その27 魔界突入3
「どっ、どうしようシュウ!? なんか、手はねェのか!? ミナちゃんとかいうコはまだかよ!?」
無意識のうちに、俺の方が慌てていた。
が、シュウはすぐに落ち着き払った表情に戻り、額に手を当てて
「まあまあ。ミナに化身散開をかけてもらおうと思ったのは、それが最善策だからだ。最善策は一番いい手段ではあるけれども、必ずそれでなきゃならんっていうものではない」
その通りだ。
……で?
「ミナと合流する暇がないとすれば、やむを得ないな。――孝四郎君」
「おう」
「……このまま突っ込むぞ。一刻の猶予もない」
「……はい?」
今なんか、やぶれかぶれな発言が聞こえてきたような気が……。
このまま突っ込む!?
冗談は吉本興業!
それってとどのつまり、特攻=自殺行為じゃねェかよ。命が百個あっても足らんわ!
そういうニュアンスの抗議を唱えてみると、シュウはゆっくりと首を横に振って
「気持ちはわかる。だが、今はそれしか方法がない。あと十分もしないうちに執行人の術者達が動けないキャナ目掛けて殺傷魔法を撃つ。そうなれば、全て終わりさ。――まあ、こういうのもなんだけど、行くか行かないかは孝四郎君、君の判断に委ねるよ。命の保証ができなくなったからには、無理強いするのは忍びないからね」
「……」
ちっ。
思わず、舌打ちしてやりたくなった。
シュウが俺に俺自身の判断を預けたからじゃない。
最終的にどういう答えが返ってくるかなんてわかっているクセに、まるで俺の覚悟の程を試すような言い方をしたからだ。
さっき一応文句だけは口にしてみたけど、どうせ結論は一つしかない。
……後悔したくない。
それだけだ。
「言ってくれるじゃねェか、オッサン。俺の判断に委ねるだぁ? バカ言ってんじゃねェよ。わかりきっているコトをわざとらしく訊くのって、ムカつくんだよ」
「ふふん。じゃあ、質問するまでもない、と?」
「たりめェだ。ぐずぐず言ってるヒマがあったら、とっとと近域魔法の用意でもしやがれ」
売り言葉に対する買い言葉で言ってやったつもりだったが、シュウは笑いもせずにパッと手の平を開いて見せ
「……実はもう、用意はできている」
いつの間にやら、気流石みたいな形状をしつつもそれとは違った色の石が握られていた。
この野郎。
どこまで人をおちょくれば気が済むんだ。
またもやムカついたが、今はいったん仕舞っておこう。
キャナの命が風前の灯なんだから。
「しっかりつかまっててくれよ。素人の近域転移だから、キャナやメイアの瞬間移動のように上手くいかんからな。言ってみれば、コマ送り状態だ。振り落とされたらそれまでだぞ」
魔界の住人がよく「コマ送り」なんて言葉を知っているものだ。
ビデオとかいう文明の利器が存在するハズもないだろうに。
「……オッサン」
「なんだろう?」
「キャナを助け出したら、あんたをぶん殴ってやる。さもなきゃ、そのフザけたメガネかち割んぞ、てめー」
半分冗談半分本気で言ってやったのだが、シュウは笑わなかった。
「ま、どのみちそうなるだろうさ。それはそれで、仕方がないコトだと思っているよ。――無事、私が君にぶん殴られてメガネを割ってもらえるよう、祈るよ」
俺に、というよりほとんど独り言のように呟いた。
その意味がよくわからなかったが、考えている余裕はない。
小さな子供が父親にやるように、シュウの胴にしがみついた俺。
「じゃ、行くぞ。多少のイレギュラーは勘弁してくれよ?」
「イレギュラー? それって――」
質問しかけた途端、魔法は発動した。
動体視力を試す映像のように、目の前の景色が瞬時に切り替わっていく。
シュウの言った意味がよくわかった。
ピンポイントで一直線に転移することができないから、途中で現出してはすぐさまその先へ転移する、ということを繰り返しているのだ。
