その38 それが男というもので
「――だから、ごめん! 本当にごめん! 俺が悪かった。謝る!」
そう叫ぶように言ってがばっと頭を下げた俺。
――ここは人間世界、夜の小公園。
気流石の力で再び戻ってきた俺は、すぐに加奈子ちゃんに連絡をとって会ってもらったのだ。
たまたま魔界に乗り込んで処刑される寸前の魔女を助け出して、なんて言っても通じないだろうから「もう会えなくなるハズだった彼女が奇跡的に戻ってきた」とか何とか多少ぼかしつつ説明をしたあと、有無を言わせず謝った。
それしかない。
俺の決意を聞いたシュウやミナちゃんがあれこれアイデアをくれたが、丁重にお断りした。
こればっかりは、俺のせい。
キャナが自分で自分の不始末にケリをつけようとしたように、俺も俺のしでかしたコトは自分でケリをつけるべきだと思った。
といって、どういう方法もあったワケじゃない。
ただ、全力で謝るだけ。
無策の策? いや、策を弄したつもりは毛頭ない。
とっても人のいい加奈子ちゃん相手に策なんか用いたくはなかったから。
暗い夜の公園には、ほかに人の姿はない。ひんやりとした冷気が肌に痛い。
俺と加奈子ちゃんの間に流れていく沈黙の空気。
彼女は少しの間目を丸くして俺のことを見ていた。
が、やがて
「え? 何、言ってるの、孝四郎クン! やっだ、カン違いしてたのぉ?」
いきなりきゃたきゃたと笑い出した。
「……へ?」
「確かにさ、お父さんはああやって言ったけど、それは夜遅くに私を家まで送ってくれてることよ。お互いに告白も何もしてないのに、お付き合いできないとか言われても……ねぇ?」
よほど可笑しかったのか、人差し指で目を拭っている加奈子ちゃん。
あれ? 爆笑されておしまい?
ちょっと、拍子抜け。
なんだ。
俺の思い込みだったか。
ダサダサ。
カッコ悪い真似しちまった。なんとなく、恥かしい。
……と、思ったのだが。
よくみれば、加奈子ちゃんの目には――涙がいっぱい溜まっていた。
可笑しくて笑ったからじゃない。
本当は、やっぱり……か。
「もう、そんな……思い込みとか、しない方が……いいよ? 女の子だって、あんまり……いい気がしないし……ね」
泣き出しそうになるのを、必死に堪えているみたい。
ちょっとつつけば崩れてしまいそうな笑顔をつくるので精一杯。
どうする!?
ヘンなコトを口走ったが最後、加奈子ちゃんは泣いてしまうに違いない。
前にもこれと似たシーンがあったような気がする。
そうだった。
キャナが出て行く時だ。
女の子を泣かせてしまいそうになったら、男はどういう行動をとるべきだろう。
あの日は俺、むっつりと沈黙していたからキャナは余計に悲しかったハズ。
加奈子ちゃんとさよならするのは俺のせい。なのに、彼女を泣かせてしまったら俺はクズ以下のクズ。笑ったままでさよならできるように、なんとかしなければならない。
ちらと周囲に目線を走らせてみて、俺はあることに気がついた。
ただ謝るだけじゃなくて、誠意を見せるためにはちょうどいいのだが……これはちとツラいものがある。
が、どうのこうの言ってる場合じゃない。
こうなったら、捨て身の行動に出るまでだ。
加奈子ちゃんを泣かせたままで終わらないために!
「……加奈子ちゃん。俺を、殴ってくれ」
突然月9のドラマばりな台詞を言ったものだから彼女、びっくりしたような顔をした。
「な……殴るなんて! 孝四郎クン、何言ってるの? そんなコト、できるワケないでしょ!」
「じゃあ、殴った真似でもいいよ。遠慮なく、さぁ!」
何を言い出すんだとばかりに、不可解そうな加奈子ちゃん。
「やってくれ! 意味はすぐにわかるから!」
重ねて強く、頼んだ。
すると彼女は仕方なさそうに、おずおずと拳を突き出して
「……じゃ、殴るふり、だからね?」
俺の頬に軽く当てた。
――キタ!
とくと見てくれ。
これが俺の、加奈子ちゃんへの……全身全霊の罪滅ぼしだ!
