まさか自然石の指輪にしとこうとか、思ってるんじゃないだろうな? キャナが魔女だからっていっても、それはないぞ? ちゃんとシルバーリングにしとけよ」

「え……? 何でわかったの?」


 おじさん、おばさん、親父にメイちゃん、ミナちゃん、みんな笑っている。

 キャナだけはほんわかとしながら


「あたし、別に何でもいいの。こーちゃんと一緒にいられるなら、ほかに何も要らないわ。――あ! でも」


 そっと寄ってきて、俺にぴったりとくっつくように座り直し


「早く子供欲しいな! あたし達の魂がなくなる前に、ちゃんと一人前に育ててあげなくちゃ」


 生々しいキャナの望みに、みんなはたちまち固まった。

 俺一人、苦笑い。

 母さんもそうだったみたいだけど、魔女ってのは幸福な家庭に憧れるものなのだろうか。

 よくわからないけど、まあいいや。




 その後。

 俺とキャナがさんざんぶっ壊してしまった魔界のことが気になったが、親父はたった一言


「……どうもならん」


 以上。

 詳しく聞いてみると、魔界を統治していた魔界府が崩壊し、魔界人達は著しく混乱しているという。

 俺達が暴れたせいじゃないかと思って罪悪感がなくもなかったが、実際はもう少し複雑らしく


「要は魔神さ。伝承にすぎなかった筈の殺戮の化け物が実際に姿を現したものだから、いずれ自分達も殺されるんじゃないかって怯えているんだ。で、魔界府っていう権力府がなくなったものだから、貧しい暮らしを余儀なくされていた連中が略奪なんか始めやがった。――一方で、多少物分りのいい魔界人達はこれ幸いと魔族の引き込みにかかっている形跡がある。誰だって命は惜しいしね。それに、魔界人の全てが魔族を敵視していたワケでもないし。ガチガチだった魔界の構図も、これで少しシャッフルされてくれればありがたいんだが」


 親父が調べてきたところだと、そんな感じらしい。

 結局、俺とキャナは甦りかけた魔神を一時撤退させただけで、完全に潰せたかどうか確証はない。いずれまた復活しないとも限らないし、その時はまた戦わねばならないだろう。魔界には魔族を除いて魔神とやりあえるような凄腕の術者なんかほとんどいないから、どうせ俺とキャナでやるしかないに決まっているけど。

