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その23 変わりゆく季節

 ――時間は少し先へと進む。

 季節は変わり、夏が終わって秋がめぐってきた。

 ようやく俺も、自分の生活ペースに戻れたような気がする。

 今思えば、短い期間とはいえ魔女と暮らしていたなんて、夢を見ていたようだ。

 でも、あれは夢でも何でもなくて、キャナという一人の女性は確かにこの部屋にいた。

 彼女が使っていた服とかメモの類、ダンボール箱に納まって押し入れの中でひっそりと眠っている。いつまで残しておいていいものやらわからないが、これはいつか俺が……人間の女性と恋愛をして結婚する時がきたらお別れすることにしている。

 キャナ。

 今、彼女はどうしているのだろう。

 魔神とか魔界衆の手にかかったりしていないことを祈るしかない。

 俺が好きになった女性だから。

 いつまでも、無事でいて欲しい。

 それはともかく、俺自身もまたうかうかしていられない。

 年が明けて春がくれば、とうとう三年生。高校生活最後の一年がやってくる。

 エクスカリバーや奈々子ちゃん達の助けを借りて少しづつ勉学に精を出すようにはしているものの、かといって進路は未定のまま。夏休みにおじさんやおばさんの家に戻って相談したらば


「全部が全部はどうにもしてやれないが、大学へ進みたいなら出来る限り応援はする。だから、遠慮することはない」


 と言ってくれた。

 ありがたい。

 だけど、大学へ行くだけの金銭的な目処も立たねば、学力面での目処も立たない。

 就職というセンもちらと考えたが、俺みたいな中途半端な高卒を雇ってくれるような会社がこの世界にあるとは思えなかった。バイトじゃなくて社員として働かなくちゃこの先食っていけないけど、今の俺じゃバイト待遇が関の山。

 はてさて、どうしたものやら。

 いい思案も浮かばぬまま、気が付けば十一月も半ばを過ぎていた。

 そんなとある休日のことだった。

  


 黄色く色付いた銀杏の葉が舞い散って、アスファルトの上を埋め尽くしている。

 すっかり秋も深まった。

 人通りの多い休日の駅前。

 行き交う人達の向こう側に、一人立っている女の子の姿が見える。

 ダッシュで彼女に駆け寄って行くと


「……あ! 孝四郎クン! こっちこっち!」


 俺の姿に気付くと、手を振って見せた。


「ごめんごめん! 待っただろ? 遅刻しちまった。面目ない」

「ううん、待ってないよ? 私、ちょっと買い物してからきたの」


 ふわっと微笑んだ加奈子ちゃん。

 濃やかな気遣いのできるコ。

 バイト先で知り合った。

 明日香女子高等学校の二年生。ちなみにこの女子校、巷では「明日ジョー」とよばれている。


「さて、どこ行こう? 俺、ノープランできちまった」

「いいよ、別に。今日はお互いシフトもないし、ゆっくりお茶でもしましょ?」

「おお、了解。そうしよう」


 ――さよならも言えないままキャナと別れてからもう、四ヶ月。

 しばらくは何も手につかなかった。

 あんな別れ方しかできない自分が嫌で、死にたいくらい後悔する日が続いた。

 が、いつまでもそうしているワケにもいかない。

 俺は俺、どうしてもこの世界で生きていかなくちゃならないんだ。

 七月の初め、イーペーを守るために停学覚悟で他校生をぶっ飛ばし、やっぱり停学をくらったりした俺。が、そういう無茶だけで自分を大きく変えられるハズがない。人生はドラマと違う。