転移というこの魔法、人体という質量の大きい物質を連続した空間を飛び越えて一気に違う地点へ移動させるという荒業なだけあって相当に魔力を消費し、かつ高度なテクニックが要求されるらしい。自然から魔力を集める方法を発見したシュウといえども、彼本人に魔力が備わっているワケじゃない。だから、それを上手く一気に集約して一足飛びの転移魔法として発動させることが困難なのだ。
そういう説明を受けてはいないけれども、今までの一連の諸々から推測すれば、そういう結論になる。
簡単にいえば、どんなに便利で身体的能力を楽々補うことができるスポーツ道具が開発されたとしても、元々センスをもっている人、もしくは努力してそれなりの技術を身につけた人――プロ選手とか――には及ばない、という例えができるだろう。
瞬間的に切り替わっていく目からの情報に脳みそがついていけず、軽く酔いかけた俺。
と、連続転移がいきなり途切れた。
気がつくと、さっきいた路地より何倍もある大きな通りのど真ん中。
俺の網膜一杯に広がった、シャーロックホームズがいた時代のロンドンみたいな光景。
ただ、両側にびっしり並んでいる建物はどれもそれほど高くはなかった。ほとんどは二階建てで、たまに三階がある程度。時代劇に出てくる江戸の街を、全部石造りに置き換えるとこんな風景が出来上がるのだろうか。街全体の背が低いせいか、あまり文明的というような感じはしない。
どっちかといえば、RPGのアニメーションに出てくる街だ。
剣と鎧を装備したファイターとか、ローブに身を包んだ魔法使いがぞろ歩いてそう。
が――俺とシュウが今直面しているこの状況、そういう心躍らせるファンタジー的要素はゼロ。
俺達の行く手――多分、北側――に目をやれば、不気味な紫の空をバックにそびえ立つ奇怪な尖塔。まるで魔都全体を監視しているかのようなその塔のてっぺんで、例の「処刑の鐘」は鳴っていた。
あれが話に聞く地獄の一丁目一番地「魔界府」らしい。
光の加減なのかどうかよくわからないが、シルエットだけがやけにはっきりと見えるものの、逆光のような具合で建物の見てくれは真っ黒にしか見えない。
そして、そこから届けられる死を呼ぶ鐘の音に吸い寄せられているかのように、街の人々がふらふらと魔界府目指して歩いて行く。その数、休日の歩行者天国並みで、老若男女入り混じっている。
寒いということがないせいか、どの人も比較的薄着。
といえば聞こえはいいが、質素というよりも貧しさのためにそうしている感じ。俺の横を通り過ぎて行った若い夫婦なんか、男は腰だけを隠して上半身ハダカ、妻のほうも胸と腰下にボロみたいな布を巻いただけっていう格好。乞食そのものじゃないか。
なんだこの様相は?
魔界人って、まともに生活が成り立っているのか?
イーペーでもっとも金なしビンボーな俺だって、さすがにハダカで生活はしとらんぞ。
ってか、姿かっこう以上に異様なのは――どの人にも生気というものが全然感じられないコト。
瞳に光がなく、病んでいるというよりイッちゃってます。
そんなツラ下げてよたよたとみんな同じ方角へ歩いていく光景は、ホラー映画そのもの。
映画なら映画だと思って観られるが、これは俺が実際目にしている現実。
思わず、怖気がたった。
「シュウ、これ、これって……」
「ああ、広域催眠さ。魔族の反乱が頻繁になって以来、魔界府は必ず魔都の人々を処刑の場に立ち会わせるようにしている。見せしめと、脅しのためにな。キャナとメイアが暴れてからというもの、特に厳しくなったようだ。今日はそのキャナの処刑だもの、魔界府も気合いが入ってるんだろうなァ……」
大なり小なり魔力をもって生まれる魔界人といえども、魔界府が行使する魔法の影響から逃れることはできないらしい。
ん?