 ただ。

 母さんが死ぬまで願っていた「魔界の平和」。まだ何にも前進していない。

 いつかは、実現させられたらいいと思う。

 かなりでっかい理想ではあるけれども、その見込みがないワケじゃない。

 親父の自然魔法の研究がもうちょっと進めば、安定した魔力を得て魔界全体に安穏をもたらすことができるハズ。だから今は、親父に頑張ってもらうしかない。

 ま、親父は「何とかなるだろ」と気楽に構えてるのだが……こう見えても俺の親父。やるときゃやるから、信じておいてやることにしよう。

 俺はというと、普通に学校生活を送っている。

 バイトはクビ、じゃなくて辞めた。

 すっぽかしておくのも気分悪いのでせめて謝りに、と思って直弼のところへ行ってみたらば


「ろくに連絡も寄越さないで! 君というヤツは!」


 案の定、最初はやっぱり荒れ狂った。

 安政の大獄。

 しかし、


「クビはわかってます。ただ、申し訳ないので謝りにきたんです。申し訳ありませんでした」


 ストレートに詫びて頭を下げると


「む……! そうきたか。いや、体よく謝っておいて、また働かせてくれとか言うんだろうと思ったんだが……」


 予想が外れたらしい。

 急に静かになった直弼。

 桜田門外の変。

 彼はあごをなでながらじっと俺の顔を見つめていたが、やがて


「……いや、無断欠勤は怪しからんとしても、正直で潔いのは感心だ。どうだ、これからまた真面目にやるというのなら、今回の件はなかったことにしてもいいんだけどな」


 そう言ってくれた。

 が、俺は篤く礼を述べつつ辞退した。

 ここにはまだ、加奈子ちゃんが働いている。ぬけぬけと顔を出すワケにはいかない。

 それに、理由はもう一つある。

 ――親父の野郎、多額の貯金を隠してやがったのだ。

 魔界へ発つ時に、母さんに残した金。

 しかし、母さんはその金には一銭たりとも手をつけなかった。


「このお金はあの人のものです。いずれあの人が魔界から戻ってくる時、孝四郎も大きくなっているでしょう。それよりも、私はこの子を自分の手で育てたいのです」


 といっておじさんとおばさんに預け、わざわざ自分で生活費を稼ごうとした。

 身体を壊してまで働く必要があったのか、と思ってしまうところだけど、母さんは自分の余命が長くないことを知っていた。だから、親父の金はそのまま残したのだ。

 おじさんは言った。


「孝四郎が大学行くっていうなら、その時がこのお金を使うときだと思ってたんだよ。本当はもっといい思いをさせてあげられたんだろうけど、秀一も美麗さんも贅沢を嫌ったからねぇ。だから、孝四郎にも余分なお金は持たせなかったんだ」


 それはまあ、どっちでもいい。

 ってか、おじさんが律儀にその貯金をずっと守っていたことに俺は舌を巻いた。

 使っちゃうだろう? フツー。

 が、そういう意味のことを少し言うと、おじさんは事も無げに


「秀一は必ず魔界から戻ってくると思っていたんだ。孝四郎の成長を見届けるためにね。――それに、親父とおふくろは俺と秀一に公平に財産を残してくれたんだ。だから、別に秀一の貯金をネコババしたりしないよ」


 聞けばおじさん、早くに独立して実家を出て自分で商売を営んでいた。

 で、両親が遺した家とか家財については、弟である親父に譲ったのだった。親父は親父で研究に勤しんでいたから、それらは売り払ってしまったのだけれども。

 それはともかく、親父の金があるから無理にバイトする必要がなくなったワケで。

 これがあればなんとか大学にも行けそうだ。

 と、思って安心していると


「孝四郎クン! このままじゃ、ちょーっとキビしいわよ? せめて英語をもう少し頑張って欲しいところね。聖乃君にコーチしてもらうといいんじゃない? 彼は常に学年一番だし」


 奈々子ちゃんからきつーいご指摘が……。

 そういやあれからエクスカリバーも気持ちを切り替えて勉強に励み、幾つかの教科で学年一番になったりしている。

 結構なコトだ。

 って、他人のコトをどうのこうの言ってる場合じゃない。

 金銭的な問題は解決したけど、肝心の俺の成績が「あぼーん」じゃどうにもならない。

 よし、これからは英語をやればいいんだな?

 受験まであと一年あるし、毎日コツコツやってりゃなんとかできるだろう。

 エクスカリバーにリスニングを鍛えるMDをもらい、登下校の間に聴いていると


「――おい、待てや! 風間ァ!」


 ナマコーの田坂&川島、その他御一行様登場。

 今日は七名様か。ちょっと多いようだな。

 

