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その22 再生の日(後編)

(ったくよォ、何で俺が……)


 放課後。

 心の中でぶつぶつ言いながら、モップで便所の床をごしごしやっている俺。

 せっかく前向きに立ち直っていこうと決意したその日に便所掃除かよ。

 しかも一ヶ月ときた。

 ってか、もう七月だから、夏休みにかかっちまうじゃないか。

 夏休みも便所掃除に出て来いってコトなのか?

 ……ありえん。

 あとで男子便所(ややこしいが、田中のコトだ)に確認しておかなければ。

 まあ、ボロアパートにいたところで暑いだけだしするコトないし、それが世のため人のためになるなら強いて拒否ったりしないけど。

 現在、まだ四階。

 先は長いぞ。頑張れ俺! 負けるな俺! 

 帰ったらカネ婆がタマゴ一パックと肉をくれるぞ!

 みみっちいっちゃその通りだが、俺はそれを楽しみに便所の床をこすり続けた。

 期末テストが近いせいか、一年生フロアはほとんど人気がない。

 入学してから初の本格的なテストだから、みんな気合いを入れて勉強しようとしているのだろう。

 そういや俺、一年生の時ってどうしてたっけ?

 テスト勉強そっちのけで並み居る他校の不良をばったばったと沈めていたような気がする。

 今回は心を入れ替えて、ちゃんと勉強することにしよう。

 エクスカリバーも色々協力してくれていることだし。テストが終わったら『霹靂のレーヴァテイン三巻』貸してやろうかな。

 などとあれこれ考えながら作業を進めていると


「――でさぁ、手も足も出せないの。ダッサくない?」


 廊下の方から、女の子の声が聞こえてきた。

 まだ居残りしていたのがいるらしい。


「あれだよな、今どきそれがカッコいいと思ってるのかな? 昔の青春ドラマじゃないんだから、さ。俺ならさっさと逃げるけどね」


 なるほど。

 相手は男か。

 そりゃあ、居残りするワケだ。

 ってか、なんかこっちに近づいてきてるな。


「結局さぁ、たまたま二年の風間先輩が通りかかってぇ、あっという間にやっつけちゃったの。すごかったぁ、あれ! 四人をやっつけるのにたった十秒だよ! 噂には聞いてたけど、目の前で見たらやっぱすごいよね。あたし、マジでぼーぜんだもん」

「マジ!? なんか、さっき聞いたんだけど、風間先輩、確か先週も十五人くらい相手にして十人を病院送りにしたらしいぜ? で、校長に呼ばれて停学寸前だったって」


 ……ん?

 俺のハナシか?

 間違いないな。二年に風間は俺しかいない。

 噂は別に構わないけど、話がなんだかとんでもない方向に脚色されてねェ?

 まず「十秒で四人」はありえんだろ。少なくとも二十秒はかかってると思うぞ。

 それに「十五人相手に十人病院送り」って……。

 俺は某幕末マンガの無敵な剣客か!

 一度に十五人も相手にしたら、無難にこっちが即死だよ。

 ってか、ハナシの内容から察するに、女の子の方はもしかして――


「つーか、ヒロもバカだよねぇ。あのあと保健室でさ、泣きそうなカオして『ゴメン、本当にゴメン』とかっていきなり謝ってきたの。何が? って訊いたら『夏美ちゃんのコト、守ってあげられなかった』だってさ! マジ笑いそうになっちゃった! あんまりバカだからあたし、言ってやったの。――そうだよね。あんなチンピラくさい不良の三人や四人、風間先輩みたいにやっつけて欲しかったな、って」


 夏美とかいう、ヒロシと付き合っている女だ。

 しかし、なんかろくでもないヤツだな。

 てめーのことを守ろうとしてボコられた彼氏のコト、バカ呼ばわりしてやがる。

 俺のイヤーな予感、的中。

 ヒロシが熱上げてカラダ張るような値、これっぽっちもないじゃないかよ。

 見た目には清純派っぽくて浮ついた感じのしないコだったと思ったんだけど。

 やっぱ、人は見てくれで判断できないものだ。

 しかも黙って聞いていればこの女、さらっととんでもないコトを口走りやがった。


「さっきもさぁ、一緒に帰ろうって言ってきたから、ダッサい男と歩くのはイヤだって断ったの。そうしたら、どうすればいい? とか訊くからあたし、束掛七星の不良にやり返してきたらいいよ、って言ってやった。そしたらさぁあいつ、顔色変えて走って行っちゃった」

 

 ……!?