ってコトは――
「お、俺達は大丈夫なのか? 黙っていたら、広域催眠にかけられちまうんじゃ……?」
本気で心配になったが、シュウはこともなげに
「こんなもの、とっくのとうに対策済みさ。気にするまでもない。それより……」
大通りの先の方をじっと見つめてから
「魔界府広場の辺りは寄せ集められた魔界人どもでごったがえしているようだ。魔障の影響も強くなってきているから、こっから先は上手く転移できるかどうかわからん。仕方がないが一か八か、現出地点を定めないで勢いだけで発動させてみるか」
要は邪魔な人々をふっ飛ばしつつ突っ込んでいくという、ひき逃げ上等戦法。
善良(とも言い切れないが)な市民をゴミ扱いにするという点で、どんなひどい独裁者も思いつかなかったであろう最悪な戦術。
このシュウ、涼しい顔してそういう極悪非道な振る舞いに及ぼうとしてやがる。
「オッサン! あんた、アホか! んなコトやったら一般の皆さまを巻き添えにしちまうだろうし、さもなきゃとんでもないところまで吹っ飛んでいっちまうでしょーが!」
「アホとはなんだ。キャナを助けるには、君が魔封陣の中に飛び込みさえすりゃケリがつく。だから、この際細かいハナシは抜きだ。やるしかない」
「やっぱアホだ! このクソオヤジ! あんた研究者でしょーが!」
クソ呼ばわりしたからツッコミが返ってくるかと思ったが、シュウは何も言わなかった。
ヤツは無言で俺の肩に手を回してがしりとつかむなり
「孝四郎君。これが魔界のためであり、彼等魔界人のためでもあるんだ。だから、私は涙を飲んで心を鬼にして、魔界府広場を目指すことだけを考えようと思う」
「だーっ! アンタのやろうとしているコト、鬼どころの騒ぎじゃねーよ! 悪魔だ、アクマ!」
俺は力いっぱい罵ってやったが、その時にはもう転移が発動されていた。
魔界衆が魔界府の周辺に張り巡らせている魔障、つまりジャミングのような結界の力が作用していて、転移は転移と呼べるようなものじゃない。
ただ魔法の力で推進力を得て、前へ前へと突進しているに過ぎない。
あっという間に、道を一杯に埋め尽くしている人々が目の前に迫ってきたかと思うと――
「おおっと!?」
「どわあぁっ!」
絶叫しつつ、群集目掛けて突っ込んでいく俺達。
人垣をなぎ倒しふっ飛ばし、暴走して歩道に突っ込んだ乗用車状態。これが人間世界なら警察がやってきて即刻現行犯逮捕されるだろう。
ってか、それ以前の問題として……俺達は車じゃない。
俺もシュウも生身のままだから、人間サンドバッグ状態に陥っている。
腕で頭を庇うのが精一杯。
衝撃が強すぎて腕がもげてしまいそうだ。
しかし魔法の効果は衰えない。
どんどん突き進んでいって、魔界府広場までかなり接近したかと思った時だった。
身体全体にかかっていた魔法による推進力が、ふっつり消えたような感覚がした。
同時に浮力を失った俺の身体は、勢いに任せてすっ飛んでいくしかない。
「……うわっ! なんだこりゃ――」
前の方にいた人々を押し倒しつつも、体勢を立て直せない俺は地面に落っこち、石畳の上を転がっていく。
すぐ傍では、シュウも同じハメになっていた。
ようやく、停止。
痛いとかなんとかいう感想ではない。
全身の間接が外れきったようで、生まれたてのヤギとか牛みたいに力が入らなかった。
バトルアニメのキャラは、いつもこんな目に遭っていたというのか。
二次元の世界に生まれなくて良かった、俺。
「痛ってェ……。ホント考えなしだな、このヒゲオヤジは」
「君はつくづく失礼だな。そんなにヒゲが嫌いか? 剃ればいいのか? 個人的には気に入ってるんだけどな……」
「そーいう問題じゃねっつーの! 周りを見やがれ!」
そう。
これだけ派手な登場の仕方をやってのけたからには、当然の結果だ。
気が付けば、俺達はぐるりと取り込まれていた。
どいつもこいつも同じ白いローブ姿。
これって魔界衆!?
さもなくば魔装兵とかいう兵隊みたいな連中。
どのみち、そこらの魔界人よりもはるかに強い魔力をもったヤツらであることに違いはない。
一斉に魔法なんかぶっ放されたら俺達、速攻でこの世から跡形もなく消滅しちまう。
顔から血の気が引いていく音が聞こえたような気がする。
ところがシュウときたら
「いやぁ、悪い悪い。ちょっとだけ、距離が足らんかった。魔力の配分を間違えたかな」
やっちゃった、てへっ! 的にへらっと笑ってやがる。
百歩譲って女の子だったらまだいい。
ヒゲのオッサンにそーいうフザケた真似されると――すっげームカつく!