「なんだ? 何か用か? 俺ァ、忙しいんだよ。帰ってメシ作って勉強しなきゃなんねェんだ」

「何ィ、勉強だとォ!? ナメたコト抜かしてんじゃねェぞ、コラァ!」


 田坂、激怒。

 こいつを怒らせるには一言「勉強」といえばいいらしい。

 川島以下雑兵どもがさっと身構えた。

 が、俺はバカみたいに突っ立ったまま。


「あー、田坂。以降、俺にケンカを売らない方がいいぞ。そうやっていちいち突っかかってくると」

「あァ!? ンだコラ!?」

「……身が保たんぜ?」


 そう忠告してやった、次の瞬間。


「だびべびびびびびびびびびびっ――」

「どばらばばばばばばばばばっ――」

「ぶへっ!!」

「うぼあぁっ!!」


 ある者は強烈な電撃にシビレてぶっ倒れ、またある者は爆発で吹っ飛ばされて二十メートル先に転がった。哀れなナマコー連中、瞬時に全滅。


「あーあ。言わんこっちゃない……」


 耳からイヤホンを外しつつ、同情混じりに呟いた俺の背後。

 ふわふわと宙に浮いてる三人の美女達が――。


「きゃははは! こーちゃんをいぢめようたってそーはいかないわよ、このうすらクズども!」

「そうね。魔女の血を引く大事なプリンスだもの。全力で守ってあげなくちゃね」

「ってかお姉ちゃん達、やりすぎなんじゃ……」


 タカビーに勝ち誇っているキャナとメイちゃんの後ろで、青くなっているミナちゃん。


「あのさ、三人とも」

「ん? なぁに、こーちゃん?」

「それ、さっさと返してこいよ……」


 三人が乗っかっているのは、カネ婆宅の雨戸。

 親父にメイちゃん、ミナちゃんは今もカネ婆の家に転がり込んでいる。

 ご近所の話では、どうも離婚して戻ってきた息子とその娘二人という設定になっているらしい。

 どんだけ利用されてんだよ、カネ婆。




 と、多少周囲は賑やかになったようだが、キャナと俺は以前のように二人暮らし。

 変わったことといえば、彼女が朝ちゃんと起きるようになったこと。

 それに俺の弁当を作ろうと料理を覚え始めたことだろうか。


「いいよ、別に。それくらい、自分でできるし」


 しかしキャナはかぶりを振り


「ううん! 今からちゃんと身につけなくちゃ! あたし達のコがガッコーとかに通うようになったら、作ってあげなきゃ可哀相でしょ。親の愛情の分だけ、子供は育つの!」


 最終目的はそこかい。

 ってか、あと何年後の話をしてるんだよ。

 が、どうも思ったように上手くはできないようで


「あーん! 真っ黒になっちゃったよぉ! こーちゃーん!」


 何か臭いと思ったら、卵焼きが炭化しとるし。

 ま、火事にならん程度に頑張れ。


「そういやキャナ、学校に来たいとか言ってなかったっけ?」


 ふと思い出して訊いてみた。

 あれからしばらくして、またメイちゃんが学校に通い始めたのだ。

 広域催眠がかかっているとはいえ、やっぱり彼女は大人気。

 しかし前のようにメイちゃんの暴走は止まらず、毎日男子生徒数人がこんがり焼かれて保健室に運ばれ、その都度学校中が停電を起こしていた。

 キャナは不器用な手つきでタマゴを割りながら


「うん、行ってみたいとは思うケド……。でもあたし、ひとづま、ってヤツでしょお? だからぁ、ガッコーに行ったらおかしいかなぁって……わあ! 塩のフタがとれちゃった!」


 人妻などという微妙にエロい単語、どこで覚えてきたものやら。

 ってかキャナのヤツ、いつの間に人妻になったのだ?

