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その1  居候女の秘密

 出かける前には必ず確認!


「……火の元、よし! ガスの元栓、よし! テレビの電源、よし! ついでに……俺の身だしなみ、これは特によし!」


 家中一通り+自分の服装チェックを終えた俺は、カバンを手にして玄関で靴を履こうとした。

 すると


「……こーちゃーん! どこ行くのぉー?」


 背後から寝ぼけた女の声が。

 ――いけねぇ、忘れてた。


「ガッコー行ってくるからな! 朝メシはテーブルの上、昼メシは冷蔵庫ン中に入れてあるから、レンジでチンして食ってくれ。今日は何にもないから早く帰れると思う。……多分」


 メシの説明をしつつ靴を履き終えてドアを開けようとすると


「えー、どうして起こしてくれなかったのぉ? あたし、こーちゃんと一緒にごはん食べようと思ってたのにぃ……」


 鼻にかかったような甘えた声と共に、閉まっていた背後のふすまがゆっくりと開く。

 そうして暗い部屋の中からずるずると這い出てきたのは若い女。

 ふっさふさのロングヘアはぐっちゃんぐっちゃん、身体にフィットしてないだぶだぶのタンクトップは肩からずれ落ちてるし、パンツは半分脱げかかっていて横半ケツ状態。

 ――ぶっちゃけ、半裸だ。

 女とも思えないくらいに寝相がヒドすぎるせいなのだが、あられもないったらありゃしない。

 彼女は床の上にぺったり座り込むと、手の甲でぐしぐしと目をこすり


「早く、帰ってきてよねぇ。こーちゃんがいないとぉ、キャナ寂しいんだもぉん……」


 まだ眠いらしく、もごもごとぶーたれている。


「あーはいはい、わかったわかった! だから、今日はさっさと帰ってくるって!」


 ここでテキトーにあしらうと面倒くさいことになるのは百も承知だ。

 だからちゃんと返事をしてやったのだが、キャナはいきなりくりっと顔を上げて


「……ほんと? ほんとに早く、帰ってきてくれる?」


 幼い子供みたいな表情をしている。

 言っておくが、彼女は決して幼くはない。一見、俺よりやや年上なおねーさまだ。


「ああ、ホントだって。……俺、行くからな。遅刻したらシャレにならんし」

「わあ! こーちゃん、だーい好き! あたし、待ってるからね!」


 がばっ

 思いきり抱きついてきやがった。


「あーあー、わーったわーった……。だから、大人しくしてろよ? な?」

「はーい! キャナちゃん、大人しくしてまぁす!」

「よし。……じゃ、行ってくる」


 やっと玄関を出られた俺。

 寝起きの悪い女と同居することが、こんなに足かせになるとは思ってもみなかった。

 一人で暮らしていた頃は誰かに見送られることに憧れたけど、いざそうなると意外に面倒くさいものだ。

 とはいえ――何も好き好んでこうなったワケではないのだが。


「……おおっ、いけね! 遅刻しちまう!」


 慌てて階段を駆け下りて行くと、頭上でカラリと窓が開いてキャナが顔を出した。


「こーちゃーん! 行ってらっしゃーい!」

「おい! そのカッコで窓から身を乗り出すんじゃねぇよ!」



 俺の住んでいるボロアパートから学校までは歩いて三十分強。

 だんだん暑くなってきているから走りたくはないのだが、遅刻すれば便所掃除の刑に処せられる。

 だから、徒歩でも安全圏に到達するまでは走って行くのが最善策というものだ。

 住宅街を駆け抜けて突き当たった大通りを右折。

 ここからは信号が多いから、油断大敵ゾーンなんだな。うっかり赤信号に続けてつかまってしまえば、想定外のタイムロスになってしまう。

 商店の立ち並ぶ通りを全力疾走していくと


「あら、おはよう孝四郎君! あのね――」


 行きつけの肉屋のおばちゃん発見。ただいま開店準備中。


「お、おはよう、おばさん! 帰りに寄るわ!」


 挨拶ついでに来店予告を残して通過。こうすれば、あとで何かしらサービスが期待できる。ちょっとしたハンパものとか用意しておいてくれたりするのだ。


「あ! あのね、孝四郎君! さっきね――」


 背後でおばちゃんが何か叫んでいるが、立ち止まっている余裕はない。

 すぐ前方の信号が赤に変わりかけている。

 ダッシュで横断歩道を一直線。

 ……ぎりぎりセーフ。ここで引っかかると長いから危なかった。

 とはいえ、肉屋のおばちゃんを振り切って申し訳なかったな。

 っていうか、おばちゃん何か言いかけてたけど、なんだったんだろう……?