 今、何と?

 セッターの連中に仕返ししてこい、だと?

 聞き捨てならねェな。


「それ、ヤバくない? 五木、マジで行っちゃったんじゃないの?」


 男子の方は軽く焦ったらしい。

「げっ」って感じの声で言ったが、夏美は事も無げに


「いいんじゃない? ヒロがやりたいって言うんなら。――なんだかさぁ、二時間目の前に風間先輩にお礼言いに行ったんだけど、お前もう手ェ出すなみたいなコト言われたらしくて。本人的には納得いかなかったらしいよ。だから、いいって! もっかい痛い目みた方が目が覚めるんじゃない?」

「――お前、もう一回言ってみやがれ」


 たまらず飛び出した俺。

 会話に出していた人間の姿がいきなり目の前に現れたものだから、夏美と男子はぎょっとしたように立ち止まった。


「かっ、風間先輩。さ、さっきは、どうも……」


 夏美はおどおどと礼にもならない礼を口にした。

 完全に目が泳いでいる。

 そういうナメた態度が、俺の怒りに火をつけた。


「なァにがどうもだ、コラ! もっぺん抜かしてみやがれつってんだよ!」


 夏美の胸倉をつかんだ。

 俺のえらい剣幕にまずビビったのは、彼女よりも一緒にいた男子の方だった。


「せ、先輩! 落ち着いてくださいよ! 夏美ちゃん、女の子なんだし……」


 慌ててとりなそうとしているが、もう遅い。

 マジギレした俺は夏美をがくがくと揺さぶりながら 


「バカか、てめェ! 男だろうが女だろうが、言っていい事と悪い事の区別ってモンがあンだろうがよ! あのヒロシ、こいつの目の前でダッサい真似こいちまったって、すげぇヘコんでたんだぞ! それを何だと? わざわざ煽り立てるようなコト言いやがって……」


 普通のコならここまでキレられれば泣き出しそうなものだが、夏美は違った。

 露骨に不服そうなカオをしてふてぶてしく


「あたし、別にやり返して来いって煽ったワケじゃないですから。仕返しに行ったとしても、それはヒロが勝手にやったコトです」


 そこで止せばよかったが、この女は続けて


「ってか、あたしとヒロのコト、別に風間先輩にはカンケーないハナシじゃないですか。あいつを助けてもらったのは感謝しますケド、そうやってあんまりクビ突っ込まないでもらえます?」


 カチン。

 俺の中の煮えたぎるマグマ、大爆発。


「……寝言抜かしてンじゃねェぞ、コラ!」


 あふれ出した怒りはもう止められない。

 夏美の胸倉をつかんだまま力任せに引き寄せるなり、傍らの壁に「ドン」と押し付けた俺。

 女の子に対してありえない行為。暴力。それはわかっている。

 だけど、こいつだけは……腹の底から許せねェ。


「あのバカ野郎はな、お前のコトが好きだから無茶こいてんだぞ! それを何だと? あたしは知りませんだァ!? ――自分勝手もいい加減にしろよ、このクソ女!」


 人気のない廊下に俺の声がわんわんとこだましていく。

 全力で怒鳴っちまった。

 男子の方はもう、ぼーぜん。

 壁に叩きつけられた夏美は一瞬目を大きく見開いたが、続けざま真っ向から飛んできた俺のプレッシャーを受けきるだけの度胸はなかったらしい。

 見る見るその目に涙が溜まっていく。


「ひっく、ひっく、ふぇ……」


 けっ。

 所詮、口先だけのバカかよ。

 ヒロシといい夏美といい、どうしてここまでてめェのプライドお大事に考えられるんだろう。

 全部まずい方向に働いてしまっているってのが、なぜわからない!?