 何か、何かをしなければ。

 くだらない俺を変えるために、新しい何かを。

 悩んではみたが、これといって思いつかないまま夏休みになった。

 そんなある日、特売セールをやっている街中のスーパーへ出かけた俺は入口前の張り紙に目をとめた。

 アルバイト募集。

 そのスーパーは珍しく深夜まで営業していて、募集しているのは深夜の時間帯に働けるスタッフだった。

 夜遅くなら学校が終わってから通えるし、ついでに深夜帯だから時給もいい。

 ……これ、いいかもしれない。

 そう考えた俺は、入店するなりまっすぐ事務所へ直行した。

 すぐに威勢のいい中年のオッサンがやってきて、店長の井伊だとでかい声で名乗った。

 何となく、直弼的なオーラがなくもない。

 面接されるだろうと思っていたのだが、彼は細かい質問などは一切せず


「夜遅いけど、本当にきてくれるかい? きてくれるんなら、うちは大助かりなんだけど」

「構いません。正直、生活も苦しいんで、雇っていただけるなら助かります」

「じゃ、決まりだ! よろしく頼むよ!」


 以上。

 あっさりしすぎ。

 ってか、名前とか学校名くらい訊けよ。

 二、三日して、最初の出番日。

 出勤すると、直弼が一人の女の子を呼び寄せた。


「君と同じ品出し担当の桜庭加奈子ちゃんだ。仕事のやり方は、彼女から教わってくれ」

「桜庭です。よろしくお願いしまーす」


 ぺこりと頭を下げたショートカットのそのコは、物腰が柔らかくておっとりとした印象。

 特別美人とかナイスバディではないが、一緒にいると癒やされそう。

 柄にもなく俺、ちょっと照れた。


「かっ、風間、孝四郎です。よ、よろしくお願いします……」

「はーい」


 その日から加奈子ちゃんと俺は、ほとんど同じシフトだった。

 聞けば、二人か三人でやる業務をずっと一人でやっていたのだという。

 直弼、鬼だな。

 こんな素直でいいコを酷使してたら桜田門の前で襲われるぞ。

 俺がそのことを少し言うと、彼女はふわっと微笑んで


「うん、でも、うちのお父さんの仕事が減っちゃって、収入が大変な時なの。私、進学したいから、少しでも自分で働いてお金貯めようと思っていたところだし……だから、そうでもないよ?」


 深夜ということで、夕方みたいに混まないから会話をしながら仕事をする余裕がある。

 この時間帯にやってくるのは夜のお仕事系な人たちばかり。だからこのスーパーは酒類も取り扱っている。

 加奈子ちゃんの家は、とても家族の仲がいいらしい。

 両親と弟と、四人家族。

 その弟が来年高校受験&進学ということで、なおさら家計が大変なようだ。

 加奈子ちゃんは商品棚にカレールーを並べながら


「うちの弟ね、充っていうの。私よりも勉強も出来るし、スポーツ万能なんだ。で、第一志望が一平北なのよ。合格したら、孝四郎クンの後輩になるんだぁ。……充のこと、よろしくね?」


 嬉しそうに言った。

 洗い立てのシーツのようにまっさらで柔らかな性格の加奈子ちゃん。

 学校ではぶっきらぼうな俺も、彼女の前ではどういうワケか真っ直ぐ健全な青少年に変化せざるを得なかった。エロスケベやデラックス、ミスターが今の俺を見たら腹を抱えて爆笑するだろう。 


「あ、あァ。俺に何がしてやれるかわからないケド、もしそうなったら……ねぇ。はは」


 勤務は深夜帯だから、終わる時間は常に同じ。

 ある時、加奈子ちゃんがいつも徒歩で帰宅しているという事実を知った。


「へ? 家の人、迎えにきてくれたりとかはないの?」

「だって、帰るのって十二時を過ぎちゃうでしょう? お父さんは仕事で疲れて帰ってきているから、せめて家ではゆっくりさせてあげたいの。私の家のあたりってそんなに暗くないし、だから大丈夫」


