その16 メイちゃん騒動
ほうほうの体で学校に着いた俺達を、案の定な事態が待ち受けていた。
校門をくぐるなり、何やら殺気と嫉妬に満ちた視線がレーザーのように、俺を目掛けて飛ばされてきているのがわかる。
大体の察しはついている。
ここまで来る途中、メイちゃんと並んで歩いている姿を大勢の野郎どもに目撃されているからな。
ってか、俺は彼女に何ひとつアプローチなどかけていないのだが……。
メイちゃんが勝手に俺を玄関先で待ち伏せた挙げ句、後をついてきたのだという客観的事実を、誰か俺に釈明させろ!
全校集会でも校内放送でも、許されるならどこでも喋ってやるぞ!
「――コウッ! 貴様というやつはあぁっ!」
と、玄関の方から土煙とバカ声を上げながら爆走してくる汗臭いイケメンがいる。
朝っぱらから練習三昧のエロスケベ。
臭いから近寄らないでいただきたい気持ちで一杯なのだが――。
「キャナおねーさまというものがありながら、明ちゃんにまで手を出しおって! ゆるっさァん! この江口祐平様が、正義の鉄槌を――ぬおっ!?」
どこぞの伝承者よろしくかまされてきた飛び蹴りを、ひょいと避けた俺。
エロ性拳伝承者はそのまま道端の植え込みへと突っ込んで果てた。
「……おめーの場合は正義じゃなくて性技だろーがよ」
朝からアホの相手をしているヒマはないのだ。
後を振り返らず校舎の中へ急ぐ。
「じゃあ、また後でね! 風間クン!」
天使の微笑を残し、メイちゃんはクラスの女子達に囲まれながら去って行った。
彼女とはクラスが違うから、ここでお別れ。
やれやれ。
やっと災難の元凶がいなくなってくれたか……思っていると
「よォ、風間! 事情を聞かせてもらおーじゃねェ?」
「そうそう。何で天海と仲良くなっちゃってんの? カノジョ、昨日来たばっかりなのに」
上履きに履き替えたところで、背後からとっ捕まえられてしまった。
同じクラスにいる小野寺と高橋。
小野寺はデラックス、高橋はミスターのあだ名を冠されている。
服装とか外見にこだわる性格と小野寺の「でら」を掛け合わせてデラックスになり、高橋は奇妙な存在感をかもしだしているところからミスターとなったようだ。が、これはどうでもいい。
この二人はエロスケベに比べれば、まだ他人の発言に耳を傾けることができる連中ではある。
「……たまたま、住んでるところが近かったんだよ。で、通学路に他校のアホどもがうろついてるから護衛してやっただけだい。妙な誤解をするな」
するとデラックス、ため息をつきつき
「なんだソリャ? ずいぶんとまあ、うらやましいハナシだなァ、おい。確かお前んトコ、キレイなおねーちゃんが住みついてんだろ? 二刀流……じゃなくって両手に花かよ」
ある意味「二刀流」ですがね。
キャナとメイアが揃えば向かうところ敵無しだもの。
とはいっても、別にメイちゃんと何かあるワケではない。
そりゃまあ、成り行きで裸を見てしまったけれども。
「とにかくだな、お前等が妄想しているような事実は一切、ない。だから、学校中にヘンな噂を流さないでおいてくれ。ウソ八百あれこればらまかれると、めんどくさくてしゃーないんだよ」
「じゃあ仮に、だぞ? 今のお前の発言を天海が聞いても、彼女にはどういう影響もないということでいいんだな?」
ミスターのこの念押し、微妙な含みがある。
要は、校内(とは限らないが)の野郎どもがメイちゃんにモーションをかけたとしても、あと腐れはないだろうな、と質問しているようなものだ。
もしくは「メイちゃんはフリーなのか?」という意味でもある。
俺にとっちゃ知ったコトではないが、みんなは肝心な事実を知らない。
メイちゃんは魔女。
ヘタにちょっかいを出したが最後、アンコーの連中よろしくコゲてそれまでになること請け合い。
ま、そうなったところで自業自得。
キレイな花にはトゲがあると知れ。……いや、有刺鉄線か?