 ふとそんな事を考えていた時である。


「――オイ、風間! ちょっと待てや、コラ!」


 俺の行く手を遮っている人数がある。

 どいつもこいつもブレザーがだらしなく着崩れていて、ヘアスタイルがオスのライオンみたいな色と形状になっている。どっかの変身した戦闘種族にも似ているが――それはまあ、古い話だからいいとして。

 連中はお隣の「生瀬高校」の不良ご一行様。

 ちなみに生瀬高校を縮めて呼ぶととてもショボくなるってんで、ヘンな意味で有名である。

 朝からお出迎えか。

 それで了解した。

 肉屋のおばちゃんが何か言いかけたのは、このことだったに違いない。

 行く手に他校生のグループが俺を待ち構えているぞ、と。危険を報せてくれようとしたおばちゃんに心の奥で感謝しつつも、俺にとってこの連中ごときは危険レベルにカテゴリされたりはしないのだ。動物図鑑に出てくる「マムシ」とか「野生のニホンザル」の方がよほど危ないって。

 俺はさっと相手の数をカウントした。

 一人、二人……全部で六人か。今朝はちょっとばかり、多いようだな。このクソ忙しいのに、すこぶる迷惑な話だ。遅刻しちまうだろうが。


「風間てめェ、こないだ、うちのガッコーのヤツ、シメてくれたらしいな?」


 ポッケに手を突っ込んでいる真ん中の生徒が俺にガンを飛ばしつつ訊いてきた。

 田坂とかいう生高をシメている三年生。この辺りではワルとして多少知られている。

 こないだ?

 思い出せないな。

 ――心当たりが多すぎる。

 ええと、いつどこでやったやつだっけ……ほとんどバカみたいな面つきで考えている俺。ってか、半分はモロ「バカにしてる」んだけれども。


「聞いてんのか、コラァ! シメっぞ、てめェ!」


 田坂の隣にいる、ええと確か……川島だっけ? が、咆えた。

 すると、その他雑兵どもも尻馬に乗って


「調子こいてんじゃねェぞ、風間ァ!」

「タケシらやってくれた分、きっちり返してやるよ!」


 ぎゃーぎゃーとわめいている。

 こりゃ、アレだな。

 言葉を尽くせばお引取りくださるようなアタマのいい連中ではなし――ここは一つ、拳で語るしかねェよな、やっぱ。ガツン、と一発くれてやるほうが物わかりが早くなるというものだ。

 そう方針を軽快に切り替えた俺は「こないだの件」を思い出すのをヤメた。


「……シメる? 俺を?」


 思いっきり眉間に力を込めて六人を睨み据え


 「お前等ごとき腰抜けの五人や六人、ぶっ飛ばすのに造作もないわ。悪いコトは言わねェから、ケガしないうちに大人しく帰れや」


 ハッタリはかましてない。

 タイマン張る度胸もなくて群れでしか動けないようなヤツらを叩きのめすくらい朝メシ前……って、もう食ってきたけどさ。


「……!」


 俺がたった一人で立ち向かう姿勢を見せてやったら案の定、生高の連中はビビったらしい。

 急に黙りこくって「ちらっ、ちらっ」と仲間の顔色をうかがっている。


「ど、どうする、田坂! やっちまうか? あァ!?」


 うるさいよ、川島君。

 どうせ逃げたい気持ちで一杯なんだろう? じゃあ、逃げなさい。俺は某ゲームのモンスターみたいに回り込んだりしないよ? 