 ――俺もそうだったものな。

 くっだらない面子と感情に振り回されてしまったから、大事な人に悲しい思いをさせたまま別れてしまわなければならなかった。

 んなコトはあっちゃならないんだ。

 絶対に。

 が、ヒロシの野郎も、結局はそこにハマッたまま抜け出せずに夏美に踊らされてしまった。

 夏美も夏美で、自分の言う通りに踊るヒロシを面白がってみていたワケだ。

 くっだらないヤツら。

 こったら後輩どもに手を貸してやるんじゃなかった。

 セッターの連中を四人もぶっ飛ばしてしまったっていうのに――って、おい!

 ハッとなった。

 夏美をシメている場合じゃねェ!

 ヒロシのヤツ、本気でセッターのヤツらをやり返しに……!


「おい、夏美ィ! ヒロシ、ほんっとに、セッターのヤツらを潰しに行ったんだな!?」


 ほとんど泣きながら、彼女は何度もがくがくと首を振って見せた。


「……ちっ!」


 夏美をつかんでいる手を放し、俺は廊下を駆け出した。

 今朝、俺はセッターの四人をぶちのめしている。

 連中はただでさえそのコトを根に持っているというのに、追っかけでヒロシみたいなザコが挑んでいったりしたら、結果はどうなるか火を見るより明らかだ。

 間に合えばよし、さもなくば……。

 階段を一気に飛び降り飛び降りして一階までたどり着いた俺は、玄関で靴を履き替えて表に飛び出そうとしていると


「……お! 風間ァ! 便所掃除の方は、どうだ? 終わったのか?」


 男子便所(=田中)。

 まずいヤツに会っちまった。


「あーセンセ、とりあえず(四階だけは)OKっす!」


 カッコ内は省略。

 すると、男子便所はニッと白い歯を見せて


「よしよし! そうやって頑張っていれば、先生達の心証も悪くはならんからな! 明日も頼むぞォ! はははは――」

「あ、はぁ、はい……。そいじゃ、失礼しまっす!」


 あとも見ずに駆け出した。

 悪い、男子便所。

 もしかしたら俺……このあと、あんたと奈々子ちゃんの好意にドロをかけてしまうかも知れない。

 でも、そうなったとしても勘弁。

 俺は俺のスジを通すつもりだから。



 セッターのワルどもがうろつきそうな場所にいくつか心当たりがある。

 一つは、最寄り駅の駅前商店街にあるだだっ広いゲーセン。置いてあるゲームは全部古い。

 もう一つは、一つ先の駅から徒歩五分のファミレス。バイトのウエイトレスが千井(ちい)女子高等学校のキレイなコ達ばかり揃ってるってんで、セッターの野郎どもがしつこく入り浸っている。

 ちなみに千井女子は基本的にアホな女ばかりが通ってることから「痴女」という、不名誉な呼ばれ方をしている。妊娠・中絶騒ぎが絶えないから、あるイミ当たっているケド。

 が、そこの二箇所は後回し。

 ヒロシがセッターの連中の行動パターンについてそこまで把握しているとは思えない。

 彼が向かったとすれば、イーペーとセッターの間にあって、セッターの連中と遭遇しそうな場所。

 その地点を頭の中であれこれ推測しつつ、俺は走っている。

 ただ、中学と違って高校生の通学範囲はやたらと広いから、ピンポイントで狙ってもかち会うことは難しいだろう。ちょいと厄介かもしれない。

 イーペーからもっとも近い公園とか繁華街を探してみたが、ヒロシらしきヤツの姿を発見することはできなかった。


(あんにゃろー、ドコを狙って行きやがった? まさか、盛り場ンなってるゲーセンかファミレスに一人で乗り込んだりしてないだろうな?)


