その39 父と母
「ちょっと待て! いきなりんなコト言われたって、納得できねーよ!」
思わず拳でドンと卓を叩いた俺。
「だいたい、シュウが俺の親父で母さんが魔女だなんて、そんなあつらえたような設定があるかよ!? 俺の親父は飲んだくれて母さんと俺を置き去りにしたまま行方がわからなくなったって聞いたぜ?」
いささか感情的にまくし立てている俺の剣幕に、ミナちゃんは怯えている。
メイちゃんは表情を消して沈黙し、キャナは何とも言えない目をして俺を見つめている。
朝メシ時にこういうのもなんだが、俺としては黙っていられない。
かなり前、っていっても俺が小学生になってからだが……おじさんとおばさんからは、確かにそう聞いた。残された母さんが俺を育てるために必死に昼も夜も働いて身体を壊し、早死にしてしまった、と。
その話を耳にして以来、俺の親父という人間は似ても焼いても食えないクソッタレの冷血野郎だと信じ、そして個人的に憎んでいた。母さんが死ななければならなかったのは、親父という人間のせいだと思っていた。親父が母さんと俺を捨てたからだ、と。
母さんが死んだのは俺が二歳の時だったから、母さんが親父をどう思っていたのか、聞いたことはなかった。おじさんもおばさんも、その点について教えてくれたことはなかった。
ただ、母さんという人が俺のことを何よりも可愛がってくれていたっていうから、もっと一緒にいたかったと思ったことは数知れない。そのたびに寂しく思った。会えるものなら、もう一度母さんという人に会いたかった。
俺から母さんを奪い、人並みな家庭の温もりを奪ったのは親父という人間のせい。
だから、実の親父だと名乗られて真っ先にムカついた。
ムカついたけど、何がなんだかよくわからない。なぜそこに魔界だの魔女の存在が横たわっている?
そういういろんな事柄がごちゃごちゃになって混乱している俺。
石仏のように固まって俺の怒りと困惑を正面から受けていたシュウだったが
「……二人を捨てて出て行ったことにしたのは、その方が気持ちの上で割り切りがつくと思ったからさ。本当の事情はそれとは別だが、かといって今さら許してもらおうなんて虫のいいことを言うつもりはない。だから言っただろう? 殴られてもメガネをかち割られても仕方がないって」
静かに言った。
背丈がでかいから、俺を見下ろすようにしている。
レンズ越しのヤツの目は、どこか悲しそう。
「……」
まるで覚悟を決めたかのような態度を見せられれば、こっちも怒り続けるワケにいかない。俺は罵倒の言葉をぐっと呑み込んで黙った。
シュウはカップを手にしてオーリを一口飲み
「とりあえず、聞いてくれるなら話しておきたい。私とミレイと、魔界のことを。――その方がわかりやすいだろう?」
風間秀一は資産家の家庭に生まれ、何一つ不自由なく育った。
両親――俺にとってじいちゃんばあちゃんにあたる――は人として最低限の常識やモラルだけはやかましく言ったが、その他のことについては大らかそのものだったという。
そうやって育った秀一は他者に対してめったに怒りを表さない寛容な性格となった。
一方で豊かな暮らしをしていたから、幼い頃からたくさんの本を読むことができる環境にあった。
俺のじいちゃんにあたる人は無一文から商売をおこしてひと身上築き上げただけに、精力的な読書家だったのだ。ゆえに書斎に行けば何万冊もの蔵書があり、あるいはそこにない本なら頼めば買ってくれるような両親であったという。あまり身体が丈夫でなかった親父は高校生くらいまでは、本の山に埋もれるようにして過ごした。そのせいか、専門的なレベルには至らないものの、自然から科学、文学、数理、物理、歴史、民俗等々、一介の高校生としては考えられないような広い分野にわたる知識を得ることができた。
高校を卒業した親父は中堅の大学へと進学し、一人の教授と出会う。
親父に輪をかけたような博識の老教授だったが、彼は既存の学問への興味を絶って奇妙な研究に没頭していた。
人間の精神から派生するエネルギーというものが、果たして存在するのか否か。
