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その11 格の違い3

 あれは確か、キャナがやってきてから二週間ばかり経った頃だったろうか。

 翌日に単発のテストを控えた俺は、夕食後を終えてから(沖縄に雪が降るくらい)珍しくカリカリと勉強に勤しんでいた。

 というのも、その日学校から戻ると、いつもは寝こけているハズのキャナがテーブルに向かって何やら懸命に書き物をしている姿を発見したのだ。要らなくなったプリントの裏に、鉛筆で細々と書き込んでいる。俺にはよくわからない横文字だったが、英語の文章でも綴るようにして滑らかに書き進めていく。鮮やかなものだ。


「……なァに、やってんだ?」


 背後から覗き込むと、彼女はくりっと振り返ってにっこり笑いながら


「あ! おかえり、こーちゃん! ――あたしね、ちょっと研究してたの」

「研究? 魔法のか?」


 キャナいわく、魔法というのは生まれ持った魔力だけが実力を左右するのではないという。

 己の魔力の強弱を前提におきつつ、術の効力や発動条件、行使する環境を考慮しながら工夫を加えることで、ある程度の改善が可能になるらしい。

 魔法などは術者の素質あるのみだと思っていた俺には、初耳だった。


「へぇ、そいつはすげェじゃねェか。……で、何の魔法を研究してるんだ?」


 買ってきた魚の切り身に塩を振りながら訊いてみると、キャナはふふん、と子供が秘密を隠す時のような悪戯っぽい笑顔を見せて


「ないしょ。……でも、こーちゃんにとって悪いコトじゃないよ? これが上手くいけば、あたしとこーちゃんはずーっと、仲良く暮らしていけるんだもの」

「……そォかい。じゃ、上手くいったら教えてくれや」


 正直、俺の成績は良くない。

 授業の内容がまったく理解不能とかいうワケじゃなくて、いつもなんとなく気合いが入らなかったのだ。

 自分でも理由はよくわからないが、ちょいとだけ心当たりなのは――佐奈さんを轢き殺したのが、まだ若い大学生だったということ。飲み会の帰りに軽い気持ちでハンドルを握り、事故を起こしてしまった。車は、親から買ってもらったばかりの新車だったという。

 あとで聞けば、一流にランクされている有名大学の学生で、医者を志望していたらしい。

 お医者様になろうと思ったら、それなりのおカネと頭脳が必要なことくらい、俺にもわかる。

 ……だけど、おカネと頭脳があってもそのザマか。

 勉強学問、否定はしねェが、まったく当てにならんものだ。

 それがあるから人生を真っ直ぐ歩いて行けるかどうかなんて、まったく関係ねェよ。

 頭脳&おカネ持ちだって、酒飲んで車を運転して人殺すようなバカもいる。

 そういうことがあったから、学校の勉強なんて何に役立つんだって、思っている俺がいた。

 自分の拳の方がよほど役に立っている。

 まあ、故意に勉強怠けてるようなモンだから、それで成績がよくないってのはガッコー行かせてくれているおじさんとおばさんに悪いような気はしてたんだけども。

 ちゃんと将来の進路を決めて三年ポッキリで卒業すれば、別に学年何番の成績でなくたっていいだろうと思っちゃったりしてた。学年上位はエクスカリバーにでも狙わせておけばいいかな、なんて。

 ――でもまあ、キャナがテーブルに向かって無心にカリカリやっている姿に心を動かされてしまった。

 こーちゃんのため、か。

 要は、気持ちとか目標がどっちを向いているかが大事なのかも知れない。

 そういうガリ勉じみた作業も、向くべき方向を向いてやれば決して悪かねェなって、いう気がした。

 だから俺も、ちょっとくらいやってみる気になった。

 そうして翌日のテストに臨んだ俺。

 数日後、廊下で奈々子ちゃんに呼び止められた。

 俺のクラスの担任。まだ相当に若くて美人で、明るいから人気がある。みんなから奈々子ちゃんと呼ばれているが、イーペーで歪んだあだ名を授けられていない教師は彼女くらいなものだろう。


「孝四郎クン、聞いたよぉ! こないだのテスト、すっごい良かったそうじゃないの! 大島センセ、びっくりしてたよ!」


 きゃたきゃたと嬉しそうに、奈々子ちゃんは言った。

 まだ答案が返されてきてなかったから、俺にとっては寝耳に水。


「あ、そうすか……。バングラデシュ、じゃなかった大島先生がそんなことを……」


 バングラデシュ。

 大島という教師のあだ名。

 顔色がやったらと浅黒く、でっかい鼻がどういうワケか赤いところからバングラデシュの国旗に似ているということで命名された。

 そうして返ってきた答案をみてみると、確かに普段の三割増しの点数になっていた。

 この結果を聞いたエロスケベは落ち込んだが、エクスカリバーは手放しで喜んでくれた。こいつは俺の家庭教師を自負しているからだ。どうも、勉強のことでは放っておけないらしい。