 ヘンな場所に足を踏み入れて袋叩きに遭わされたりしてなきゃいいが。

 イヤな想像が脳裏をよぎる。

 ここは一つ、セッターのテリトリーまで突っ込んで探した方がいいかもしれない。

 思いつつ、俺は片側二車線の車道がある、大きくてごっつい鉄橋のところまでやってきた。名前がつけられていたが、忘れた。

 キャナと夕陽を見にきた、あの川にかかっている橋。

 息を弾ませてその橋を渡ろうとした時だった。

 ふと見下ろした川べりのサイクリングロードの脇、草むらに転がっている学生服姿が俺の目に飛び込んできた。

 イーペーの制服。

 間違いない。

 土手から川べりへと降りて近寄って行くと――果たして、ヒロシが横たわっていた。

 ズタボロ。

 一見、死体のようだ。

 とてもケンカに勝った者の姿じゃない。

 このバカ、見事なまでの返り討ちをくらったらしい。

 ――間に合わなかった。


「……おい、ヒロシ! 生きてンのか、コラ!」


 傍に屈んで声をかけてみたが、返事はなかった。

 髪の毛がぐしゃぐしゃで、額やこめかみが切れている。これは得物でやられたと見ていい。

 顔全体は原型がわからないくらいえらく晴れ上がり、噴き出した鼻血が口元からノドのあたりまで真っ赤に染め上げている。前歯だって、何本かはイッてるだろう。ふと制服の袖から出ている手を見れば、あり得ない紫色に変色。何本か指の太さがおかしな事になっているのは……折れたのか、折られたのか。

 制服の上からじゃわからないが、この分だとあばらの具合も怪しい。

 本当に病院送り、か。

 あれだけ忠告したのに。

 こいつが学校を飛び出してからそれほど長い時間が経っていないと思ったが、そうだとすればこのやられ方からわかるのは――セッターのヤツら、かなりの人数で寄ってたかってヒロシを潰した。

 なにがどうしてそうなったのかはわからないが、あまりにも無残過ぎる。

 たかがこったらザコ相手に、なんでここまでやらなきゃならんのだ。これはもう、ケンカというようなモノじゃない。リンチじゃねェかよ。ケンカってのは、対等な条件でやり合うモンだ。

 身の程をわきまえなかったヒロシもヒロシだから、ストレートに怒りは湧いてこなかったけれども。

 ケガの状態がひどくて手の施しようがないから、黙ってヒロシの傍にしゃがんでいる俺。

 キズだらけのヤツを眺めていたら、このあと自分のすべきことがわかったような気がした。

 男子便所に奈々子ちゃんにナウマン象。

 申し訳ない。

 たった今から俺は――自分が正しいと信じた行動をとる。

 その前に、このバカな負傷者を病院へ連れていかねばならない。

 つっても俺、ケータイをもってないんだよな。

 誰かいないかと辺りを見回してみた。

 運よく、イーペーの男子生徒二人連れが通りかかった。

 何年生だかよくわからないが、俺は咄嗟に


「おい! お前ら!」


 大声で呼びつけてやったら、二人ははっとしたようにこっちを見た。

 ちょっとたじろいでいる。

 が、俺が同じ学校の人間だとわかったためか、慌ててこっちに駆け寄ってきた。

 俺はどっちのヤツの顔も知らなかったが、片方は俺のことを知っていたらしく


「あっ! 風間先輩!」


 声を上げた。

 なんだ、一年生か。

 図体でかいから、三年生かと思った。

 すると、もう片方の男子は「えっ!」という顔をして


「風間先輩!? あの、神速鉄拳の……?」

「あァそうだ、俺は二年の風間だ。でも、こいつは俺がやったんじゃないぜ? セッターの連中にやられたんだ。――お前ら、悪いけど救急車呼んで、こいつを病院まで頼む。……ケータイ、持ってるか?」

「は、はいっ!」

「じゃ、救急車呼ぶついでに、イーペーにも連絡してくれ。こいつは五木ヒロシ、じゃなかった弘芳ってんだ。確か一年四組だったと思う」


 手短かに必要な処置を命じてから駆け出そうとすると


「あっ、あの……俺、イーペーの職員室の番号、知らなくて……」

「んなもの、ケータイサイトで調べりゃ出てくるだろ! ぐずぐすしてたらこのボーズ、くたばるかも知らんぞ! さっさとやれ! 通話料が欲しけりゃ今度二年二組まで取りに来い!」