 俺はまだ法的に結婚できる年齢になってないんだけどね……。

 内心でツッコミをいれつつテーブルに向かってカリカリ勉強していると、卵焼きチャレンジ三回目に失敗したキャナが瞳をうるうるさせながらやってきて


「ねーねーこーちゃん、タマゴ焼き教えてよぉ! キャナ、上手く作れないの」

「はいはい。あとで教えてやるから、もうちょっと待て」

「はーい。じゃ、待つ」


 傍で行儀よく正座してテレビを観はじめた。


『では、海外のニュースです。オーストラリアでは近年、紫外線による皮膚ガンの発生が危惧されていることから日光浴を親しむ市民が激減し――』


 ビーチで日光浴をしている水着姿の女性の映像が映し出されている。

 昔はこうだった、的なイメージ映像。


「ねーねーこーちゃん」


 キャナが俺の袖をくいくいと引っ張った。


「海」

「……」


 俺はテキストから顔を上げ、テレビの画面を見やった。

 上空から撮影された美しいコバルトブルーの海の映像。

 ――そういや、まだ行ってなかった。

 魔神に殺されかけた絶体絶命のピンチの中、俺とキャナの魂を共振させて起死回生の逆転劇を巻き起こしたきっかけ。

 二人で一緒に海を見に行こう、っていう約束。

 今思い出してみれば、あの時死んだ佐奈姉ちゃんがこっそり助けにきてくれたんじゃないかと思う。

 消えていこうとしている俺の魂を揺さぶり起こしてくれたのは、ずっと昔、佐奈姉ちゃんと海辺で遊んだ時の記憶だった。

 彼女が死ぬちょっと前の記憶。

 あのおかげで俺、忘れかけていた大切なことを思い出した。

 キャナと、必ず人間世界の海を見に行こうって約束していたんだった。

 離れ離れになってしまってからすっかり忘れかけていたけど――再会できたからには、絶対に果たしておきたい衝動がある。

 よし、行こう。

 今度こそあの日川べりで交わした約束、果たしに行こう。

 ただし――


「もう少ししたら、な。今はあんまりよろしくないんだ」

「えー? なんでなんでー? 行こーよー! キャナ、海がみたいもん!」


 幼い子供のようにダダをこねている。

 彼女、海といえば白い雲を背景に青くゆったりとさざめくシーンを想像しているらしい。

 それはまあ、そういう時もあるだろう。

 だが、今日の今は十二月。

 もうすぐクリスマスとお正月がやってくる。

 そんな季節に海なんて行こうものなら……。


「あのな、キャナ。今、海に行くと、こういう風景を見ることになるんだぞ?」


 言い聞かせつつ、携帯を開いて画面を示してやった。

 ケータイサイトで検索して見つけた、冬の日本海、的な画像。

 荒れ狂う鈍色の海原、押し寄せる大波、白く飛び散る泡。鉛色にくすんだ空を流されるカモメ。


「日本じゃなぁ、冬になると海はこんなんなっちまうんだぞ。青いどころか魔界みたいに素晴らしいグレーの世界だろ? しかも、寒い。こんな海なんか見に行った日には、恐らく凍え死に――」

「すごいすごーい! 燃える男のロマン、って感じだね、こーちゃん! 魔神とか魔界衆に立ち向かっていった時のこーちゃんみたいだよ! 力強くてステキじゃない! カッコいい!」


 ……あれ?

 喜んでる?

 燃えるロマンって、キャナ……そういう演歌的なイメージを解するココロがあったの? 

 俺はてっきり「じゃあしょうがないね」って、すんなり引き下がるものだと予想していたのだが。


「ねーねーこーちゃん、今ならその海、見れるんだよね?」

「そうだと言ったつもりだが――キャナ? 何、してんの?」


 テーブルの上のテキストやらノートを全部払い落とし、窓を全開にしているキャナ。

 彼女はテーブルを持ち上げて窓から半分ばかり外に出し


「行こ行こ! こーちゃんみたいに逞しくて強い海、見てみたいもん!」

「ちょ、ちょっと待てよ、キャナ! 今行ったら凍え死ぬって! 第一お前、そんな裸セーターみたいなカッコで外出たら――」

「心配ないない! 寒かったら炎熱魔法であったまればいいのよ! それっ!」


 ぐっと俺の手首を握って引っ張りながら、キャナは素早くテーブルに魔法をかけた。

 制止しようとするも虚しく、空飛ぶ乗り物と化したテーブルは十二月の寒空の下へと勢いよく飛び出した。


「どわああぁっ!! ちょっと待てえぇ!!」


 突き刺すような冷気にビンタされまくりの俺、必死に叫んでいるしかない。

 が、キャナは嬉しそうに


「飛ばすよぉ、こーちゃん! しっかりつかまっててね! ……あ、でも、ヘンなトコにつかまったらダメよ? 集中力が切れて墜落しちゃうから。そういうのは、帰ってからね!」

「じゃあ、今すぐ大人しく引っ返せ! 今すぐだ!」

「きゃはは、ヤだよ! こーちゃんと海見るんだもん。――それ行けぇ!」


 ――と、ほとんど無茶苦茶かつ強引な展開で、俺とキャナとのあの日の約束は無事果たされることになったのだった。  

 ただ。

 落ちれば鉛色の荒波に呑まれてそれまで、というとんでもないシチュエーションの中、キャナは


「うーん。やっぱり、これだけじゃちょっとつまんないかも」


 呟いている。

 軽く高所恐怖症の俺は彼女に背後からしっかりつかまりながら


「だろ? だから、こんな冬じゃなくてあったかくなってからって――」

「じゃないのよ。青い海はもちろん見たいけど、海だけじゃなくって、この人間世界の色んな所を見たいの。こーちゃんと一緒に! せっかくまた二人で暮らせるようになったんだし、いつも部屋の中でゴロゴロしてたらもったいないじゃない」

