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その14 三人の食卓

 三人で囲む食卓。

 キャナはいつもの通りとして、メイアもまた俺の作ったメシを食ってくれている。

 食材が何もなかったからちょっと後ろめたさがあったものの、気にするまでもなかったようだ。

 なぜなら


「こーちゃん、おかわりー!」


 キャナが茶碗を差し出すと


「あ、私も……」


 メイアもまた、俺の必殺「ネギめし」をおかわりしてくれるという。

 何のことはない、炊きたてのコメの上に細かく切ったネギとかつおぶしを乗せただけの代物だが。

 しかし、あなどるなかれ。

 これに醤油を垂らして食うと絶品なのである! もしくは麺つゆ、焼き肉のタレでも可。

 ネギの辛みとかつおぶしの香ばしさ、そして醤油が絶妙なバランスで白米とからむのだ。


「……はいよ。多めに炊いたから、まだおかわりはあるぜ」

「うんっ!」


 にっこり。

 これが本当のメイア。

 完全に癒し系。

 こんな可愛らしいコがついさっきまで魔神に侵されていたというのは、にわかに信じがたい。ってか、魔界にいた頃はキャナとつるんで魔界衆をバッタバッタと殲滅していたんだよな。どんなカオして破壊魔法をぶちかましていたんだろう。ちょっと想像できない。

 ところで――当然なハナシだが、メイアはちゃんと服を着ている。

 ズタボロになった制服じゃなくて、女の子らしい普段着。

 彼女はキャナが使えない類の魔法を二つばかり扱うことができた。

 再生転換と広域催眠。

 これらを使うことによって、イーペーへの潜入が可能になったのだ。

 再生転換というのは物質に対して影響を与えるもので、錬金術的にいえば再構築。物質を瞬時に分解して類似したものに構築してしまう。例えば、ボロボロの古着にこの魔法を使えば新品に近い服に再生できるし、あるいはメイアのイメージによって多少デザインをチェンジすることすら可能なのである。ただ、同等の質量という制限がつくから、パンツ一枚を毛皮のコートに変えるとかいうことはできない。ついでに、生命体を再生転換させることも不可能なようだ。

 それから広域催眠というのは、読んで字の通り。

 広い範囲の生命体に催眠をかけるという魔法。人だけでなく、犬でもバッタでも鯖でも可、らしい。

 つまり、再生転換によって制服を手に入れ、広域催眠によって教師や生徒達に自分をイーペー生だと信じ込ませたのだ。ある意味、破壊魔法よりも恐るべし、である。

 ただ、メイアのこの魔法によって俺の懸案事項が一点解決をみた。

 ――キャナの服。

 俺の服の幾つかを、キャナ仕様に転換してもらったのだ。

 これからはおじさん家から佐奈さんの服を持ち出してこなくていい。


「メイアっていいよねぇ。あたしもこういう魔法、使えるようになりたーい」


 キャナも素直に喜んでいる。

 ふわっとしたシャツとお洒落なショートパンツ姿になった彼女。

 うんうん、着たきりスズメの下着姿より全然いい。

 そのほかにも何枚か生成してもらったから、しばらくは着る物にも困らないだろう。

 正直、助かった。

 キャナがやってきてエンゲル係数うなぎ登り状態だったから、ホントに金なかったし。


「……ところで、メイアさん」

「あ、メイ、でいいよ? 私、あまかいめい、って名乗ってたよね?」


 まだその名を使うのか。

 まあ……別にいいけどさ。


「魔界には戻れないんだろ? 転移するための魔力も手に入らないし、帰ったところで居場所がないんじゃないか?」

「うん、そうなのよ」

「これからどうするんだよ? 行くアテ、あるのか?」


 キャナは俺の部屋に住みついたからいいものの、メイちゃん(以後、そのように呼ぼう)は独りきりだから当然住むところなんかないハズ。

 と、思ったのだが……。


「それが、親切な人間のお婆さんに出会ったの。私、その人に催眠をかけてしまったから、私のことを家族かなんかだと思ってるのよね。悪いかなとは思ったけど、お婆さん、独り暮らしだったみたいで、私がいると喜んでくれるの。しばらくはそこで厄介になろうかと思って」


 なんだソリャ?

 半善半悪、って感じ?

 魔法を使って騙しているのはいただけないが、独り暮らしの年寄りが相手じゃ、な。

 軽く住み込み介護みたいなものだから、まあ目をつぶっておくとするか。

 とはいえ、その婆さんがポックリ逝ったところで再生魔法じゃどうにもならないけど。


「そっか。その婆さんの家、どこにあるんだ?」

「それがね、さっき気が付いたんだけど、この近くなの」


 ほお。

 そりゃまた、因果なことで。

 近所っていっても何十軒もあるから、どのお宅か訊いたところでわからない可能性大だけど。

 メシを食い終わった俺は、ずずっとお茶をすすった。

 メイちゃんは何かを思い出そうとしていたが、急にポンと手を打って


「そうそう、思い出した。お婆さんの名前ね……大井カネさんっていった!」

「ぶっ!!」


 思わず口に含んでいたお茶を吹きだしてしまった。

 よりによってカネ婆かよ!