「どわっ!」
アニメ的に大袈裟に吹っ飛んだ真似をして、体を仰け反らせた俺。
そのまま、背中からストレートに倒れこんでやった。
俺の背後には――でっかい池がある。
「ちょっ! こ、孝四郎クン!?」
加奈子ちゃんが仰天して叫んだが、もう遅い。
どばっしゃーん――
暗がりに飛び散る、派手な水しぶき。
池底の感触が気持ち悪い上に冷たいったらない。
俺は水から上がりかけの半魚人のようにざばっと立ち上がり、そして叫んだ。
「これが俺の、加奈子ちゃんへの、心からのお詫びだ! 足りないっていうんなら、もう二、三回飛び込んでやってもいい! ……ごめん! こんなバカな男を許してやってくれ!」
「……」
しばらく、呆然としていた加奈子ちゃん。
が、突然くっくっと笑い出すなり、俺に背を向けて駆け出した。
そうして十歩ばかり離れてからくるんとこっちへ向き直って
「……孝四郎クンのばーか! そんなコトやってると、女の子にモテないぞ!」
明るい声で叫びつつ、遠ざかっていった。
全身びしょ濡れで池の中に立ち尽くし、闇の中へと消えていく加奈子ちゃんの背中を見送っている俺。
これで……よかったんだよな。
十二月の寒い夜、自ら池の中へダイブ。
いささかキツかったが、それでも彼女が笑いながら去っていってくれたんだから、まあ悪い気はしない。
ただ、そうはいっても、このあと泣かないという保証はどこにもないんだけど……。
本当にごめんね、加奈子ちゃん。
恨まれても仕方がないし、最低だと罵られても仕方がない。
バカな俺には、これしかできなかった。
君に申し訳のないことをしてしまったからには――キャナのこと、一生涯大切にするよ。
俺が自分の魂をくれてやった女性だから。
「……いっっきしっ!!」
こりゃあ、アレだ。
明日は朝一で病院だな。
全身ずぶ濡れのまま、暗い夜道をとぼとぼと歩いて行く俺。
すれ違う人たちの十人が十人、俺を奇異な目で見やがる。
まあ、仕方がない。
冬だというのに、水滴らせて歩いてりゃな。入水自殺に失敗して引き上げてきた人みたいだし。
と、行く手に立つ街灯の下、人影が一つ見える。
でかくて四角い、アンバランスな影。
そいつは俺に気付くと、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「……そいつは、何の余興だ? 将来はお笑い芸人にでもなるつもりか?」
可笑しみを含んだ声で、俺に話しかけてきた。
シュウ。
街灯の光を受けたメガネがキラリと光っている。
「バカ言え。女の子と手っ取り早く別れるには、これが一番さ。身体張ってバカやるに限る」
答えつつ見上げた先で、ヤツは仕方がなさそうな笑みを浮かべていた。
ゆっくりと自分の外套を外し
「……親も親なら、子供も子供、か」
呟くように言って、俺の肩からかけてくれた。
「サンキュー、親父」
オッサン、でもオヤジ、でもない。
親父。
「……なあ、孝四郎」
「あ?」
シュウは何かを言いかけてから、一度黙った。
が、すぐに目じりを下げて
「……立派になったもんだ。私は、大声で自慢して歩きたいくらいだよ」
「じゃあ、そうしやがれ。今すぐ」
冗談交じりに言って歩き出すと、シュウも横に並んだ。
そして、いきなり
「ご町内の皆様! 風間孝四郎は、私の自慢の息子でございます!」
本当に叫びやがった。
「……バカ親父」
「バカ付きで結構。まさか、夢にも思ってなかったよ」
笑っている。
ニヤリ、とかじゃなく、じんわりと染み入るような、嬉しそうな笑顔。
「――お前に、本当に親父呼ばわりしてもらえるなんて、さ」
シュウ。
本名、風間秀一。
俺の実の親父。
話は今朝に戻る。
調査から一週間ぶりに戻ってきたシュウを交え、俺達は五人で朝メシを摂った。
初めて五人で囲む食卓。
人間世界で例えるなら、コンチネンタル風な洋食、というカテゴリになるのだろうか。
ファムという粉を練って焼いたパンのようなものに、コーヒー的な風味の飲み物、オーリ。それにサラダのような植物系生ものと、カダラなる鳥の卵を焼いた料理。
これらはミナちゃん作。ってか、いつも食事の用意は彼女がしてくれる。
キャナもメイちゃんも料理は苦手だが、ミナちゃんはとても上手。何をつくっても美味い。
「ああ、美味い! 飲まず食わずで歩き回っていたからホント、腹が減ったよ。途中で何度も倒れそうになったさ」
「だから携帯食を持っていけばって言ったのに。シュウさんってば、いつもそうなんだから」
よほど空きっ腹だったのか、美味そうに朝食にがっついているシュウを横目で眺めていた俺。
意を決して
「シュウ、頼みがある」
声をかけた。
すると彼はもしゃもしゃと咀嚼しながら
「ん? 頼み? あっちの世界に帰ることか?」
先回りして言ってきやがった。