一般市民の皆さまが耳にすれば「アタマおかしくねぇ?」と眉をひそめられてしまいそうな内容だが、あらゆる分野の学問に手を出した彼が最後に辿り着いた未開のフロンティアはそれだった。
現代科学に傾倒しすぎるでもなく、どちらかといえば多少文学青年的な肌のあった親父は老教授の研究に強い関心をもった。父親や母親があらゆる困難を乗り越えて悠々自適の境涯を得たことも、親父にとっては興味深い事実だった。要は、人間に秘められた強さというものが何であるのか、突き詰めて知りたくなったのだ。
頼み込んで研究室に所属させてもらうと、さっそく全国をあちこち歩き回り始めた。神社仏閣に歴史的建造物に史跡、霊場からパワースポットに心霊スポットの類まで、片っ端から。それというのは、教授の研究について宗教、思想、哲学といった方向から検証することを考えたのだ。老いてしまって精力的な行動が難しくなっていた教授が積極的に賛成してくれたことも、親父の背中を強く後押しした。
以来、リュック一つを背に日本中、あるいは海外にも出かけては調査に没頭した親父。
身体がめきめきと頑丈さを増し、今のように図体がでかくなったのはこのためらしい。遅れてきた成長期、みたいなものかも知れない。
大学四年間をほぼ実地踏査に費やしたものの、納得のいくような成果を得ることはできなかった。精神は人間の肉体に作用する何らかのエネルギーを宿しているであろうというところまでは何となくわかったものの、そこから一歩先に踏み込むことができない。
そろそろ現代科学の力も借りて調べてみた方がいいかも知れない。
そう考えた親父は大学卒業後も研究を続けようとしたが、ここで大きな運命の転換点を迎える。
まず、両親が相次いで死去。父親が病気で亡くなり、そのあと母親も後を追うように亡くなったのだ。
ほどなく、すっかり同志のようになっていた老教授も高齢のためこの世を去る。彼の研究を引き継ぐべく大学に残りたかったが、親父のような一学生の立場では研究室を与えてもらえる訳でもなく、どうしようもなかった。結局、大学側の了承を得て教授の研究資料を引き取らせてもらい、そのまま大学を後にした。大学側にとって、奇特な教授の研究など惜しいものではなかったようだ。
さてそれからどうするべきか途方に暮れた親父だったが、幸いなことに両親の遺してくれた財産がある。
納得がいくまでは研究を続けていくことに決めると、両親が住んでいた家や家財を処分して、自分は小さなアパートの一室を借りて暮らし始めた。
それから一年経ったある日のこと。
再びどこか遠い場所へ研究に出かけようと考えていた親父は、家の近くで倒れている一人の女性を発見する。
まだ相当に若く美しいその女性は奇異な衣装を身につけ、身体中のあちこちに傷を負っていた。
慌てて救急車を呼ぼうとすると、彼女は親父に懇願した。
「どうか、人を呼ばないでください。私の存在が知れたならば、どのようなことになるか……」
言っている意味がよくわからなかったが、放っておく訳にいかない。
仕方がないので自宅へと女性を連れて帰り、手当てをしてやった。どうもこのあたりの状況、俺とキャナのそれにそっくりかも知れない。
親父が懸命に看護したために女性は少しづつ元気になった。やがて彼女は親父の人柄を信頼して自分の素性について語って聞かせた。
「私の名前はミレイ・アルフェノ・クラッソといいます。元は魔界に住む魔族です」
親父はさすがに驚いたらしい。
魔界や魔族などという、海外の民俗伝承に登場する架空に過ぎない存在が実在していたからだ。
ミレイいわく、魔界では数千年にわたって魔界人による魔族への迫害がひどく、しかしながらその背景には統治者である魔界府の権力抗争と、魔界人の不安定な生活事情があった。不満のはけ口は魔族という少数派へ向けられ、あちこちで罪もない魔族が残虐な暴行を加えられて殺されており、時に魔界人達は同族の者をも殺すようになっていた。
が、ミレイは