「はっ、はいっ! わかりました、風間先輩!」

「……よし。んじゃ、あとは頼んだぞ」


 立ち去りかけたが、一年生は不思議そうな顔をして


「あの……風間先輩、ドコ行くんです?」


 俺が二人に全部押しつけてとんずらしようとしている、とでも思ったのか、どうか。

 んなコトしねェって。


「俺か? ――こいつをやった連中を探して借りを返してくる」



 

 ポッケに手を突っ込んで道のど真ん中をのし歩いていく俺。

 まるで任侠映画かヤンキードラマの主人公。ドスも木刀も持ってないケド。

 向こうから何度かセッターの生徒がやってきたが、みんな「あ、やべ!」的に俺を避けていく。

 だろうな。

 行く手を塞ぐヤツは皆殺し、くらいの殺気全開だし。

 実際、相手になろうとするヤツがいれば問答無用でぶちのめしてやるつもりだった。が、俺が修羅か般若みたいな形相になっているものだから、近寄ることすら恐れているようだ。

 それでいい。

 無用の鉄拳は振るいたくない。

 こんなコトさえなければ、神速鉄拳は今後行使しないでおこうと思っていた。俺のために駆けずり回ってくれている奈々子ちゃんとか男子便所にすっごく申し訳ない気持ちになっていたから。

 が、そうもいかなかった。

 殺されかけたヒロシなんぞ知ったコトではないが、放っておけば今後イーペーがセッターに脅かされることになる。

 それも面白くない。

 正直イーペー自体、ちょっと勉強がお出来になるお子様の集まりで、根性のあるヤツは数えるほどもいない。ヒロシや夏美がそのいい例だ。全力で守りたくなるような学校じゃない。生高だのセッターにメタメタにされたとしても、そいつはてめーらの責任ってものだ。学校のお勉強じゃ自分の身は守れない。

 だけど。

 ほんのささやかでも守る価値――エクスカリバーとかエロスケベとか、その他もろもろ――がそこにあるんなら、全力を出すべきだ。

 キャナはそうだった。

 本当は魔界なんかどうでもいいってのに、自分達の責任だからって行っちまいやがって。

 でも……それはすごく大事なことだ。

 小さいコトだからって手を抜いたり知らんぷりしていれば、必ず大きな後悔がやってくる。

 例え無駄な労力を費やしたとしても、全力でやれば「やりきった自分」っていう結果が残る。

 ま、俺が今からやろうとしているのは所詮はケンカだし、そういう理屈付けなんて全くイミないけどな。

 それでもいい。

 くっだらないモンのためにバカみたいに必死こく。

 だから面白いんじゃないか。

 その意味においては、ヒロシだってちょっと頑張ったかも知れない。

 ヤツがただ逃げて、逃げ切れなくてつかまってボコられただけだったら、俺もここまでしようとは思わなかっただろうし。


「……ここだな」


 小さな商店街の一角、ボロっちい商店ビルの前で足を停めた俺。

 見上げれば「ゲームセンター ピーポー」なる、昭和初期みたいな看板が。

 江ノ島のスマートボール場じゃあるまいし、今どきこういうゲーセンなんて見つける方が難しいだろう。

 ってか「ピーポー」って、誰のセンスだよ。

 救急車かっ! ってツッコミを入れたくなるが、それはおいといて。

 多分、セッターの連中はこの中にいる。 

 ヒロシを短時間でボコボコにしたという状況から推測できるのは、大人数でやったということ。

 あの場からずらかった後ぞろぞろやって来るとすれば、ここ以外には考えられない。

 痴女のファミレス(イヤな表現だ)は連中が一度大勢で入店して大騒ぎをしでかして以来、警察からしつこく監視されている。そんなこともあったから、まずこっちへやって来たのだ。