 それはいかん。

 いつ、どこに変態が潜んでいるかわからないじゃないか。……変態とは限らないけど。

 帰る方向が同じという事情もあり、以来俺は彼女を安全圏まで送ってあげるようになった。


「え? いいよ、そんな! 夜遅いんだし、孝四郎クンも次の日学校なんだから!」


 最初、加奈子ちゃんはそう言って断ってきたが、彼女の身を案ずる俺としては引き下がれない。

 強いてエスコート……ならぬ警護してあげていると


「風間君、ね? いつもうちの加奈子がすみません。ホント、ありがとうございます!」


 ある晩、作業に手間をくっていつもより退社時間が遅くなったのできっちり自宅まで送っていってあげたらば、お母さんが挨拶に出てきて驚いた。

 加奈子ちゃんみたいに物腰が低くて穏やかそうなお母さん。

 何だか、わかるような気がする。

 この母にして娘あり、ってなカンジ。


「あ、風間です。いつもお世話になってます」


 俺も丁寧に挨拶をしてから家路についたのだが――どうもこれがために、桜庭一家は俺に対して非常な好意を抱いてくれたらしい。

 それからほどなく、あろうことか夕食によばれてしまった。

 高校に入って一人暮らしを始めて以来、家族団らんの空気なんてまるでご無沙汰の俺。

 全校生徒の前で作文を読まされる小学生のように緊張した。

 自分のじゃない人の手料理を食べるのもホント久しぶりだった。ただ、緊張しすぎて味がわからない。

 初めて会った父親という方は、広告関係の会社でデザインを担当しているのだという。

 これまた言葉遣いが丁寧で、見るからにきちんとした親父さん。


「いやぁ、風間君みたいにしっかりした高校生、今どき珍しいねぇ。こういう人が近くにいてくれれば、本当に安心できるよ。――うちの加奈子を、よろしく頼みます」


 あ……え?

 まあ、一種の社交辞令だよな、ははは……。

 よろしく頼みますだなんて言われても、プロポーズしにきたんじゃないんだから。

 しかし、この一言はさり気なく重い。

 桜庭家の俺に対する信用が思いっきり凝縮されているからだ。

 ビビってしまった俺は無意識のうちにとんかつを味噌汁に浸してから食おうとしてしまい


「それって、美味しいんですか?」


 中学生の弟さんのツッコミでハッと我に返った。

 これがホントのみそカツ……ああ、ウソです。

 姉に似て、彼もマジメで頑張り屋さん系。俺とは真逆で、反抗期というものを母親の腹の中に忘れて生まれてきたんじゃないかというくらい明るい。姉弟仲がいいのもわかる。 

 そういうこともあって何となく、加奈子ちゃんと二人で出かけたりする機会が次第に増えていった。

 ご両親公認である以上、苦情を言う人間は誰一人いない。

 といっても「お付き合いしましょう」なんていう取り交わしがあったワケじゃない。

 だから、この関係は相当微妙なモノがあるのだが――。


「ねぇ、色取通りに新しくスターバックスができたみたい。そこにしない?」

「よし。そうしよう」


 加奈子ちゃんの提案には基本的に何でも賛成の俺。

 先に立って歩き出そうとすると


「あ! 待って、孝四郎クン!」

「お?」

「今日、何の日か覚えてる……?」

「あ? 何かあったっけ?」


 今日?

 何かあったっけ?

 ……思いだせん。

 十一月二十二日だから「いい夫婦」の日? 

 わからずに首を傾げていると、加奈子ちゃんは仕方がなさそうに笑いながら


「やだ、孝四郎クン! いちばん大切なコトを忘れちゃってるのぉ? ……はい、これ!」


 袋からグレーのふかふかした真新しいマフラーを取り出すと、俺の首に巻いてくれた。

 すぐ目の前を、加奈子ちゃんの小さな頭がせわしなく動いていく。

 俺は彼女にされるがまま、マフラーを巻かれながら突っ立っている。

 丁寧に巻き終えてから一歩後ろに下がり、俺の顔の前で「ぱんっ!」と手を叩いた加奈子ちゃん。


「今日、孝四郎クンの誕生日じゃない! 自分の誕生日を忘れる人がいるかしら?」


 くすくす笑っている。

 おお!

 そういや、そうだった。

 俺も今日で十七歳か。

 もう、十七年も生きてしまったか。年は取りたくないものだ……じゃなくって!

 加奈子ちゃんからのプレゼント!?


「ごめんね、手編みじゃなくて。挑戦してみたんだけど、不器用だから失敗しちゃった。それで仕方なく買うことにしたんだけど、お母さんに怒られたの。ちゃんと前々から準備しないからでしょう、って」

 

 そう言って彼女は恥ずかしそうにうつむいた。

 俺、仰天。

 てっ、手編みにしようとしただとぉ!?