「……」


 そーいうコトか。

 そりゃまあ、ごもっともだな。

 魔界はどんよりして薄暗くて気分悪い世界だったけど、あっちから比べればこの人間世界、もとい地球は遥かに美しい。俺達の魂の量じゃそんなに長生きできそうもないし、どうせなら元気なうちに飛びまわれるだけ飛び回っておいた方がトクってこった。

 遠い場所は電車とか飛行機じゃないと無理だけど、近いところならこうやってキャナの魔法ですぐにやってこれる。そう考えてみると、魔法も割と便利なものだ。


「……よっしゃ! キャナ、もうじき日も暮れるし、綺麗なイルミネーションを見に行こう! それもまた、魔界にゃないものだぜ?」


 提案してやると、キャナは目を輝かせて


「いるみねーしょん? うん! 行く行く! こーちゃん、案内して! どこでも飛んでいくよ!」

「とまあ、その前に」


 いっきし! と、俺は思いっきりくしゃみを一発かましてから


「いったんアパートに戻って上着着てこよう。寒くてどうもならん」

「はいな! じゃ、一度こーちゃんの家に戻るね!」


 やれやれ。

 受験勉強もあるし、親父たちもいるし、これからなかなかハードなことになりそうな気配がするぞ。

 でも、それでいい。

 二人で楽しい時間を積み重ねた分だけ、そのあと苦しいコトがやってきても乗り越える力になる。

 死ぬまで、とことん付き合ってやろうじゃねェ?

 この魔女のおねーさまに、な。

 すると、そんな俺の気持ちが伝播したのか、キャナはひょいと振り向くなり


「ねぇ、こーちゃん! やっぱり、あたしもガッコーに行く! 一日中こーちゃんと一緒にいたいもん!」


 はいはい。

 わかりましたよ。

 それじゃ、これからの予定を変更。

 カネ婆宅に寄ってメイちゃんにキャナの制服を再生転換してもらって、ついでに広域催眠をかけなおしてもらおうかね。

 明日からのイーペー、今までよりもさらに騒がしくなるだろう。


 ……ま、いっか。



 <魔女がRe: 了>

「魔女がRe:」これにて完結いたします。といっても第一部ですけれども。

まずはここまでお目通しくださった方、わざわざお気に入り登録してくださった方、誠にありがとうございました。また、最高の評価までくださった方、御礼の申しようもありません。また、コメディのつもりがあらぬ方向へ曲がってしまったことをお詫びいたします。書き手が揺らぐとそういうことになりますので、賢明な皆様はお気をつけください。

一度どん底に落ちながらも、再生してより大きな困難に立ち向かっていくウルフルズ的にがむしゃらな若者の姿を描きたかったのです。いや、描きたくなったのです。本当はもっと日常とか学校でのドタバタや魔女三人のお色気を描きたいんですけど全体的に間延びしてきたので、キリよくシメることにしました。

なお、続編再開までには時間を頂戴します。あるいは「もういらねえコノヤロー」と罵倒されれば、書かないという選択肢もありえます。いや、フェードアウトの公算大かも・・・。

この作品、いろいろと実験やら試行錯誤の含みをもって書きました。結果やら考察はいずれ筆者ブログでご報告します。一つだけ・・・平日onlyとはいえ毎日連載はかなりキツいです。キツいですが、書き手が読み手に示せる信義誠実というのはこれに限ると思っています。もちろん、毎日書けばいいってものではありませんが。

ともかくも、貴重なお時間を割いて拙作にお目通しくださり、本当にありがとうございました!


 2010.11.21 筆者 北野鉄露


追伸:快くレーヴァを登場させてくださった神宮寺様、スペシャルサンクス!

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