 一歩踏み出すと、古びた自動ドアががくがくと開いた。

 俺はそのまま中へ入らず、店内を見回した。

 ピーテロテロテッテラテッテー……いろんなゲーム機の音がごちゃ混ぜになって、開いた入り口から一気に漏れ出してきてうるさいったらない。

 ボロいくせにやたらと広いゲーセンだから、踏み込んだ方がいいのかと思っていると――あっさり、ヤツらがいた。

 江香ほか、セッターの連中多数。

 仲間がやっている格ゲーの様子を面白そうに横から覗き込んでいた江香。

 ふと、入り口に仁王立ちしている俺の姿に気が付くと「あ!」みたいな顔をして


「お、おい! あいつだ! イーペーの風間が来てるって!」


 叫んだ。


「何ィ!? 風間!?」


 ほかのヤツらも一斉にこっちを見た。

 気付いてくれたなら、話は早い。

 俺は無言で親指を立ててあっちの方角を指し示した。

 表に出やがれ、ツラ貸せや、のサイン。

 案の定、セッターの連中が色めき立ちながらこっちへやってきた。

 俺が一人だと思って、数を頼んでいる。

 ……かかった。

 内心でほくそえんでいる俺。

 懐に武器を隠したりとかそういう卑怯な真似はしないが、勝つための戦術を用いるくらいはアリだと思っている。

 俺は先に立って歩き出した。

 ――五分後。

 ピーポーからほど近い位置にある児童小公園。

 あまり広くないスペースの中に、小さいお子ちゃま達の遊具とか砂場がいくつか点在している。

 その中央まで進んだ俺は、くるりと振り返った。

 ちょっと遅れて、あとからぞろぞろとやってきたセッターのヤツら。

 やがて、鶴翼の陣形的に(これは言い過ぎ。ただの半円状だけど)俺を取り囲んだ。

 十五歩程度の間合いがある。

 一番遠い立ち位置に江香、そしてその隣に……いかにも顔つきの悪いのが一匹。

 向こうの体勢が整ったとみた俺は、そろりと目だけを動かして人数をかぞえた。

 一人、二人、三人、四人……全部で十五人、か。

 奇遇だな。

 誰が流したか知らない噂の通りだよ。

 しかしまあ、ブレザーってのはどうも締まりが悪いな。

 中途半端に群れている中学生のようにしか見えないのだが。


「……おい、風間。今朝はうちの二年、ボコってくれたんだよな?」


 顔つきの悪いヤツが口を開いた。

 他の連中は髪を伸ばしたり染めていて今どきな若者風だが、そいつだけは短髪。

 ヤツは俺の名前を知っているようだが、俺は相手の名前を知らなかった。


「お前、誰?」

「なァにィ、てめェ!? 佐々木さんのコト、知らねェの!? お前、バカじゃね――でっ!」


 何を思ったか、大声でリーダーのPRを始めた江香。

 が、佐々木たらいう男はヤツの後頭部を「ぺーん」と一撃して


「騒ぐな、ボケ。おめェらがそうだから、あいつ一人にやられんだよ」

「すっ、すんません……」


 ぺこぺこしている江香。

 前々から思っていたけど、本当にアホだ。

 俺は佐々木に向かって


「……おい、小次郎」

「あァ? 誰が小次郎じゃい! 俺の名前は昭正だ」

「佐々木だから小次郎でいいだろうが。……うちの一年をボコったのは、ここにいる連中か?」


 訊いてみた。

 すると小次郎はニヤッと笑って


「だったら、どうする?」


 ……了解。

 それがわかれば十分だ。 


「なァ、小次郎」

「だから、昭正だっつってんだろーが! のめすぞ、てめェ!」


 やけに小次郎を嫌がるな。

 何か不愉快な思い出でもあるのだろうか。

 ヤツは「イラッ」ときているようだ。

 俺は構わずに


「お前、知ってるか? イーペー生の間で広まっている噂。なんでも、俺が他校生十五人を一人でぶちのめしたとかいうコトになっとるらしい。何がどうなってそうなった、ってカンジでワケわからんのだが」