「私とて、魔界人への憤りを感じない訳ではありません。しかし、彼等は明日をも知れない貧しい生活をもう何十年何百年と続けている。これでは心が荒んでしまっても決しておかしくはないのです。せめて、大地を潤し海洋に恵を与えるだけの豊富な魔力が安定して得られるならば、全ての人々の暮らしは落ち着きを取り戻し、悲惨な殺し合いも根絶できると思うのです……」
魔界人の仕打ちを恨み復讐にいきり立つ魔族達から距離をおきつつ、安定した魔力の獲得について日夜研究を進めていたミレイ。彼女はどこまでも魔界の平和を望み、無益な殺し合いには絶対に関わらなかった。そんなミレイを白眼視する魔族もいたが、彼女は頑なに暴力を否定し続けた。
ところが、魔界人と魔族の大きな抗争が彼女の近くで勃発し、ミレイも巻き込まれてしまう。
殺し合いをやめるよう必死に説得して回る彼女の訴えに耳を傾ける者はなかった。
それどころか、逆に命を奪われかけたミレイ。
追い詰められた彼女は、ふと古い書物の中にあった記述を思い出す。
人間。
魔界とは次元を異にした空間に実在する、魂をもった存在。その容姿や生活ぶりは魔界人と何ら変わるところなく、唯一の違いは魔力を持たないこと。ただ、非常に強い向上心を持ち、その進化の速度はとても魔界の比ではない――その昔、人間世界に転移したという魔族が書き残した書物を、かつてミレイは読んだことがあった。
古代魔術の一つ、時空転移を駆使すれば人間世界へたどり着くことは不可能ではない。
ただし、時空転移は禁忌。膨大な魔力を消費するため、術者は魂のほとんどを消耗してしまうという。
ミレイは考えた。
人間は早くに殺し合いの愚を悟り、社会や暮らしを向上させることに余念がないという。
もしも人間という存在に会えたとして、彼等の助けを借りることができたなら……。
一縷の望みを託し、ミレイは時空転移の魔術を発動させる。
彼女はささやかな研究成果として「魔含石」なる鉱物に多少の魔力を蓄積させることに成功していた。キャナは魔力の代償に魂を丸ごと持っていかれたが、ミレイはその魔含石を併用することによって多少の魂を残存させることができた。
一部始終を聞いた親父は魔界や魔力のこと、そしてミレイの研究に関心をもった。
次元が異なるとはいえ、今同じこの時間に人間世界の裏側でまったく同じようにして存在する世界があるということになる。そしてその住人は目の前にいる。自分が続けてきた「精神から派生するエネルギー」という存在の定義に、魔力というものも該当するのではないかと考えた。
ミレイもまた、親父がそうした類の研究を続けてきていたことを知って驚き、同時に喜んだ。
その日から二人は互いの知識を交換し合い、一緒に研究を進めていった。
ただ、親父は魔界の平和を望むミレイの思想に強く共感していき、研究の方向性はやがて「安定した魔力の獲得とその手法」に絞られていった。ミレイはミレイで人間世界の驚異的な進歩に目を見張り、人間という存在が決して魔界人に劣るものでないことを知った。魔界人の中には人間の存在を知識として知る者はいたが、自分達よりも下等であると見なしていた。
そうして一年余りが経ち。
一つ屋根の下で意気投合した男女が暮らせば、起こるコトは起こるもので。
彼等の間に子供が生まれた。
孝四郎。俺だ。
ミレイ――その頃はもう、日本人的に美麗と名乗っていた――つまり母さんは何よりも喜んだが、同時に悟らねばならなかった。
自分の魂がもう、あとわずかであることを。
そこで親父に頼んだ。
「私の余命は幾許もありません。ですが、このままでは魔界を救うこともできないし、かといって魔界に戻ればこの子を危険に晒してしまう。秀一さん、どうか、私の代わりに研究成果を持って魔界へ行っていただく訳にはいかないでしょうか。私は母親として、命ある限りこの子を自分の手で育ててあげたいのです……」
悩んだ末、親父は母さんのたっての願いを容れた。
母さんが魔界から持ってきたありったけの魔含石はこの世界の自然の力によって多量の魔力を生成し、親父一人くらいならば何とか時空転移できそうだった。