 少しだけ、わかったような気がせぬでもない。

 ……研究とか工夫とか努力、あるいは勉強。

 自分が思っている以上に、効果があるものだ。

 ってか、よくよく考えれば、ケンカのやり方ってのは俺が自分で工夫したんだったっけ。料理とかもそうだった。そういう感じで、人間ってのは関心が向かなきゃとことんやらない生き物だが、やればそれなりにできるってこった。

 ま、キャナに触発されてやったコトだから、かなりの割合で彼女のおかげだったかもしれない。

 そのキャナは、相変わらず横文字をたくさん書き並べては


「うーん……」


 と首を捻ってばかりだったが。



 ズン、という地響きにも似た大きな唸りで、俺は遠くなりかけていた意識を呼び覚まされた。

 ハッとして目を開けた俺。

 どうやら俺のアタマん中、過去のシーンが走馬灯のように流れまくっていたらしい。

 首だけを動かして様子をうかがうと――何やらおかしなことになっている。

 キャナを囲んでいた犠魂陣の赤い光が急速に輝きを失い、替わって白い光の粒が夕陽を受けてダイヤモンドダストのようにキラキラと点滅を繰り返していた。

 ほどなく、屋上の床に滲みこむようにして赤いサークルはすうっと消えてしまった。

 一瞬、キャナの魂が完全に奪われてしまったのかと思い焦りそうになったが


「……どういうコト!? どうして犠魂陣が途中で消滅してしまうの?」


 メイアの呟きで事態を理解した俺。

 どうやら、彼女の想定外の何事かが起こりつつあるようだ。


「……調子にのるのもほどほどにしなさいよ、メイア。アンタ、犠魂陣が万能だなんて、思ってたんじゃないでしょうね?」


 顔を上げたキャナ。

 さすがにダメージは効いているみたいだが、相好には不敵な笑みが浮かんでいた。

 床に手をつき、ゆっくりと身体を起こしていく。

 

「この世界に逃れてきたあたしが、ただ食っちゃ寝して毎日過ごしてるとでも思った? こう見えてもあたし、古代魔術相伝書の全巻は読んでいるのよ。中身もきっちり覚えてるの」

「……!? キャナ、あなた、もしかして……!」


 メイアの表情に初めて怯えの色が見えた。


「ふふん、わかったかしら? あたしはこーちゃんがくれた魂と時間を使って、対魔封陣と対犠魂陣の研究をしていたのよ。いつかはアンタと命のやり取りする日がくると思っていたからね。古代魔術は確かに厄介だけど、所詮は人が創りしもの。破る方法は必ずあるってコトなのよ」


 おお?

 キャナのヤツ、いつの間にそんなコトを?

 ……ああ、そうか。

 やっとつながった。

 プリントの裏に一生懸命に書いていたアレ、魔封陣と犠魂陣を破るための研究だったのか。

 彼女は一切口にしてなかったから研究が完成したのかどうか知らなかったが、メイアが放った犠魂陣を無効化させたところを見れば、まずまず答えは出ていたみたいだ。

 いやいや、どうなるコトかと思ったよ。

 さすがはキャナ。

 ただごろ寝しているだけのプーなおねーさまなんかじゃない。


「どこまでもめんどくさいおばさんですこと!」


 キャナとメイアの間でズドン、と光が弾けた。

 俺の目には止まらない速さで二人の魔力が衝突しあったらしい。

 メイアが軽くよろめいた。

 が、吹っ飛ばされてダメージを食らっているハズのキャナは微動だにしていない。

 

「……!?」

「魔力の発動を押さえ込んでしまえばそのエネルギーは術者目掛けてリバースしてしまうって法則、アンタも知らないワケじゃないでしょ? ……犠魂陣の発動ベクトル、全部ひっくり返しておいたからね。そろそろアンタの魂、目減りしてるんじゃない?」


 かくんと膝をついたメイア。

 キャナの言う通り、少しづつ魔力が消滅していっているようだ。

 メイアは顔を上げ、キッとキャナを睨んだ。

 美少女の相が、レディースのそれに豹変してしまっている。すっぱり切れそうな鋭い目つき。……いや、すでに彼女自身がキレていた。


「……いい加減にしなさいよ、異端のクセに! あなたは無事でも、これならどう!?」


 素早く俺の方に左手を差し向けた。

 転がっている俺の周囲に、赤い二重円が浮かび上がった。

 ――俺に犠魂陣!?

 メイアのヤツ、キャナが無駄だからって、今度は俺から魂を奪おうって魂胆か!

 見る見る俺の視界がフィルターを通したかのように赤く染まっていく。メイアの放つ魔力が俺の身体に侵食していこうとしている。

 が。

 ほんの数秒も経たないうちに二重円から「ぱすっ」とショボい煙が上がり、魔力の気配はあっさり霧散してしまった。

 これは一体……?