「てめーのガッコーの噂なんか知らねェよ、カス!」

「まあ、聞けって。――ちょうどここに十五人ぴったり、いるよな?」


 言いつつ、ギラリとすごい目つきで佐々木に一瞥をくれてやった。


「……噂、真実にしてやるわ」




「じゃあこれね。余りで申し訳ないけど、良かったら使ってちょうだい」

「いやーすいませんねぇ。すっごく助かります!」


 約束通りカネ婆の家に寄ると、想定した以上の品々を賜った。

 でっかいレジ袋の中に、タマゴと豚肉のほか魚とか夏みかんとか、なんかメチャクチャ入ってるし。

 しっかりお礼を言って玄関を出ようとすると


「ああ、それから風間君」

「はい?」

「ゴミステーションの大きな袋、風間君が出したのじゃない? 業者の人がね、これじゃ回収できないからって置いていってるのよ。持って帰って、もう一度仕分けし直した方がよさそうよ」

「あれま。そいつはすいませんでした……」


 ゴミステーションの前に立った俺。

 確かに、朝俺が出した大きなゴミ袋だけがぽつんと残されている。

 特別なゴミの詰まった袋。

 キャナが残していった服とか、彼女があれこれ研究していた魔法のメモとか。

 全部、一気に処分しようと思ったのに。

 ……帰ってきちゃったのか。

 途方に暮れた俺。

 しばらくその場に佇んだまま、電柱の足元に置かれたゴミ袋を眺めていたが


「……ぷっ!」


 自分でもよくわからないけど、腹の底から可笑しみが込み上げてきた。

 しゃーねェな。

 きっと、物にキャナの念が宿っていて、ボロアパートに帰ってきたかったんだろ。

 だからゴミ収集業者の人、持って行けなかったんじゃないだろうか。

 そんな気がした。

 そこまでして俺のところにいたかったのかい。

 ごめんな。

 捨てようとしたりして。

 朝はキレイさっぱり決別してやれと思ってゴミに出したけど、今はそこまで思い詰めないくらいの余裕が心にある。

 ――俺はついさっき、セッターの十五人を完膚なきまでにぶちのめした。

 確かに相手は大人数だったが、多けりゃいいってモンじゃない。

 小公園の遊具を盾代わりに使いながら、相手を分散させて潰していく戦術に出た俺。

 作戦は成功。

 ってか、一番最初に佐々木を潰してやったから、セッターの連中はいきなり戦意を喪失しちまったんだけども。

 それからは残敵掃討。腰の抜けたザコ相手に手こずるような俺じゃない。

 バタバタとなぎ倒してやったが、何人かは病院送りになったハズ。

 今日教頭の前で自粛を誓ったばかりの俺がこういうコトをすればどうなるのか、わかりすぎるくらいわかりきっていた。

 停学。

 だけど、何の後悔もしていない。

 ってか、逆にすっきりした気分だ。

 完全勝利だったから?

 ヒロシの仇を討ってやったから?

 ……どっちも違うね。

 停学なんてリスクにビビることなく、自分が信じた正義を貫くことができたから。

 愛想尽かした男のプライドを弄んで他校生とケンカをさせた性悪女。

 そしてその女にカッコつけて見せたかったばかりにそれに乗せられ、ボコられた挙げ句病院に送られたバカ一年生。

 どっちも救えない。

 救えないから、筋を通すってのがどういうコトなのか、ヤツらに見せ付けておいてやりたかった。

 が、二人がそれに気付こうと気付くまいと、知ったコトじゃない。

 今日ヒロシを潰したセッターの連中は、放っておけば調子に乗ってイーペーの生徒達によくないちょっかいをかけてくるようになるのは火を見るより明らか。だから、俺の行動は結果的にはイーペーのためにならなくもない。

 ま、俺のためにカラダ張って敵だらけの魔界に飛び込んでいったキャナはもっともっとすごいよな。

 それを考えりゃ、停学処分なんて屁でもない。

 やりたきゃ勝手にやりゃいいさ。


(……帰ろう、キャナ。あんな部屋でよけりゃ、さ)