「バカ! アホ! 死ね! ヒゲ野郎!」
「ヒゲ野郎とは、ひどい」
「呑気に返してる場合か! どーすんだよ!? 囲まれてるじゃねェか!」
が、オッサンは涼しい顔のまま、何度もヒゲを撫でている。
ぐいっと背伸びをするようにして通りの先を見やりながら
「……思ったほど、遠くもないな。すぐ向こうに、キャナがいる。作戦第一段階は成功、と」
何を悠長な――ムカムカと腹が立ってきたその途端。
俺とシュウの目の前で激しいフラッシュが起きた。
魔界衆の連中がぶっ放してきた魔法の嵐を、ヤツはなんと片手一本で受け止めてやがる。
「おおぅっ!?」
「おいおい魔装兵諸君、不意討ちは勘弁してくれよ。こちとら、魔断防壁は使えないんだからさ。代わりといっちゃ何だが……」
ゴォン!
シュウの掌中に集約されていた魔力が、突然リバースした。
強大なプレッシャーをぶちかまされ、十重二十重に取り囲んでいた魔装兵が一斉に吹っ飛んだ。
海が割れて道が開けたとかいう作り話のように、魔界府広場まで一直線にスペースができていく。
「……自然から抽出された魔力は威力がでかいからねェ。むやみに撃ってこないほうがいいよ。……って、もう遅いか」
ぽりぽりとアタマを掻いてる。
つ、強えェ……このオッサン!
何も説明がなかったから知らずにいたケド、ちゃんとこういう芸当もできたんじゃねェかよ。
驚きのあまりフリーズしていると
「行くんだ、孝四郎君! 突っ込むなら、今のタイミングしかない。もうすぐ、キャナの処刑が執行されちまうぞ」
今までのすっとぼけぶりはどこへやら、かつてなく真剣な眼差しが俺に向けられている。
なんだ。
真面目になりゃ、オトコ前なイイ顔してるじゃねェか。
「承知した。んじゃ、行くぜ?」
すかさず駆け出そうとすると、
「……ちょっと待った」
「あン?」
「私はこのあたりにちょいと小細工をしかける。おっつけ加勢するが……間違っても死ぬなよ?」
何を言うかと思えば。
旅立つ子供を心配する父親みたいなカオしやがって。
でも、ちょっとホッとしたかも。
どうしてだかよくわからないケド――心の底から気遣ってくれてるっていう気がしたから。
「はいよ。あとよろしくっ!」
地を蹴った俺。
シュウにやられた魔装兵達はまだ立ち直っていない。
花道を行くように、その中央を俺は全力で突っ走っていく。
前の方を見やれば、すぐそこから先は開けている。
視界のちょうどど真ん中に、なんじゃかんじゃとけったいな刺繍の入ったローブをまとった男が俺に背をむけるようにしてお立ち台(?)の上に立っている。
多分、魔界衆のお偉いさん。
ヤツの命令一過、キャナの処刑が執行されるのだろう。
そしてその男の向こう側、がらんとした空間を挟んで見えているのは、いかにも今出来な雰囲気のでっかい石柱。柱頭には、大きな刃を模した彫刻みたいのがくっついている。ただの想像だが、罰とか裁きとか、そういう概念をイメージしたものなのだろう。センスがいいとはとても思えない。ああいうものは、見せしめの象徴に決まっている。
男とお立ち台が間にあるから俺からは見えないが、あれの下の方に――キャナが拘束されていると思っていい。
シュウの仮定に間違いがなければ、無茶して彼女の元までたどり着く必要はない。
その周囲に展開されている魔封陣の内側に一歩飛び込むだけで、俺のミッションは完了する。
あと、もうちょい!