親父は親族であるおじさんとおばさんに財産を預け、母さんと俺のことをくどいほどに頼むと――一人、魔界へ飛んだ。母さんの願いであった、魔界から殺し合いをなくし、平和をもたらすために。
――そこから先は、俺が知っている通りだ。
俺が二歳になった時、母さんの命は尽き、遺された俺はおじさんとおばさんに引き取られた。
おじさんは俺に親父がいない理由を「飲んだくれて行方不明になった」と説明した。
が、それは親父が自ら望んだことだった。
いつか俺が大きくなって父親がいない理由を知りたがった時に、わざと悪者にしてくれ、と。
母さん――美麗――を愛していた親父は、俺の心の中にいつまでも母さんの存在があって欲しいと願い、俺にとって母さんが善良なる存在となるよう、自分が悪であろうとした。
「一つだけ補足させてもらおう。色々長話を聞かせてしまったが、言い訳にするつもりはない。だから、殴るなり殺すなり、そこは孝四郎君の好きにすればいい」
シュウは長い話をそう締めくくった。
メイちゃん、ミナちゃんは身じろぎもしない。
一人、ぽろぽろと涙をこぼしているキャナ。何とか母親でありたいと願ったミレイの気持ちが伝わってきて切なくなったのだろう。
真実は、知ってみれば何のこともない。
知らないからこそ、劇的になる。劇的なものとして想像してしまう。
少なくとも、今の俺にはそうだった。
「じゃあシュウ、さっき、父親として加奈子ちゃんに謝りに行くって言ったのは……」
「まあね。私には、それくらいのことしかしてやれない。そもそも、キャナを助けるためとはいえ孝四郎君を再び戦いに巻き込んだのは私だ。知らない人に頭を下げるくらいじゃ、罪滅ぼしにもならんがね」
不器用なヤツ。
てめェ一人で全ての責任をかぶって悪者になった挙げ句、会ったこともない女の子にすら頭を下げようとしてやがった。
ふん、と鼻を鳴らし、すっかり冷めてしまったオーリを飲んだ俺。
コトリとカップを置くと
「……そういうコトはさっさと教えろよな。ちゃんと言やぁ、どうってコトねェだろうがよ」
と言って、付け加えてやった。
「バカ親父」
夏から続く、一連のドタバタ。
俺は大事なモノを失いかけたが、思いがけなくも大事なモノが二つも戻ってきた。
キャナ、そして親父。
もういいやって適当に諦めてキャナを見捨てていたらこうはならなかっただろうし、魔界衆とか魔神にやられそうになった瞬間に勇気を奮い起こさなかったら、命もなかった。
人は誰でも、諦めたくなる。
勇気をなくしそうになる。
でも、諦めないで、ほんのちょこっと勇気を出せば、がらっと変えていけるコトがある。
親父もそう。
魔界を救うためにコケの一念で研究を続けていたら、魔界の動乱がやってきて思わぬ成り行きで俺と再会することになった。
で、勇気をもって自分が父親だって名乗ってちゃんと説明したから、俺は親父と呼んでやった。
なんか、夢でも見ているみたいだ。
夢でも何でもない証拠に――すげぇ寒い。
ぶるぶる震えながら歩いていると
「寒いのか? なんなら、懐で抱いてやろうか? 孝四郎が赤ん坊の頃、私が抱っこしてやるとすごく喜んだんだぞ?」
「よせやい。大の男が道端で抱き合ってたら警察呼ばれるっての」
「そうか? 父さんは別に構わんぞ?」
「俺が構うんだよ」
人肌で暖めてもらうのは御免蒙りつつ、俺は一つだけ尋ねてみた。
これって偶然なのか?と。
そもそも、魔界から逃れてきて公園に倒れているキャナを発見したのはほとんど偶然に近い。
魔界から人間世界に転移するっていっても、この地球は果てしなくでかい。もしかすると、キャナがロシアとかアルゼンチンに転移していたかも知れないのだ。
そういう意味の質問をしてみると、
「いや、偶然でもあるまい」
親父はあっさりと答えた。
「私と美麗こそ偶然だったかも知れない。だけど、キャナと孝四郎は必然だよ。魔女の血には魔力の波長がある。キャナが転移を発動させた時、孝四郎の中にかすかに残されていた魔力の波長が彼女を呼んだんだ。だから、近くに転移してきただけじゃなく、通りかかったところでばったり出会った。世界広しといえども、魔女の血を引く人間は孝四郎ただ一人だからね」