 だけど、グループをシメている田坂にしてみれば、退くに退けない。

 一人相手にビビって逃げたことが他のガッコーに知れ渡れば、大きなカオをして道を歩けなくなるというものだ。リーダー格のツラさとやらね。

 ほんのちょっと黙ったヤツは、キッと俺を睨み返すと


「……るっせェ、コラ! ハッタリこいてんじゃねェぞ! くたばりやがれェ!」


 拳を固めるなり飛びかかってきた。

 おお、感心かんしん。

 だったらお望み通り、一丁相手してやろうじゃないの。

 俺はポッケに突っ込んだ手を出しかけた。

 しかし、その刹那――背後にとんでもなく凶暴で禍々しい殺気の出現を感じていた。

 その殺気の放出源を、俺は経験則で知っている。

(……!)

 内心ヒヤリとしたのと、巨大な光のカタマリが俺の側頭部を掠めていくのと、ほとんど同時だった。

 光の向かう先には田坂以下約六名、生高不良チームご一行様が!

 避けるかあるいは弾き返したならば、彼等に某戦闘種族の称号を与えてやりたいものだが――まあ、まずムリだ。

 ごおぉん……

 打ち上げ花火が破裂するようにして大爆発した光のタマ。

 目も眩むような閃光が連中を包み込む。


「どぅわあああああぁぁ……っ!」

「ぎぃやああああぁ!」


 たちまち轟きわたる、哀れな不良どもの悲鳴。

 間髪を容れて閃光がおさまってみれば――ヤツらは一人残らず、路上で寝てやがった。

 二十メートルも離れた向こう側で、だ。

 全員、着ていた制服はズタボロ。ぷすぷすと煙らしきものが上がっているように見えるのは気のせいではなかった。


「あっちゃー……」


 心底痛ましそうな顔をしながら、俺はゆっくりと背後を振り返った。

 視線の先には、案の定なヤツが――


「きゃははははははっ! ざまぁないわね、愚かで非力な人間ども! せいぜい這いつくばって地面でも舐めているがいいわ! きゃははははは!」


 道のど真ん中で高笑いをこいている、乱れたインナー姿の女。

 非の打ち所がないほどに美しい相貌だけに、却って冷酷冷血極悪残忍という感じがする。

 その女がどこのどいつであるかは言うまでもない。


「お前な……」


 俺の視線に気が付いたキャナはつと高笑いをやめ、


「あーん! こーちゃーん! 聞いて聞いてー!」


 成層圏レベルのタカビーから一転、急にデレた声を出しながらふよふよと近寄ってきた。

 ふよふよ。

 そう、彼女は自分の足で歩いてはいない。

 イリュージョンのように宙に浮いたゴミバケツの上に腰掛けていて、実際に移動しているのはそのゴミバケツだ。まるで生き物みたいに空中をすいすいと動いていく。

 キャナは俺の首に「がっちり!」と抱きつき


「あのねあのね、こーちゃんが作ってくれた目玉焼きがあるでしょ? あれの端っこがね、ちょこーっと、コゲてたのよぉ! あたし、コゲてるのきらーい!」


 べっちゃりとくっついてゴロゴロと甘えてやがる。


「あのな、キャナ……」

「ねーねーこーちゃん、帰ってね、新しいの作ってよぉ! あたし、あったかいのが食べたーい!」

「だーかーらー! レンジでチンしてから食えと言ったろーが! あと、それくらいのコゲなんざ食ったって死なんわ! イヤならそこだけ取って食え!」

「えー! やだやだやだぁ! こーちゃんが作ってくれたすぐのが食べたいんだもん!」


 道行く人々は「奇異」を突破して「超常現象」を見るような目で俺達のことを見ている。

 そりゃまあ、そうだろうな。

 何せ、下着姿でゴミバケツに乗っかった脳みそ謹賀新年な女が一介の高校生に、通りのど真ん中でへばりついている光景なんて目にした日には……。


「ええい、早く帰って大人しくしてろ! ――だいたいそのゴミバケツ、どっからパクってきやがったんだ!? さっさと元のところに返してこい!」

「あぁん! こーちゃんのいぢわるぅ! キャナ、泣いちゃうからね!」


 ガキか、おまいは。

 一体何歳になってんだよ……俺は心の奥深くでため息をつかずにいられなかった。

 見た目は二十歳前後、かつ、ちょっと(いや、かなりと言い直そう)おバカながらも愛くるしい表情をもった超一級の美人。

 しかし彼女はすでに、百年以上も生きている。

 なぜならキャナは人間ではなく――魔女だからだ。 

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