さすがに息が上がりかけていたが、ここでへばるワケにはいかない。
ぶっ倒れるなら、魔封陣の境界=ゴールテープを通過してからだ。
――ところが。
もう数メートルという位置で、魔界衆のお偉いさんがちらとこちらと一瞥するなり
「侵入者を止めろ! 魔装兵、何をやっている!」
そう一声するなり、急に俺の行く手に数人の安物ローブども、つまり魔装兵達が立ち塞がった。
一瞬迷ったが、もう立ち止まることは許されない。
「そこをどけェ!」
叫びながら体当たり承知で突っ込んだが……魔装兵達は二人、三人と束になっているから、思ったほど簡単には破れなかった。
俺のタックルをくらったヤツこそよろめいたが、ほかのヤツらがすかさず俺につかみかかってきた。
かわそうとしたが、俺も大きく体勢を崩している。
たちまちねじ伏せられ、石畳の上に力任せに押し付けられてしまった。
「どけ、この野郎!」
振りほどこうともがいてみるものの、三人がかりじゃ歯が立たない。
一人は俺の頭を石畳にめり込まんばかりに押し付けているし、あとの二人は腕を後ろにねじ上げてがっちりキメている。
肩の間接が外れるかというくらいの激痛。
手加減を知らん連中、といいたいところだが、所詮俺は侵入者なワケで。
優しくしてもらおうとする方がどうかしている。
やっぱだめか……!
力が及ばねェ!
万事窮すとはこういうことだ。
「くっそ……この……!」
無理矢理顔を上げると、その先には――彼女の姿があった。
キャナ。
魔法で生成された巨大な円柱に、両手両脚を鎖でつながれている。
ちょうど磔にされたような感じだが、衣服がすっかりボロボロで身体を覆っていないから、ほとんど裸だった。見せしめに、そんな姿で晒されているのだ。
キズだらけの彼女は力なくぐったりとうな垂れていたが、にわかに正面が騒がしくなったのに気付いたか、顔を上げた。
「……!!」
俺の姿が目に入ったらしい。
大きく目を見開いて
「んーん! んーん!(多分、こーちゃん)」
何度も叫ぼうとした。
言葉になっていないのは、口に棒のようなものをくわえさせられ、喋れなかったからだ。
猿ぐつわ。
そこまでするか? フツー……。
百年以上生きてるかも知れないが、魔界の寿命からすれば若い女性なんだぞ!
「こンのォ! キャナを離しやがれ! 手前ェら、自分達のやってるコトがわかってんのかよ!」
数ヶ月ぶりの再会が、こんな形になるなんて。
……認めない。
俺は、断じて認めない。
このままキャナが殺されてしまったら、俺はどのツラ下げて人間の世界へ帰ればいいんだ。
もがき、叫んでみるものの、俺を取り押さえている力をどうすることも出来なかった。
そして――お立ち台の男が高々と右腕を上げた。
「執行人! 構え!」
ヤツの左右には、ずらりとローブ姿の連中が居並んでいる。
半円状にキャナを取り囲み、各々片腕を差し向けて今にも魔法を放とうとしている体勢。
処刑の執行人という役割のためか、皆頭までフードですっぽりと覆い隠していた。
「執行人! 用意!」
次の号令が魔界府広場に轟き渡った。
と、幾許もなく執行人達の差し上げられた片手に、次々と白い光が生じていく。
「んーんっ! んーんっ! んー、んんんーっ!!」
言葉まで封じられつつも、キャナは必死の形相で叫ぶことを止めない。
命乞いなんかじゃない。
彼女がそんなことをする女性でないっていうのは、俺がよく知っている。
全部、俺に向けたメッセージ。
もう無理しちゃダメ、すぐに逃げて、っていう。
「おい! 待て! 待てよ! やめろ、貴様らァ! ンなコトが、許されると思ってんのか!」
声を限りに絶叫したが、魔界人どもは誰も耳を貸さない。
「執行人、狙えっ!」
もうダメなのか!?
俺は正直、諦めかけた。
ふと顔を上げると……キャナの目線は微動だにすることなく、じっと俺に向けられている。
来てくれてありがとう。
そう言っているかのような、優しい眼差し。
もう、叫ぶことはしなかった。
覚悟、決めたんだな。
――が。
途端に俺は、心の奥底から、いても立ってもいられなくなった。
このままじゃ、キャナは……殺される!