そうか。
本当かどうか知らんが、何となく納得できなくもない。
「……親父」
「ん?」
「近いうちに、母さんの墓参りに行こう。俺、毎月ちゃんと母さんの墓に花を供えてるんだ」
言い忘れていたけど、小学生くらいの頃からずっとそうしている。
昔は金なんかなかったから近所の家の花畑から盗んでこっぴどく怒られたりしたけど、中学生になって少しづつ金の自由ができてからは花屋で花束を買っている。
「小さい頃に死に別れたから顔とか全然覚えてないけど、俺は母さんのことが好きだ。だから、今でも感謝しているよ」
別に、深い意味があったワケじゃない。ただ、事実を伝えただけのつもり。
急に親父が黙り込んでるからふと見上げると……親父、バカみたいに涙を流していた。
俺の視線に気付くと、メガネを外して手の平でごしごしと顔をこすり
「孝四郎」
「あ?」
「……ありがとう。ありがとう。美麗、絶対に喜んでいるよ」
「そうかな」
俺はさらっと返事をしたが、何となくわかったような気がした。
親父、本当に母さんのことを愛していた。
本音を言えば、母さんと俺と三人で暮らしていたかったのかも知れない。
だけど、母さんの願いに応えてやりたくもあり、もう少し言えば――これは俺の推測だけど――命が残り少ない母さんと一緒にいることに耐えられなかったのかも知れない。あえて母さんの頼みを聞いて魔界に向かったのは、母さんと死別する場面にいたくなかったからじゃないだろうか。
まあ、今となっては、だ。
俺にとって大切な人だった母さんを今でも愛している親父を粗末に扱うのは忍びない。
親父のこと、ストレートに許して正解だったような気がした。
母さんもきっと、そう望んでいただろう。
そんなこんなで俺達はボロアパートに戻ってきた。
窓から灯りが漏れている。
「ただいま……」
靴を脱いで中へあがると、狭い部屋に一人、キャナが座っていた。
こたつにも入らないで、畳の上にぺたりと座って神妙にしている。
寒いのに、俺が帰ってくるまでは温もらないでいるつもりだったらしい。
「おかえりなさ……い!?」
俺を一目見た彼女は、驚いた顔をした。
そりゃそうだろう。
ずぶ濡れだもの。
「どーしたのォ!? 転んで川に落ちた? 女の子に水かけられた?」
立ち上がっておろおろしている。
俺はへへ、とバカみたいな顔で笑いながら
「ぶーっ、どっちもハズレ。ケリをつけたのさ。これが男としての謝罪の印だよ――いっきしっ!」
「バカね、こーちゃんったら……」
目に涙を浮かべているキャナ。
俺の言う意味が理解できたらしい。
いきなり抱きついてきた。
「ありがと。こーちゃん、何度もあたしのこと助けてくれてるんだよね。何度も辛い思いして……」
身体の骨が砕けそうな抱擁を受けながら、俺はふと思い出していた。
顔も見ず、声すらかけてやらないままキャナを追い出してしまったあの日のことを。
あれから死にたくなるほど後悔したけど……今こうして、彼女は戻ってきてくれた。
いいんだよな、これで。
突き詰めれば、俺が本当に望んでいたのは、結局これだった。
キャナと一緒にいること。
「……俺が好きでやってるコトさ。好きにやらせておけばいいさ。気にしてんなよ」
やがて、ゆっくりと俺から離れた彼女は
「こんなに冷たくなっちゃって。じゃあ今日は、あたしがゆーっくりとあっためてあげるからね!」
「それはありがたいけど……その前に、風呂に入らせてくれ――いっきしっ!」
そんな俺達のやりとりを、シュウは戸口に立ってじっと見つめていたが
「じゃ、私は行くよ。あとは二人でのんびり過ごしてくれ」
「行くって、親父……魔界に帰るのか?」
尋ねると、親父はニヤッと笑って
「……魔力が足らんから帰れない。しばらく、カネ婆さんの家に厄介になるよ。メイアとミナと三人で」
またカネ婆に魔法かけんのか。
ほどほどにしとけよ。