「んだ。一切影響はない」
即答した途端、二人の目が「きらーん」と一閃したのを、俺は見逃さなかった。
あれま。
密かに狙ってるのね。
どうなっても知らないよ。
二時間目が終わった休み時間に入ってすぐのこと。
トイレに行こうと立ち上がった時、急に校内の電気が一斉に消えた。
「あ、あれ? 停電?」
「工事とかやってんじゃないの?」
みんな、めいめい好き勝手に憶測を並べている。
が、俺は一人青くなった。
こんなタイミングで停電が起きるとすれば、原因はアレしか考えられない。
(やりやがった……)
慌てて教室を飛び出した。
まずは六組の人間にメイちゃんの居所を尋ねまくり、どうやら別棟に行ったようだとの情報を得た。
目撃した人間の話では、三組の男子がやってきて連れ出したらしい。
「サンキュー! 助かった」
礼を言いつつ駈け出そうとすると、六組の女性陣がニヤニヤしながら
「なぁに? 風間君、明ちゃんの居場所なんか訊いてどうするの? もしかして、告白?」
「だよねー。明ちゃん、すっごくカワイイし」
「早く見つけた方がよくない? さっきバドミントン部の佐藤君が誘って連れていっちゃったから、先に告白されちゃうよ?」
……たわけ。
物を尋ねた相手が悪かったわ。
「違う。断じて違う! コトは人命に関わるんだ!」
「は? 人命? 何それ?」
ワケがわからないといったカオをしている女子連中を放っておいて、俺は別棟へと急いだ。
イーペーの校舎は客に出すときのようかんみたいに本棟と別棟が並んで建っていて、渡り廊下でつながっている。本棟は普通の教室があり、別棟は美術室とか音楽室、それとか化学実験室みたいな特別教室が入っている。
だから、そういった授業がない時はあまり生徒達がうろつかないから、絶好の告白スポットとして(イーペーでは)有名なワケで。
本棟から渡り廊下を経由して別棟に行き、メイちゃんの姿を探し回った。
四階から順番に下へ向かって捜索していき、一階までやってきた俺。
階段を段飛ばしで飛び降り、廊下の角を曲がった時だった。
「……!」
果たして――メイちゃんはいた。
足元に、一人の男子が倒れている。
三組の佐藤たらいう野郎。
三暗刻の奴らを除けば、メイちゃんに言い寄ろうとして蹴散らされた最初の犠牲者。
ってか、恐らくこいつは彼女に強引な接近を試みたのだろう。
さもなくば、メイちゃんの魔法が炸裂するハズがない。
バカなヤツ。
哀れな佐藤、身体中のあちこちからぷすぷすぷす、と煙を上げながら、小刻みにぴくぴく痙攣している。
一瞬、重傷でも負った(正しくは負わされた)かと背筋が冷たくなったが
「し、し、し、し、しび……れた……」
よほどビリビリやられたのか、うわごとのように「しびれた」を繰り返してやがる。
どうやら、殺されずに済んだようだ。
軽くこんがり程度で許してもらったか。
ホッとしかけている俺の方へ、メイちゃんがゆっくりと振り向いた。
やってきたのが俺だということに気が付くと、ほんわかと微笑みを浮かべ
「まあ! 風間クン! 私のことが心配できてくれたの? ありがとう! 私は大丈夫よ」
「いや……そうじゃなくて……」
足元に倒れている野郎のコトを心配してたんだよ。
それからというもの。
休み時間が訪れる度に学校中が停電になった。
教師達は校舎の電気系設備の故障を疑って業者を呼んだようだが……根本的な問題の解決につながるハズがない。なにせ全て魔法のせいなのだから。
俺はというと、停電が起こるとメイちゃんを探して学校中を駆けずり回るハメになっていた。
恐らく大丈夫だとは思いつつ、万が一彼女が手加減を忘れてしまっていたらえらいコトだ。
人類史上初の「魔女による殺人事件」発生。
マジでシャレにならん。
それだけは避けたい……。
そんな俺の気苦労を知ってか知らずか、メイアは涼しい顔をして
「やだ、風間クンたら! そんなに心配しなくても大丈夫だよぉ」
心配させてるのは誰だよ。
ともかくも、犠牲者になった連中の命に別状がないのは何よりだが……。
――しかし。
下心丸出しの野郎どもをわざわざ気遣った行動のつもりが、いつの間にかあらぬ噂になってしまっていた。
「ねぇねぇ、二組の風間君、天海さんのことを追いかけ回しているみたいよ」
「あ、あたしそれ見た! すっごい必死なカオして『明はどこだ?』とか訊き回ってた」
燎原に火を放ったようにして、噂はあっという間に全校に広がった。
勘弁してくれ。
なぁにが悲しくて、メイちゃんの尻を追いかけ回さねばならんのだ!
事実無根だ、事実無根!
いいや、これはもう名誉毀損だろう! 裁判員の皆さまカムヒヤー!
ところが。
「ねぇ天海さん、風間君って、実際どうなのよ? ケンカだけはすっごい強いケドさ」
クラスの女子達からそう質問されたメイちゃんは、フルスマイルで即答したらしい。
「うん、風間クンのことは好きよ。私のこと、助けてくれたし」
おーい!
なんだその誤解を招くような言い方は!
ってか、すでに誤解招きまくりだし!
