その2 男子便所と聖剣とエロスケベ
――結局、俺は「便所掃除の刑」の判決を下されてしまった。
生高の連中……ではなく、キャナのせいだ。
目玉焼きがああだこうだとしつこく食い下がってくるのを何とかなだめすかして帰らせ、やっとのことで校門まで辿り着いてみれば――時計の針はとっくに八時半を過ぎ、周囲に生徒達の姿は一人もない。
が、一名ばかり、静まりかえった門の前で手ぐすねを引いて俺を待ちかまえていた者がいる。
生活指導の田中という若い男性教師。
某神拳の伝承者よろしく、あと一息で破れんばかりな紺のタンクトップと短パン姿。その下でうねうねと不気味に躍動しているのはヤツご自慢の鍛え抜かれた筋肉だ。
田中は全く意味不明な満面の笑み(キモい以外の何物でもないが)をたたえながら
「よう、風間! ちょーっとばかり、着くのが遅かったなぁ。はははは――」びしっ。
ポージングなんかキメんでいいっつーの。
朝っぱらから薄汚いコゲ色の筋肉なんか見たくもないわ。
「お、おはよう、ございます……」
隠しきれない引き笑いを浮かべて挨拶すると
「んー風間ァ! 八時半までにこの門を」コンクリートの塊を「ぺーん!」と平手で叩き「くぐれなかったということは、どういうことか……わかってるな? ん? ん?」
笑みで真横に伸びきったキモい顔をコンマ数ミリまで近づけてきやがった。
……やめい。
貴様の顔が視界に入ってくるだけで十分暑苦しいんだよ。
思わず一発いれたくなったが我慢した。
この田中、ただの筋肉オタクじゃあない。その昔、この街ではかわせるヤツがいないと言われた俺の一撃が、あっさりよけられたことがある。反撃されなかったのはラッキーだったが、どうやらヤツが途方もなく強いらしいと悟った俺は、それ以来田中の前では大人しくすることに決めた。
ちなみに田中を遠目に見てみると、胸から上が異様に発達しすぎているため体型が逆三角形っぽく見えてしまう。ゆえに、ヤツは生徒達から「男子便所」というあだ名を頂戴している。駅のトイレとかに張ってある、男子専用を示すマークのことだ。
――それはともかく、遅刻は遅刻だから仕方がない。
放課後に便所掃除の刑、確定。
俺は黙ってその判決を受諾し、教室へ向かった。
言い忘れていたが、この学校は「県立一平北(かずだいらきた)高等学校」という。
短縮すると「一平高」。
誰が言い始めたかは知らないが「イーペーコー」と呼ばれているようだ。何のことはない、麻雀の役である。
正しくは「一盃口」だけどな。まあ「生高」なんて呼ばれるよりいくらかマシだけど。
「うぃーっす……」
二年二組の教室に入って行くと、すでにホームルームは終了しており、担任が去ったあとだった。生徒達はめいめいお喋りしたり、宿題を写させてもらったりしている。
俺の座席は後ろから二列目。今のところ、まあまあなポジション。
席につくなり、背後からポンと肩を叩かれた。
「おはよう、孝四郎。遅刻なんて君らしくないなぁ。……今日に限って、生高の連中に手こずったのかい? それとも、あのキレイなおねーさんのせい?」
そう声をかけてきたのは聖乃剣治(ひじりのけんじ)という、メガネをかけたガリ勉風男子。
高校に入学してから知り合ったヤツで、他校生にからまれていたのを助けてやったのをきっかけに友達になった。俺とは何もかも真逆で、喧嘩御免な一方成績優秀、そこそこお金持ちなご家庭育ち。将来はどっかの一流大学を目指しているそうだが、この俺が知ったことではない。
ちなみにニックネームは「エクスカリバー」で、ちと長い。
聖乃剣治を短縮すると「聖剣」になることから、ゲーム好きなクラスの誰かが閃いたものらしい。切れ味鋭いヤツの頭脳にはみんな何度も世話になっているから、エクスカリバーの異名もあながちハズレじゃなかったりするのが面白い。あと、微妙にウザイのもビンゴ。
「……その両方だよ、エクスカリバー君。こうも毎朝毎朝続くと、やってられねェわ……」
俺は椅子の背もたれにだらりと寄りかかり