「いやいやいやいやいやいや、とーんでもない! 何をおっしゃるシンデレラ! 手摘みなんて、こんな俺ごときには百年早いよ! それよりも、これ、これ……」

「やだ、孝四郎クンてば。手摘みはお茶でしょ? 今日はなんだかヘンよ? どうしちゃったの?」


 あ、いえ、すみません。

 生まれて初めて誕生日に女の子からプレゼントもらったもんで、思わず動揺してしまいました。

 ここ最近の俺、どうも俺らしくない。

 加奈子ちゃんと一緒に過ごす時間が多くなってから、少しづつ彼女の「ふわっ」とした雰囲気の影響を受けてきているようだ。ついこの前もエクスカリバーに


「孝四郎、最近穏やかだよね。番長的な感じがすっかりなりを潜めてるけど……なんかあったの?」


 訊かれてしまった。

 そうか、これまでの俺は番長みたいに近づきにくいオーラを発していたのだな。そういうものは体臭みたいに自分じゃわからないものだ。

 実際、夏以降神速鉄拳の炸裂ゼロ日は記録を更新中だった。

 別に悪いコトじゃあないと思う。

 このおかげで、停学以来最悪だった教師達の印象も微妙に好転してきているようで


「ここのところ、よく自制しているようだな。誠によろしい」


 廊下でかち合ったナウマン象からいきなりそんなコトを言われた。

 相変わらず生高とか雲高とかセッターのヤツらはちょろちょろとうっさかったんだけども。

 しかし、加奈子ちゃんの笑顔を思い出すと、どうも手を出す気にはなれなかった。

 そういう俺からはヘンな空気がするらしく、他校生どもは気味悪がって近寄ってこないのだ。

 なんか、それもヤだな。

 まるで全身クサいヤツみたいじゃないか。

 そういやエロスケベ、えらく汗くさいとかでめっきり女の子にモテなくなったらしい。本人は練習の度に着用するユニフォーム原因説を力説しとるが、どうだかな。エロチック艦隊の旗艦もついに撃沈される時がきたらしい。

 ――とまあそれはそれとしても、俺と俺を取り巻く環境はかなり変化してきていた。

 今日は二人ともバイトが休みということもあり、お茶をして映画を観てあちこち店をみて回るという実にのんびりな時間を過ごした。

 俺は加奈子ちゃんの気持ちがこもったマフラーが嬉しくて、それを首に巻いているだけでなんともいえない幸福感を味わっていたのだけれども。


「じゃあ、また明日ね。メール、するから!」

「うん。暗いから帰り道、気をつけて」


 彼女を見送ると、俺も自宅に戻るべく歩き始めた。

 ケータイ。

 バイトを始めてからひと月ちょっとして、手に入れることができた。 

 バイトによって加奈子ちゃんとお知り合いになれたことに加え、俺の財政事情はかなり好転したからだ。給料だけでなく、残って捨てる惣菜とかこっそりくれたりするから、かなり食費を抑えられているということもある。

 ほかに無駄遣いとかしてないし、最小限の通話とメールにとどめれば何の問題もない。ひと昔前とは違って、登録した番号なら通話料は屁みたいなものだし。いい時代だ。

 おっつけ、加奈子ちゃんからメールがくるだろう。

 彼女は自宅に着くと、まるで子供が親に連絡するように


『今、帰ってきたよ。孝四郎クンも着いた?』


 とか、メールをくれるのだ。

 男一人暮らしにとって、これがどれほどの癒しになることか。

 俺は足取りも軽く、住宅街の道をてくてくと歩いて行く。

 そうして、ボロアパート近くの小公園までやってきた時だった。

 キャナと出会った、あの公園。

 まだそれほど遅い時間ではなかったが、辺りは結構暗くなっている。

 と、公園の入口からぬっとでかい人影が不意に現れた。


「……風間、孝四郎君だね?」

「……!?」

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