俺は慌てて打ち消し工作に乗り出したが、人の口に戸は立てられるモンじゃない。
彼女のコメントはどこかで曲解され、即刻「風間と天海は付き合っている」という情報に変化して校内を駆けめぐった。
その途端、
「風間ァ! 貴様、どうやって明ちゃんを落とした!?」
「俺は絶対に認めんぞォ! 天海の清純を汚しやがって!」
「全校男子の前で土下座して詫びろ! さもなくば死ね! 死刑だ!」
たちまち俺の元に殺到した野郎ども。
どいつもこいつも目が血走り、全身から禍々しい殺意と怨念と呪いが漂っている。
ってか、何で「死ね」とまで罵倒されねばならんのだ?
「だーかーらー、知らんといっとろーが! 俺はメイちゃ……ああいやいや、天海に付き合ってくれといったこともなければ、付き合ってくださいと言われた覚えもないっ! これは謀略だ! 罠だ! 貴様ら、この清廉潔白健全青少年な俺のことより根も葉もない噂を信じるのかっ!?」
「おお、噂を信じるわ! お前ならやりかねん! このド淫乱男め!」
淫乱で悪かったな。
どうせ俺はキャナとエッチしましたよ!
おねーさまとカラダを一つに合わせた甘美なひとときは死ぬまで忘れないわ!
それがどーした!?
……じゃなくって。
ダメだこりゃ。
誰も俺の無実を信じちゃくれねェ。
――で、六時間目。
ぐったりして机に突っ伏している俺に、
「……なあ孝四郎、いいのかい? 君んトコ、キャナさんがいるんじゃなかったっけ?」
エクスカリバーが心配そうに尋ねてきた。
「知るか。俺は何もしとらんつーの……」
斜め前では、エロスケベが放心状態で固まっている。
……コゲくさい。
ヤツもまた、犠牲者の一人になってしまった。
よりによって、言い寄っただけでなく、畏れ多くも彼女のG級バストに手を触れようとしたとかしないとか。
さすがに身の危険を感じたメイちゃんの電撃、やや強め。
あれ?
確かエロスケベのヤツ、女の魅力は尻と脚だとか言ってなかったっけ?
そうして不条理な一日は終わり、俺は背中に強大な殺気を感じながら学校をあとにした。
結局、俺に対する誤解は晴らせずじまい。
何でって――
「今日はありがと、風間クン! ホント、優しいのね!」
ニコニコ顔のメイちゃん。
さっさと逃げだそうとした俺を待ち伏せていた彼女、後ろにぴったりとくっついてきやがった。
これはもう、致命的。
もはやどういう言い逃れも通用するまい。
全校の男子を(何一つ悪くはないのだが)完全に敵に回した俺。
力なくとぼとぼと歩いていると、
「疲れてるみたいね? 大丈夫?」
メイちゃんが声をかけてきた。
誰のせいだと思ってるんだ。
とはいえ、あからさまに「お前のせいじゃ、ボケェー!」とか、口が裂けても言えないから
「なんだかさぁ、俺とメイちゃんが付き合ってるとかってみんな思いこんでるんだよ。誰が広めたかは知らんけど、どいつもこいつも催眠にかけられたみたいに――」
そこまで言い掛けて、俺はハッと気付いた。
「そうだ! メイちゃん、頼みがあるんだけど」
「私に? うん、できることならいいよ」
何のコトはない。
メイちゃんの「広域催眠」を全校生徒に影響させて、俺とメイちゃんとは何でもないって思いこませればいいだけのことだ。
どうしてそんな簡単な事実に気が付かなかったんだ。
が、俺の話を聞き終わった彼女は事も無げに
「ダメよ」
「いっ!? なっ、なんでェ!?」
「広域催眠は、重ねて影響させることができないのよ。一度「魔効解除」しなくちゃ。……でも、解除しちゃったら私、学校に通えなくなっちゃうし、お婆さんの家にいられなくなっちゃう。だからダメなの。ごめんね?」
「……」
それからというもの。
しばらくの間、俺は学校中の野郎連中から白眼視されつつ、肩身の狭い思いをしながら通学することを余儀なくされたのだった。
皮肉なことに、唯一温かい目で俺を見てくれたは、あのエロスケベの野郎だったのだが――
「コウ、お前もさぞかし大変だろう。だけど、あの凶暴苛烈な電撃女の魔の手から校内の男子を救えるのはコウ、お前しかいない。どうか上手く彼女を宥めて、俺達がいつも巨大な胸と天使の微笑が見られるように頑張ってくれ」
……ん?
なんだかおかしな励まし方をされているような気がするぞ。
ってかエロスケベ、いつから巨乳派に転向しやがったんだ?
強い電撃を食らったせいで脳細胞の働きがおかしくなっちまったのだろうか。
ま、こいつの脳みそは元から腐ってるケド。
ちなみに。
メイちゃん騒動が巻き起こった日の帰り、肉屋に立ち寄ると
「ああ、孝四郎君。とっといたよ。頼まれたのはこれだったよね?」
そう言っておばちゃんは、揚げたての鶏唐を差し出してくれた。
あーまあ……確かに、鶏の肉ではあるんだけど……ねぇ。
キャナが喜んで食べたからいっか。