「ま、生高のヤツらは屁でもねェ。……それよか、キャナだな。あいつをぐずらせると手に負えないから、扱いが超ハードってワケさ」
フツーにキャナの話を口にしたのは、エクスカリバーも彼女の存在を知っているからだ。
「ふーん、そうなんだ。大変なんだねぇ。あんな美人と一緒に暮らせるなんて、僕にはそれだけで羨ましい限りだけどね……」
情けなさそうなツラでぼやいている。
いつぞや聞いた話だと、エクスカリバーは女の子と付き合った経験皆無らしい。当然、童貞。ヨゴレていないという点ではある意味これも「聖剣」だな。
ガリ勉野郎とはいえ、多少気を使えばさほど問題ない程度の見てくれはあると思われる。ただ、大学受験お大事なあまり、そういう方面にまで気が回らないようだ。もったいないハナシである。
「うぉい、コウ! 遅かったじゃねェか! 便所掃除のお役目、ご苦労なこって!」
聖剣と話しているそばから、クラス一やかましいバカ野郎のお出まし。
「うっさいわ、ボケ! 余計な邪魔が入ったんでぃ。俺のせいじゃねーよ」
「ははーん! さては、アレだな……キャナおねーさまと朝からさんざん燃え上がったんだろ! 今朝は何発ヤッてきたんだ? え?」
卑猥な顔つきで要らんコトを口走っているこの男、男子バスケ部が誇る最低お下劣野郎集団「エロチック艦隊」の旗艦兼主砲・江口祐平という。名前も、ちょっと読み方を変えれば「エロスケベ」。しかしながらイケメンでバスケ部レギュラー&ポイントゲッターの雷鳴は伊達じゃなく、校内モテ男上位ベスト3から滑り落ちたことがない。とんでもないヤツだ。
こいつもキャナと面識がある。
ひょっこり姿を見せた彼女を一目見るなり溢れ出る性欲を抑えきれなくなり、尻を触ろうとしてガチで蹴っ飛ばされたというドアホな初対面だったかと思う。俺が止めに入らなければ、キャナは本気で江口を塵芥にしてしまっていただろう。
が。
モロ顔面にも関わらず、蹴られたエロスケベは頬を「ぽっ」と赤らめたと思いきや
「あぁ、いい! おねーさま……もっと……」
いきなり恍惚とした表情で哀願を始めやがった!
何の冗談かと思ったが、エロスケベはずりずりとキャナにすり寄っていく。
その後、殺さない程度にキャナの魔法が炸裂、ヤツがさっきの生高生達と同様の運命を辿ったことはいうまでもない。
――てなことがあって、ヤツの本性が真性ドMであると知れたワケだ。東大医学部でも救えないド変態。
であるから、この野郎にキャナとの関係をツッこまれると、ちょっとムカつかなくもない。
「……るっせェ、タコ。おめーみたいな通年発情動物と一緒にすんな」
女子生徒を取っ替え引っ替え手当たり次第、挙げ句場所を選ばずヤリまくっている江口と同等にされちゃ敵わないってものだ。校内の綺麗どころはだいたいヤツが手をつけてしまったという噂もまことしやかに囁かれているくらいだからな。
俺に関していえば、そりゃまあぶっちゃけ、キャナとエッチをしたことがないワケじゃない。
だけどそれは、彼女と出会ってからの一ヶ月間で二回だけだ。
キャナは毎日俺にべっちゃりくっついてはくるけれども、だからってヤリ放題だなんて思ったことはない。ってか、キャナに対して軽々しく手を出す気にならないのだ。
彼女が人間じゃなくて百年以上の寿命を保っている魔女だから?
……違うね。
人格も身体もまったく別々だけど、キャナの半分は――俺だからだ。
俺の分身にも等しい大切な彼女を、単なる「エッチの相手」だなんて思いたくはない。それが大きな理由っちゃ理由だ。キャナを粗末にすることは、俺自身を粗末に扱うのと同義だと、俺は思っている。
こういう言い方をしてしまうと、何が何だかさっぱりわからないだろう。
俺とキャナの複雑怪奇な関係が出来上がったいきさつについては、二人が初めて出会った日にまでさかのぼって語らなくてはいけない。
その日――九十九パーセントいきあたりばったりではあるが、俺はキャナと交わった。
瀕死の彼女に、俺の「魂の半分」をくれてやるために。
追記
途方もない勘違いに気が付きましたのでアップ後に修正してます。
気がつかれた方スミマセン・・・。