 あのババ……いやいや婆ちゃん、魔法で洗脳されてやがったのか……。

 どっからか仕入れてくる謎の特売情報も、もしかして魔法の力だとか?

 まあ、それは根も葉もないハナシとして。

 一緒にメシを食って心地がついたメイちゃんは、カネ婆の家へと戻っていった。

 部屋の中、俺とキャナの二人きり。

 俺はキッチンで食器洗いにとりかかろうとした。

 そしたらば、何となくキャナの様子がおかしい。

 しんみりとしたカオをしている。


「……ねぇ、こーちゃん」

「あ?」

「あたしね、もしこーちゃんが、メイアに『ここで一緒に暮らそう』とか言ったら、どうしようかと思ってたの。メイアは大事だけど、あたしは……こーちゃんと二人きりで暮らしていたかったから」


 心底安心した顔をしている。

 まあ、気持ちはわかる。

 そういうキャナの心の動き、メイちゃんに対して薄情、とかいうのはちと違う。

 彼女にとってメイちゃんは肉親を魔界衆に殺されたという同じ悲しみを背負った同志であり、同じ魔族。ほとんど運命共同体みたいにして過酷な魔界で生き延びてきた。

 だからといって、何もかも共有しあえるってワケじゃない。

 キャナにはキャナだけの、メイちゃんにはメイちゃんだけの幸福とか悲しみってものもあるのだから。

 キャナは人間の世界にやってきて、自分だけの幸福を見つけた。

 それは、百年以上魔界にいても巡り逢うことができなかったもの。

 簡単に手放したくないのは当然だ。

 そして成り行きとはいえ、それを彼女に渡したのは――俺なんだし。

 俺には、彼女の幸福を最大限守ってやる責任がある。

 相手に対して責任を感じるようなのは愛じゃない?

 知るかよ。

 恋愛プロ気取りなバカ芸能人とかの言い分なんか知ったコトじゃねェんだ。


「わかってるよ。だから、アテがあるのかは訊いたけど、ここに住めって言うつもりは最初からなかったさ」

「……ホント?」

「ウソなんか言うかよ」

 

 いきなり抱きついてきたキャナ。


「こーちゃん、だーい好き! 愛してる! ずーっと、一緒にいようね! 死ぬときも一緒よ!」


 ネコみたいにごろごろと甘えている。

 死ぬ時……ね。

 魂のボリュームが等分されてるから、恐らくそうなるだろうけど。

 まあ、あらためて思う。

 やっぱり俺、キャナのコトが好きだな。

 そのあと、成り行きながら――俺達の間でひと月ぶりに三度目が交わされた。



 翌朝。


「……火の元、よし! ガスの元栓、よし! テレビの電源、よし! ついでに……俺の身だしなみ、これはもっともよし!」


 いつものチェックを終え、俺は部屋を出た。

 六月に入ったこともあり、朝から日差しが妙に暑い。

 キャナはお休み中。

 昨晩は遅かったから、今朝は俺が起きて活動していても全然目を覚まさなかった。

 色んな意味で安心要素が増えたせいか、心おきなくお楽しみ……ってカンジだったし。

 メシはいつものように用意してあるから、起きればわかるだろう。

 カバンを肩に担いでとてとてと階段を降りていくと


「……おはよう、風間クン!」


 いきなり挨拶の声が。


「あ? メイちゃん? お、おはよ……」


 両手でカバンを持った彼女が立っていた。

 あれから再生転換したらしく、新品のようにまっさらな制服を身にまとっている。

 俺の姿を見て、にっこりと例の癒し系スマイル。


「ど、どーかしたのか? 忘れ物とか?」

「ううん、違うよぉ。風間クンと一緒に行こうと思って待ってたの。私、すぐそこに住んでるし」

「そ、そうかい」


 さり気無い風を装いつつ通りに出て歩き出すと、彼女もひょこひょこ後についてきた。

 何が嬉しいのか、にこにこしている。

 ……いかん。

 咄嗟に思った。

 あくまでも俺の直感に過ぎないが、これはどうも……あんまりいい風向きじゃない。

 もちろん、メイちゃんに好かれたとか、男目線の自分勝手な妄想にはしったワケではなく。

 言ってみれば、彼女との友好度合いが高まったことにより、周囲に色々とめんどくさいコトが巻き起こりそうな、そんな予感だ。

 神様仏様、そしてキャナ・ルーフェル様。

 どうか、俺に平穏かつ平和で幸福な夏がもたらされますように。

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