 キャナが何か仕掛けたのだろうかとそちらを見やれば、彼女の姿がない。


「……こーちゃん、大丈夫? ごめんね、あたしのせいで……」


 不意に、すぐ間近から声がした。

 いつの間にか彼女は、俺の傍にやってきていた。


「キャナ? これって……どういう……?」


 キャナは俺をがんじがらめにしている魔力のロープを切り解きながら


「あいつが犠魂陣をあたしに施そうとこーちゃんにかけようと、同じコトよ。メイアが犠魂陣を使おうとする限り、その効果を全部リバースさせてしまうように魔力の流れを変えてしまったんだもの。犠魂陣を使えば使うほど、メイアは自滅していくってワケ」

「おお! すげェな、キャナ! 短い間に、そこまで研究していたのか!」


 素で感心してやると、キャナは「きゃっ」と嬉しそうに笑った。


「だからぁ、こーちゃんが魂と研究する時間をくれたからよ! あたし、こーちゃんを守るために頑張って考えたんだもん! ――ねーねー、よしよしってなでて!」

「うむ、よく頑張った! えらいぞ、キャナ!」

「えへへ……」


 アメ玉をもらった子供みたいに無邪気に喜んでいる。

 が、すぐに「キッ」と表情を引き締め、魔女の顔に戻ったキャナ。

 立ち上がってメイアにきっつーい視線をくれてやりながら


「……アンタ、今、自分が何やったかわかってんの?」

「あら、キャナったら怒ってるの? 私は下等な人間から魂をいただこうとしただけで――くあぁっ!」


 瞬間的に突風が起こったように空間が歪み、あっという間にメイアの小柄な身体が吹っ飛んでいた。

 ガッシャアァン、と今度は彼女が鉄柵に叩きつけられた。

 しかしキャナの魔法はなおも途切れない。

 メイアは強烈なプレッシャーに押さえつけられ、鉄柵に磔にされたような格好になっている。


「あたしのこーちゃんに手ェ出しておいて、無事で済むと思ってるの? ……アンタは八つ裂きじゃ済まさないからね。生きたまま全身細切れにしてやるわよ!」


 聞いている俺がすくみ上がるような、凄まじいキャナの怒り。

 魔力の波長が最大級に高まっているのか、彼女の周囲の空気がビリビリと振動している。

 川べりでメイアが放った刺客と戦った時の比じゃあない。

 パチン、と指を鳴らすなり


「……ぅああああああぁっ!!」


 絶叫するメイア。

 彼女の身体中にバチバチとした電気のようなものが巻きついていて、肉体を砕かんばかりに締め上げている。それらはまるでキャナの意思がそのまま実体化したかのように、急激な収縮を繰り返してはメイアを苦しめていく。

 その度に、彼女の口から悲痛な叫び声がほとばしり出た。

 

「くぅううううう……う、う、あっ、ああああああっ!!」

「きゃははは! ざまァないわね、メイア! あたしをハメ殺そうとした分の報い、きっちりその身体で味わうがいいわ! きゃははは――」

「いやぁああああっ!!」


 メイアが悪いのは、俺もよくわかっている。

 だけど――見るに耐えない。

 あまりにきつく締め上げられているせいで彼女の露わな脚はところどころ傷ついているし、苦しくて唇でも噛んでしまったか、口の端からは血が流れている。

 傷だらけのキャナを目にした時もそうだったが、俺は若い女性が傷つき苦しむのが耐えられない。

 しかし、この前彼女は俺に宣言した。


 ――こーちゃんに手ェ出すような奴らはあたし、こーちゃんが何と言おうと許さないからね?


 そうだった。

 そして、それを止める権利はないといって同意している俺。

 だから止めたくても止めようがなかった。

 惨殺されていくメイアを黙って見ているしかない。

 すでに彼女はありったけの体力を奪われてしまったようで、鉄柵に両腕を拘束された状態でぐったりとしている。

 が、それでもキャナは容赦しようとはしなかった。


「……くたばるのはまだ早いわよ、メイア。まずは両手両脚、一本づつ砕いて差し上げるから」


 俺の方がくたばりそうになった。

 メイアの五体を分解していく様子を、黙って見てなきゃならないのか!?

 こうなったら、約束もへちまもあったモンじゃない。

 残酷な真似はやめてくれ、と彼女に頼もうと腹を括った時だった。

 ぼろきれのようになって動かないメイアの全身から、すーっと黒煙のようなものが立ち上り始めた。

 それは空中の高いところで一つにまとまり、次第に大きく膨張していく。

 球状のそれは、いつか図鑑で見たブラックホールにも似ていた。


「……キャナ? 何だよ、あれ?」


 尋ねたが、彼女は少しの間返事をしなかった。

 今までのタカビーな態度はどこへやら、完全シリアスモードな顔で黒い物体を見つめている。

 やがて、キャナはぽつりと独り言のように呟いた。


「……思った通りね。犠魂陣の恐ろしさは術者が無限の魔力を得られるコトなんかじゃない。それ自体が魔界に災禍をもたらすカギだったのよ」

「災禍?」

「そう。犠魂陣の生贄にされた人々の恨みや無念が一点に凝縮されたあと、それが擬似的な意思を持った具現体に変化して、ひとりでに報復を始めるの。あたしはあれこそが――魔神の正体だと思ってる」

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