「そりゃ、何とかならんコトもないが。それよか、もう少しゆっくりしていったらどうだ? 魂、まだ十分じゃないんだろう?」
「急いでケリつけなきゃいけないコトがあるんだよ。それが終われば、また戻ってきてもいい」
「そんなに急ぎの用事なの? おにいちゃん」
ファムを小さく千切って口に放り込みながら尋ねてきたミナちゃん。
俺はオーリ(コーヒーみたいな飲み物)をずずっとすすりつつ
「あァ。実は、さ――」
加奈子ちゃんのことを話して聞かせた。
事の次第と俺の決意をあらかじめ知っているキャナとメイちゃんは黙って食い続けているが、シュウとミナちゃんは食事の手が止まっている。
「――ってワケさ。俺はキャナに心配かけたくない。だから、一刻も早く加奈子ちゃんに謝って、コトをすっきりさせたいんだ。これは俺が招いた事態。俺が自分でケリつけなきゃならん」
「でもでも……! おにいちゃん、本当はお姉ちゃんにはもう二度と会えないと思っていたんでしょ? だったら、そんなに責任を感じなくても……そうだ!」
何か思いついたようで、ポンと手を叩いたミナちゃん。
「その人にメイアさんの催眠魔術をかけちゃえばいいのよ! おにいちゃんとは何の関係もなかったことにしちゃえばいい! そうすれば、その人もキズつかないよ」
ミナちゃんの目線が「どう?」って感じで俺に向けられている。
なるほど。
確かにそうかも知れない。
だけど――それをやってしまえば、俺は男じゃない。
そのことを遠回しに言うと
「えーっ! そしたらおにいちゃん一人悪者になっちゃうよ!」
ミナちゃんは不満気な声を上げたが、メイちゃんは黙ってにっこりと笑ってくれた。
わかってくれたみたいだな。
魔法で穏便にケリをつけようだなんて、そんな卑怯な真似は最初から考えちゃいない。俺にとって加奈子ちゃんは大事な人。彼女がいたから、俺はここまで持ち直せたと思っている。嫌われようと殴られようと、真っ向から詫びるだけだ。
昨晩寝床で俺の決意を聞いていたキャナは何も言わない。
ただ、表情がちょっと切なそう。
と、シュウがおもむろに身体全体で俺の方を向いた。
ふうっと大きく一つ息をつき
「……私が、一緒に行こう。そのコには、私がすべて説明して、謝ろう」
「……!?」
いきなり、何を言い出すんだ。
俺は慌てて
「ちょ、いいよ、来なくても! 加奈子ちゃんはシュウのことを知らないんだし、突然こんなオッサンがやってきて謝られたって、何がなんだかわからんだろーがよ」
笑いながら言ったのだが、シュウは笑わなかった。
「いいや、わかるさ。――父親が頭下げて謝るんだ。却って、わかりやすいだろう?」
……父親?
ちょっと考えてみて、何となく合点がいった。
ああ、父親のフリをして一緒についてくるっていう作戦か。
「気持ちは嬉しいけど、別に父親に成り済まさなくたっていいよ。彼女、俺に父親がいないことは知ってるし。なのに、ある日突然『実はいたんです』なんて、どっきりじゃあるまいし――」
「いるさ。ここに、その本物が」
「……!?」
俺、一時停止。
だけじゃない。
キャナにメイちゃん、ミナちゃんまで一斉にフリーズ。
「信じる信じないはまかせるよ。……私の名前は風間秀一。魔界にきたとき、本名を縮めてシュウと名乗った。ちなみに妻は風間美麗。私と彼女の間に生まれた子が孝四郎だ」
ちょっと待て。
これは一体……どういうコトだ?
何故シュウが俺の親父と母さんの名前を知っている?
ああいやいや、じゃなくって。
ついこの前知り合ったオッサンに突然「実は私は君の親父だから」って言われても「ああそうですか」って信じられるヤツがいるだろうか。いるワケがない。
一瞬、冗談を言っているのかと思った。
とはいえ、ヤツが先回りして俺の両親の名前を知ることは不可能。数ヶ月一緒に暮らしていたキャナだって、俺の両親の名前なんぞは知らない。
本当にこのオッサン――俺の親父、だっていうのか!?
「な、何ソレ? 言ってるイミが全くわからねェ。なんでオッサンが俺の親父なんだよ? シュウ、魔界の民じゃなかったのか?」
「逆さ。美麗が魔女なんだ。キャナと同じように人間世界にやってきて、私と結婚した。だから、孝四郎は人間と魔女の間に生まれた子供ということになる。人間なのは私の方だ」
「……!」
母さんが……魔女!?
俺には魔女の血が流れていたっていうのか!?
なんじゃそりゃー!!
シュウが俺の親父だったという告白だけでも衝撃なのに。
さらに母さんが魔女だったと知らされては、開いた口がふさがらない。
目を丸くしているキャナ。
ファムをかじりかけて停止しているメイちゃん。
ミナちゃんは……傾けたカップからオーリがだばだばとこぼれている。
数秒後、
「――ええぇーっ!?」
驚愕する三人の叫び声が家中にハモってこだました。
明日、明後日も更新いたします。