腹を括るしかねェ。
こうなりゃ、取り押さえられている腕を引き千切ってでも、あの円陣に飛び込んでやる。
あそこにさえたどり着けば、シュウが言うには――魔封陣が暴発し、キャナの拘束は解かれる。
キャナさえ助かれば、あとはどうにかなるだろう。
もしもここで彼女を喪ったならば、俺は一生後悔するに違いない。
あの日のことがちらと脳裏を過ぎった。
俺を彼女を追い出すようにして、別れてしまった。
さよならさえ、言ってやれなかった。
本当は俺のところにいたかった筈なのにシャットアウトされ、泣く泣く去っていったキャナ。
今、守ってやらないで、いつ守ってやるんだ!?
もうあの時の二人には戻れないかも知れないけど、それでもキャナは助け出してみせる!
やぶれかぶれで後先を忘れた人間様の火事場の馬鹿力、とくと見せ付けてやろうじゃねェか!
今の俺は片割れ魂。略して片タマ。片キンじゃない。
黙っていたって、どうせ長生きできないんだし。
「手前ェら……調子に乗るのもほどほどにしとけよ……」
ぐぐぐぐっと、少しづつ力任せに身体を起こしていく俺。
「き、貴様! 大人しくしていろ!」
「……うっせェ、タコ。誰に向かって口利いてやがんだ? あァ?」
自分でもよくわからない。
その瞬間、俺は完全にキレていた。
ポーン、と時報が鳴るようにして、頭の中が真っ白くなり
「……どけコラァ!!」
突如両拳が唸りを上げ、鋭く宙を切り裂いた。
「がっ!」
「ぶふっ!?」
俺を左右から押さえ込んでいた魔装兵の顔面、思いっきり陥没。
俺様奥義神速鉄拳、名付けて「両面待ち」。
しかし、やつらの顔がぼっこり歪んだ瞬間には、俺はもうその位置にいない。
魔封陣目掛けて、死に物狂いでダッシュしていたからだ。
「こっ、この侵入者め! 止まれェ!」
別の魔装兵が俺の行く手を遮るべく立ちはだかった。
が、ヤツはすぐにたじろいだ様子を見せた。
恐らく、俺の顔が完全に阿修羅と化していたせいだろう。
「どけっつってんだァ、この野郎! 邪魔だァ!」
「べっ!!」
一撃がどこに入ったかなんて、知ったコトじゃない。
とにかく、行く手が開きさえすれば、それで良かった。
間合いさえ奪ってしまえばこの魔界人ども、すごくケンカ弱っ。
キャナをぐるりと取り囲んでいる一角で騒ぎが起こったせいか、執行人達が何事!? みたいな顔でこちらを見た。
だけど。
一番驚いたのは誰でもない、キャナだった。
いきなり荒れ狂いながら突っ込んできた俺の姿を見て驚いたような顔をしたが、すぐに
「んーん、んんんんーっ! んんんんんんーっ!」
必死な形相で何かを訴えている。
来ちゃ駄目、とでも言いたかったのかも知れない。
……おせェよ。
ここまで来ちまったし。
俺はすでに、お立ち台の横をすり抜けてしまっている。
慌てたのは、その上にいた魔界衆のお偉いさんだった。
「か、構うな! 執行人、キャナを狙え!」
「させるかぁっ!」
と、意識しうる限りの視界が、キラリと白く光ったような気がした。
キャナに向けて執行人達が魔法を発動させたのだ。
もう、脳みそも心も完全に飛んだ。
俺は思い切り地を蹴った。
魔封陣目掛けて、ロケットダイブ。
「んーん!」
ほとんど泣き出しそうに、キャナが唸った。
と、その時。
激しく首を揺り動かしたせいか、横一文字にくわえさせられていた棒が外れた。
「キャナァー!!」
「こーちゃん!! こーちゃん!!」
だだっ広い魔界府の広場に、絶叫する二人の声がハモって響き渡った。
俺とキャナ。
分かたれた魂が世界を飛び越えて再び寄り添いあったその刹那――
ズンッ……
地面が根こそぎ跳ね上がるような衝撃がきた。
間髪を容れずして空間中に満ち溢れた、視界をことごとく奪いさるほどに眩い、純白の閃光。
太陽を直視してしまったみたいに、眼球が耐えられない。
そのせいで俺は、眼前に迫りつつあったキャナの姿を見失った。
都合により数日お休みさせていただきます。
次話11/8予定でございまふ。
11/4 予定が変わりまして11/5次話掲載します。すいません(汗