 よっこらしょ、とサンタクロースのようにゴミ袋を担ぎ上げ、ボロアパート目指して歩き出した俺。

 ふと見上げた空は、キレイな茜色に染まっていた。

 ――キャナ。

 俺、ちょっとはお前に近づくコトができたんだろうか。




 その後。

 結局、俺は停学処分をくらった。

 セッター軍団十五人を叩きのめした翌日、朝一で面談室に呼ばれるなりナウマン象は何度も「パオーン!」と咆えた。

 奈々子ちゃんはおろおろしているし、男子便所は


「はははは……」


 いつもの笑い声が乾いている。

 俺は教師達の狼狽えぶりが面白くて、ぼへーっと眺めていた。

 奈々子ちゃんとか男子便所には、確かに申し訳ないと思う。

 だけど。

 俺は自分の振るった鉄拳は正しかったと信じている。

 黙っていたら、セッターのヤツらは間違いなく調子に乗っていただろう。

 だから、何も悔いるコトなんかない。 

 停学なんか最初から覚悟の上だし。

 ――学校とのめんどくさいもろもろがあって、それから二日後。

 俺はふらっとヒロシを見舞いに行ってみた。

 お金持ちのご家庭なのか、病室は個室をあてがわれていた。

 頭から顔から、包帯だのなんだのづくめでミイラ男状態のヒロシ。

 彼はベッドの上に上体を起こしていたが、俺が入って行ってもこちらを見向きもしない。

 病室のドアを閉めてから、入り口のところに黙って立っていると


「……話、聞きました」


 小さな声でヤツは言った。

 続けて


「僕は、頼んでませんから。誤解しないでください」


 こいつ、自分のために俺が停学くらったと言われるのが嫌みたいだ。

 もとよりそれを言うつもりはない。 

 俺はニヤニヤしながら


「たりめェだ。お前のためにやったんじゃねェよ。お前こそ、誤解してんじゃねェ」


 即答してやると、ヒロシは初めて表情を動かした。

 顔に驚きがある。


「じゃあ、何で……?」

「……やられっぱなしだと、イーペーの恥だから。それだけのコトさ」

「……」

 

 何とも言えない表情で俯きやがった。

 やっと、事の重大さに気が付いたらしい。

 わかったか。

 お前一人やられて済むようなハナシじゃなかったんだっつーの。

 軽挙妄動しやがって。

 ……お?

 今、難しい四文字熟語を使った? 俺。

 別に、こいつの感謝の言葉なんか期待ゼロだし、聞きたくもない。

 それよか昨日、駅前でばったりとタチションの山田に会ったのだが


「風間。また、お前に借りが出来たな。うちの学校じゃ、お前は英雄になってる」


 そんな表現で感謝してくれた。

 結果論ではあっても、俺の決断と行動を素直に喜んでくれているヤツらがいる。

 ほかに何を望む必要がある?

 今日ここへやってきたのは、単にヒロシのケガの具合を見ようと思っただけだ。

 とりあえず生きているみたいだし、これ以上用はない。

 そのまま病室を出ようと思ったが、もう一つだけ、ヒロシに伝え忘れていたことを思い出した。


「……お前、夏美たらいう女のコト、まだ好きなの?」


「べ、別に関係ないじゃないですか!」

「そりゃそーだ。だけど……」


 自分を賭けてもいい女なんて、そうそういるモンじゃないぜ。

 そう言ってやろうかと思ったけど、ストレート過ぎるから止めておいた。

 代わりに


「うちのガッコーの女子達はみんな、暴力に訴えない人が好きなんだと」

「え……?」


 ヤツのリアクションを確認することなく、俺は病院を後にした。

 退院したら、夏美に訊いてみな。

 カッコつけて他校生と乱闘こくのは時代遅れなんだとさ。

 ……あれ?

 ってコトは、俺も時代遅れ?

 だとしても別にいいや。

 こういう俺が俺だから。



 外は日差しが強い。

 今日も暑くなった。

 カキ氷でも買って帰ろうかな。いや、氷とシロップにしよう。自分で作ればいくらでも食える。

 気が付けば季節は、夏本番を迎えようとしていた。

おまけ


奈々子「おはよう、孝四郎クン! ちゃんと、大人しくしてた?」

孝四郎「おはよ、センセ。大丈夫、ケガさせてないって」

奈々子「……!?」


次話から怒涛の新展開!

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